266、湖上の街ワタガシ 〜 何度目かの告白
「ライトさん、こっちはこんな感じでどうでしょう」
「すぐ行きます〜」
銅貨1枚ショップの方から声がかかった。
僕は、隣の店へと奥の通路から移動した。通路は扉で開閉ができる。今は全開にしているから声も聞こえるけど、閉めるとたぶん結界効果が働くんだろうな。
「わぉ〜、すごくオシャレだね! びっくりした〜」
僕がそう歓声をあげると、作業をしてた人達はめちゃくちゃ嬉しそうな顔をした。
「まだ売り物は少ないですが、自分達の地元で売っているもので、良さそうなものを集めてきました」
「なるほど、各地のものが集まってきているんだね」
彼らは、食器や置物などを中心に集めてきたようだ。そっか、オシャレなものをというイメージが強いのかな?
「管理は難しいけど、食べ物や飲み物もあると学生さんは嬉しいと思うよ。あと、野菜や果物もあると、バーで足りなくなったときにすぐに買えて嬉しいかな」
「食品ですかっ!?」
「うん、必要なら冷蔵庫も置いてもいいね。たぶん、すぐに錬金できる人もいるしね」
「食品をオシャレに飾るって…」
「食品自体じゃなくて、その周りを飾ればいいんじゃないかな? 同じ色の食材を近くに置くだけでも統一感がでるよ」
僕は、床に落ちていた平べったい紐を、リボン結びにして、リボンの先を指にクルクルと巻きつけた状態で、ヒート魔法を使った。
それを平棚に置いて、リボンの端をクルクル遊ばせる感じに広げた。
「わぁ、かわいい」
もう一度と言われて、リボン結びを教えた。そっか、こんな飾りも、この世界では見ないなぁ。
「もっと綺麗な布で、リボンを作って留め金かゴムをつければ、女性の髪留めができますよ。手芸が得意な人に暇な時間に作ってもらうのもいいかな」
僕は、梱包用のゴムと平べったい紐で、簡単なアクセサリーを作ってみせた。
「こんなゴミで作ったものは売れないけど、だいたいこんな感じ」
それを、近くにいた髪を束ねている女性の髪に、当てて見せた。
「わぁ! それ、かわいい。めちゃくちゃかわいい!」
僕が見せたヒントで、開店準備のミッションの人達は、とてもイキイキとした表情を浮かべていた。
「今日は、もう遅いから、明日からまたお願いします。僕がいなくても、勝手に入ってもらって大丈夫だからね。えっと、鍵は…」
「ギルドの係の人が開けてくれると思います」
「そっか。うん、では今日はお疲れ様でした」
「「お疲れ様でした〜!」」
彼らは帰り際に、マーテル様の前を緊張しながら駆け抜けていた。やはりドラゴン族の魔王は怖いよね。
僕は、バーのアルコール類は、劣化防止も兼ねて、もともと入っていた魔法袋に収納した。
「人が居ないと、泥棒が入るかもしれねーぞ」
「じゃあ、魔法袋は僕が持っておくよ」
「あぁ、その方がいい。じゃあ、上、行くぞ」
僕は1階の鍵を閉め、リュックくん達を追いかけるように、店内の階段を2階へと上がった。
まだ使われていないワンルームの部屋を二人が覗いていた。あ、別の部屋をアトラ様も覗いている。
「なんだか、高そうなベッドや家具が入ってるぜ」
「ん? そうなの?」
僕も、覗いてみると、確かに高そうな家具……というか、僕の頭の中にあるビジネスホテルのような感じだった。
「宿泊料金は、おいくらなのかしら?」
「まだ決めてないですが、貸すのはバーのお客さんや知り合いに限定するつもりです。だから、そんなに高くは取らないですよ」
「私は、知り合いに入るのかしら?」
「おい、魔王は金持ってんだから、ふつーの宿屋に泊まれよ。ここは基本的には身内と、酔い潰れた客向けの宿だ」
「じゃあ、お店で酔い潰れればいいね」
「毒や呪いの耐性それなりにあるくせに、酔い潰れるのか?」
「ふふふっ、どうかしら〜?」
リュックくんは、ワンルームを確認した後、自分の部屋の方へと歩いていった。
「このRって、オレの名から取ったのか?」
「うん、そうだと思うよー。嫌なら、外していいよ」
「いや、わりと気に入った」
「そっか。よかった」
「上の階は、どうなってんの?」
「城の居住区のアパートとほぼ同じだよ。部屋数は2つ多いけど〜」
「ふぅん、そうか。じゃ、おやすみ〜」
「ん?」
「何? オレの部屋を見たいわけ?」
「ん〜、少しは興味あるけど…」
「プライベート大事だろ?」
「えっ? うん」
「じゃ、そーいうことで。ここは秘密だ」
「ええ〜っ?」
「おまえ、入るの? 帰るの?」
「帰るわけないでしょ。ライトさん、アトラちゃん、おやすみなさい」
パタン!
僕達の目の前で、扉が閉じられてしまった。
「ライト、やっぱり恋人なんじゃない?」
「どうかなぁ? 僕達も、部屋へ移動しましょうか」
「うん、そうだね」
リュックくんの部屋の横から上への階段を上がっていった。僕が近づくとカチャッと勝手口風の扉から鍵が外れる音が聞こえた。
中に入ってみると、かなりスッキリした印象を受けた。あ、そっか。居住区の部屋は、アトラ様のお世話をしてくれていた子供達の私物だらけだったからかな。
「居住区と、よく似てるねー。でも、こっちの方が広ーい」
アトラ様は上を見上げて、うーんと背伸びをしていた。やはり、天井を高くして正解だったようだ。
天井が高いと広く感じるし、開放感がある。ふだんイーシアの森に居たアトラ様は、やはり建物の中は狭く感じるだろう。だから、少しでも開放的な部屋がいいもんね。
アトラ様は、あちこちの部屋を見ていたが、確認が終わるとニコニコしながら、僕のそばに戻ってきた。
「ライト、家がふたつになったねー」
「そうですね。たぶん、こっちにいることが多くなると思いますけど、イーシアにも行かなきゃですね」
「ん? イーシアにも住むの?」
「イーシア湖の水を使って、下の店の氷を作りたいので、ちょくちょく行かなきゃならないと思います。ポーションの水汲みも必要ですし」
「そっかー。うん、イーシアにはたくさん小屋があるよ。日によって風が違うんだー」
「風の気持ちいい小屋で、眠っていたんですね」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、僕もたくさんの小屋に行ってみたいな。イーシアでは、草原でお昼寝しましたよね」
「ふふっ、ライト、かわいかったなー」
「アトラ様も、かわいかったですよ。今も、もちろんかわいいですけど」
「えっ、そう?」
そう言って、また真っ赤になっている。やばい、かわいすぎる。
「ねぇ、アトラ様…」
「ん? なぁに?」
「こないだは、僕の故郷の結婚式をしましたよね」
「うん」
そう返事をして、アトラ様は、左手の薬指にはめた指輪をジッと見つめていた。
「今度は、アトラ様の種族の結婚式をしませんか」
「えっ! えっと、い、いつ?」
彼女は、僕の顔を見て、また真っ赤になった。
「いつがいいですか?」
「え、ええ〜っ、えっと…」
困った顔をして、熟れたリンゴよりも真っ赤になったアトラ様が、僕にはとてもまぶしかった。
僕がそっと彼女の頭をなでると、だんだん緊張が解けてきたようだった。
(また、このまま寝ちゃうかな?)
「ふふっ、今夜はもう遅いから、おやすみのキスをして、寝ましょうか」
「ふぇっ? う、うん」
僕は、彼女に軽く触れるだけのキスをした。
「じゃあ、寝室で一緒に寝ましょう。あ、それとも、狼の姿の方がいいですか」
彼女は、フルフルと頭を振った。僕が寝室に向かうと、彼女は後ろをついてきた。
僕達は、同じベッドに入った。
「腕まくらとかしましょうか」
彼女は、またフルフルと頭を振った。腕まくらの意味がわかってないかもしれないな。
僕は、彼女の方を向いた。彼女も僕の方を向いた。もう一度、おやすみのキスをしたいなぁ。でも、ダメだ。なんだか、自制がきかなくなるような気がする。
「アトラ様、おやすみなさい」
「うん」
おやすみの挨拶をして、僕は目を閉じた。僕は眠る必要はないけど、僕が寝ないとアトラ様は、眠りにくいもんね。
少し、時間が経った。
(なかなかアトラ様の寝息が聞こえてこないな)
僕が目を開けようとした瞬間、僕の唇に柔らかなものが触れた。
僕は、パチっと目を開けた。
「あっ…」
すぐ目の前には、しまったという顔をしている彼女がいた。
「えっと……ライト、まだ起きてたんだ」
「アトラ様…」
「は、はいっ」
「そんなことしちゃダメです。僕……僕は……我慢ができなくなります」
「ごっ、ごめんなさい」
そう言うと彼女は、イタズラを叱られた子供のように、しょんぼりしていた。時折、チラッ、チラッと僕の顔を見る。ダメだよ、ほんと…。
「アトラ様、わかってませんよね」
「えっ?」
「あおってます……その上目遣いのチラチラ」
「へ?」
(それ、もう無理)
なぜ、そこで、きょとんとして首をかしげるかな? ほんとにわかってない。
僕は、ガバッと上体を起こした。
頭をかきむしってみたけど、どうにもならない。
「アトラ様、僕、限界を突破してしまったみたいです」
「んん?」
「すみません…」
「えっ?」
なぜかアトラ様の瞳が不安そうに揺れた。
僕はそんな彼女をジッと見つめた。好きな気持ちがあふれて、おかしくなりそうだった。
「アトラ様、僕と結婚してください」
何度目の告白だろう…。
「貴女を愛しています」
彼女は、真っ赤になっていた。そして小さく頷いた。
「あたしも、ライトのこと大好き」
僕達は、この夜、ひとつになった。
僕は、外の賑やかな声で目が覚めた。
(何の騒ぎだろう?)
ベッドから起き上がろうとして、僕は服を着ていないことに気がついた。隣には、スゥスゥと寝息をたてる愛しい人の寝顔があった。
(そっか、僕はとうとう…)
彼女の寝顔は、なんだか少し、艶っぽく見えた。たぶん僕の気のせいだ。
昨夜のことが目に浮かぶ。いつも彼女のことはかわいいと思っていた。でも昨夜の彼女は綺麗だった。
僕は改めて、彼女を大切にしたいと強く思った。
「うんん? ふわぁ〜」
外の賑やかな声で、彼女も目が覚めたようだ。
「おはよう」
「うん? んん〜…………わっ! お、おはよ〜」
(二度寝しそうになって、思い出したのかな?)
僕が彼女のふわぁっとした顔を覗き込むと、みるみる頬が真っ赤に染まった。今朝もかわいい!
僕は、思わずきゅっと抱きしめた。そして彼女に、おはようのキスをした。
彼女の瞳が揺れていた。やばい、また、こんな目をされたら僕は…。
ピンポンピンポン
(え? 誰?)
ピンポンピンポン
コンコン、コンコン
「おはようございます。ギルドです。ライトさんいらっしゃいませんかー」
ピンポンピンポン
僕は、心の中で、大きなため息をついた。
「はい、ちょっとお待ちください」
僕達は、慌てて服を着た。




