248、女神の城 〜 突然の…
「女神様、戦闘準備って……戦争でも始まるんですか?」
「そうじゃ。ライトにはまだ話をしておらぬかったが…」
(えっ……戦争…)
「いろはちゃん、その前に、大事なものを忘れてるわよ。クマちゃんから預かっていたでしょう?」
「あー、そうじゃった。えーっと何じゃったかの? タイガが珍しく、ややこしい話をしておったのじゃ」
「もう、いろはちゃん、タイガをからかうのに必死で話を聞いてなかったのねぇ。だと思ったわよー」
「オババが興味津々で聞いていたから、妾まで聞く必要はないのじゃ。どうせ、ライトも知っておるのじゃ」
「まぁ、そうかもしれないわね。さぁ、いろはちゃんが話をする番だわよー」
「あー、あれじゃな。こほん」
そう言うと、女神様は、僕とアトラ様を手招きした。え? 何? 食事は終わったけど、席を立って来いということ?
僕が戸惑っていると、アトラ様はスッと立ち上がって、女神様のそばに近寄った。
「ライトも、来るのじゃ。立ってするものじゃろ」
(立ってするもの? 何?)
僕は、何のことだかさっぱりわからなかった。一瞬、立ちションかと思ってしまったくらいだ。
まぁ、でも拒むのも面倒くさいことになりそうだ。僕は、席を立ち、女神様のそばへと移動した。
「位置はこれでいいのかしら?」
「テキトーでよいのじゃ。これはどっちがどっちじゃ?」
「もう、いろはちゃんってばー。大きな方がアトラちゃんでしょ」
「ということは、大きな方をライトに渡せばよいのか?」
「うんうん、ちゃんと覚えてるじゃない」
僕は、女神様から、フラフープのような大きな輪を受け取った。とても細い輪だ。何をするんだろう?
アトラ様には、腕輪には小さい輪が渡された。アトラ様も、きょとんとしている。
「よし、では始めるのじゃ。さっきの話をもう一度なのじゃ」
「ん? 戦争の話ですか?」
「ちがーう! 何を寝ぼけたことを言っておるのじゃ」
「えーっと…?」
「いろはちゃんが進行係なんじゃなかったかしら?」
「そうじゃった……こほん」
何が始まるのかわからないけど、なんだかまわりから見られている。店の中だもんね、当然か。早く座りたい。
「ライトは、アトラと結婚したいのじゃな?」
「へ? あ、はい、もちろんです!」
「アトラはどうじゃ? 今ならまだ断れるぞ。ライトと結婚したいと思うておるのか?」
「はい、あたしも、ライトとずっと一緒に笑っていたいです」
「ふむ。ならば、大怪我をしても、呪いにかかっても、不治の病になっても、ずっと仲良しでいたいのじゃな?」
「「はい」」
(ん? あれ? これって…)
「では、その輪を相手の指にはめるのじゃ。えーっと、左手じゃったか? ライト、知っておろう?」
(これ、指輪の交換? いきなり結婚式?)
「左手の薬指に…。って女神様、これってもしかして、結婚式ですか」
「そうじゃ。はよはよ」
「でも、指輪ってこんなに大きくは…」
「クマちゃんが作った特殊仕様よぉ。サイズが変わるのよ。 アトラちゃんのは大狼でも大丈夫なようになってるし、ライトくんのは霊体化しても大丈夫になってるの〜」
「へえ、すごい」
「あ、あの結婚式って?」
「ふむ。ライトの前世の国の伝統文化じゃ。結婚することを神に誓う儀式なのじゃ。妾にさっき二人が誓ったのじゃ。あとは夫婦の証の指輪交換じゃ」
(女神様は、そういえば神様だ…)
「あたしが、えっ?」
アトラ様は、急に真っ赤になっている。強引な女神様には慣れてきた僕でさえ、驚きの展開なんだ。
しかも、僕の前世の結婚式だなんて言われたら、言葉が出てこないよね。
「女神様、突然すぎますよ。この世界での結婚式の形式でいいですし、それに…」
「ライトは、しょぼいのじゃ! この世界には結婚式なんて妙なものはないのじゃ」
「じゃあ、どうやって結婚するのですか? 戸籍もないですし…」
「それは……妾はよく知らないのじゃ」
「ん?」
「ライトくん、そんなことをいろはちゃんに聞いても無駄よ〜。耳にするだけで、破廉恥じゃとか騒ぐもの」
「へ?」
僕は、意味がわからずアトラ様を見ると、アトラ様も目が泳いでいた。
「ふふっ、昨夜そうなるかと思って楽しみにしていたのに残念だったわ〜」
「えーっと、そういう既成事実がということですか?」
「遊びじゃなくて、愛をささやいて結ばれたら、それが結婚よぉ〜。ほとんどの種族は結婚しないで、ただ子作りしてるけどね」
「へぇ、自由なんですね」
「あ、人族の結婚は少し違うわね。種によっても違うから、まぁいろいろって感じね〜」
「ふぅん。あ、守護獣の里はどうなんですか?」
僕は、アトラ様にたずねたが、アトラ様は首をひねっていた。ん? もしかして、知らないとか?
「ふふっ、アトラちゃんの場合は、やはり魔族と同じよぉ。でも確か、精霊の許可が必要だったわね? イーシアちゃんは許可してるから、あとは、アレだけよ〜」
「そ、そうなんですね」
「そんなことより、指輪の交換が止まっておるのじゃ。はよはよ」
なぜか急かす女神様……あ、そっか。確か昨夜、今日の昼に何か話すと言っていたから時間を気にしているのか。
さっき、戦闘準備と言っていたけど、たぶんそのことについてなんだろうな。
僕は、フラフープのようなリングをアトラ様に差し出した。
「アトラ様、左手を出してください」
「う、うん」
僕は、アトラ様の左手に、大きな細いフラフープを近づけた。そして、薬指に引っ掛けると、輪はみるみるうちに小さくなり、アトラ様の左手薬指にリングがピタリとはまった。
「わぁ〜、きれいな模様が入ってる」
そう言われて見ると、流線型の少しねじったようにみえるデザインになっていた。シンプルだけど、おしゃれだね。
「次はアトラがライトに渡すのじゃ」
腕輪のような輪をアトラ様は、両手で持っている。あ、そっか、さっき僕がフラフープを両手で持っていたのを真似てるんだ。
そして緊張した顔で、僕をジッと見ている。
僕は、彼女の前に左手を差し出した。彼女は、一瞬どの指か迷っていたが、自分のリングを見て確認し、薬指に引っ掛けてくれた。
やはりみるみるうちに小さくなり、僕の左手薬指にピッタリサイズになった。アトラ様のと同じく、流線型の少しねじったようなおしゃれなリングになった。
「うむ。これで、二人は無事夫婦になったのじゃ。めでたいのじゃ!」
「ふふっ、おめでとう!」
「あ、ありがとうございます」
「あ、あたし…」
「アトラ、今この瞬間から、ライトの嫁になったのじゃ。もう何も心配はいらないのじゃ」
「はい! ありがとうございます」
もしかしたら、アトラ様の不安を取り除くためにここまで考えてくれたのかな。
事前準備が必要なことだから、かなり前から、女神様はアトラ様の不安に気づいていたんだ。
むちゃくちゃな人だけど、女神様は、いいところもある。僕はイロハカルティア様が神に見えた。まぁ、神様なんだけど…。
「そのリングは、妾のうでわと一部同じ仕様になっておる。触れて念じれば繋がっておる相手と念話ができるのじゃ」
「えっ? まじっすか」
「まじっすじゃ。ライトは念話が上手くできぬから、クマが念話機能を付けておる。リングを上から触れねば念話は繋がらぬ。相手の呼びかけにはピカピカ光るのじゃ。光ったら触れればよいのじゃ」
「わかりました。あたしが触れて、ライトも触れたら話せるのですね」
「そうじゃ。いったん繋がれば、触れていなくても話せるのじゃ。通話終了と念じれば、念話は切れるのじゃ」
「はい、わかりました」
すると、僕のリングがピカピカ光った。アトラ様の方を見ると、リングを触っている。
僕も、リングに触れると、声が聞こえた。
『あ、つながったー』
『ふふっ、繋がりましたね。この距離で念話はいらないけど……内緒話ができますね』
『うん、あ、でも……女神様は、両方の頭の中を覗けるから…』
僕は、チラッと女神様の方を見ると、店員さんと何か話していた。
「ライトくん、お姉さんには聞こえないのよぉ。こんなところで、二人の世界に入らないでー。なんだか寂しいわ〜」
「あ、ナタリーさん、すみません。使い方の練習で…」
「ふふっ、わかってるわよぉ〜。でも座った方がいいかもよぉ」
「あっ! 確かに」
僕達は、女神様の近くで、並んで立っていて、店内のお客さんに何をしているのかと、ずっとチラチラ見られている。
結婚式だと言っていたけど、周りは意味がわかっていないようだ。そもそも、式をする文化がないんだから、当たり前だよね。
僕達が席に戻ると、ちょうど女神様も店員さんとの話を終えていた。
「いろはちゃん、そろそろ時間だわ〜」
「うむ。この場所を使う許可を取ったのじゃ。いま、舞台の設置をしておるのじゃ」
(舞台?)
僕は、さっきの戦争の話だと思ってたけど、舞台ってどういうことだろう。こないだ、皆にお知らせがあるって言ってたけど、もしかして居住区のみんなに話すのかな。
「イロハさん、こんな感じでいいですかー?」
店員さんの声に振り返ると、席の一部を移動させて、女神様が立つ場所を決めているようだ。
舞台というより、観葉植物を置いていたりして、なんだか記者会見の背景のようにも見える。
突然、頭の中に、女神様の声が響いた。セッティングしているのに、なぜか念話だ。
『皆、準備はできておるか? 打ち合わせどおり決行するのじゃ。カフェから放映するのじゃ』
(え? 何の準備?)
女神様は、20代後半くらいに見える姿に変身した。そして、淡い黄色のドレスを着ている。
あの姿って、僕が初めて会ったときと同じだ。
今は、見た目は12〜13歳くらいの少女だったが、大人の姿に化けて……もしかすると、いつかみたいに地上の空をスクリーンにして放映するの?
「ライト、おぬしもこちらに来るのじゃ」
「えっ…」
「もう出演料は支払ったのじゃ」
「あの、もしかして、さっきの結婚式ですか」
「うむ。珍しく察しが良いのじゃ」
「いや…。というより、何をするんですか?」
「放映じゃ。地上も地底もすべてじゃ。おぬしがおる方が面白いのじゃ」
「えっと、何がですか?」
「ライトは、黙って妾の後ろにおればよいのじゃ。どどーんと、妾に任せるのじゃ」
(いや、不安だってば…)
何の話かを教えてもらっていないのに、放映が始まってしまった。いつの間にか、現れた魔導ローブを着た数人が、スタートの合図をしてきたのだ。
ピカッと強い光に囲まれ、僕は一瞬、平衡感覚を失った。あらゆる方向から、光が当たっているように見える。
そして、女神様が口を開いた。
『皆さま、女神イロハカルティアです。突然の放映、失礼いたします。本日は、この星の皆さまにお知らせがございます』
どこのご令嬢かと勘違いするくらい、丁寧に、やわらかな微笑みを浮かべながら話す女神様は、ハッとするほど美しく気品がある。
そう、今の彼女は、僕の知る残念な女神様ではなかった。
(いったい、どちらが本来の女神様なのだろう?)




