32、ロバタージュ 〜 レオンの意外な弱点
時は少しだけ遡る。
ライトが悪霊を引きつけて、守護獣ケトラの背に乗り、空高く、山のふもとへと向かって飛び去った頃、それを見ていた休憩施設に居た人々は、みな、恐怖から解放されて、へたり込んでしまっていた。
「助かった、のか?」
「絶対、詰んだと思った…」
「だよな、俺も」
そして、今、どうすべきかの意見の衝突があちこちで起こっていた。
今すぐにでも下山すべきだと主張する者、逆に山を登る方が隠れる場所が多いと言う者、しばらく様子を見るべきだと主張する者…。
だが、みな、団体行動を望んでいた。
先程は取り乱した冒険者達も、冷静になれば、バラバラになることによるリスクの方が圧倒的に高いことはわかっていた。
それに、火山に出向いて来ているのだから、それなりに自分の腕にも自信がある。
他の冒険者も、足を引っ張るような初心者はいない。
そして、やはり警備隊と共に行動することが、何よりも心強いことだった。
だからこそお互いのためにも、協力し合うことは利益になると判断したのだ。
「火山の中に入るのは、別の危険があるんだ」
「噴火でもするというの?」
「いや、そうじゃない。我々は女神の落とし物ミッションの冒険者達の救出に向かったんだが、現場に到着したときには既に全員殺されていたんだ」
「別のレアモンスターですか!」
「嫌だ、そんな…」
「知性の高いバケモノが10体以上居た。我々も全滅させられかけたところに、ギルドの守護者が来てくれて、助けられたんだ」
「ギルドの守護者は?」
「昨日、次の仕事があると、下山したよ」
「火山の中にまだバケモノがいるのかしら」
「あぁ、途中で奴らは逃げ出したからな…。当然まだ居る。遭遇すると厳しいぞ」
「じゃあ、登る案は、却下だな」
「そうね、さすがにその数のバケモノに襲われたら…」
「じゃあ、どうするんだ?ここに居て、アイツが舞い戻って来たら、それこそ、詰むぞ」
「でも、なぜあの子は、悪霊を引きつけて、ふもとへ向かったのかしら?」
「あ!転移魔法陣!助っ人が居るんじゃないか?」
「それなら、ヤツは、そこで倒される可能性が高いんじゃないかな」
「ああ、それに、坊やのあの様子からしても、本当にアンデッドに強いのかもしれんしな」
「どういうことですか?」
「聖魔法を撃てるのかもしれない」
「えっ!聖魔法?そんなの高名な牧師や、高ランクの回復役のほんの一部にしか使えないですよ…」
「坊やは、回復能力が圧倒的に高いんだ。それに基本魔法4属性すべて持っているから、魔法のセンスは高いはずだ。攻撃力はないんだがな」
「ということは…」
「もしかすると、本当に」
「いつも自信なさげな子なのに、アンデッドには強いんだって言い切ったからな。俺は、あり得ると思ってるんだ」
「じゃあ、すぐに下山しましょうよ!見たいわ」
「おいおい、だがな…」
「でも、ここに居ても、食料が尽きていくばかりじゃないか」
「ケトラがここを離れていると、やはり暑いな…。このままでは暑さで体力を奪われるだけだろ」
「あんな奴でも、居ないと困るな。出会いたくはないが」
「ははっ、確かに」
「じゃあ、ここはしばらく閉鎖になるだろうから、食料や水は持ち出しましょう」
「すぐに支度して、下山するか」
「賛成!」「そうね」「わかりました」
そして、その数分後には、全員、荷物をまとめて出発の準備を終えていた。
いくつかの確認を終え、ふもとへと出発した。
途中の異変に対応しやすいようにと、前後を警備隊が守るような形で、歩いていった。
そして、ふもとまで あと1時間程かというところで、それは起こった。
ふもとが、突然、白い光に覆われたのだ!
その光は、ふもとを目指していた全員の目にも見えるほど強く、そしてまるで真昼の花火かのように、キラキラと美しく輝いていた。
「ちょっと!ちょっと!あれって」
「ふもとが、キラキラしてる」
「キラキラがなかなか消えないわ」
「聖魔法、だな」
「おそらく清浄の光だ……初めて見たが」
「何?それ」
「広範囲の回復魔法だよ。精霊が守護地を回復するために使うって聞いたことあるよ」
「精霊の魔法?」
「いや、それよりはかなり範囲が狭い。聖魔法でアンデッドを浄化した後、アンデッドに汚された地を回復しているんだろう」
「え?あれを、あの子が?」
「さぁ、わからんが…。助っ人かもしれんしな」
「でも、これって…アイツが浄化されたってこと?」
「それしか考えられんだろ」
「他に聖魔法を使う理由もないし」
「あんなものを食らって、それでも浄化できない悪霊なんて、いねーよ」
「私たち、助かったんじゃん! やった」
「おう!やったな」
「何もしてないけど…なんだか達成感!」
「あはは!確かに、何もしてないな」
そして、ふもとがはっきりと見える距離まで近づいたときには、キラキラした光はもう消えていた。
しかも、この付近に漂う不思議な優しい光によって、冒険者や警備隊達の体力は回復していった。
「すごい!ここの空気を吸うと体力が回復していく」
「あぁ、驚いた!」
「これ、すごい魔法だな…。術者は、やはりあの子か」
ライトのまわりの様子から、皆はそう判断した。
ギルドの守護者が4人いたが、彼らは魔法よりも物理攻撃を得意とする。
そして何より、ライト自身がキラキラを、まだ少し纏っていたのだ。
そして、彼らに向かって、声をかけた。
「おーい!」
「はぁ〜、めちゃくちゃ久しぶりな気がしますね!」
僕は、レオンさんと新人っぽい隊員さんと共に、ロバタージュの街にたどり着いた。
「本当に、なんだか夢のような気分だな、ははっ」
そう。ふたりは、本当に長い危険な仕事だったんだ。僕でさえ、この街をほとんど知らないのに、なんだか懐かしささえ感じるんだから。
「ほんとに、お疲れ様でした。最後の最後に…ご迷惑をおかけしてしまって…」
「坊や、水くさいこと言うなよ?まぁ、ちょっと焦ったがな、わははっ」
「そうですよ。俺達よりも圧倒的に大活躍だったじゃないですか」
「いえいえ、そんなことないです」
「また謙遜しやがって〜。変わらないな 坊やは。さぁて、着きました報告だけして、今夜は寝よう!」
「了解です!」
「あ、じゃあ、僕は…」
「坊やは、少し待っててくれ。一瞬で終わるから。俺達も宿を取るから、一緒に宿探ししようや」
「あ、はい!」
(いつも、ほんと気配りしてくれるよね。レオンさん、いい人すぎる)
それから少し待っていると、すぐに二人は戻ってきた。
そして、宿を探しに行くまでもなく、宿の呼び込みをしている人に声をかけられた。
レオンさんがあれこれと交渉してくれて、僕達は、近くの冒険者ご用達の宿を借りることになった。
宿代は前金だったが、レオンさんが僕達の分も出してくれた。
「いつも、すみません、隊長」
「僕まで、すみません、レオンさん」
「あはは、いいってことよ、これくらい。明日、朝起きれたら一緒に飯食おう! おまえら、俺におごれよ?」
「はい!」
「起きてくださいよ?」
「くっくっく。全く自信ないぞ!」
「また、これだー」
「えっ?レオンさんって、朝弱いんですか?」
「弱いどころじゃないんですよ…。隊長が起きてこなかったら、二人で朝メシしましょうね」
「はーい」
「おい、仲間はずれにするなよ、寂しいじゃねぇか」
「じゃあ、キチンと起きてくださいね!」
「……お、おぅ」
「あははっ」
(そういえば、レオンさんって、嫌いな豆、食べれなくて器からぽいぽい出してたことあったっけ?)
僕は、ふと、ロバタージュで一緒にご飯を食べたときのことを思い出した。
それに、さらに朝弱いとか、レオンさんのイメージとは正反対な弱点に、思わず、頬が緩んだ。
そして、各自それぞれの部屋へと、別れた。
僕は、やはりさすがに疲れていた。
シャワーを浴びようと考えたが、シャワー魔法を思い出し、とりあえず今夜は魔法で済ませた。
ベッドに入って、目覚ましどこかにあるのかなぁ…と考えている間に、眠ってしまった。
翌朝、意外にも早く目覚めたようだ。まだ約束の時間まではかなりある。
でもここで二度寝すると、失敗しそうな予感がしたので、僕はシャワーを浴びることにした。
この宿にも、普通にシャワーはあった。
女神様の城の宿に比べると、随分シンプルというか質素なものだったが、キチンとお湯も出た。
(やっぱり、魔法よりも、実際のシャワーの方が疲れも取れる気がするなー)
そういえば、僕は、服が…ない。ギルドに登録したときにもらった冒険者の服しか持ってない。
まぁ、服も、シャワー魔法でキレイになるけど、やはり同じ服ばかりで、しかも冒険者の服で行商人ってのも変な気がする。
(買い物もしなきゃな)
僕は、やるべきことが多すぎて、優先順位を見失いつつあった。
まずは、いくつか服を買わなきゃ。店探しからだな…。お金足りるかな?金貨は、もしもの為に置いておきたいもんな。
ポーションの査定にもいく。うん、これはできる。
イーシアに薬草と水を…。でもこれは遠いから後だな。
あ、行商人の登録しなきゃ。でもどこに行けばいいのかな?誰かに聞かなきゃ。
それにギルドのミッション、受注しなきゃ。ランクもだけど、僕のお客様は、ほぼ冒険者だから知り合いを増やさないと。
その前にポーションも売らなきゃ、お金が不安。でもどこで誰に? これは行商人の登録をしてからかな。
いや、まず住む部屋を探さないと…。宿暮らしは厳しそう。
でも、それより先に魔法袋に、数日分の食べ物や飲み物を入れておきたい。僕は狩りをする能力はないから、一人だとすぐ食べ物に困る気がする。
装備もないから、冒険行くなら軽くて動きやすいローブっぽいものも買わなきゃ。
あー、そういえば、イロハカルティア様に、やけどの慰謝料を請求されてたんだっけ?2本?だっけ?
(はぁ……ダメだ。何が急ぎかわからない…)
僕が途方に暮れていたとき、ドアがノックされた。
「ライトさん、おはようございます。起きてますか?」
「あ、はい!おはようございます。いま行きます、すみません」
「いえ、隊長を起こしてきますから、ゆっくりで大丈夫です」
「はーい」
(悩んでいてもどうにもならないな…できることから、片付けていこう…はぁ、なんか不安だなぁ。大事なことを忘れてるような気がする…)




