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270、湖上の街ワタガシ 〜 ライトの試練

「なんだか賑やかじゃの。闘技大会は闘技場でやるものじゃ」


 突然、ふわっと上から降りてきたのは、なぜか20代後半の姿をした女神様だった。あ、イロハカルティア様として人前で話すときは、この姿で登場するんだっけ。


 女神様が現れたことで、広場の観衆は、どよめいた。みな好意的にワーワー騒いでいる。


 この場にいた、赤の神レムン達は、驚き固まっているようだった。



「女神様、なぜここに?」


「なっ? コホン。賑やかなのは良いのですが、騒ぎの中に、神々がいるのが見えましたからね」


(な、何? 気持ち悪い話し方…)



『人目があるからだろー。どーせ、すぐにボロが出るんじゃねーか』


(ふふっ、そうだね)


 リュックくんと内緒話をしていると、女神様はチッと舌打ちしていた。うん、すぐにボロが出そう。


 カースも、ニヤニヤしていた。


 そういえば、さっきの話は事実なのかな。カースは、ペンラートの神になったのだろうか。もし、そうなら星の名が変わるの?


『神の役目なんて、やらねぇよ。俺は、おまえのおもりで精一杯だ』


『えっ? カース、聞いてたの?』


『おまえも、考えがダダ漏れだ』


『オレ達の主人は、漏らし癖がひどいな。闇も漏らすし、思念も漏らすし…』


『リュックくん!』


『ふはは、女神様がうるさいってさ』


『しゃべってないよー』


『声より思念の方が、うるさく聞こえるんじゃねーの?』


 僕達をジト目で睨んで、女神様は、赤の神レムン様達の方を向いた。



「赤の神、青の神、なぜ、この騒ぎに入って来られたのですか。貴方達は、見守るべき存在でしょう?」


「イロハカルティア、たまたまだよ。新しい黄色い太陽系の創造神の星を見たくなったんだよ。で、なんだか楽しそうな場面だからさー」


「女神、我はこの街に移住した。もう自分の星はないからな。それに暴れているのは、赤の星系の者だ。我としても無視はできぬ」


 青の神らしき人と、赤の神レムンが返事をしたが、他の4人は黙っていた。


 女神様は、その4人にもチラリと視線を向け、微笑んだ。


「そちらの神々も、観光か、移住ですか」


 そう聞かれて、4人は頷いている。女神様を警戒しているようだ。いや、怖れているのかもしれない。


「それなら、構いません。もしや、侵略目的なのかと危惧いたしました」


(まだ、丁寧な言葉遣いができてるね)


『人目が多いから頑張ってるんじゃねーの』


 ほんの少しの念話なのに、女神様は僕の方をチラ見した。黙ってろってこと? しゃべってないよ。



「女神、心配せずともこの星を侵略などできぬ。だから、我らはこの街を安住の地と考え、移住したのだ」


「あら、そうでしたか」


「あぁ、この星は、実にうまく作られている。外からの門はこの島のみだ。そして、この島はマナが濃いため、戦闘力の高い種族が集まっている。この星を侵略しようとして来ても、この島の戦闘力の高い者達に、だいたい潰されるからな」


「赤の神、この島の中でも、互いに牽制し合っています。それゆえ、治安が守られているのです」


「そうだな。確かにこの街は、どの星にもないほど、多くの支配者がウロウロしている。我でさえ、ギクリとするような戦闘力を持つ者も複数いるようだ」


「ギルドミッションがありますからね。治安維持ミッションを受注する人は多いようです。居るだけのミッションですから。近くで何かあれば、取り押さえるだけの簡単なお仕事です」


「それだよ、それ。治安維持は、普通なら兵や警備の者を置くだろう? だが、この街には、わずかな兵しかいない。簡単に乗っ取られるんじゃないかと思っていたら、大違いだったよ。今も、我を緊張させる視線がかなりの数あるからな」


 女神様は、満足そうに、でも上品に微笑んでいる。


(まだ、丁寧言葉だね……それになんだか品がいいというか…)


『あー、オレも気持ち悪くなってきた』


 また、女神様はこちらをチラ見した。明らかに機嫌が悪い。そうだよね、こんな丁寧言葉を使っていて、女神様もストレスが溜まってるんだよね。


『おまえら、うるさいってさ』


『カース、しゃべってないじゃん』


『黙らせろって、女神様がしつこいんだけど…』


『いま、能力開放中だから、念話が突き刺さるらしーな。おもしれー』


『そっか、だから機嫌が悪いんだ』




「しかし、イロハカルティア、おまえ自身がそれほどの魔力を持つとは…。噂は尾ひれがついたのかと確かめに来たが、噂どおりだったので驚いたよ。それに、この街の長は、ダーラ様がずっと欲しがっていたガキだろう? こんな能力があるなら、誰もが欲しがるはずだ」


 青の神が、話に割り込んできた。


 すると、急に女神様の表情が変わった。機嫌が悪いんじゃない。明らかに怒っているようにみえる。


(あれ? どうしたんだろ?)


「青の神、妾は以前のような弱き妖精ではありません。どのような噂かは知りませんが、この黄色い星系を害する者を排除する力くらいはあります。たとえ、それが、他の星系の覇者であったとしても…」


 女神様は、なんだか凛としていた。少し遠い存在のような神々しさがある。


「そ、それは大きく出たな。妖精が創造神だなどと…」


「お黙りなさい! 妾が見抜けぬとでも思ったか。この度の騒動は、おぬしが仕掛けたものであろう? ダーラに、この街を潰せと命じられたか!」


「な、なんだと?」


「おぬしがチカラを隠しているように、妾も隠しておる。この程度の魔力で、太陽を、星系を、創れるわけはないであろう?」


「何を、おまえ…。だが、もう遅いぞ」



 女神様は、ふふんと嘲笑うような、意地悪な表情を浮かべた。もう上品な雰囲気はどこかにいってしまっていた。


「な、何を笑っている?」


「すでに、おぬしの企みは排除した」


「ば、バカな」


「それなら、合図でもしてみるがよい」


 すると青の神は、一緒にいた神々の一人に合図をしていた。だが、合図をされた神は、首を振っている。


「いったい、どうやって…」


「この星には、防衛協定がありますからね。侵略者を見つけると、その情報は即座に共有され、狩りの対象になります。あとは、この街にいる首謀者達をどう始末するかを決めるのは…」


 女神様は、僕の方を見た。えっ? 何?


「女神、それは事実なのか? 彼は、全くそんなそぶりなど見せなかった」


 赤の神レムンは、動揺しているようだった。赤の星系の旅行者が暴れたことで、レムンは仲裁に来たつもりだったのだろう。


 それが、行動を共にしていた青の神が仕掛けていただなんて、にわかには信じられないようだ。



「カース、説明をお願いします」


「はぁ、なんで、俺? リュックでいいだろうが」


 女神様に説明を促されて、カースは、リュックくんに……。ん? リュックくんも事情を知ってるってこと?


「オレ、嫌だ。ライトが拗ねるじゃねーか。オレは何も知らねーよ」


「はぁ…。まぁ、そうだな」


(いや、もう気づいてるんだけど…)


「ま、いっか。もー、拗ねちまったな。オレが話す」


 女神様は、一瞬、嫌そうな顔をしたようにみえた。なぜ? リュックくんだと困るの?



「赤の神レムン、探査能力の低い赤の神には隠せても、女神には隠せねーんだよ。女神がとんでもない腹黒だと知らねーだろ。この星の覇者となる権利を賭けて、侵略者狩りをさせているんだぜ」


「は?」


「つまり、この星のチカラのある者達にとっては、侵略者は大歓迎なわけだ。狩りの獲物でしかないんだぜ」


「リュックくん、その言い方は…」


「事実だろーが。そしてその狩りには、オレもカースも参加させられている。オレが察知した異変の兆しを利用して、カースが罠を仕掛ける。そうすることで、すべての隠密情報は、女神の耳に入るわけだ」


「なっ…」


「女神は、それを防衛協定を結ぶすべてのリーダーに即座に知らせ、よーいどんの合図をするんだ。侵略者が動き出す前に、狩りが始まるんだよ」


(す、すごい仕組み…)


「リュック、といったか。ライト様の配下二人が、防衛のかなめなのか」


「いや、レムン、そーいうわけでもねーよ。精霊や下級神は自分のテリトリーでの異変には敏感だ。オレが察知する前に見つけることも多い。それも、すべて女神の耳に入る仕組みになっているんだよ」


「そうか…。まさか、単なる旅行者だと思って案内していた我は……なんて愚かなのだ…。しかも、赤の星系の住人をコマのように使うだなんて…」


 赤の神レムンは、怒りに震えているようだった。親しげにしていた青の神は、彼から距離を取っていた。




「さて、ライト、どうしますか?」


「女神様…」


「この青の神達は、赤い悪魔がこの街に移住したと噂を流し、赤い狼ケトラを巻き込んで、この街を破壊させようとしましたよ」


「そう……ですね」


「街長として、どう判断しますか」



 女神様は、この広場で、この大衆の前で何をさせたいんだろう? もしかしたら、女神様はケトラ様が狙われることがわかっていて、ここまで放置したのかもしれない。首謀者をあぶり出すだめなのか…。

 でも、それなら秘密裏に、いくらでも始末できるはずだ。わざわざこんな、見せもののような……ん? 見せもの? もしかすると…。



『一応、わざと仕向けたわけではなさそーだがな。ケトラが標的にされてても知らんふりをしてたがな』


(リュックくん…。じゃあ、なぜ女神様はいま、出てきたの?)


『一般人がターゲットになったからだろーな。守護獣は女神からみれば、分身である精霊の使役動物だからな』


(そっか…。身内だからか)


『身内というより使役動物は下僕だと思ってんじゃねーか』


(うーん、僕に何をさせたいんだろう)


『わからねー。おまえへの試練かもしれねーな』


(試練…)




 僕はまわりを見た。暴れていた旅行者はビビっている。青の神々は、赤の神レムンを警戒している。


 ケトラ様は、僕のローブを着ているが、バリアから出て、しょんぼりとうつむいていた。すぐそばにはアトラ様がいた。アトラ様は僕の視線に気づき、頷いている。


 広場の野次馬達は、シーンと静まり返っていた。さっきよりも随分と増えている。

 

 魔王もマーテル様以外にも見たことある顔が何人かいる。興味深そうにニヤニヤ笑っている。


 精霊ヲカシノ様はフワフワと浮かんでいた。僕が見ると、なぜかピースサインをした。


 そして、女神様を見た。するといつもの知らんぷりだ。自分で考えろということか…。



 僕は、街長として、どうすることが正解なのかわからない。でも、今までに何度も聞いた女神様の言葉にそのヒントがあるように思えた。

 でも、どっちなんだろう。考えれば考えるほど、僕は迷ってきた。正解がわからない。



(はぁ、もう、正解を探すのは辞めた)




 僕は、神々の方へと、向かって歩き始めた。すると、リュックくんがスッと消えた。カースも姿を消した。


(僕は……僕が最善だと思うことをする!)




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