31、ロバタージュ郊外 〜 リュックの不思議
「おーい!」
遠くの方から数十人の人達が下山して来るのが見えた。警備隊が、前後を護衛する形で、おそらく休憩施設にいた人達全員だ。
「あー、これに気づいて、さっき、ケトラが逃げるように去って行ったんですね」
「ん?どうして、逃げる必要があるんですか?」
「だって、ケトラと言えば…この山での一番の恐怖の象徴みたいなもんっすからね。アイツが居るとみんなここに近づけないっしょ」
「こわいですか?ん〜」
「そんだけ、今までいろいろと、やらかしてきよったんや、あのバカ犬は…」
「さっき、去り際に、負けないから宣言してたのって、そういう関係のものですか?」
「そういう関係って?」
「えっと、守護獣と冒険者の…権力争い的な?」
「は?おまえ、何言うとんねん?あほか」
「いや、だって突然、なんか負けない宣言が出てきたから」
「おねえちゃんには負けないってことなんじゃないすか?」
「ん?あ、あー!なるほど!やっとケトラ様も守護獣としての やる気に目覚めた感じなんですね。よかった」
「あのな……」
「はい」
「いや、ええわ〜」
「はい…?」
「まぁ、結果的には、そうなるのかもしれんな、あの様子だと…」
「休憩施設まわりに力を入れそうっすね」
「施設が破壊されたんか?」
「建物はたぶん無事ですが、ジャックさんと野菜や果物を採りに行ったあたりが、完全に火の海でした…」
「そうか。じゃあ、その辺りの修復にアイツの力を使うんやろな」
「じゃあ、休憩施設の再開は、早そうですね。よかった」
「ははっ、そうっすね」
そして、悪霊が強襲した、休憩施設から避難してきた冒険者や警備隊の人達が、転移魔法陣の近くにまで下山してきた。
レオンさんも、あの新人っぽい隊員さんもいる。
(よかった〜)
見知った顔がそこに居ることを、こんなに嬉しいと思ったのは、人生初かもしれない。
「おう、坊や!無事だったか。よかった〜」
他の人達も、それに話したこともない人達まで、よかったと言ってホッとした顔をしてくれていた。
僕は、思わず、泣きそうになった。
「はい。大丈夫です。皆さんもご無事でよかったです」
「ケトラは、一緒じゃなかったのか?」
「あー、一緒でしたが、今さっき、戻られたとこです」
僕のこの言葉を聞いて、特に冒険者の人達は、ホッと肩から力を抜いたようだった。
(ほんとに、怖がられてる…)
「いや〜、ケトラが人を背に乗せる姿なんて、初めて見たよ」
「ほんとほんと、驚きましたわね」
(えっ…見られてた?まじ?)
「あ、あの…なぜそれを?」
「あぁ、悪いな、坊やには建物から出るなと言われたが、結局10人以上は出ちまってな…」
「あの黒いヤツとの追いかけっこを見てたんですか?」
「追いかけっこ?いや平地で対峙してたあたりから、だったかな」
「透過魔法と、バリア、そして自己回復を、あんなに即発動する魔導士なんて、そうはいませんよ!」
「は、はぁ…」
「冒険者ランクが上がったら、ぜひウチのパーティに入ってもらいたいと思ってたんです!」
「え、あの、まだ僕は…」
「聞きました!冒険者は登録したばかりなのですね?貴方ならすぐに上位に上がれますよ」
「はぁ…あの、ただ、回復しか出来ないんです。戦闘力なんて、みんなが引くくらい残念で…」
「そんなことは気にしなくて大丈夫です。剣を振る脳筋は山ほどいますが、実戦で使える回復役は、とても少ないのです」
「だから、Aランクとは言わないので、Cランクでもいいですから、回復役として、加入して欲しいです」
(どうしよう…なぜかモテ期が到来している…)
「あ、あの…」
「おい、おまえら、ここでゴタゴタしとっても、くそ暑いだけやろ。さっさと、転移して行けや」
タイガさんは、普通に話している、たぶん。でも、冒険者の皆さんは、急に固まっていた。
(その話し方で、しかもその声の大きさは…やはり叱られてると思うよね、うん)
「そうですね、さっさと転移してしまいましょう」
「レオン、おまえ、コイツを連れて一番最初に行け」
「あ、はい。構いませんが、最初がいいのですか?体力のない女性達から先に行っていただくつもりでしたが」
「コイツの体力、おまえ、覚えてないんかい?」
「あ!確かに!基準値なかったですよね…」
「おまけに、ライトの特技は、転移酔いや。絶対、気を失うんや。水をぶっかけるか、マグマをぶっかけるか、何かせんと、なかなか起きへんからな」
「マグマは、やめてください!僕、溶けますから…そもそも特技にしないでくださいっ」
「坊や、心配せんでも、転移先にマグマはないからな」
「はい、よかったです」
「じゃあ、4組くらいに分けて、転移するぞ。みんな、ロバタージュ郊外でいいか?」
「了解!」「はーい」「わかりました」
そして、順番に転移を始める。
僕は、一番最初の組で、レオンさんがすぐ横に居てくれて安心できたが、転移はもうだいぶ慣れてきていた。
火山への転移のときも、危なかったけど自分ですぐに目覚めた!もう大丈夫だ。
転移魔法陣の中、読めない文字が僕達のまわりをぐるぐると回っている。
もしかして、僕は無意識のうちにコレを見て、めまいを起こしていたのではないか?僕は目を閉じた。
よし、いける!
(あ、あれ?目を閉じているのに、めまいがする…なんで?)
そして僕は…いつものように意識を手放した。
「おーい、坊や、大丈夫かー?」
僕は、身体に冷たい風が当たるのが寒くなって、目が覚めた。
「よかった。いつまでも起きないから心配したぞ」
「す、すみません。えっと、他の人達は?」
「あぁ、もう先に街へ戻らせた。坊やが目を覚ますのを待つと言ってた奴らもいたんだが、疲れてるだろうからな、強制的に戻らせたよ」
「僕はもしかしたら…かなりの時間?」
「あぁ、ちょっと心配になるくらいな、はははっ」
「すみません…」
「目を閉じるから余計に悪酔いするんですよ。空腹時も酔いやすいですからね…悪い条件が重なったんですよ、ライトさん」
声の方へと振り返ると、あの新人っぽい隊員さんがいた。
「わっ!貴方まで、すみません」
「いえいえ、もう目覚めなかったら、交代でおぶって行こうということになったので、交代要員です」
「それに、さすがにこの辺りでも、剣を使えない状態での一人歩きは危険だからな。護衛でもあるわけだ」
「重ね重ね、すみません…」
「いや、まぁいいってことよ。こっちも、少しゆっくりできたしな」
僕は立ち上がろうとした…が、リュックが重い。
「すみません、出発前に、リュックの中身を魔法袋に移していいですか?軽くしたくて…」
「あぁ、構わんよ。ちょっと軽く飯を食ってから出発するつもりだったからな」
「助かります」
「じゃあ、そこを動かないでくれるか?転移魔法陣のバリア圏内だから、魔物は入れねぇから」
「はい、おふたりは?」
「ぐふふっ。ちょっと、肉、狩ってきます」
「あははっ。了解です」
そう言うと、二人は僕からけっこう離れて行った。
(こんなことで不安になってどうするんだ、僕は…)
僕は、気分を切り替えて、荷物整理を始めた。周りを見渡しても誰もいない。ただ、突然、誰かが転移してくるかもしれないから油断はできない。
リュックの中身は、新作の1,000回復ポーションだらけだった。コレを30本ほどと、あと、魔ポーションが5本あったので、うでわのアイテムボックスに入れた。
そして、後はひたすら、リュックから魔法袋へと移していった。
(魔ポーションがあまり出来なくなってきてる…。薬草、足りない種類があるのかな)
そろそろ本当に、薬草摘みを優先しないと困ることになりそうだ。
でも、他の地域の薬草を入れて、同じ味のものになるのだろうか?
薬草は、やはり、精霊の加護のあるものが必要なのだろうか?
『それは、妾に質問しておるのか?』
(わっ!び、びっくりした〜)
『おぬし、毎回、それじゃの。他のネタはないのか?』
(ネタって…びっくりする以外、どうするんですか!)
『ふむ。まぁよい。薬草は、今は変えると味というより質が変わるから、同じ品をリュックは作らなくなるぞ』
(えっ?魔ポーション、作れなくなるんですか!)
『な、なんじゃと?コーヒー牛乳の素材がないのか!』
(素材がないかはわからないのですが、生産量が減ってきていて…)
『今のリュックでは、何もわからぬじゃろうな。リュックは一度作ったレシピは覚えておるが、開示するには、リュックのレベルを上げねばならぬのじゃ』
(どうすれば上がるのですか?)
『持ち主の成長と、製造回数によるに決まっておるのじゃ!』
(あ、そう…聞いたような気もします)
『確か、魔力3,000で、ひとつ上がるはずじゃ!作った量は、そろそろ大丈夫なはずじゃがの」
(魔力3,000?果てしなく遠いじゃないですか…)
『そうかの?妾のほんの……いや、なんでもない』
(………。)
『それより、水の方が足りなくならぬようにな。水は、変えると大きく影響が出るのじゃ。出来れば、ずっと同じ水がよい』
(リュックに、他の水を入れたらどうなりますか?混ざってしまったり?)
『混ざるわけないのじゃ!リュックの中は、異空間じゃからの。異なる種類は重ならぬように出来ておる』
(じゃあ、他の土地の水を入れたら、それ以外の素材が同じでも違うポーションができるのですか?)
『変なものを入れて、粗悪品が出来ても、妾は味見せぬぞ?』
(あはは、はい)
『じゃあ、コーヒー牛乳の素材に困ったら遠慮なく言うのじゃ!妾が、イーシア湖へ運んでやるのじゃ!ってことで、なのじゃ』
(はは…。完全にコーヒー牛乳になってる…カルーアミルク風味って言いにくいのかな)
そして、狩りに行った二人が、こちらに向かってくる姿が見えたので、僕も魔法袋から、こないだの野菜の残りを出し始めた。
「ただいま〜。いまいちだったわー」
「あ!野菜!」
「あ、はい、こないだの残りですが、魔法袋に入ってたので…」
そして、狩ってきた鳥みたいな魔物の肉に、魔法袋から塩コショウを取り出して、少しふりかけて焼いて食べた。悪くない味だった。
「よし、腹の足しになったな、出発しようか」
「了解!」「はい」
僕達は、ロバタージュの街へと向かって歩き出した。
空には青っぽい太陽が昇っていた。
(冷えると思ったら、夜だ…。僕は失神して寝てたからいいけど、ふたりは辛いだろうな…)
僕は、申し訳なく思いつつ、でもちょっとうれしくて、小声で、ありがとう、をつぶやいた。




