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259、湖上の街ワタガシ 〜 ライトの家族

 コツコツコツコツ


 ここは木の板を張ったような床になっている。なんだか、歩く音がとても響くんだ。これも、脱獄防止のためなのかもしれない。


 僕は、左右を確認しながら、地下牢の通路を歩いていた。ここを守護する兵が一人、僕の後ろを付いてきている。

 できれば、僕としては一人で見に行きたかったんだけど、彼の立場としてはそういうわけにはいかないのだろう。


 エレベーターホールに近い牢屋は、大部屋だった。簡易的な柵があるだけだが、みな柵から離れて壁際に張り付くようにもたれ掛かっていた。


 その奥は、独居房だった。上半分が柵になった金属っぽい扉が付いていて、大部屋とは違って、囚われている人は凶暴だった。

 何か、わめいているようだが、その声は聞こえない。防音の魔法か何かが施されているようだ。



「街長、手前の大部屋は、ケンカなど罪の軽い者で1泊程度で反省すれば釈放しています。独房は罪の重い者や、再犯率の高い問題ある者を収監しています」


「そうですか。ここは、女神様が作られたのですか」


「はい、城の牢屋と同じ魔法が施されているそうです。脱獄はできません」


「防音魔法も施されているのですね」


「ええ、呪術系の術を使う者もいますから、音の伝達も封じているそうです」


「なるほど。あの、貴方は、ここの専属兵なんですか」


「いえ、自分はギルドからのミッションで来ています。ここの仕事はわりがいいので、地味ですが人気のミッションなんですよ」


「へぇ、そうなんですねー」


「街長は、この星を守るために生命エネルギーを大きく失って眠っていると聞いていました。もう大丈夫なんですか」


「あ、まだ完治はしていないですが、まぁ大丈夫です。ありがとうございます」


「え、い、いえ」



 ギルドのミッションで、こんな仕事まであるんだな。でも、案内してくれている彼は、この仕事に慣れているようだ。

 まぁ、僕は街長だと名乗ったから、新人を付けたりはしないか。


 まだ街ができて2ヶ月なのに、独房は満室だ。奥の方にまだ空きがあるのかもしれないけど、こんなにも暴れたり問題を起こす人がいるんだな。



「この奥は、あの…」


「ん? どうされました?」


「ちょっと特殊な人が収監されているので、視察はここまででいいでしょうか」


「端まで行ってみたいんですけど…」


「あの、近づかないようにと言われていまして…」


「じゃあ、僕ひとりで行ってきます」


「いや、でも、あ、まぁ、街長なら……うーん」


「ふふっ、ご心配なく」


 おそらく、彼は立ち入りを禁止されているのだろう。床が石に変わる手前でピタリと立ち止まっていた。


「では、ここでお待ちしています。独房からでも、攻撃されるかもしれません。この先は危険な人が6人います」


「わかりました」


 僕は、念のためバリアをフル装備かけた。眠る前は、魔法を使うと体調がおかしくなったが、今日は大丈夫だった。まだ少しダル重いが、時間が解決するだろう。



 石の床に変わると、フワンと何か結界を越えたのを感じた。なるほど、結界を張らねばならないほどの人達がいるのか。


 床は、ミシミシと妙な足音がする。石畳がきしんでいるのかな。


 左右を確認しながら進むと、ひとつおきに部屋が使われていた。隣や向かいには誰もいないようにしているようだ。


 僕が通ると、二つ目の独房から火の玉が飛んできた。バリアが弾いたら、術者はチッと悔しげな顔をしていた。


(確かに、立ち入り禁止にすべきだね)


 火の玉を飛ばした術者は、僕が何か仕返しをすると思って期待していたようだが、僕は無視した。いちいち構っていられない。


「あの、大丈夫ですか」


 後方から、さっきの兵が心配そうに声をかけてきた。結界は通路内の音は通すんだな。


「大丈夫ですよ、ありがとうございます」


 僕は、振り返って、彼にやわらかな笑顔を向けた。



 そして、前を向いてまた歩き始めた。火の玉を飛ばした術者の隣の隣の部屋に、彼女がいた。赤い狼の姿で背を向けている。僕は、そのままスルーして、先の様子も確認した。


 何かを訴える者や、睨んでくる者など、その反応はそれぞれ異なっていた。


 端まで行って、僕は通路を戻った。兵は、結界の手前でジッとしていた。


「あの、ちょっと知り合いを見つけたので、面会します。貴方は戻っていただいても大丈夫ですよ」


「え? いえ、あの、独房とは話せないですよ」


「あー、僕は大丈夫です」


「そ、そうですか。あの、ここでお待ちしています」


「わかりました」



 僕は、赤い狼のいる独房をノックした。彼女の耳がピクリと動いたが、完全に無視されたようだ。


(ノックは聞こえたってことだよね)


 僕は、半分霊体化して、扉をすり抜けた。


 気配を感じた彼女は反射的に炎を飛ばした。そして、それが僕に対して炎攻撃したと気づくと、顔をひきつらせていた。


「ケトラ様、こんにちは」


「あ、あぅ、お兄さん、大丈夫だった? ごめんなさい、あたし、見てなくて…」


「こちらこそ、突然お邪魔してすみません。お元気でしたか?」


「えっ? あ、う……うーん…」


「新しい島、えっとハロイ島でしたっけ? 調査に来られたときに、酷い目に遭ったんですよね」


「う、うん…」


「もう大丈夫ですか?」


「話聞いたの?」


「はい、何人かから聞きましたよ。ケトラ様が、真っ先に敵に攻撃をしたって」


「あ、あう……あたしが悪い、って…」


「ケトラ様、人型になってもらえませんか? 狼の姿だと、顔がよく見えないです」



 僕がそう言うと、ケトラ様はスッと人型になってくれた。でも、その表情はあまりにも酷かった。目は虚ろで、焦点が合っていない。

 そして、その服装も酷かった。ケンカでもしたのか、血で汚れて、あちこちビリビリに破れていた。


 彼女は、まるでゾンビのようだったんだ。



「ケトラ様、ケンカしちゃったんですか。服が破れてしまっています」


「えっ? あー、気にしてなかった…」


 返事はしてくれるけど、目は合わせてくれない。


「そうだ、ケトラ様に報告したいことがあるんです」


「お姉ちゃんと結婚したってこと?」


「はい。ご存知だったんですね」


「知ってるよ、そんなの…」


 ケトラ様は、一瞬、苦しそうな顔をした。僕は、この時、やっといろいろなことがわかった。


 アトラ様があんなことを言っていたのは、ケトラ様を救うには彼女とも婚姻関係を結ぶことしかないと思っていたのだろう。


 ケトラ様は、小さな子供に見えるが、ハデナ様の復活を500年以上待っていたんだから、子供ではない。


(僕ができることは……)


「ケトラ様、僕には家族がいませんでした。でも、アトラ様が僕の奥さんになってくれました」


「ん、うん、お兄さん、よかったね」


 ケトラ様は、棒読みのようにお祝いを言ってくれた。僕は、彼女の気持ちがわかっていた。その上で、酷なことを言わなければならない。


「はい。ありがとうございます」


 僕がそう言うと、ケトラ様はもう限界なようで、ふいっと顔をそらせた。


「ケトラ様、僕のことを以前から、お兄さんって呼んでくれてますよね」


「うん、そうだね」


「ケトラ様、僕の妹になってくださいませんか?」


「お兄さんは、お姉ちゃんの伴侶だから、あたしは妹ってことなのは知ってるよ」


「それは、形だけの妹でしょ? 僕は、アトラ様と同じく、ケトラ様のことも大切なんです」


「えっ!」


 彼女は、ぱっと、僕の方を向いた。初めて目が合ったような気がする。


「僕はアトラ様と、僕の故郷の結婚式をしました。僕の故郷では、一夫一妻制です。だから複数の妻を持つつもりはありません」


「あ、そう…」


 また、彼女は苦しそうな顔をしている。僕は、本当に酷なことを言っている。でも、ハッキリさせなければ、ケトラ様は立ち直れない。


「僕の妹に、僕の家族になってもらえませんか?」


「家族……それって、どういうこと?」


「うーん、そうですね。僕が、いえ、お互いに遠慮せずに甘えることができる関係、という感じでしょうか」


「お兄さん、甘えたいの?」


「今は大丈夫ですが、僕は、ビビりでヘタレなんで…」


「あははっ、でもお姉ちゃんに甘えればいいじゃない」


「甘えてもらえるのも嬉しいかな。アトラ様はあまり甘えるタイプじゃないです。僕が頼りないからなんですけど」


「えっ? そんなことないよ。お兄さんは頼りになるよ」


「本当ですか?」


「うん。みんな、ライトさんに嫁ぐお姉ちゃんがうらやましいって言ってたもの。お姉ちゃんなんて、何も女の子らしいことができないのに」


「ケトラ様はできるんですか?」


「お姉ちゃんよりひどい女の子はいないよ」


「あらら、じゃあ、アトラ様よりも料理の腕は、ケトラ様の方が上なんですね」


「あたしもほとんどやったことないけど、お姉ちゃんよりはマシだと思う」


「じゃあ、店、手伝ってほしいなぁ…」


「へ? 店?」


「はい、僕、バーを経営したくて。でも、アトラ様には手伝いできないかもって言われてるんですよね」


「そ、そうなんだ。店、料理とか?」


「小さな店にするので、そのサポートですかね。お客さんの注文を聞いたり、料理の下ごしらえや、洗い物したり…」


「それくらいなら、あたしできるよ。ハデナの休憩施設で料理する人の手伝いしたことあるもん」


「えっ! ほんとですか」


「うんっ!」


「じゃあ、店、手伝ってくださいませんか? 街に来たときだけでもいいので…」


「お姉ちゃんには…」


「アトラ様には、僕ひとりで店をやるって言ったんですが、誰か居てくれる方が助かるんで…。あ、でも、ケトラ様に甘えちゃったらダメかなぁ」


「いいよっ! あたし、お兄さんの家族だから、甘えてもいいよっ」


「ほんとにいいんですか?」


「うん! お姉ちゃんにはできないでしょ? あたしの方が勝つでしょ?」


(勝つって…)


「はい、アトラ様の苦手なことなので…」


「じゃあ、決まりねっ! あたし、お姉ちゃんには負けないんだからっ!」


 そう言うケトラ様の表情は、いつものやんちゃな顔に戻っていた。何か、めちゃくちゃやる気になってくれている。


「助かります、ケトラ様」


「うん、任せてっ!」



 僕は、彼女にシャワー魔法をかけた。血の汚れは落ちたが、服はボロボロだった。


「ケトラ様、ここから出ることができたら、服を買いに行きましょう。その服だとお客さんが驚いてしまうかもしれません」


「えっ、あ、あぅ…」


「ケトラ様に似合う服、一緒に買いに行きましょう。妹と一緒に買い物って、憧れてたんですよね」


「そうなの?」


「はい。前世では僕、妹いなかったから…」


「あたし、お兄さんの前世の家族にも勝ってる!」


「ふふっ、ケトラ様は勝つのが好きなんですね」


「うんっ!」


「僕の憧れを叶えてくださいますか?」


「うん、いいよっ! 決まりねー」



 僕は、少し罪悪感のようなものを感じながら、ケトラ様の無邪気な笑顔を見ていた。


(妹として、大切にしよう。この笑顔を守らなきゃ)



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