250、名もなき島 〜 各地の準備
「ライトさん、お疲れっす」
「ジャックさん、お疲れ様です。僕、全然、説明聞いてなくて、何をどうすべきかよくわからないんです」
「今からイロハさんがやることは知ってるっすか?」
「はい、たぶん。城の中で聞いた話かと…」
「正解っす。俺達は、門の混乱を防ぐっす。草原には守護獣が完璧な包囲網を形成してるっす。門から出て行く人を通し、門から入ってくる人の検査っす」
「検査?」
「守護獣は、侵略者か否かの判断が一瞬でできるっす。この草原は精霊ヲカシノの加護だけじゃなく、守護獣の里それぞれを守る精霊の加護も付与されているっす」
「そうなんだ。じゃあ、検査は守護獣に任せて、僕達は見張りかな?」
「何かあったときの対処っす。あと、湖上の街への移住希望者がいれば、ライトさんの城兵に案内を頼むっす」
「了解です」
「それから、ライトさんは、青の神ダーラに狙われてることを忘れちゃダメっすよ。洗脳に気をつけるっす。あ、ライトさんならこの草原にいたら洗脳は受けないっすね」
「うーん、ならいいですけど…」
僕達が打ち合わせをしていると、ヲカシノ様がやってきた。こんなときなのに楽しそうだ。子供の姿のままだけど、なんだか目つきは妖しい。
「何の話? ボクも混ぜてー」
「打ち合わせっす。ヲカシノさん、なんだか楽しそうっすね」
「ワクワクしてるよー。もうすぐだよねー。待ちきれないよ」
「ヲカシノ様、そんなに楽しみなんですか? 危険もありますよ?」
「だから楽しいんじゃない。どれだけ暴れても島が壊れないように、この付近は様々な結界を張っておいたよ。だから、暴れ放題だよー」
(さすが戦闘狂…)
「あはは、頼りにしてるっす。俺、弱いっすから助かるっす」
「なーに言ってるのー? ジャックさんは、あのガサツな人に鍛えられたでしょ」
「まぁ、ペアを組んでましたねー。ライトさんは、そのガサツな人が教育係なんすよ」
「へぇ、反面教師だねー。キミの話し方、真逆だよね」
「えーと、僕はもともとこんな感じなんです」
「ふふ、まぁいいや。あれ? 肩に乗ってる子、今日はいないの?」
「はい、リュックくんは、女神様に貸してくれと言われて拉致されたままです」
「ふぅん、じゃあ、星の外の要員だねー。いいなー。ボクも何も気にせず暴れたい」
「ん? えーと…」
僕がヲカシノ様の扱いに困っていると、守護獣が数体ずつと、その里を守る精霊が近寄ってきた。
「ライト様、無事に覚醒され、おめでとうございます。ジャック様、ご無沙汰しております」
「精霊ヌーヴォ様、ご丁寧にありがとうございます」
「ヌーヴォさん、ご無沙汰っす」
そして、ヌーヴォの里長や、血の気の多そうな虎が僕達にペコリと軽く礼をした。
「へぇ、虎が神族に頭を下げるなんて、びっくりだねー」
ヲカシノ様は楽しそうに絡んできた。
「ヲカシノさんがそばにいるから怖れてるんじゃないっすか?」
「ふぅん、やっぱりそう? でも、ライトさんのことを見る目が、ビビってるよー。ケンカして負けたのー?」
「ヲカシノ、悪い癖が出てるぞ」
虎が怒りでぷるぷるしているところに、精霊トリガ様が口を挟んだ。虎を助けるなんて、意外だな。
「なぁに? トリガがボクにケンカ売ってるのー?」
「売ってねぇよ。ケンカの売り買いは、女神様の十八番だろうが」
(十八番、おはこ?)
「ふふ、同じ場所に虎と狼がいるのに、おとなしくしているなんて、不思議だよねー」
「大切な使命があるからな。ここで衝突するようなバカはいないだろう」
「トリガ様、こんにちは。あの…」
「あぁ、ライト、おまえの故郷の儀式を終えた報告か? 女神様から実況中継されていたぞ」
「なっ……そ、そうですか」
「俺は嬉しかったんだ。アイツの親に代わって礼を言う」
「いえ、そんな…」
「えー? ボクには実況中継されてないよ。儀式って何?」
「ライトとアトラの結婚式というやつだ。互いの結婚の意思を神に誓うという儀式らしいぞ」
「何? それー。変なのー。じゃあ、里長の娘と結婚したんだ」
「ライトの故郷の儀式は終わったが、この世界での結婚はまだのようだな」
「ふぅん。でも、男の故郷の儀式が終わったなら、結婚でいいんじゃない? ライトさん、おめでとう」
「ヲカシノ様、ありがとうございます」
「ん? 何? その指にはめてる輪は? 魔道具?」
「これは、結婚の証としての指輪です。彼女も同じものを身につけてます。念話の機能があるので、魔道具ですね」
「へ? 念話なんて、魔道具いらないでしょ?」
「僕は、念話の発信ができないんです」
「ふぅん」
この話を聞いていた狼達は、みな表情をゆるませていた。僕とアトラ様の結婚を祝福してくれているんだろうと、僕はあたたかい気持ちになった。
「さぁ、みんな持ち場に戻って! そろそろ始まるよ」
ヲカシノ様の声に、皆、緊張した表情になった。そして、それぞれの持ち場へと戻った。
僕とジャックさんは、ヲカシノ様と共に、門の見える場所に作られた小屋に入った。もちろん、お菓子の家だ。
「お茶とお菓子を用意するねー」
ヲカシノ様が、指をパチンと鳴らすと、テーブルにケーキと紅茶が現れた。
守護獣が警戒を強める草原で、なぜかお茶会が始まったのだった。
地底では、ドラゴン族の魔王マーテルの指示により、魔族の国の各所に防衛拠点が設置されていた。
そして、防衛協定に参加する種族だけでなく、それを見守る種族に対しても、一時的な勢力争いを禁止する命令が出された。
これに反する者は、地底全体の反逆者として、見つけ次第、殺処分するという厳しい命令だった。
「大魔王様、防衛協定に参加した種族すべてが、今回の依頼を受けるとのことです」
「そうか、まさかこんな早いタイミングでとは思わなかったな。女神がノコノコ地底に来たのは、もうあのとき既に、ほとんど回復していたということか」
「でしょうな。地上の協定が終わってから、地底にやってきたようですし」
「そうか。しかし、女神が完全復活したというが、あの演説に、なぜライトまで映っていたのだ? まるで後継者のようにもみえるではないか」
「もし、ライトさんが後継者となるなら、我が悪魔族はこの星の覇権を握るも同然ですな。彼は、クラインの第1配下なわけですから」
「ふむ。だが、ライトは闇を操る者だ。女神の後継者なら光を持つ者だろう」
「ということは、あのライトさんが空に映った理由は…」
「おそらく、女神の脅しだろう。反逆者は、ライトが制圧するという…」
「お、怖ろしいですね。ライトさんは、地上では神殺しとの二つ名を持つようです。その後、さらに覚醒したわけですから…」
「それに、前大魔王のダークドラゴンを、うっかり魔石に変えてしまったんだぞ。あの前大魔王を殺してみせたのは、地底全体への見せしめだ。全くとんでもない死霊だ」
「そ、そうでしたな…。怖ろしい…」
「そんなことより、地底の防衛だ。悪魔族の守備範囲を崩されたら、悪魔族の名誉が地に堕ちる。決して油断するな!」
「はっ!」
ここ、王宮では、防衛協定により、すべての戦える者が防衛の任務についていた。
王宮勤めの者や警備隊、さまざまな兵はもちろんのこと、普段は商売人をしている者達も、すべて防衛にあたっていた。
冒険者ギルドも、すべて一時的に活動をすべて、街や村への侵略行為に対する防衛のみに統一されていた。
荒くれ者達も、この異常な緊迫感に、逆らうことも忘れ、素直に命令に従っていた。
「星の防御結界が弱まるのはもうすぐだ。チカラのある侵略者は、結界が弱まれば、侵入してくる可能性がある。見張りを怠るな!」
「はっ!」
王宮では、フリード王子が防衛の指揮を執っていた。空に映ったライトの姿を見て、フリード王子に反対していた勢力がコロリと態度を変えたのだ。
反フリード派は、ライトが女神イロハカルティアのそばに立ち、そして、新しい島にできた神族の街の長だと知った。
女神が初めて地上に作った神族の街を任されるような人物と親しいフリード王子に逆らうことは、いずれ身の破滅に繋がると察したのだろう。
「ふっ、ライトが空に映ったことで、こうも変わるのか…。人とは地位や権力に弱いものなのだな…」
フリードは、自分に批判的だった年寄り達の変わり様に、ため息をついた。
「フリード王子、セシルは、前からずっと貴方の味方ですよ」
「ん? あぁ、そうだな。洗脳されていた時期があるがな」
「そ、それはお忘れくだされ」
「ははは、セシルがつまらぬことを言う度に、一生、話のネタにしよう」
「はぁ、物忘れポーションを開発してもらうよう、ライトさんにお願いしましょうかな」
「は? そんな奇妙なものを…。ははは、冗談はさておき、そろそろだな」
「ええ、気を引き締めていきましょう。まさか王都が落とされるわけにはいきませんからな」
「あぁ、当たり前だ」
戦乱の地、帝国と呼ばれる、地上のもう一つの国でも、防衛協定により、完全に停戦を命じられていた。
休むことなく攻撃魔法が飛び交っていた帝国は、いまはシーンと静まり返っている。
帝国と一つの国のように呼ばれているが、その状況は少し違っていた。各種族ごとに小国があり、各小国には国王がいる。
そのうちの一つであるアマゾネスの国の城では、空に映ったライトのことで、ある情報が入ってきていた。
「あの少年が、あのワープワームの所有権を持っているというのか」
「女王陛下、はい、彼と実際に会った者がそのように言っておりました。彼のワープワームは、彼が殺した神のチカラを吸収したとの噂も…」
「なるほど……だから、私のワープワームが敵わなかったのか。しかし、あんな少年だとは…」
「神族の街を任されたということは、かなりの戦闘能力があるのでしょう。あんな規格外な者が支配権を持つから、ワープワームは特殊な能力を持つのでしょう」
「そうだな。神族の街か、一度、彼に会ってみたいものだ。あわよくば、私の下僕に加えたい」
「それはよい考えです、女王陛下。あんな少年です、女王陛下の色香に惑わされないわけがない」
「子供すぎて、色香に気づかぬ可能性もあるがな」
「確かに…」
「ふっふっ。そのためにも、この国は侵略者に落とされるようなことがあってはならぬ。皆の者、しくじると死が待つものと心得よ!」
「御意!」
そして、ここ、女神の城では別の準備が整っていた。いま、女神イロハカルティアと、その側近は、彼女の城の中にある自室にいた。
「いろはちゃん、配置完璧よー」
「うむ。タイガは、星系図をジッと見ておるのじゃ。予定外の動きがあればすぐさま報告するのじゃ」
「あぁ、わかっとるわ、任せとけ」
「ナタリーは、クリスタルのエネルギー管理じゃ。半分を切ったら宝玉に切り替えるのじゃ。クリスタルのエネルギーは半分は温存じゃ」
「わかったわ」
「では、どどーんと始めるのじゃ! 大移動じゃ!!」




