277、湖上の街ワタガシ 〜 氷の魔石の花
僕は、銅貨1枚ショップの方へと移動した。
店内は、真夜中なのに、かなりのお客さんがいた。この店は、24時間営業決定だな。幸いにも店員ミッションの受注者は大量にいる。交代制で、お願いしよう。
その店の端の、花コーナーで、アトラ様は眠っていた。もしかして、アトラ様も店員をしてくれてたのかな?
「お疲れ様です。彼女、寝ちゃったんですね」
「はい、たぶん魔力切れじゃないかと思います」
「ん? 魔力切れ?」
「はい。軽食の保冷魔法を全部やってもらってたから、かなりの量の魔力を使ったと思います。途中で何度か、金髪の女の子から魔ポーションをもらって飲んでましたし」
(金髪の女の子? あ、女神様のことね)
「そうなんだ。張り切って無理しちゃったのかな…。ん? 保冷魔法?」
「はい。包み紙を開けるまで、冷えた状態を保つ魔法です。弱い氷バリアみたいな…」
「そっか。弱い氷バリアならできるから、僕が残りの作業をやるけど」
「いえ、もう大丈夫です。お客さんも減りましたし、まだ在庫はたくさんあります」
「管理体制ばっちりだね。あ、こちらの店の営業時間は、24時間営業でやろうと思うので、適当に交代制でお願いします」
「はい。そのつもりです」
「えっ? そうなの?」
「あ、はい。こんな繁盛店、閉める時間がもったいないですよ」
「そっか。ふふっ、あとはよろしくお願いしますね」
「はい、お任せください!」
商会の娘は、めちゃくちゃ頑張っている。やる気がありすぎて、ちょっと心配なくらいだ。
他の店員ミッション受注した人達も、全然疲れを見せない。みんな楽しくてたまらない様子だった。
うん、今夜開店して、よかった。明日に延ばしてたら、リュックくんが言ってたように、やる気を削いだかもしれない。大急ぎで、開店準備を進めてくれたみたいだもんね。
僕は、アトラ様をお姫様抱っこして、バーの方へと戻った。もちろん、補助で重力魔法を使ったんだけど。
(ちょっと筋トレする方がいいかなぁ)
そのまま、3階の部屋に寝かせに行こうと階段を上ろうとすると、女神様に呼び止められた。
「ライト、話があるから、そこに座るのじゃ」
「えっ? ちょっとアトラ様を寝かせてきますから」
「そのソファ席に寝かせておけばよいのじゃ」
「え、あ、はぁ」
女神様の席には、銅貨1枚ショップで買ったらしき軽食の包み紙が無造作に置かれていた。
持ち込みは禁止したいところだけど、ワンコインショップも同じ店内だ。バーのおつまみとは被らないようにしなきゃと、僕は意外な盲点に気づいた。
バーは、もうほとんどの客が帰っていた。一般客は、カウンター席にいるあのカップルだけだ。
その二人に、マスターが、閉店の案内をしている。
そっか、もう朝なんだね。虹色ガス灯は、新しい一日の始まりを示す赤色になったようだ。
僕は、二人のお客さんの見送りをして、店の片付けをマスター達に任せ、女神様の席に戻った。
「お話というのは?」
「ふむ。ポーション代のことじゃ」
「あ、内装とかいろいろありがとございました」
「うむ。じゃが、まだ足らぬ。それに、継続して、あの意味のない呪い付きのダブルポーションが欲しいのじゃ」
「魔族への報酬が足りないのですか?」
「まだ今のところは大丈夫じゃ。じゃが、ある程度、妾も持っておきたいのじゃ」
「え? また変な遊びを思いついたんですか?」
「ちがーう! あれは報酬に最適なのじゃ。最適すぎるのじゃ。だから、今後のことを考えての取引なのじゃ」
「ん? えっと、可能な限り女神様に渡せということですか? まぁ、別に構わないですけど」
「うむ…。じゃが、問題は対価なのじゃ。ライトが欲しいものは何じゃ?」
「へ? えっと……別に。あ、隠居したいです」
「それはダメじゃ。宝玉を集めなかった罰なのじゃから、認めるわけにはいかぬ」
「うーん、じゃあ、特にないです」
僕がそう答えると、女神様はムゥっとした顔で考え込んでしまった。
女神様は、僕に献上させることもできるのに、対等に取引をしようとする。腹黒いのに、搾取はしないんだよね。
「あの、お話中にすみません。ライトさん、入り口の販売機が壊れてるって言ってる人が…」
「ん? あー、品切れだと思います。あとで補充するから、しばらくしてからまた来てもらうように伝えてください」
「はい、わかりましたー」
(自販機、すごい稼ぐよねー)
ふと見ると、店内の自販機も売り切れていた。これからは、自販機の管理も大変だ。
「リュックくん、異空間ストックってかなりある?」
「あぁ、めちゃくちゃ溜まってるぞ」
「じゃあ、魔法袋、買ったから少し引き取るよ〜」
「あぁ」
「あっ!」
「何?」
「いや、リュックくんじゃなくて……いや、リュックくんなんだけど…」
「は?」
「女神様、僕、対価を思いつきましたよ」
「なんじゃ?」
「リュックくんをもう一度進化できるようにしてほしいんです」
「これ以上のバケモノにせよと言うておるのか?」
「そういうわけじゃなくて、リュックくんにも電池を積めるようにしてあげたいんです」
「電池というのは、ライトの覚醒のことを言うておるのか?」
「はい。リュックくんは僕から離れると一日でエネルギー切れになるみたいだから、もっと長く離れていられるように…」
「ダメじゃ!」
「えっ? どうしてですか」
「リュックは、まだ魔人になってわずかな時間しか経っておらぬ。安定しておらぬのじゃ。いつ破壊魔人になるやもしれぬ」
「そんなこと、ないですよ。僕がきちんと育てます。と言っても、チャラ男なのはどうしようもないんですけど…」
「おい、誰がチャラ男だって?」
「ん? だってリュックくん、チャラチャラしてるから…」
「はぁ、おまえなー。普通なら、オレが暴走したり、どこかを破壊するんじゃないかって心配するところだぜ? なんなんだよ、そこんとこの信頼は…」
「ん? だってリュックくんは、そんなことはしないから。あ、マーテル様と、どういう関係?」
「はぁ…。あ? プライバシー大事だろ?」
「また、それ?」
女神様は、何かをジッと見ている。僕とリュックくんを交互にジッと。何かのサーチかな?
「ふむ。なるほどの。妙な感情を持ったか…。まぁ、確かにリュックの今のエネルギーでは、遠方のおつかいを頼むことができぬ」
(妙な感情って何? やっぱチャラ男?)
女神様は、僕の方をチラ見すると、なんだか興味深そうな顔をしていた。何? その顔、何?
「は? 遠方って何だよ?」
「他の星系には、お届け物しかできぬではないか。戦闘のリスクのある場所には、おつかいに行かせられぬのじゃ」
「女神様、じゃあ、リュックくんに貯蔵庫を作ってください。そしたら、おつかいを頼みやすくなりますよ」
「おい、オレはそんなことのために…」
「ふむ。リュックも、エネルギー貯蔵庫が欲しいのじゃろ? ちょっとでも無理をすると、ライトの肩で数日、補給のために眠ることになるからの」
「じゃあ、リュックくんの覚醒をポーションの対価に…」
「ダメじゃ」
「え? いま、その話、良さげだったじゃないですか」
「急にエネルギー値が上がると、魔人は何をするかわからぬ」
「じゃあ、急じゃなければいいのですか」
「うむ。ルーと、その話をしておったところじゃ」
「ん? リュックくんの覚醒?」
「覚醒ではない。貯蔵庫を増やすことじゃ。遠方へ行く能力のある者は、戦闘力がないのじゃ。今後を考えると、リュックに貯蔵庫を増やすべきだとは考えておった」
「じゃあ!」
「ルーやヲカシノは、100年後にと言っておるがの」
「えっ…」
「ルー、湖底にもあの花は咲いておるのか?」
「何の花ー?」
「クリスタルのとこに咲く花じゃ」
「あー、うん、でもまだ月に1つくらいしか咲かないよーん」
「ふむ。それでよい」
「でも、あたしじゃないと触れないよー。他の人が触っても黒くなって崩れるってか腐るわよーん」
「ライトなら、触れるじゃろ」
「えっ、あー……そう、かも」
女神様は、ルー様に向かって、アゴをくいくいとしている。これは、取ってこいってことかな?
「ボクが取って来てあげようか? 触らないでも採れるよー」
「何言ってんの? 立入禁止だよーん」
まだ、女神様は、アゴをくいくいしている。
「わかったわよー」
そう言うと、ルー様はスッと消えた。
消えたと思ったら次の瞬間、ルー様は再び現れた。その手には青く光るガラスのような花を持っていた。
(早っ!)
そして、僕にふんっと差し出された。綺麗な花だ。ガラスのように見えるけど、クリスタルの花なのかな?
「やはり、ライトが触っても腐らぬな」
「ライトは氷のクリスタルで覚醒したんだから、当たり前だよーん」
「ライト、手で潰してみるのじゃ」
「えっ? もったいないじゃないですか」
「はよ、はよ」
僕は、言われたように、青く光るガラスのような花を握った。すると、クシャッと潰れ、強く青い光に変わった。
(ただの光になった?)
「リュックの核に入れるのじゃ」
「ん? 核?」
「カバンのときに水晶のような心臓を付けておったじゃろ? あれは、今はどこにあるのじゃ?」
「あー、それは秘密。プライバシーって大事だろ?」
「リュックくん、この光…」
「もらっとくわ〜」
リュックくんは右手から紐を出し、その光に触れた。すると、スーッとその光はリュックくんの紐に吸収された。
「へぇ、おもしれー」
一瞬、リュックくんが青く光った。光を吸収したのかな。そのとき、僕の左肩が熱くなった。え? もしかして、ここに心臓があるわけ?
「なるほどの。ふぅむ」
女神様は、僕の頭の中を覗いたのか、僕の左肩のリュックくんの肩ベルトを見ている。
「女神、オレの電池、倍になったんじゃねーか?」
「そのようじゃな。主人であるライトが光に変えたから、ルーがやるよりも強い光になったのじゃ」
「えっ? リュックくん、じゃあ、二日離れてて大丈夫になった?」
「そーみてーだな」
「そっか、よかった〜」
「リュック、光が欲しければ、主人の仕事を手伝うのじゃ。働かざる者食うべからずじゃ」
「へ?」
「この花は、氷の魔石の花じゃ。クリスタルになる前の岩に咲くのじゃ。労働の対価として得るなら、毎月吸収することを許してやるのじゃ」
「ふぅん。まぁ今の状態だと、ちょっと暴れたらエネルギー切れだしな」
「ん? リュックくんも店員する?」
「いや……そうだな、自販機の補充をしておいてやるよ」
「えっ? まじ? 助かる〜」
「あぁ、まじだ」
「じゃあ、これから、売り切れておったら、リュックに文句を言えばよいのじゃな。売り上げ金は、ネコババするでないぞ」
「しねーよ」
リュックくんが反抗期の子供のように、女神様を睨んでいる。なんというか、やっぱ仲悪いよね。
「それからライト、学校の教師のことじゃがの。ちょっと問題が起こったのじゃ」
「何ですか?」
女神様は、リュックくんをチラチラ見ている。
(ん? 何?)




