276、湖上の街ワタガシ 〜 開店!
「いらっしゃいませ〜」
僕の店がオープンした。扉を開けて、次々とお客さんが入ってくる。ヲカシノ様の開店告知もあったためか、大盛況だった。
(あれ?)
店の扉を開けて、まっすぐに進むとバーがある。左に進むと銅貨1枚ショップがある。待っていたたくさんの人達は、みな左へ進んで行った。
「みんな、銅貨1枚ショップに行きますね」
僕は、カウンター内で、手伝いに来てくれているマスターに話しかけた。
「まだ、バーには早い時間だからね。それに、バーならこの街には溢れているから、珍しくもないんですよ」
「あ、ワンコインショップが珍しいから?」
「ええ。全品が銅貨1枚で買える店なんて驚きました。タイガも、ありえないと言ってましたが、ほんとに作ってしまったんですね」
「え? タイガさん、100円ショップを知らないんですか」
「は? 100均なら知ってるで。スーパーとかで100円均一コーナーあるやんけ」
「そうなんだ! バブル時代にはなかったんだ」
「どっかにあったかもしれんけど、俺の行動範囲にはなかったで」
「へぇ。平成の時代では、100円ショップだらけですよ」
「まぁ、この行列みたら、流行るんわかるわ〜。外にも並んどるで」
「大量の店員ミッションを出したのも、宣伝効果になったのだと思いますよ。みんな、知り合いに伝えるでしょうからね」
「なるほど…。それは全く予想してませんでした」
「ライトが気の毒やから、俺が客1号になったるわ。ケトラ、ちゃんと接客できるんか?」
「じゃあ、ケトラ様、タイガさんで練習してみましょうか。別に失敗して水ぶっかけても大丈夫ですからね」
「おい、おまえなー。俺はおまえの教育係なん忘れてへんか? ちょっとは、うやまうとかないんけ」
「あはは、そうでした。忘れてました」
「それに、店員に、ケトラ様はないやろ。店の中では、マスターと店員やで?」
「あ、確かに…。えっと、じゃあ…」
「ケトラでいいよっ。妹だし」
「ふふっ、じゃあ、そうですね……ケトラちゃんにしましょうか」
「うんっ!」
僕は、冷凍庫を開けたが中は空っぽだった。冷蔵庫の中も空っぽ。あれ? あ、食材は、魔法袋だっけ。
水用の魔法袋には、懐かしいペットボトルのようなガラスのような容器がたくさん入っていた。リュックくんが作る容器だ。これを使って、水汲みをしたよね。
僕は容器を1本取り出しスッと手を入れ、中のイーシアの水を凍らせた。そして、半分透明化を念じ、容器から四角い形をした大きな氷を取り出した。
冷凍庫から氷入れを取り出し、風魔法を使って、氷を砕きロックアイス状にして、無事、氷、完成!
氷を一つ、コップにカランと入れ、その上からイーシアの水を入れた。
「ケトラちゃん、これ、お客さんに出してきてください。いらっしゃいませ、って言ってからテーブルにそっと置いてくださいね」
「お兄さ……じゃなくて、えと、マスター、わ、わかりました」
ケトラ様はめちゃくちゃ緊張している。タイガさんを警戒してるからかな?
心配しながら見ていたが、ケトラ様は僕の言ったとおり、きちんと水を出すことができた。うん、大丈夫っぽい。
「ライトさん、なぜ、水を出したんですか? 頼まれていないのに」
「ん? あ、僕の前世では水を出すのが普通なんです。あ、でも、バーでは頼まないと出てこないけど…。イーシアの水の美味しさを味わってほしいから」
「へぇ、じゃあ、席のチャージ料みたいな感じ?」
「いえ、水は無料ですよ」
「とりあえず、冷えたビールと、つまみや」
タイガさんは、マスターに向かって注文している。マスターは、他の人に指示をして、つまみを用意していた。
「ん? なんや? なんで小さい皿で出てくるんや」
「あ、この店は、つまみ料金は一皿銅貨3枚なんだよ。ね? ライトさん」
「えっ? なぜ…」
「カースさんが、ライトさんの頭の中で考えてる案を教えてくれてね。それに合わせて用意したんですよ。でも、酒の値段は設定が甘い。その2〜3倍にしないとダメですよ」
「えっと…」
「安いと、質の悪い客が、飲みすぎて暴れるからね。適正料金を取る方がいい。それに、あまりにも安いと不味い店だと思われてしまうんですよ」
「なるほど…」
「おまえ、ビールいくらにする気やったんや?」
「生中で500円、銅貨5枚かなぁって…」
「はぁ? バーなら、ビールもグラスで銅貨20枚取りよるで? くそまずい蒸留酒のロックだと銅貨30枚とかな」
「高いですね…」
「おまえ、この世界の常識がわかってへんねん。やっぱりマスターに手伝いさせて正解やったわ」
「あはは…」
「じゃあ、お酒の料金はどうしますか? 一律料金がいいなら、グラスのサイズを変えればいいので可能ですよ。一応、グラスはかなりの種類を用意してあるようですから」
「カース、さすがだな。えっと、では一律で銅貨20枚でお願いします。ノンアルコールは銅貨5枚にしようかな」
「じゃあ、原価の高い酒は小さなグラスで、逆に安い酒は大きなもので出しますね」
「はい、よろしくお願いします」
いつの間にか、ミサさんとマーシュ様がシャルと共に一番手前のテーブル席に座っていた。シャルはテーブルの横の床に座っている。なんだか、シャルもソファに見える。思わず間違えて座ってしまいそうだ。
僕は、水をふたつ、ケトラ様に運んでもらった。すかさず、別の店員さんが注文を聞きに行った。
入り口をふさいでいた彼らがテーブルについたことで、店内がよく見えるようになった。
すると、バーの方へも、お客さんが入ってきた。そっか、さっきは満員だと思われたのかな。
(一般客、第1号だね。なんだか感動)
一般のお客さんが入ってくると奥でコソコソ立ち話をしていた女神様とルー様は一番奥のテーブル席に座った。席取りをしようということかな。
リュックくんも呼ばれて、キャンディを撒き終わって少年の姿に戻ったヲカシノ様も、そのテーブル席に座った。
僕は、人数分の水を、ケトラ様に運んでもらった。彼女は、飲み込みが早い。もう、すっかりサマになっている。
「おっ、お姉ちゃん可愛いねー」
「あ、ありがとう」
客に若干、絡まれているのが気になったが、ケトラ様自身は絡まれているとは気づいていないようだった。素直に、ありがとうを言っていた。
お客さんも、そう言われると次の言葉に困ったらしく、その隙にすかさず、他の店員が注文を取りにいった。なるほど、上手いな。
注文は、ほとんどがエールだった。でも、女神様のいるテーブルからは、お任せ注文だった。
「アイツら、アルコールはあかんで。女神とルーは酒癖わるいし、ヲカシノは酒嫌いや。リュックは酒に酔わんやろから出しても無駄やで」
「そうですねぇ」
「ジュースでええんちゃうか?」
マスターも、それに同感のようで頷いている。でも、せっかくのバーだから、カクテルっぽくしようかな?
「じゃあ、僕、適当に作りますね〜」
また、お客さんが入ってきたので、店員がカウンターに案内していた。
僕は、営業スマイルでいらっしゃいませ、を言って水をケトラ様に出してもらった後、カクテルっぽいジュースを作り始めた。
まず、女性ふたりの分として、ファジーネーブル風のジュースを作ることにした。
氷を細かく風魔法でクラッシュして、背の高いグラスに入れた。そして、とろみのあるピーチジュースにオレンジジュースをそっと入れ、下の方はピーチ、上の方がオレンジの層を作った。
そして、レモンをリボンのようなクルクルした飾り切りにしてふちに飾り、ストローをさした。
「ケトラちゃん、これ、女神様とルー様に運んでください。ストローで混ぜてから飲んでくださいって言ってね」
「はいっ」
ケトラ様は、倒しそうになりながらも、なんとか無事に運んでくれた。
女性ふたりは、かわいいと叫んで、キャッキャと盛り上がっている。ケトラ様がかわいいのかな? まぁ、可愛らしいよね。
その間に、男性ふたりの分として、アイスティにしようと作り始めた。
紅茶をホットで濃い目につくり、砂糖を少し多めに加えた。それをロックアイスをいれた大きめのロックグラスに注ぎ、三日月切りにしたレモンスライスとミントを浮かべた。
ちょうど出来たときに、ケトラ様が戻ってきたので、すぐにまた運んでもらった。
「このふたつは、ヲカシノ様とリュックくんにお願いします」
「はいっ」
ふと視線を感じて顔を上げると、カウンターに座ったお客さんが、エールを片手に持ちながらジーっと、僕を見ていた。な、何? そして、女性が男性に何か言っている。
「あの、すみません。さっきの2種類は?」
「あー、今のはノンアルコールカクテルです。ジュースですね」
「お酒入ってるのも、できるのー?」
「はい、できますよ。何かお作りしましょうか?」
「ぜひ!」
僕は、二人の味の好みやお酒の好みを聞いた。エールしか飲んだことがないという。
そしておつまみは、しっかりとお腹にたまりそうなものを食べている。食事に合わせやすいものがいいかな?
僕は、タイガさんの魔法袋から、ウォッカを取り出した。そして、モスコミュールと、スクリュードライバーを作った。
モスコミュールは、ロックアイスにウォッカを入れライムを少ししぼり、ジンジャエールを注いだ。
スクリュードライバーは、ロックアイスにウォッカを入れてオレンジジュースを注いだ。
もちろん、飾りも忘れない。モスコミュールはライムで、スクリュードライバーはオレンジを飾った。
「お待たせいたしました」
僕、カウンター越しに、二人の前にカクテルを置いた。
「こちらはモスコミュールです。そして、こちらがスクリュードライバーです」
初めて聞いた名前だったようで、二度ほど聞き返された。女性の前にスクリュードライバーを置いたが、結局、ふたりで交互に飲んでいた。
その後、男性から再びモスコミュールの注文を受けた。気に入ってもらえたようでよかった。
魔法袋の中には、ジンジャエールもソーダもトニックウォーターも入っていた。さらに、フルーツもあれこれと揃っていた。ほんとにすごい完璧だ。
「ライトさん、俺しばらく、ここ手伝おうかな?」
マスターが嬉しいことを言ってくれた。あ、もしかしたら、僕だけではマズイと思われたのかな…。
「嬉しいです、助かります」
「よかった。ここにいると、いろいろ吸収できそうだよ」
「ん?」
「カクテル、いろいろ教えてほしい」
「えっ、マスター、そんな…」
「ははっ、ライトさんがマスターだってば」
「あ、そうでした……はは…」
店は満員になることはなかったが、それなりにお客さんは来てくれた。夜が深くなると、銅貨1枚ショップの混雑も落ち着いてきた。
アトラ様の姿を見ないなと思っていたら、商会の娘が僕を呼びにきた。
「奥さんが、寝ちゃいましたー」
(へ? アトラ様が?)




