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275、湖上の街ワタガシ 〜 頼もしい助っ人

「お兄さん、気をつけて!」


「ん?」


 店の扉を開けると、ケトラ様が異常に警戒した顔で、僕に注意を促してきた。誰がいるんだろう?


 僕が店内に一歩入ると、目の前が真っ白に染まった。


(えっ…)


 僕はその場で、尻もちをついた。真っ白な何かに飛びかかられた勢いで、押し倒されたような形になったんだ。


(こ、これは?)


 その次の瞬間、僕の頭がべちゃべちゃになった。僕にこんなことをするのは、シャルロッテしかいない。

 僕は、必死にもふもふをかき分けて、僕の頭をべちゃべちゃにしている犯人の顔を見た。うん、シャルロッテだ。


「シャル、どうしてここに?」


「お兄さん、後ろ!」


 ケトラ様は、警戒を解いていなかった。シャルのことを警戒していたんじゃないの?



「まったく、なんでそんなに懐いてんねん。ジェラシーやわ〜」


 僕が声の主を見ると、そこには、呆れ顔のミサさんがいた。その奥には、タイガさんの姿も見えた。ケトラ様が誰を警戒しているのかわからない。


「ミサさん、お久しぶりです」


「ライトさん、久しぶり〜。あんた結婚したんやってな? その後ろにいる子なん?」


「あ、いえ、彼女は妹です。ケトラ様、冒険者をしてるミサさんです」


「あ、えーっと、あたし、ケトラ」


「ふふっ、めっちゃかわいいやん。ウチはミサ。ケトラも守護獣なん?」


「うん、そう」


「へぇ、赤髪で、まだ若い女の子ってことは……ハデナの暴れん坊やな」


「えっ? うーん、精霊ハデナ様の守護獣」


「こんなかわいい子なんや。知らんかったわ〜」


「えーっと、あ、ありがとう」


(ケトラ様が、ちゃんとありがとうを言えた!)


「あー、それで警戒しとってんな? ウチのバカ…じゃなくてあのオッサンがおるからか、もしくは虎がおるからか」


「両方…」


「心配せんでも大丈夫やで。二人とも、ここでケンカする根性ないわ〜」


「そう? あ、うん。そうかも」



 ケトラ様がさらに何かに気づいたようだった。僕は、ようやくシャルから解放されて、店の奥を見た。


(何? 嫌な予感がする…)


 そこには、女神様と、精霊ヲカシノ様、精霊ルー様がいた。なんだか、コソコソ話をしている。


 店のカウンター内には、懐かしい人がいた。僕がバーテン気分を味わったロバタージュのバーのマスターだ。見知らぬ若い男も二人いる。ミッションの人かな?


 タイガさんは、カウンター席に座って、リュックくんと、ルー様の守護獣マーシュ様と話をしていた。


 そういえば、マーシュ様って、確かシャルの父親だったよね。そして、ミサさんが片思いしてるんだ。あ、これは内緒だったっけ?




「なんや? おまえ、頭ネットリやんけ」


「あ、はぁ」


 僕は、自分にシャワー魔法をかけた。ケトラ様の服も少し被害がありそうだったので、彼女にもシャワー魔法をかけた。


「お兄さん、何?」


「あ、服がちょっとべちゃべちゃになってしまったので、シャワー魔法をかけました」


「ふぅん、なんだか水浴びをした後みたいになった」


「はい、少しスッキリしたでしょ?」


「うん」


 僕と話しながらも、ケトラ様は、タイガさんと、マーシュさんを交互に睨んでいた。


「誰や? その子」


「ん? ケトラ様です」


「は? ハデナのケトラか? もっとガキんちょやったはずやけどな?」


「しばらく会ってないんじゃないですか?」


「忘れたわ〜。あ、服のせいちゃうか? 馬子にも衣装ってやつやんけ」


「ふふっ、この服、今、買ったばかりなんですよ」


「ふーん、で、おまえ、俺に言うことあるんちゃうけ」


「あ、タイガさん、お酒いろいろありがとうこざいます」


「いや、そんなんどうでもええねん」


「ん?」


「チャラ男とミサのこと、隠しとったやろ?」


「えっ? リュックくんとミサさん?」


「アホか、虎の方や」


「えーっと、何かありましたっけ?」


(何か進展したのかな?)


「おまえなー。まぁ、ええわ。湖底の居住区で、いつもいちゃついとんねん。どうにかせぇや」


「ちょっと、何、変なこと言うてんねん。ルーちゃんもいつも一緒やんか。うちが手伝ってる店に来るだけやん」


「ん? 湖底は僕、行ったことないんですけど、ミサさんは湖底に住んでるんですか」


「住んでるってほどは、おらんけどな。一応、部屋はあるねん。ルーちゃんの引きこもり部屋の近くのカフェで、たまにバイトしてるんや」


「そうなんですね」



 タイガさん親子と話していると、ケトラ様が緊張したのが伝わってきた。マーシュさんがこちらへと近寄ってきたんだ。


「ライト様、お久しぶりです」


「マーシュ様、こんばんは。今日は、ルー様の監視ですか?」


「はい、よくおわかりですね。女神様から湖上の街にと言われたのに、なかなか部屋から出ないので、私が強制的に連れてきました。途中でミサさんも巻き込んでしまって、本当にすみません」


「ルーちゃんは、マーシュさんと二人きりになるのを怖れてるみたいやから、しゃーないで」


「えっと、相変わらずなんですか? ルー様は…」


「そうなんですよ。ただ、ヲカシノ様が絡んでいると大丈夫です。ルー様が無理なら彼だけにお願いすると言うと、なんとか連れ出すことはできるので」


「ん?」


「ルーちゃんが勝手にライバル視してるんや。だから、それを利用して、女神様がギルド登録もさせたらしいで」


「なるほど」



 ふと、マーシュ様の視線が僕の後ろに向いた。そして、ふっと、やわらかな笑みを浮かべた。

 マーシュ様ってほんとに王族っぽいよねー。真っ白な髪を後ろで束ねていて、気品のある大人の色気を放つ紳士だ。羨ましい。


「ハデナの赤い狼、そんなに警戒しないでください。私は、そもそも虎と狼が争うのは反対なんですよ」


「でも、おまえは氷の白虎…。 狼を大量に殺した。あたしの母さんも殺した」


「あー、あの600年程前の、全面抗争ですか…。あれを機に、私はヌーヴォの里を離れたんですよ。貴女の母親も犠牲になりましたか…。私も、かなりの子供を失いましたが…」


「えっ……そうなの?」


「はい。虎と狼は、本来なら、共に精霊を支えるべき守護獣です。それが、序列争いが激化してあのような悲劇が起こりました。貴女のように、幼くして親を失った子も多いのです」


「そう…」



 僕は、この話を聞いて、なんともたまらなく苦しい気持ちになった。

 ケトラ様は、幼い頃に母親を失い、守護獣の任務についてすぐに守るべき精霊ハデナ様を殺されたんだ…。だから、彼女は、こんなに精神的に不安定なんだ。


 そして、そんな不安定な彼女を、処分しようと考える里…。確かにケトラ様は戦闘力が高いから危険だし、守護獣としては精神状態が不安定であることは、欠格事由なのかもしれないけど。


 アトラ様は、母親は健在だし、里長の長女だから、ケトラ様のことを処分しようとする里の考えに逆らえない立場なのかもしれない。

 ケトラ様が、アトラ様を異常にライバル視したり、邪魔だと思われていると感じるのは、そんな背景があるんだ。


 たぶん、ケトラ様は、アトラ様のことが羨ましいんだ。母親が生きていて、守るべき精霊を守る役割も果たしていて、そして、僕と結婚して…。




「あ! 街長、居てくれてよかった〜。告知のキャンディ、早めにしてもいいですか?」


 銅貨1枚ショップから、商会の娘が駆け込んできた。もう、彼女が店長でいいかな?


「告知のキャンディ?」


 すると、奥でコソコソ話をしていたヲカシノ様がこちらを向いた。


「あー、それ、ボクのイベントだよ〜」


「ん?」


「新規オープンの店の前で、キャンディを投げるんだ。もうすぐ開店ですよの合図にねー」


「幸せのキャンディなんです。食べると小さなラッキーが訪れる魔法がかかっているそうです」


「へぇ」


「店の前に集まった人が多すぎて、ショーウィンドウに張り付いて、店内を見る人も多いから、落ち着かなくて」


「そっか、わかった。ヲカシノ様、お願いします」


「はいはーい」


 軽く返事をすると、ヲカシノ様は少年の姿から、大人の姿に変わった。確か、この姿は、魔族の国では戦闘狂って呼ばれてるんだっけ。

 しかし、イケメンだよね、王子様っぽくて…。はぁ、羨ましい…。


 そして、ヲカシノ様が外に出て行くと、キャーっと黄色い歓声が上がった。店の前の広場に人だかりが移動していった。


(そっか。このキャンディ待ちだったんだ)


 商会の娘は、フーッと大きく息を吐いた。そして、僕にペコリと頭を下げ。銅貨1枚ショップの方へと戻っていった。




「ケトラ様、バーも準備を始めますよ。エプロンもお願いします」


「うん、わかった〜」


 ケトラ様は、まだやはりマーシュ様やタイガさんを警戒しながらも、僕の後をついて、店のカウンター内へと移動した。


「マスター、今日は一体?」


「ライトさん、こんばんは。いやいや、この店のマスターはライトさんでしょう? 今日は、ミッションを受注して開店のお手伝いに来たんですよ」


「えっ!? わっ、ありがとうございます! めちゃくちゃ助かります」


「タイガが、手伝ってやれってうるさくてねー」


「あわわ、す、すみません。ロバタージュの店は?」


「あちらは、いま、ちょっと閉じているんですよ」


「えっ? 何かあったんですか?」


「いつもコイツは、ふらっと長期休業するんや。同じことしてると飽きるらしいで。で、いつもなら冒険者しとったんや」


「なるほど」


「まぁ、湖底に家がもらえたので、今回はそこにカフェを作るために、ロバタージュは休業してるんですけどね」


「えっと、そのカフェってミサさんがバイトしてるって言ったカフェですか?」


「ええ、そうですよ。ただ、カフェは昼間のランチ時は忙しいのですが、それ以外の時間はわずかな常連さんしか来てくれなくて…。まぁ、神族だけの居住区だから、そもそも人が少ないんですけどね」


「あ、それで、ルー様が、カフェに行けるんだ。引きこもりなはずが、なぜカフェなのかと不思議だったんです」


「ふふっ、まぁ、あのカフェは、ルーちゃんのための店ですからね。もうそろそろ、バイトに任せっきりにしようかと考えているんですよ」


「ん? ルー様のためのカフェなんですか?」


「ええ、引きこもり部屋の出入り口の前に作ってあります。ルー様は、芋を食べないと死んでしまうそうなので〜」


「あはは、芋好きですもんね」


「ええ。あ、カウンター内に少し追加したものを説明しますね」


「はい、お願いします」



 カウンター内には、食材用、水用、酒用の魔法袋がつるしてあると説明を受けた。この魔法袋をつるす棚自体が魔道具だそうだ。僕が持っていたタイガさんの酒の魔法袋も、ここにつるした。


 普通の魔法袋は、身体から魔力を流して利用するけど、この棚が魔力を流すので、装着しないでも魔法袋が使えるそうだ。地味だけど、絶対便利だ。


 そして、カウンター内にいた男性は、マスターの店のバイト経験のある人達だそうだ。ほとんどの下準備は完了したとのことだった。




「街長! 虹色ガス灯が青色に変わりました!」


「じゃあ、開店しましょう! 皆さんよろしくお願いします」



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