279、イーシアの森 〜名もなき集落の異変
僕が生首達のワープで来たのは、僕のはじまりの地だった。
そう、僕の身体の元々の持ち主である「ライト」が生まれ育った名もなき集落だ。「ライト」が病で死んで、その身体に僕「翔太」が入ったんだ。
いま、僕の身体の中には、「ライト」の闇が眠っている。僕が暴走したり覚醒するときは、「ライト」も参戦するんだ。でも普段は、彼は眠っているんだ。
『おまえ、イーシア湖に薬草を摘みに行くんじゃねーのかよ?』
(リュックくん、その前にこの集落を見ておきたくなったんだ)
『ふぅん。じゃ、オレもうちょい寝てるからー。何かあれば呼べ』
(うん、わかったー)
リュックくんは、なんだかんだ言っても心配性だよね。まぁ、それだけ、危険探知能力のない僕を一人にしておくには、イーシアの森は危険なのかもしれない。
僕は、念のため、バリアをフル装備かけた。うん、これで、強襲に遭ったとしても少し安心だよね。
もちろん僕は、危機探知リングをしっかり腰ベルトに付けている。
そういえば、ベアトスさんがキチンとした危険探知機を作ってくれるって言ってたっけ。近いうちに、ベアトスさんを訪ねてみよう。
僕は、名もなき集落の門から一歩、足を踏み入れた。中は背の低い雑草が生い茂っていた。僕は後ろを振り返ってみた。うん、この景色には見覚えがある。僕がこの集落から出て行ったときにくぐった門だ。
再び、集落の中を見渡した。誰もいない。あの日、焼き払われたんだから当然だ。
僕は、集落全体に向けて、思わず手を合わせて目を閉じた。みんなが安らかに眠れますように…。この世界には仏さまはいないんだろうけど…。
ここに居ると、不思議と前世のことを思い出した。そして、この集落に来て、転生なんてことが信じられない戸惑いも思い出した。とても遠い昔のことのような気がする。
(あの石室を見ておきたいな)
僕は、あのとき火から逃れることに必死だったから、どのあたりだったか全く覚えていない。
集落の中は、石造りの家はそのまま残っているようだ。畑だったらしき場所は、魔物か何かに食い荒らされたように、踏み荒らされていた。
少し進んで、もう一つの門が見えたあたりで僕は違和感を感じた。通り過ぎた後ろから、なんだか見られているような視線を感じたんだ。
その次の瞬間、シュッと何かが飛んできて、僕のバリアが弾いた。振り返ってみて驚いた。何も居なかったはずなのに、ズラリとアンデッドが並んでいたんだ。
(この集落の人なんだろうか…)
僕が彼らの方を見ると、彼らは警戒したようだった。そっか、僕は彼らの地を歩き回って、眠りを邪魔してるんだ。
「皆さん、すみません。勝手に歩き回って…」
グルル〜という変な唸り声が聞こえた。返事してくれたのかな。
「僕、ちょっと石室を見ておきたいんです。僕が死んで僕が生まれた場所だから…」
すると、彼らがいる場所の地面が少し光ったような気がした。もしかして、あの下が石室?
そっか、あの建物は確かものすごい火に包まれてたから、跡形もなく焼け落ちたのかもしれない。
僕が近づくと、彼らは僕から距離をとった。足元は、草に覆われていたけど、確かに石だ。足で叩くと中が空洞のような音がする。
僕は、霊体化! を念じた。僕の死霊の姿を見て、彼らは驚いたようだ。それと同時に安堵しているようにも見える。仲間だと思ってもらえたかな?
重力魔法を使って、僕は下へと進んでいった。地面を通り抜けるのは、なんだか久しぶりな気がする。
中は、真っ暗だった。何も見えないが空洞であることは間違いなさそうだ。
僕は、霊体化を解除した。そして、火魔法を使った。僕の指先からライターのような火が浮かんだ。せめて、たいまつくらいは欲しいところだが、仕方ない。だんだん目も慣れてきた。
ここは、大量の人骨の山だった。僕は、その人骨を踏んでしまっていた。慌てて骨のない場所に移動した。
どうやら、ここには、集落の全体の骨が入れられているようだ。僕はまた思わず手を合わせた。
壁際には、石の台がいくつか残っているのが見えた。そうだ、ここで間違いない。死体安置所のような石の台だ。
壁の一ヶ所にポッカリと縦長の穴が開いていた。扉のような形をしている。僕は、そこから隣の部屋へと移動した。
隣の部屋も石造りのようだ。避難場所にでも使われていたのか、水入れの壺や、棚がある。
あのとき、僕を「ライト」と呼んだ爺さんは、この部屋に居たんだろうな。この部屋には上への階段があった。
僕は、目に焼き付けるようにこの部屋を見渡し、そして階段を上っていった。
「な、何者だ!?」
階段を上がると、そこには警備隊の制服を着た人達がいた。さっきは、居なかったよね? この場所は、さっき僕が入った場所から、少し離れていた。間に大きな木があるから、気づかなかったのかな。
「怪しい男がいるぞ!」
「ちょ、僕はライトです。この集落の出身者です。貴方達こそ、何をしているのですか」
「な、何? この集落の出身者!? 病は持ってないだろうな」
「大丈夫ですよ。僕は白魔導士ですから」
「そ、そうか…。驚いた」
「何をしているのですか」
「あ、あぁ、調査だ。焼き払った村から、アンデッドが湧いているという目撃情報があったからな」
「アンデッドが?」
「怨みを抱えて死んだ住人がアンデッド化したんだ」
「キミ、アンデッドを見なかったか?」
「いたらどうするんですか」
「焼き払うに決まっている。もちろん、我々にはそんな魔力はないからな。魔導系の処理班が担当するが」
「へぇ……そうですか」
アンデッド化していたら、また焼き殺すのか…。人族は、アンデッドを生まれ変わりだとは考えないんだ。殺すべきバケモノか。まぁ、そりゃそうか…。
「こっちにいたぞ!」
さっき、僕が彼らに会った方向から、声がした。警備隊は、何人も来ているのか。
『翔太、みんな怖がっている。火を怖がっている』
『ん? ライト、彼らの言葉がわかるの?』
『あぁ、みんなこの集落の人達だ。火を怖がってる』
『わかった。止めに行こう』
僕は、声のした方向へ、生首達でワープした。その瞬間、警備隊の魔導士が、彼らに向けて火魔法を放とうとしていた。
僕はとっさに、彼らとの間にバリアの壁を張った。
突然、現れた僕に驚いた魔導士だったが、僕がバリアを張ったことに気づいたようだ。警備隊の隊員達は、僕を睨み、警戒した。
(危なかった……間一髪だったね)
僕は、背後のアンデッド達に火魔法が届いていないことを確認すると、警備隊の方へ向きなおった。
さっき僕が話した警備隊の人が走ってきた。
「ちょっと、キミ、どういうこと?」
「この人達は、この集落の住人です。静かに眠っているだけなのに、なぜまた再び炎で焼こうとするのですか」
「いや、だってね。アンデッドだよ? この集落の出身者としての気持ちもわかるけど…」
警備隊の隊員達は、さっき話した人達は困った顔をし、僕が攻撃を防いだ魔導士達は、イラついた表情をしていた。
「どうした? 何を揉めているんだ?」
(あれ? この声…)
「隊長! アンデッドを発見したのですが、この集落の出身者だという少年に邪魔されて仕事ができません」
「ん? あれ? もしかして、坊やか?」
「やっぱり、レオンさん! お久しぶりです。あ、レンさんも!」
集落の外周を調査していたらしき、警備隊がぞろぞろと集落の中に入ってきた。その中には、レンさんもいた。
「なんだか懐かしいな。いや、ちょっと待て。坊やは、この集落の出身者なのか?」
「はい、そうです」
「なんてことだ。この集落を焼き払ったのは俺だ」
レオンさんは、苦しそうな顔をしていた。やはり、あのときの声は、レオンさんだったんだ。上からの命令でやったはずなのに、自分を責めているかのような表情をしていた。
「王宮の命令ですよね。仕方ないです」
「ふっ、坊やに、この集落の生き残りにそう言ってもらえると、心が少し軽くなったよ」
「隊長! アンデッドは…」
「あぁ…。困ったな。見つからなければいいと願っていたんだが…」
「アンデッドは焼き払うべきです! じゃないといずれ害になります」
「うーん…」
僕は、どうするのが最善なんだろう。警備隊は仕事で来ている。おそらく、冒険者がこの集落でアンデッドを目撃したんだろう。
人族は、自分達が生きるために、自分と異なる者を排除しようとする。人族は弱い。だから、不安なんだ。
『翔太、あれ、使おう』
『ん? 何?』
『聖魔法、清浄の光』
『えっ? そんなことしたら、彼らは消えてしまうじゃん』
『焼き払われたら、深い怨念を持つアンデッドとして生まれ変わるだけだ。そしたらもう人間にはなれない』
『でも、聖魔法は…』
『アンデッドに本当の死を与える。だから、きっと、この土地に縛られず、自由に生まれ変わることができるはずだ』
『そっか……でも、ライト、それでいいの? せっかく会えたのに』
『このままだと、いつか焼き払われるだろ。そうなると、みんな、ずっとこの土地に縛られて苦しむかもしれない』
『わかったよ。僕に任せて』
『あぁ、俺はさすがに……手伝えない』
「レオンさん、僕が浄化します」
「えっ? いいのか」
「はい。彼らを焼き払っても、より深い怨念を持つアンデッドに生まれ変わるだけです。そうなると、害になるかもしれない…」
「すまん、このままにしておいてやれたらいいんだが…」
「いえ…」
ゆっくりと、僕は彼らに近づいた。「ライト」が彼らと話したのだろう。特に逃げる様子もなく、穏やかな顔をしているようにさえ見える。
僕は、左手を彼らに向けた。彼らの弱い闇が、僕の深き闇と絡まった。その瞬間、ライトと呼ばれたような気がした。
僕は、蘇生を唱えた。僕の左手から白い光が放たれた。その瞬間、彼らはスーッと光の中に溶けるように消えていった。
ふいに僕の目からは涙がこぼれた。生まれ変わったら、どこかで会いましょう。消え行く光に向けて、僕は心の中で呼びかけた。
『あぁ、ライト、またな』
(えっ?)
いま、優しい声が聞こえた。空耳だったのだろうか? 僕の目から流れ始めた涙は、なかなか止まらなかった。
「ライトさん、大丈夫ですか…」
「あ、レンさん、大丈夫です。すみません、なぜか涙が止まらなくて…」
「坊や、辛いことをさせてしまったな」
「いえ、大丈夫です。すみません、なんだか…」
「涙は我慢しない方がいい。彼らへの弔いにもなるからな」
「はい」
僕は、しばらくの間、集落の景色を眺めた。涙でにじんでよく見えなかったが…。
(皆さん、どうか安らかに)




