39、イーシア湖 〜 風使いの妖精タクシー
僕はいま、こじんまりしたカウンターのみの店にいる。ここのマスターは、僕と同じ…つまり女神様の転生者なのだそうだ。でも既に隠居してこの店を営んでいるという。
「ライトくん、さっき買った服に着替えてきたら?お姉さん見たいわ〜」
(あ、これは…きっと断れないやつだ…うん)
「あ、はい、ええっと…」
「奥を適当に使えばいいわ、ねぇマスター?」
「あ、ああ、散らかってるが好きに使ってくれ。ナタリーがこう言い出すと断るのは不可能だからな」
「なーにー、それ〜」
(やっぱ、僕ちょっとお邪魔かも?)
「じゃ、じゃあ着替えてきます」
「ライトくん、白っぽいインナーにベージュのシャツがいいと思うの〜」
「あはは、はい」
僕は、深緑のシャツを着ようと思ってたんだけど、こう言われると、仕方ない…。店の奥へと入っていった。
(ここ、マスターの私室だよね…あわわ)
少しタバコのような匂いのする部屋は、いろいろなものが適当に積み上げられていた。
僕はあまり見ちゃいけないと思い、部屋の入り口近くの場所を借りて、ナタリーさんの言われた服に着替えた。
席に戻ると、ナタリーさんは、マスターと何か話していたが、すぐ僕に気づき、うんうん、とご満悦の笑みを浮かべていらっしゃる。
「やっぱり、その色よく似合うわね。パンツはもっと薄い色にする方が良かったかしら〜」
「あはは、また、次は薄めの色を買ってみます」
「うんうん、そうね。それがいいわぁ〜」
「なんだか、世話好きな母親みたいだな」
マスターが面白そうに、ナタリーさんをからかう。
「ちょっと〜。もうっ、いやーねぇ、私はライトくんのお姉さんのつもりなんだけどー」
「えらく年の離れたお姉さんだな」
「やきもちねぇ〜。ふふっ」
(や、やっぱ、僕、お邪魔なんじゃ…?)
マスターは何か言い返そうとしていたが、他のお客さんから呼ばれて、そちらに行ってしまった。
「うーん、それにしても、ちょっと遅いわねぇ」
「え?ごはんは、もう…。お腹いっぱいです、僕」
「ふふっ。違うのよ〜、風使いさんが来ないのよねー」
「風使いさん?」
「うんうん、イーシアに運んでもらおうと思って、ここにお迎えに来てってお願いしてるんだけどー」
「えっ!イーシアに行くんですかっ」
「ふふっ。ライトくん急に元気になったわね〜」
「あ、いえ…あの…」
「あのワンちゃんが居るかどうかはわかんないけどね〜」
「え…」
(な、何?アトラ様に何かあったのかな…えっ、どういうこと?)
「あらあら、心配させちゃったかしら? 」
「い、いえ…」
「彼女は、精霊に代わって、あちこちの巡回をしているのよー。イーシアの森は広いでしょ?湖に居るとは限らないってことよ〜」
「あ、そか、そうですよね」
(よ、よかった。ホッとしたー)
そこへ、新たに3人のお客さんがやってきた
冒険者っぽい女性3人組で、なんだかとても興奮しているようだった。
席をつめてもらって、カウンターの真ん中あたりに3人横並びで座り、すぐにお酒を注文していた。
さっき僕のポーションを買ってくれた人が、席をつめたことで、僕の真横になっていた。
「あの娘達、ちょっと最近、問題起こしてばかりなんで、気をつけた方がいいですよ」
僕とナタリーさんにこっそり、そう教えてくれた。
「どんな問題なのかしら〜」
「最近、何かで すごい宝を手にしたらしく、なんだか勘違いしてるみたいでね…。自分達が、神だとか言ってるんですよ」
「あら、神様なの〜?」
「無銭飲食して蹴散らしたりね…。合同ミッションで連携無視して、結局ミッション失敗の原因を作ったり…」
「すごい、わがままなんですね…」
「まぁ。神様なら、そんなズルしちゃダメよねー」
「冒険者は、仕事にはマジメな奴が多いから…、ちょっとギルドも手を焼いているらしいよ」
「不真面目なら、受注はできないんじゃないのですか?」
「いや…彼女達のパーティは、名家のお嬢様ばかりだし、うち一人は、呪術師だからね…」
「あら、じゃあ大切にされるわねー」
「呪術師だからですか?」
「あぁ、下手に批判して呪われたらどうすんだ、ってことだよ。生きている人族の呪詛は、その辺のアンデッドの呪詛よりキツイからな」
「なるほど…でも…」
「ライトくん、突っ走っちゃダメよぉ〜」
「あ、はい…」
僕が、ナタリーさんに叱られた瞬間、突然、バンッとドアが開いた。
「ナタリーさん、いらっしゃいますか?遅くなりました〜。運び屋ですー」
「あ、はーい、いるわよ〜」
ナタリーさんは、すぐマスターにお会計の合図を送った。
運び屋と称した人は、マントですっぽり身体を覆っていて、僕は砂漠の旅人みたいだなと思った。
僕が、運び屋さんをジッと観察している間に、ナタリーさんがお会計を済ませていた。
「あ、僕、自分の分は…」
「さっきの試飲させてもらったから、ここはお姉さんの奢りよ〜」
「わっ、ごちそうさまでした」
「いえいえ、ふふっ。行きましょうか」
「はい」
僕は、となりの席の人に軽く挨拶をして、ナタリーさんについて、店の出口へと向かった。
「ちょっと待ちなさいよ、あなた達!」
「へ?」
僕は、その悪名高い3人組の一人に、左腕を強い力でつかまれた。
「痛っ」
「なぁに?」
僕が捕まったのをチラッと確認して、でもナタリーさんはいつもどおりの雰囲気だった。
「なぁに?じゃないでしょ? 私達に挨拶もしないなんて、無礼なんじゃないかしら?何様のつもりよ!」
「ん〜、あなた達とは知り合いじゃないものー」
「なんですって?」
「店の中で暴れないであげてねー。後片付けが大変になっちゃうわ〜。ライトくん、行くわよー」
「あ、はい。あの、腕、離してもらえませんか?」
「はぁ?なんなの?その態度!」
僕は、ナタリーさんの方を見たが、全く動じていない。僕は、彼女達にちょっとビビってたけど、でも逃げることなら僕にもできる。
僕は、彼女が掴んでいる腕を半分霊体化し、拘束から逃れた。そして、ナタリーさんが待つ出口へと向かった。
「ちょっと、何、逃してんのよ!」
また捕まえようとしてくるので、僕は全身を半分霊体化した。
この状態は、実体は見えるけど触れない。人や壁をすり抜けるときは、僕はこの半分っていうのが使いやすいと発見していたんだ。
「あ、あんた、何者? 高位の魔導士?誰の弟子よ!」
「僕は、ポーション屋です。失礼します」
そして、マスターにも軽く会釈して、店を出た。
「遅くなってすみません。ちょっと今日、混んでましてねぇ」
「商売繁盛でいいことね〜」
運び屋さんに連れられ、少し広い公園のような場所へと歩いて行った。
「さっきの人達、あのままで大丈夫なんですか?」
「あの手のは最近、多いんですよ〜。太陽の色が変われば、コロッと態度も変わると思いますよー」
「変なものを拾って…乗っ取られちゃってるのかしら〜?」
「まぁ、そんなとこでしょうね」
そして、公園のような場所で、運び屋さんは何を地面に書き始めた。
「もしかして転移魔法ですか?」
「ふふっ。転移じゃないわよ〜。それなら私できるもの。ライトくん、転移は苦手でしょ?だから風を操る妖精さんにお願いしたのよー」
「えっ、妖精さんなんですか!」
「そうですよ。と言っても、半分は人族なんですけどね」
「タイガが、タクの運ちゃんって呼んでたわ〜」
「あー、なるほど、この世界のタクシーなんですね」
「ふふっ。やっぱり、タイガの言うことの方が、ライトくんには理解しやすいみたいね〜」
「あはは」
そして、目の前に、ポワンと魔法陣が浮かんだ。
その円の中に入ると、すぐ、いきますよと言われ…
「わっわ!わぉっ」
僕達は、風になっていた!
風のように、大地をピューッと流れていく。
「速いわねー。なんだか楽しい〜」
「はい!」
そして、あっという間に、イーシア湖に到着した。
ナタリーさんは、運び屋さんにお代を払っていた。
風使いさんは、まいど!と言って、風のように去って行った。
「あ、お代…」
「ふふっ。いいのよ〜。それよりお話があるのぉ」
「は、はい」
ナタリーさんは、まわりをキョロキョロと見渡し、誰も居ないのを確認していたようだった。
(アトラ様も…いないなー)
僕も、まわりを見渡してみたが、人の姿は全くなかった。
「ライトくん、あのねー、ちょっとここで待っていてくれるかしら〜?」
「あ、はい。あのナタリーさんは?」
「うん、ちょっと、見てこなきゃならない所があるのー。でね、もし、私では無理なタイプのものだったら、ライトくんにお願いしたいの〜」
「えっと…アンデッド系ですか?」
「うん、そうなの。場所が場所なだけに…ね、ちょっと先に見てくるわ〜。水汲みとかして待っててねー」
「あ、はい。あの…場所が場所って?」
「ふふっ。気になるぅ?」
「は、はい」
「ん〜、この星には、いくつの国があるか知ってるかしら〜?」
「えっと…。し、知らないです」
「地上には、ふたつあるの。地底にはひとつ」
「えっ!地底人?」
「あら、タイガと同じこと言うのね〜。じゃあ、次は魔界って叫ぶのかしら?」
「えっ…ま、魔界…?」
「ふふっ。魔を操る種族は、魔族っていうの。ライトくんは人族の国に生まれたでしょ?」
「あ、はい」
「人族と魔族は、仲が良くないのー。だから、住む場所を隔ててあるの。その出入り口には、すべて精霊がいるわ。互いに行き来させないためにね〜」
「じゃあ、ここに来たのって」
「そうなの。ちょっと見てくるわね〜」
「あ、はい、わかりました」
「ふふっ。時間はそんなにかからないと思うから、水汲み頑張っててね〜」
「はい」
そういうと、ナタリーさんは湖へと歩いていった。そして、そのまま、水の上を歩いてる!
そして、湖の中央あたりで、キラキラとした光を残してフッと消えた。
(うわぁ…水の上って、歩けるんだ!)
僕は、なんだか妙なところに驚いてしまった。
とにかく、ナタリーさんが戻って来るまでに水汲みと、薬草も摘みたい!
(よし!がんばるかー)
ちょっと懐かしいなと思いながら、僕はリュックを開け、中に入っていたポーションをすべて魔法袋に移した。
そして、あの時のように、水を汲みたいと願うと、リュックの中にペットボトルのような容器が現れた。
あのときは、汲んで、入れて、背負ってを繰り返したが、汲んで、入れたあと、リュックに触れていたら背負わなくても、水はすぐ消えることがわかった。
僕は、せっせと、水汲みを続けた。




