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269、湖上の街ワタガシ 〜 迷惑な旅行者

 僕は、ケトラ様を背にかばうようにして立っていた。そして、ケトラ様に対峙して剣を抜いている人達を、ぐるりと見回した。


 人数は十数人、ケトラ様は、塔のすぐそばにいる。


 アトラ様が言うように、地下牢から出てすぐにケンカをしているのなら、ケトラ様は絡まれた可能性が高いのではないかと思った。



「広場で剣を抜くとは、どういうことですか」


 僕は、なるべく静かに話しかけた。剣を抜いている十数人は、僕が何者かは知らないようだった。


 野次馬もどんどん集まってきている。この街には闘技場があると聞いていたが、こんなケンカも観戦するのが楽しいのか、取り囲んだ人達は、やいのやいのと騒いでいる。


「なんだ? ガキは引っ込んでろよ! 赤狼をのさばらせておくわけにはいかねぇんだよ」


「あなた達は、この赤い狼と知り合いなのですか?」


「ケッ! ガキには関係ねぇだろうが」


 僕は、ケトラ様を振り返ってみたが、彼女は黙っていた。沈黙は肯定だということか。



 僕は指輪に触れて、アトラ様に念話を送った。


『アトラ様、事情は聞いていますか?』


『うん、待ち構えていたみたいだねー。この人達とケンカして、ケトラは地下牢に入ったんだよ。報復かもね』


『やはり、絡まれたんだと思いました』


『ライト、どうするの?』


『もちろん、止めますよ』


『でも、相手、かなり強いよ。それに、この星の住人じゃないみたい』


『侵略者?』


『ん〜、観光客かな?』


『了解です』



 僕は、剣を抜いている十数人を再び見てみた。みんな、怒っているようにみえる。ゲージサーチをしてみると、体力3本、魔力1本、どちらも青色だ。

 ということは、ケトラ様は、彼らにダメージを与えていないということだな。


 一方、ケトラ様は、左足に血がにじんでいた。斬られた、というか避け損ねたのか。


 僕は、ケトラ様に回復を唱え、左足の怪我を治した。



「なんだ? ガキは、その赤狼の下僕か」


「あなた達は、どの星から来られたのですか? 物理戦闘力が高く、魔力は低い。赤の太陽系からの観光客ですか」


「生意気にサーチ能力はあるみてえだな。しょっぼいガキがよお」


「何を…」


「ケトラ様は、動かないでください。絡まれたんですね、彼らに」


「あぅ、うん…」


「街の中でケンカはダメです。人型に戻ってください」


「でも、そんなことしたら、アイツらは!」


「ケトラ様、この広場内は、特にケンカはダメです。足湯のある憩いの場ですからね」


「う、うん」


 そう言うと、ケトラ様は人型に戻った。だが、服がこないだよりも、ひどくボロボロになっていた。


 僕は、着ていた魔導ローブを脱いで、ケトラ様の肩にかけた。


「えっ? お兄さん…」


「服を買いに行くまで、これを着ておいてください。少し重いですけど…」


「うん!」



 剣を抜いた旅行者達は、隙をついてくるかと思ったが、ジッとニヤニヤして、僕達の様子を眺めていた。


「おいおい、ただでさえ弱いのに、魔導ローブを脱いでどうすんだよ? バカじゃねえのか?」


 僕は、彼らを見た。みんなヘラヘラ、ニヤニヤしている。


「あなた達、剣をおさめてください。彼女にも言いましたが、街の中では、特にこの広場では剣を抜くことはマナー違反ですよ」


「キャハハ、何? マナー違反って。バカじゃないのー」


「バカなガキは、死ななきゃ治らないんじゃない?」


 そう言うと、彼らの目つきが変わった。獲物を見るような、狩りをするような残忍な目だ。


 彼らは、一斉に斬りかかってきた。僕は、僕とケトラ様を覆うバリアを張った。


 彼らの攻撃は、すべてバリアが弾いた。


「クソッ! 魔導士か」



 すると、彼らは見ていた野次馬の中の、赤毛の女性達にターゲットを変えた。


「あそこにも居るぞ。赤い悪魔を刈り取れ!」


(アイツら…)


 僕は、目を閉じてフゥと深呼吸をした。


「ケトラ様、このバリアの中から動かないでください」


「えっ? お兄さん、目の色が…」


 僕は、やわらかく微笑んで、バリアをすり抜けた。そして、生首達のワープで赤毛の女性達の前に移動した。


「わっ! 」


 驚く彼女達にも、やわらかく微笑み、彼女達を覆うバリアを張った。旅行者達は、スローモーションで、こちらに走ってくる。


 振り下ろしてくる剣を、僕は避けた。そして、僕も剣を抜いた。


「お、おまえ、なぜ、ワープか?」


「キミ達、誰に剣を向けてるかわかってるの? もう一度だけ言うよ。剣をおさめなさい。この広場での乱暴は許さない」


「許さないだと!? ガキがなめたことを」


 彼らは、僕の忠告を無視して、連携して僕に殺意を向けた。赤の星系の住人には、なめられると厄介だ。


「キミ達には、サーチ能力はないの? 僕に殺意を向けると、キミ達が死ぬよ」


「はぁ? なんだと?」


 僕は、再び、スローモーションの彼らの攻撃をすべてかわしていった。


「ちょこまかしやがって」


(はぁ、ギャラリーが多いけど仕方ないか…)



 僕は、覚醒時の戦闘力を、誰もが見えるようにした。僕の足元にまとっていた闇が青く輝き始めた。


「うわぁ!!」


 彼らは、常時、相手の戦闘力を見ているようだ。すぐに僕が見せた戦闘力に気づいた。


 僕の深き闇を剣が吸収していった。僕は、剣に火水風土をまとわせた。


「魔剣だ、魔剣……異常だ、化け物だ! どんどん戦闘力が上がってるじゃねえか」


 逃げようとする彼らを、僕は闇で拘束した。必死にあがくが、当然、動けるはずはない。


 僕が一歩一歩、近づいていくと、彼らの額からは大量の汗が吹き出していた。


「な、なんで、おまえ……いや、貴方様は一体?」


(はぁ、こういう奴、キライ。コロッと態度変えて…)



「僕は、ライト。この街の長だ。女神イロハカルティア様の番犬でもある」


「ヒッ……そんな…」



 騒ぎを聞きつけて、警備をしている僕の城兵も駆けつけてきた。


 まわりを『見る』と、精霊ヲカシノ様もいた。ニヤニヤしている。この島にいた僕の配下になると言っていた赤の神レムンの姿もあった。

 もちろん、ドラゴン族のマーテル様もいた。僕をサーチしているのだろう。少し複雑な顔をしている。あれ? 一人? リュックくんは?



「おい、そろそろ勘弁してやる方がいいんじゃねーか。ご主人さまー」


「わ、リュックくん、何? その気持ち悪い呼び方…」


 リュックくんが来たことで、彼らはより一層ひきつった顔をしていた。あぁ、リュックくんも見せてるのね。


「魔人か、ありえねえ…」


 ガタガタと震え始めた者もいた。まぁ、リュックくんって、いつも怖がられるよね。


「おまえら、怖いから隠しとけよ」


 いつのまにか、カースがすぐ近くにいた。


「うわっ! ペンラートの反逆者だ! 目を見るなー」


(カース、有名人だね)


 すると、カースがカチンときたらしい。


「目が合わなくても、術くらいかけられる。死の呪いでもかけてやろうか?」


「ひっ…」


「おまえの方が、怖いだろーが」


(ふたりとも怖がられてるよ…)



 僕は、スゥ〜っと深呼吸して、覚醒状態を解除した。


 彼らを拘束していた闇も、僕の中にスーッと戻ってきた。剣はある方がいいかと少し迷ったけど、まとわせていたものをすべて消し、鞘におさめた。


 僕が、覚醒を解除したことで、リュックくんは見せていたらしき戦闘力を隠したようだ。


 でも、彼らは全く警戒を解かなかった。まぁ、そりゃそっか。状況が変わったわけではないもんね。



 僕は、彼らの近くへと歩いていった。彼らはじわじわと後ずさりするから、なかなか距離が縮まらない。


「赤い悪魔って、何のことですか」


「そ、それは…」


 彼らはケトラ様ばかりか、赤毛の人族も襲った。


 そのときに、殺せではなく、刈り取れと命じていた。なぜ、まるで魂を刈れというような言い方をするのか、僕は引っかかりを感じたんだ。


「ライト、コイツら、赤い星系へ移住した悪魔族だと思う。ここまで魔力が下がっているってことは、数世代前には移住したんだろうな」


「ん? 赤の星系への移住者?」


「そうだよな? おまえら」


 彼らは黙っていた。でも、この沈黙は肯定のようだ。


「カース、赤い悪魔って何?」


「青い星系にいる雑食の悪魔だ。青の神ダーラが、かなり討伐したはずだがな」


「んん?」


「赤い悪魔は、共喰いを好むらしい」


「あ、やっと、わかった。喰われる前に、魂を刈り取れってことか」


「だろうな」


「でも、ケトラ様も、彼女達も、悪魔族じゃないよ」


「コイツら、魔力が低くなっちまったから、種の見極めができねぇんだろ」


「えっ? でも明らかに違うとわかるじゃん」


「赤い悪魔は、化けるからな」


「あ、そうなんだ」


「だが、髪色は変わらない。だから、赤毛の女性を見ると襲うんだよ」


「なるほど…。なぜ女性ばかり?」


「赤い悪魔は、女しかいないからな。同じ種の男は、悪魔は喰わない」


「そうなんだ…。キミ達、この話に反論や補足はありますか」


 彼らは、ジッと警戒したまま、僕達を睨んでいる。


「なぜ俺が種の事情を知っているのか、不思議らしいな。俺は一度聞いた情報は、忘れないだけだ」


「ふぅん、彼らの頭の中を覗いたのかと思った」


「覗こうとしなくても、こいつらの思念はダダ漏れだぜ。感知した同じ星系の邪神が寄ってきたみたいだな」


 カースは、広場の端の方を向いた。カースは見えているわけではなく、感じているんだろう。ぼんやり見ているだけだった。その方向には、赤の神レムンがいる。



 すると、スッと数人の男がワープしてきた。カースが見た方向にいたレムンだけじゃなく、他にも5人いる。


「別に呼んでねぇが」


「いやいや、遠くから拝見していましたよ。驚きました。神戦争後にこの星に来たので、伝えられた話を信用できなかったのですが…」


「我は嘘はつかぬ。ライト様、レムンでございます。我が星の生き残り全員で、この街に移住してきました。覚えていただいてますか」


「赤の神レムン様、覚えていますよ。ダーラ様とはもう親しくされていないのですか」


 僕は、赤の神レムンに、嫌味を言った。青の神ダーラの配下だったとまでは言わなかったが…。


「ライト様、あのときに誓ったように、我は青の神ダーラではなく、あなたに忠誠を誓うと…」


「僕は、お断りしましたよね。僕は神ではない。神を配下に加える気はありません」


「ですが、そのペンラートの幻術士は、ライト様の配下なのでしょう?」


「ええ、そうですよ」


「なら、神を配下にしているじゃないですか」


「は? カースは神ではないですよ」


「ペンラート星の神、ペンラートは消滅しましたよ。だから、カースさん、いえ、名は違いましたね、確かレスティンさんでしたか? 貴方に、ペンラート星の支配権は移っていますよね」


 僕は、カースを見た。カースは嫌そうな顔をしていた。でも否定しないのね。


「神ペンラートは、実体は消滅していても、思念はそのままあの星に漂っている。条件が整えば復活するはずだ」


「レスティンさん、ですが、彼が復活しても星の支配権は貴方にある。ペンラートは支配権なき神ですよ?」


「俺は、カースだ。その名は捨てた。俺はただの幻術士だ」


(カースが青の神?)



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