249、女神の城 〜 ライト、空に映る
僕はいま、カフェの店内に設置された舞台にいる。
女神様が、この星の地上だけでなく地底にも、何かお知らせをするようなんだ。
以前、空に映った女神様の演説を聞いたことがある。でも今は、僕は女神様の後ろに立っておれと言われて、彼女の近くに立っているんだ。僕の姿もおそらく、いま、空に映し出されていると思う。
何のお知らせかは、バタバタしていて聞けなかった。だから、僕も、この星の他の住人達と同じように、女神様が何を言い出すのか、注目していた。
『皆さま、この星、イロハカルティア星の保護結界は、本日の夕方、すなわち地上では青い太陽が昇る頃、地底では月が強く輝き始める頃から弱まり、そして、明日朝までには消えることになります』
(えっ? 保護結界が消える?)
『様々な憶測やうわさ話に、不安を感じられた方々もいらっしゃるかと思います。ですが、私は、完全に復活いたしました。通常より長い時間がかかったことはお詫びします。いろいろと気になることがあり、なかなか眠ることができなかったのです』
(いつの間に眠ってたの? 昨夜?)
『おそらく保護結界が消えると、様々な襲撃者や侵略者が、この星を狙って動き始めると予想しています。ですが、この放映を見ている潜入者に断言します。アナタ達の企みはすべて失敗するでしょう』
(えっ、もしかして僕に蹴散らせって言うの?)
『星の再生により、私自身も生まれ変わりました。この星は、もはや、弱き妖精が守る星ではありません。侵入者の皆さんが賢明な判断をされることを願います』
(確かに赤ん坊から成長したけど、まだ少女じゃん)
『結界が消えると同時に、新しい島の湖近くの草原に、他の星とを繋ぐ門を設置いたします。それに伴い、ロバタージュ近くの荒野の門は閉鎖します。侵略を諦めて自分の星に帰る際は、草原の門を使ってください』
(あ、ヲカシノ様の守る草原…)
『もし帰ることが難しい状況なら、この星の住人となる選択肢もあります。新しい島には、神族の街を作りました。私の後ろにいるのが、その街長のライトです。ライト、どのような街なのかの説明をお願いします』
(えっ? い、いきなり?)
そう言うと、女神様は一歩下がり、僕の背中を前へと押しやった。そして、小さく、いつものアゴくいくいをしていらっしゃる…。
(はぁ……どうしよう)
僕は、こちらをジッと見つめているアトラ様を見た。そして、このカフェにいるお客さん達も見渡した。
心配そうに見守ってくれている人や、ガッツポーズをして元気をくれる人や、ニコニコしてくれる人、いろいろな人がいた。
僕は、左手の指輪を見た。そうだ、僕はアトラ様と結婚式をしたんだ。この世界の結婚はまだだけど、でも、僕は、しっかりしなければならない。守るべき人ができたんだ。
(緊張する……でも、前を向かなければ)
僕は、スゥハァと深呼吸をした。そしてもう一度、アトラ様を見てから前を向いた。
魔導ローブを着た放映スタッフらしき人が、手を上げている。そちらを見て話せということか。彼はさらに下を指差した。あ、目線を下げるんだね。
『イロハカルティア星の皆様、他の星から遊びに来られている皆様、僕は女神様の番犬、ライトです。新しい島にできた湖上の街ワタガシの街長を務めています』
(店内がシーンとした…)
『できたばかりの街ですが、僕のイメージを精霊の霧によって具体化したため、少し変わった街になっています。すべての種族が共存できるように、また、学びたい者が学べるようにと考え、学校も作りました。ギルドもありますから、腕に自信のある人は冒険者として財を築くこともできると思います』
(ん? 足湯とささやく声が聞こえる…)
『街の中心部には、様々な施設を集約した大きな塔があります。街に初めて来られたときは、まずその塔にお越しください。移住の手続きもその塔でできます。人族も魔族も、また他の星の方々も、移住が可能です』
(足湯、足湯とささやく声が…)
『街の中では、街を利用するすべての方々に、自由に楽しく過ごしてもらいたいと思っています。だから、街を害する行為や侵略行為をしようとする者は排除します。街の中は、僕の城兵が警備に当たっています。ですから、戦闘に自信のない方でも安心してお越しください』
(足湯、足湯、足湯足湯足湯足湯……と聞こえる…)
僕は、チラリと女神様を見た。僕の話が終わったことに気づいていないのか?
魔導ローブのスタッフに合図されて、女神様と前後を入れ替わった。入れ替わり時に、チッと舌打ちが聞こえたような気がする…。
『さて、地上にできた神族の街の紹介も終わりました。皆さま、この後、星の保護結界が消える前後には、少し天変地異があるかもしれません。また、侵略者の襲撃があるかもしれません。丸二日程は特に、ご自身の身の安全に気をつけてください』
(これか……戦闘準備って)
『地上、地底、すべての防衛協定を結んだ皆さま、例の件について、今この場を借りて依頼します。私達の星を共に守りましょう』
(え? 地上も防衛協定を結んだの?)
『では、皆さま、突然お邪魔しました。また、何かある際には、お知らせいたします』
そう言うと、女神様は優雅に微笑んで手を振っていた。美しく、あまりにも神々しいその姿に、このカフェにいる人達でさえ、ボーッと見惚れているようだった。
そして、この放映は終了した。
あちこちから照らされていた照明魔法が消えた。魔導ローブを着たスタッフが、オッケーサインを出すと、女神様は、舞台からぴょんと飛び降りた。
そして、すぐさま、先程までの12〜13歳の姿に戻った。
「ライト、なぜ足湯の話をしないのじゃ! しょぼいのじゃ」
「いや、だって、空に映像が映ってるんですよね? 足湯の話とか、おかしくないですか」
「街の一番の自慢なのじゃ!」
「いろはちゃん、宣伝しすぎてみんなが押しかけてきたら、足湯で泳げなくなるわよー?」
「なっ? そ、そうかもしれぬ。言わなくてよいのじゃ」
(何? それ…)
「女神様、さっきの話ですが、完全復活なんてしてないですよね?」
「は? ライトは何を言っておるのじゃ。頭でも打ったのか?」
「いえ、だってまだ少女の姿なんだから…」
「ライトくん、今の姿が、いろはちゃんの本来の姿なのよぉ〜。どんどんチカラが衰えることで、老けてあんな感じになってしまってたの」
「ん? でも今は12〜13歳くらいに見えますが?」
「いろはちゃんが生まれたとき、神の成人の13歳の姿だったらしいわよー。妖精は見た目がずっと変わらないから、私が初めて会ったときも少女だったわ〜」
「そうなんですね。大人の姿に化けていたのは?」
「ライトはバカなのじゃ。この星の住人は、女神の大人の姿しか知らぬのじゃ。この姿だと誰だかわからぬではないか」
「あ、確かに…。でも変身ポーションを使わなくても姿を変えることができるんですね。それなら…」
「ライトはしょぼいのじゃ! 妾は、自分以外のものには化けられないのじゃ」
「へぇ、そうなんですか」
女神様は、あんなに丁寧な言葉で演説した反動なのか、一段と毒舌だった。はぁ、もう…。
アトラ様が、僕と女神様の会話をハラハラした顔で見ている。だよね、まさか、こんなに毒舌だとは知らなかったよね。
「女神様、用事がすみましたよね。そろそろ失礼して、部屋の片付けをしたいのですが…」
「ライトくんってば、早くアトラちゃんと二人っきりになりたいのねぇ〜、ふふっ」
「えっ…」
からかわれたと気付いていないアトラ様は、何かを想像して真っ赤になっていた。
「あら、アトラちゃんってば、エッチねぇ、ふふっ」
「ナタリーさん、彼女をからかわないでくださいよ」
「いや〜ん、叱られちゃったわ〜。でも、なんだか楽しいわねぇ」
(いやいや…)
女神様は、一点を見たまま固まっていた。これは複数の念話中だ。その表情はいつもと違って真剣なように見える。
見間違いかと二度見していると、女神様は動き始めた。でもずっと念話は続いているようだった。
「じゃあ、ナタリーさん、僕達はそろそろ…」
「待つのじゃ! 本番はこれからじゃ」
「えっ? さっきのは練習だったんですか?」
「は? 何を言うておるのじゃ?」
「あのさっきの放映ですが…」
「あれは練習など不要なのじゃ。ぶっつけ本番じゃぞ?」
「じゃあ、本番というのは何のことですか。侵略者が動くのは、明日朝以降ですよね?」
「侵略者など、どうでもよいのじゃ」
「ん?」
「前に妾の城で話したであろう? アレをやるのじゃ」
「んん?」
「はぁ、ライトはしょぼいのじゃ! しょぼいのじゃ! しょぼいのじゃ! アレと言ったらアレではないか」
(全くわからない…)
僕は、ナタリーさんを見ると、ナタリーさんもアレだと言う。何? アレって…。
「ここで内緒話はできないわぁ〜」
「えっ! あ、もしかしたら…」
「ライトはしょぼいのじゃ! 口に出すでない」
「あ、はい。すみません…」
アトラ様はわけがわからないという顔をしている。そりゃそうだよね。想像もつかないようなことだ。
「配置は完了しておるか?」
「そうね、ほぼ完了かしら」
「あの、女神様、ほんとにやるんですか?」
「当たり前じゃ。何のために全員に、拾ってこいミッションを出したと思っておるのじゃ」
「あ……僕、一つも拾ってない」
「ライトくんを含めて、拾ってないのは10人ちょっとだけよー。拾ってこいができなかったら、いろはちゃんの言うこと、一つ聞かなきゃならないわよー」
「僕、今から拾ってきます!」
「もう遅いのじゃ! ライトは、『落とし物』係のくせに一つも拾わなかったのじゃ。重罪なのじゃ」
「えっ…」
「ライトは、隠居なしの刑じゃからな」
「何ですか、それ…」
「クマと同じく、一生、『落とし物』係だということじゃ」
「えっ! 僕は隠居して、バーテンになりたいのに」
「そんなものは好きにすればよいのじゃ。隠居せずとも、店くらいできるであろう」
「えーっ…」
「そんなことより、ライトも早く配置につくのじゃ!」
「どこに行けば?」
「ヲカシノの草原、他の星を繋ぐ門じゃ。アトラもじゃ。守護獣、狼も虎も集まっておるのじゃ」
「わ、わかりました!」
「はよはよ」
「はい、わかりました」
僕は、支払いは女神様に任せて、アトラ様とともに店を出た。そして、生首達を呼んだ。
「アトラ様、行きますよ」
「うん! 行こう」
僕達は、生首達のワープで、精霊ヲカシノ様が守る新しい島の草原へと移動した。そこには、大量の守護獣が集まっていた。
アトラ様は、同じ里の守護獣から念話で説明を受けたのだろう。驚いて声も出ないようだ。
そう、これから始まることは、誰も経験したことがないのだから…。




