260、湖上の街ワタガシ 〜 展望レストラン
僕は、ケトラ様の独房を出て、通路に戻った。
すると、何かの結界がある石の床との境目のところに、数人の兵が様子を見に来ていた。
「街長、大丈夫ですか? 突然、あの暴れ狼の独房前で消えたから驚きました。お連れの女性から、透過魔法みたいなものを使ったんだと説明されたんですが…」
「大丈夫ですよ。少し話してきました。彼女はもう落ち着いていますよ」
「そ、そうですか。独房には、ほとんどの魔法は通さない結界を張っていると聞いていますが……やはり街長は、本当に噂どおりなんですね」
「えーっと、あはは」
様子を見にきた兵も、おそらくギルドのミッションで来ているんだろう。僕のことを、少し怖がっているかのような感じだった。
エレベーターホールまで戻ってくると、アトラ様は、兵の詰め所のような場所にいた。僕の姿を見つけると、パッと立ち上がって駆け寄ってきた。
「話できた?」
「はい。大丈夫ですよ」
「そっかー」
そして、詰め所から、さっきは居なかった男性が出てきた。僕は知り合いではなかったが、なんとなく神族なんだろうと思った。
「ライトさん、初めましてかな? この塔の総合管理を任されたシロワです。ハデナの赤き狼と知り合いでしたか」
「シロワさん、初めましてですね。はい、彼女は僕の義理の妹になりましたので…」
「あ! そうか、あれ? もしかしてこちらのお嬢さんが、イーシアの青き大狼でしたか。守護獣だろうとは思っていたんですが」
「はい、そうです。僕の妻のアトラです」
僕は、初めてアトラ様を妻だと紹介した。ちょっと照れる。アトラ様も、少し照れた様子で、シロワさんにペコリと頭を下げていた。
「なんだ、それならそう言ってくださればいいのに」
アトラ様をここで足止めした兵が、驚いた様子で、思わず呟いていた。
「ライトさん、あの赤き狼と話をしたというのは…」
「えっと、服がボロボロになっていたので、ここを出ることができたら、一緒に買い物に行こうという話をしたんです」
「へ? 買い物? あの暴れ狼には、ちょっと首輪をつけるべきじゃないかと考えていたのですが」
「首輪というのは?」
「ベアトスが作る魔道具です。チカラを抑える効果があるのです」
「えっ? それって囚人の首輪のこと?」
アトラ様が驚いて口を挟んできた。彼女が会話をぶった切るのは珍しい。
「そうです」
「そんなの付けたら、ハデナ様の守護獣で居られなくなるよ…」
「ですが、もう何度も暴れて、手がつけられません」
アトラ様は、ガックリとうなだれていた。囚人の首輪を付けられると、守護獣の資格を奪われるのかもしれない。
「シロワさん、彼女にはもう暴れさせません。僕がずっと眠っていたから、対応できなくて申し訳ありませんでした」
「えっと、ライトさんの言うことには彼女は従うと、解釈して構わないですか」
「はい。もし何か、しでかしたら、僕が叱ります」
「ですが、赤き狼の戦闘力は半端なく……あ、いや、ライトさんの闇の方が半端なかったですね。守護獣は闇に弱いか。なるほど…」
「チカラで従わせるというつもりはないのですが…。今後は、彼女のことには僕が責任を負いますから」
「赤き狼も、婚姻関係を結ぶのですか」
シロワさんはそう尋ねたあとに、しまったという顔をしていた。アトラ様を妻だと紹介したのに、その目の前で聞くことじゃないよね。
「いえ、僕は複数の妻を持つ気はありません。義理でも妹ですから、家族として責任を負います」
「あ、なるほど。失礼しました」
「いえいえ」
ケトラ様のことは再犯率が高いので、すぐに牢屋から出すわけにいかないとのことだった。
僕達は、挨拶をしてエレベーターに乗り、上の階のレストランへと向かった。
アトラ様が、この時間は最上階の方がいいと言うので、11階のレストランへ行った。
確かに食事時間には中途半端なのか、途中から乗ってきた人は10階までですべて降り、11階のレストランはわりと空いていた。
僕達は、窓ぎわの席に案内された。島の様子が見渡せる高さだが、僕達の席からは草原と海が見えていた。
こちら側は、ほとんどがカップルだった。なるほど、カップルは島の様子を見るより、海を眺める方がいいよね。
まぁ、島の様子を……支配地の付近や敵の領地を見るために、このレストランを利用する人も多いからなんだろうけど。
「メニューの見方については、ご存知でしょうか?」
席に案内してくれたお兄さんから、そう尋ねられた。
「大丈夫ですよー」
アトラ様が、即返事してくれた。店員さんが去ったあと、アトラ様がメニューの使い方を教えてくれた。
メニューを開けると、タッチパネルになっていた。まさかのタブレット登場に僕は驚いた。
アトラ様は、僕が驚いていたのを見て、自慢げに説明してくれた。
使い方はだいたいわかるけど、彼女が目をキラキラさせて説明してくれるのがかわいくて、うんうんと教えてもらった。
「食べたい物を触って光ったら、味を選んで、○ボタンを押すと注文だよ」
なるほど、写真を触ると少し魔力が吸われる感じがする。これで魔力を吸って動いてるのかな。
(こんなタブレット、昭和にあったのかな?)
「これも、タイガさんが持ってきたものを、ベアトスさんが作ったんですよね」
「ここの塔の中のものは、ほとんどがライトの記憶だって言ってたよー。リュックくんが、ベアトスさんの魔道具リュックを乗っ取って、作らせたって聞いたよー」
「あー、なるほど。どこかの居酒屋みたいだと思ったんですよね。でも、味を選ぶのは初めて見ました」
「あたしが味覚が違うことから始まって、味の文句を言われるたびに、種類を増やしてるみたい」
「そうなんですねー。でも、好みで選べるのはいいですね。それに写真を触って注文するなら、文字の読めない人も利用しやすい」
「ふふっ、ライト、自分の店もこのメニューを使おうって考えてるでしょー」
「あはは、バレました?」
「うん、バレバレだよー」
僕達が注文した料理は、アトラ様オススメの同じものだったけど、アトラ様は味を選んでいた。僕は特に変更しないで注文したんだ。
「アトラ様、これ1つ交換してもいいですか?」
「ん? うん、交換?」
「はい、アトラ様がどんな味が美味しいのか、知りたくて」
「そっか。うん! いいよー」
オススメBランチプレートの中の、付け合わせのポテトフライを1つ交換した。
なるほど……僕が食べられるギリギリ限界の塩辛さを少し越えていた。飲み物がないと食べられない塩辛さだった。
ハンバーグプレートだが、大きなパンがついている。ここはご飯が欲しい気分だったが、この世界はパンが主流だ。
僕は、途中からハンバーガー状態にして食べていると、アトラ様が不思議そうにしていた。
「ん? どうされました?」
「あ、うーん、ライトのごはんが、突然、バーガーショップのバーガーに変わったから…」
「挟んでみただけなんですけど。この方が食べやすいし」
アトラ様は、自分のプレートと見比べていた。アトラ様は、野菜は残していた。たぶん食べないんだろうな。パンも食べていないようだ。
僕は、アトラ様のパンに、テーブルにあった塩コショウとケチャップでアレンジした僕のプレートのハンバーグ1つと、アトラ様のプレートのポテトを挟んで渡した。
「食べてみてください」
「えっ? ライトのハンバーグだよ?」
「僕は寝起きだから、あまり急にたくさん食べられないから、食べてもらえると助かります」
「あ、そっかー。うん、わかった!」
アトラ様は、パクっとかじって、優しい味だと言って食べてくれた。アトラ様の言う優しい味は、味が薄いけど食べられる範囲ってことだと、わかってきた。
「ねぇ、ケトラと買い物の約束したって? あの子の様子はどうだった?」
「はい。正直なところ、人型になってもらった瞬間、驚きました。目が虚ろで、服もボロボロになって血だらけで…」
「あー、うん…。あの目は、調査で全滅した後からだって聞いたよ」
「かなり、心が傷ついたんですね」
「うん……ハデナ様を死なせてしまったことと重なったみたいだよ」
「そうでしょうね」
「服がボロボロになってたから買い物なの?」
「はい。どんなやり取りがあったか、聞いてもらえますか?」
彼女はコクリと頷いてくれた。でも、その顔は、やはり何かを覚悟したような表情だった。
僕は、まず、アトラ様と結婚式をしたことを伝えたと話した。
その際に、ケトラ様が辛そうな顔をしたことはふせておいた。
そして、ケトラ様に店を少し手伝って欲しいと話したことを伝えた。
アトラ様は、なぜ? と聞くので、ケトラ様が店で接客をすることで、ケンカしなくなるんじゃないかと思っていると話した。
これも、嘘ではない。ただ、その際に、お姉ちゃんにはできないことだからと言っていたことはふせておいた。
それから、お店を手伝ってもらうなら、服がボロボロだとよくないから、一緒に買いに行こうと誘ったことも伝えた。
前世で妹がいなかったから、妹と買い物してみたいという願望があるんだということは、正直に話した。
「ふぅん、そっかー」
「ん? えっと、ダメですか?」
「ダメじゃないよ。ライトは、あたしのことを気にしすぎだよー。イーシアの生まれなのに」
「イーシアの民は男尊女卑ですけど、僕は、男女平等だと思ってるので…」
「うん、知ってるけど、あたしのこと、そんなに気にしなくていいよ? あたしが反対したらやめるの?」
「うーん、アトラ様に反対されたらやめるかもしれません」
「ええ〜っ? どうしてー」
「だって、アトラ様に嫌われたくないから…」
「ふふっ、ライトってばもう〜」
「えっ? すみません…」
「ふふっ、なんで謝ってるのー」
「いや、なんとなく…」
「ふふっ、もうっ! 嫌いになるわけないでしょ」
「本当ですか?」
「本当ですよー、ふふっ」
なぜか、アトラ様の機嫌が直った。
さっきまで、ちょくちょくかたい表情を見せていたのに、完全にいつものアトラ様だ。
(アトラ様は、ちょっと怒ると機嫌が直るのかな?)
僕は、よくわからなかったが、アトラ様が、いつもの笑顔になって、嫌いにならないと言ってくれて、ホッとしていた。
「じゃあ、次は、家を作りにいこー」
「ん? えっと…」
「ライトの家は、まだ精霊の霧がかかってるみたいだよー。イメージしたとおりに、家が建つよ」
「あ、あの空き地…」
「早く家を建てないと、あそこだけポッカリと未完成だからって、ティアちゃんが気にしてたよ」
「わかりました。じゃあ、行きましょう」
僕達はレストランを出て、エレベーターを使って1階へ降りた。お会計は、二人分で、銅貨30枚だった。3,000円か。ランチにしては、ちょっと高い。
(展望の座席代が高いのかな?)




