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258、湖上の街ワタガシ 〜 街の名物、綿菓子

 いま僕は、アトラ様と一緒に、湖上の街ワタガシを散策中なんだ。


 あのダーラの放ったまがまがしい炎の玉を防ぐために、僕はエネルギーを使い過ぎてしまい、奴らが去った後、2ヶ月も眠ってしまったようなんだ。


 さっき目覚めたときに、虎の守護獣ペルルクさんから、この2ヶ月のことを少しだけ教えてもらった。


 その話の中で、この島の名がハロイ島と名付けられたこと、仲の悪い守護獣、狼と虎に共同生活をさせる小屋が作られたこと、そして、赤い狼ケトラ様が、病んで今も療養中で、ときどき問題を起こしていること、いま地下牢にいることなどを聞いたんだ。


 そういえば、この街には、生首達が大量に漂っている。


 僕が目覚めて少し経って、アトラ様と一緒に大量の生首達が守護獣の小屋にやってきたから驚いたけど、街の中はそれとは比べ物にならないくらい、大量にいるんだ。

 アイツらがふわふわ、へらへらと漂っているのが当たり前の光景のようなんだ。




「ライト、塔の上のレストランに行こうよー」


「ん? あ、そっか、もう営業しているんですよね」


「うん、すっごく美味しいのー」


「ふふっ、アトラ様のお口に合うんですね。すごく塩からい料理があるのかな?」


「料理を注文するときに好みの味を選べるの。いろいろな種族の料理人がいるんだって」


「へぇ、すごいアイデアですね」



 アトラ様に連れられるような形で、僕達は街の中心部にある塔へと、歩いていった。長い間、眠っていたためか、この街の暑さのためか、歩くとけっこう疲れる。


 しかし、ほんと、この街はいろいろなものが寄せ集められたような不思議さがある。


 獣ストリートは、この世界によくある造りになっていた。でも少し歩くとガラリと景色は変わるんだ。



 今、僕は、日本のどこかにいるような錯覚さえ感じていた。いま歩いているストリートが普通に都会なんだ。


「このストリート、すっごく変わってるでしょ」


「ん? あはは、そうですね」


「ここは、リュックくんが整備したんだよ。ライトの頭の中にある日常の風景にしたって言ってたー」


「なるほど、確かに見慣れた景色で、前世に戻ったかのような錯覚を感じます」


「へぇ、じゃあ、これがライトの故郷なんだ〜。ふふっ、不思議な国なんだねー」


「ですかね〜」



 アトラ様は、より一層、目を輝かせながらキョロキョロしている。


 普通にガラス張りの店が並んでいて、自動ドアで入るようだ。けっこうブティックが多いのかな?


 クレープ屋や、ソフトクリームの店には長い行列ができている。


 派手なパラソルの下には綿菓子屋がある。さっきも、派手なパラソルを見かけたよね。綿菓子屋は、チェーン店なのかな?


 そういえば、女神様が、湖上の街ワタガシの名物を綿菓子にするって言ってたっけ?


 綿菓子屋にも人だかりができていた。買うために並ぶ人よりも、綿菓子を作る工程をジッと見ている人の方が多いような気がする。


 この世界では、機械なんて、めちゃくちゃ珍しいんだよね。縁日で見たことのある綿菓子機だった。あ、でも、電気じゃなくて魔力で動くように、動力源は変えられているようだ。

 丸い半玉をお客さんが触っている。お客さんから魔力をもらって動くように、改造されてるようだ。



「ライト、綿菓子が気になるー?」


「あ、いえ、綿菓子機の方が気になって。あれって、昭和の機械かなぁ?」


「あー、あれは、ベアトスさんが作ったらしいよ。タイガさんがどこからか持ってきた機械をみて、錬金したみたい」


「なるほど、それであの店がいくつもあるんだ」


「うん、綿菓子はこの街の名物だから、あちこちにあの派手な飾りの店があるよ」


「飾りかぁ。確かにね」


「ん? 飾りじゃないの?」


「あのパラソルは、日よけに使ったりするんですよ」


「日よけ? ん?」


 アトラ様は首をかしげて、きょとんとしている。うん、かわいい! 僕は、幸せな気分になった。いいな、こういうのって。


「ふふっ、僕の故郷の文化です。日焼けしたくない人は、日傘をさして街を歩いているんですよ」


「んんー? よくわかんないけど…。そっかー」


「ふふっ、そうなんです〜」




 そして、僕達は、城壁に囲まれた、街の中心部に入った。と言っても城があるわけじゃないんだけど…。あれ? 城壁の一部分が光って見えた。


 あ、そっか。この城壁内は僕の家という扱いだっけ。あのとき、あのあたりに自分の店を出したいと思ってたんだよね。

 あのときのまま、場所取りをしているかのように、その部分だけ、ぽっかりと何もない状態だった。


 僕がその場所をジッと見ていたことに、アトラ様は気づいたようだ。


「あ、やっぱり、あそこがライトの家なんだね。あの部分だけ魔法を弾くから何も建てられないって言ってたよ」


「僕が場所取りだけしてるみたいな感じですね」


「うん、そうだねー。でも、家にしてはこんな人が多い所だから、落ち着かないかもだよ」


「ふふっ、人が多い所だからいいんですよ。あそこで、僕、バーを経営したくて」


「えっ!? ほんとにバーテンやるのー?」


「えっと、ダメですか?」


「ダメじゃないけど、街長が店に立つって、大丈夫なのかなー。威厳とかさー」


「僕、別に威厳とかなくていいんですけど…」


「そっかー。あ、でも、あたし…」


「ん? 僕に威厳がないと困りますか」


「違うの。あの、あたし…」


 なぜかアトラ様は、言いにくそうにしていた。


「どうされました?」


「うーん。あたし……料理できないから店の手伝いできない、かも…」


「あー、そんなことは気にしなくて大丈夫です。小さな店にしますから、店員さんを使うつもりはないですから」


「そっかー。よかった〜」


 アトラ様は、心底ほっとしたような顔をしていた。料理ができないことを本人はかなり気にしているようなんだ。

 イーシアの地は男尊女卑だから、まわりから何か言われているのかもしれない。




(あれ? 何かあるのかな?)


 僕達は、オフィスビルのような、この街のシンボル塔に着いた。塔のまわりにはたくさんの人がいた。


「なんだか、すごい人ですね」


「あー、ギルドの登録待ちだと思うよー。ひと月前から、学校の入学手続きが始まったから、集まってきた学生が登録しようとしてるの」


「えっ? ギルドって、どこにでもあるんじゃ?」


「ここのギルドはね、全員、いちからやり直しなんだって〜。他のギルドよりも階級がたくさんあるんだって」


「えっ、いちからなんて大変ですね…」


「ん? 楽しいみたいだよ。人族のギルドは途中からなかなかランクが上がらなくなるけど、ここのギルドは階級が多いから、途中でくじけないって言ってたー」


「あー、なるほど。モチベーションを保てないですもんね、なかなか上がらないと…」


「ん? モチ? おもち?」


「あ、いえ、士気というか、気分のことです」


「ふぅん。ん〜、よくわかんないけど、まいっかー」


「ふふっ、はい」



 僕達は、塔の中へ入り、エレベーターの前に進んでいった。1階のギルドは、すんごい人であふれかえっていた。


 学生というには年齢もまちまちに見える。まぁ、通常の登録の人もいるのかもしれない。


 そして、エレベーターの前で呼びボタンを押そうとして、僕は気づいた。


 女神様とこの塔を確認したときは、1階から11階までだったが、ボタンは、上へあがる大きなボタンとは別に、下へ降りる小さなボタンも付いていた。



「アトラ様、この塔には、地下ができたのですか?」


「え? 初めからあるかも?」


「僕が確認したときはなかったんです。下には何があるのですか」


「あー、うーん……地下牢があるよ。牢屋は、ならず者が多く集まるギルドの地下に作る方が、使い勝手がいいんだって」


 アトラ様の目が泳いでいる。彼女が何か隠すときの癖だ。この地下には、ケトラ様がいるのか。



「アトラ様、さっきペルルクさんから、ケトラ様のことを聞きました。いま、地下牢にいるって」


「あ、聞いちゃったんだ。はぁ、虎って、すぐそういうの言うんだよねー」


「食事の前に、地下に立ち寄ってもいいですか」


「えっ……ライト、でも…」


「ケトラ様は、アトラ様の妹でしょ。僕は、家族はアトラ様しかいないから、彼女のことは、ほんとの妹みたいに大切に思っています」


「ライト……それって、ケトラとも婚姻関係を結ぶということ?」


 アトラ様は悲しそうな顔で、でもまっすぐ僕の目を見て、そんなことを言った。

 そっか、この世界では一夫多妻制なんてことも当たり前だったっけ。


「アトラ様、僕の故郷の結婚式をしましたよね」


「えっ? あ、うん」


「僕の故郷では、一夫一妻制、つまり、同時にふたりと婚姻関係を結ぶことはできないのです。他の人と婚姻関係を結ぶには、今の婚姻関係を解消しなければならない」


「え……」


「僕は、アトラ様と婚姻関係を解消するつもりはありません。アトラ様が僕を嫌いになってしまったら……そのときは考えますけど、僕の方から解消を申し出ることはありません。そう、神に誓いました」


「そ、そうなの?」


「はい。それに、僕は、アトラ様以外の女性にそういう特別な感情をいだくことはないと思います。だから、心配しないでください」


「うんっ!」


 アトラ様は、ニコっと笑った。僕はこの笑顔が好きだ。この笑顔をずっと守りたい。僕は改めて強くそう思った。




 僕は、地下へのボタンを押した。しばらく待つとエレベーターが到着し、たくさんの利用者が降りてきた。

 僕はアトラ様と、下へのエレベーターに乗った。


「エレベーターの利用者、多いですね。ワープの方が速い人もいるはずなのに」


「建物内から外に出るワープならできるけど、階数移動のワープはできないみたいだよ。外からワープしてきたら、すべて1階ギルドに着いてしまうの」


「そうなんですね。あ、地下へは階段でもよかったかな」


「階段だと3階分くらい下りることになるよ」


「へぇ、そうなんですね」


(牢屋だから、脱獄防止のためかな)



 地下は、エレベーターホールには、数人の兵が立っていた。賑やかなギルドから移動してきたためか、妙にシーンとしていて、空気がピリピリしているように感じた。


「ここは、一般の方の立ち入りはできません。上の階へお戻りください」


「お疲れ様です。街長のライトです。いま街のあちこちを散策していまして…。こちらも見てもいいですか」


「えっ、お、お疲れ様です! えっと、あ、はい、どうぞ。あの、後ろの女性は、ご遠慮いただきたいのですが」


「同行者がいるとダメですか」


「中には、女性に発情する獣もいまして…」


「じゃあ、あたしはここで待ってるよ」


「でも…」


「やっぱ、あの子も、あたしには見られたくないかもしれないからー」


「わかりました。では、ここに居てください」


「うん、わかったー」


 僕は、アトラ様をエレベーターホールに残して、中へと入っていった。



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