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247、女神の城 〜 彼女の涙の理由

「お待たせしました。モーニングセットです。飲み物のおかわりは、あちらからご自由にどうぞ」



 僕はいま、借りているアパートのカフェに来ている。すんごい人気店のようで、店の外には行列ができていた。


 この店にはアパートの住人優先席がある。たぶん行列で住人に迷惑になるから、店側の戦略として住人への配慮をしているんだと僕は考えた。


 住人達は、カフェには自分達の優先席があり、裏口から入れる配慮をしてくれているんだから、多少のことには文句は言わないだろう。


 僕は、いずれ店を持つときの参考にしたいと思った。やっぱ、配慮は必要だよね、うん。




「さぁ、冷めないうちに食べるのじゃ」


(あ、アトラ様は冷まさないと食べれない)


 モーニングセットは、スクランブルエッグと厚切りベーコン、野菜スープ、おおきなふわふわパンと紅茶だった。


 アトラ様はフォークでベーコンをつついている。たぶんベーコンは、塩は強いだろうけど、アトラ様からすれば薄味に感じるんだろうな。


 焼きたてで美味しそうだけど、熱いものが苦手な彼女には、なかなか食べられないんだろう。


 僕は、調味料棚から塩を取ってきた。


 そして、アトラ様の野菜スープにガッツリ塩を入れ、僕が飲めるギリギリの塩辛さにした。

 さらにそれを人肌くらいにまで氷魔法で冷やした。


「アトラ様、パンをちぎってスープにつけて食べてみてください」


「えっ? パンはでも…」


「いろいろな食べ物に慣れてほしいです」


「ん〜、わかった」


 僕は、自分のパンをちぎってスープにつけて食べてみせた。アトラ様はそれを真似て、同じくらいの大きさにパンをちぎろうと奮闘していた。


 アトラ様が、料理が苦手なのは、このように手先を使う経験がないからなんだと思う。

 でも、一生懸命にやろうとしてくれるのが嬉しかった。


「ふふっ、パンの大きさは、テキトーでいいんですよ。食べやすい大きさで」


「わかったー」


 野菜スープにピチャっとつけて、パクっと食べていたが、その表情は微妙だった。まぁ、野菜スープだもんね。野菜が苦手な彼女には、やはり厳しいかな。


 スクランブルエッグは、一口食べて、もういらないらしい。付け合わせの野菜も当然放置されている。結局、彼女が完食したのはベーコンだけだった。



「アトラちゃん、野菜も食べる方がお肌にいいのよぉ〜」


「えっ!? で、でも…」


「オババ、いじわるを言うでない。アトラは肉と芋しか食べないようじゃ」


「そうなのぉ?」


「あ、里では、肉と芋しか食べないです」


「いま、パンを食べたのに?」


「ナタリーさん、僕が食べてと言ったからですよ。彼女、野菜は苦手なんです。パンも食べる機会がなかったんだと思います」



 アトラ様は、またうつむいて悲しそうな顔をしている。その様子に、僕だけじゃなく、女神様もナタリーさんも気づいていた。


「その様子じゃと、まだ回復しておらんのじゃな」


「えっ? あ、でも昨夜は眠れました」


「ふむ。話せることなら、口に出す方がよいのじゃ。そんな状態だと、また呪詛に入り込む隙を与えてしまうのじゃ」


「……大丈夫です」



 何? なんだか女神様は事情がわかっているようだけど、彼女に何か言わせようとしているのかな。


 そういえば、昨夜はアトラ様の様子をみておけと言ってたのに、今朝は何もそのことを聞かれない。


 何もなかったのがわかってるからかな。でも、もう彼女から呪詛は消えているのに、女神様は、アトラ様がまだ回復していないと言ってる。


(そういえば、昨夜の涙の理由も…)


 僕は、彼女としばらく会わなかった間に、何か異変があったのかもしれない。僕は、なぜ気づけないんだ。



「あらあら、ライトくんまで暗くなっちゃったわぁ」


「ふぅむ。困ったヤツらじゃ」


「あ、いえ僕は、あの……なぜアトラ様が元気がないのかわからなくて…」


「それで落ち込んじゃったのぉ? ふふっ、ライトくん、あまりオンナゴコロわかってないわね〜」


「えっ? 女ごころですか?」


 僕は、まさかの言葉に驚いた。えっと、何か問題や異変が起こったのじゃなくて、女ごころの問題?


 アトラ様を見ると、ナタリーさんの方を驚いた顔で見ているが、否定はしない。また、うつむいてしまった。


「ライトくん、アトラちゃんのことを放っておきすぎだわ。心配になるでしょ? きっと周りからも言われてるはずよ」


「あの……なかなか会えなかったですけど、えっと…」


「アトラが自分の言葉で説明するのじゃ。ライトはしょぼいのじゃ。言ってやらねば伝わらないのじゃ」


 女神様にそう言われて、アトラ様は顔を上げたが僕を見てやはりまたうつむいてしまった。

 なぜ、いつも凛としていて元気なアトラ様がこんな表情をするのか、僕には全く理解ができなかった。


(どうしよう…)



「あーあ、これだと昼になっても話せないわよー」


「なんなのじゃ、ふたりとも、しょぼいのじゃ!」


 いや、そう言われても、わからないんだから仕方ない。僕には、そもそも前世でも、ほとんど恋愛経験はないんだから、むちゃぶりすぎる。



 そういえば、前世でよく空気を読めと言われたっけ。僕は自分のことでいっぱいいっぱいになることが多くて、あまり人の感情に気づく余力はなかった。


 僕は、自分が嫌われていないか、受け入れてもらえているのか、ということには必死に察知しようとした。


 でも、他人が何を考え、どう思っているかについては、僕はエスパーじゃないんだからわからない。

 いや、わからないというより、理解しようという努力をしてこなかったのかもしれない。


 だから、この世界でも、なかなか念話が使えないのかもしれない。相手の気持ちや心をどうすれば読み取れるのか僕には全くわからないんだ。



「ふたりともおとなしくなっちゃったわね〜」


「はぁ……ライトがどんくさいのじゃ。そんなことでは、アトラは他の男に取られてしまうのじゃ」


「えっ? な、なぜそんなことに」


「そうねぇ、ライトくんがそんな調子だと、アトラちゃんはよくても、周りが心配するわねぇ。もう、そんな人は、やめておきなさいって…」


「えっ! 僕のことはやめておけと、アトラ様は誰かに言われているのですか」


 アトラ様は、ギクッとして僕の方を見た。そしてまた悲しそうな顔をしている。


 なぜ? 里長様も許可してくれたし、トリガ様も認めてくれている。なのに、誰が、なぜダメだって言い出すの? 僕が、こんなに、しょぼいのがわかったから?


 そんなこと絶対に嫌だ。だからアトラ様はあんなに悲しそうにしていたんだ。アトラ様に影響力のある人から、僕のことなんて、やめておけと言われたんだ。



「僕、そんなの絶対、嫌です!」


「ん? 何を急に大声出しておるのじゃ。店の中じゃぞ」


「あ、すみません…」


「ふふっ、ライトくん、何が嫌なのぉ?」


「僕は、誰が反対しても、アトラ様と結婚しますから! 確かに僕はしょぼいですけど、アトラ様が居ない人生なんて考えられません!」


「ふむ。誰が反対しておるのじゃ?」


「えっ? いや、だって…」


「うふふっ、アトラちゃん、ライトくんがこんなこと言ってるわよ〜」


 アトラ様を見ると、顔が真っ赤になっていた。えっと、怒って赤いんじゃないよね? 照れてるんだよね?

 今の僕は、察知能力ゼロだ。何もわからない。しょぼすぎる。でも…。


「アトラ様、元気がないのは、誰かに僕のことをやめておけと言われたからなんですよね? まさか、アトラ様が僕のことを嫌になったってことはないですよね?」


 僕は必死だった。言っていることがむちゃくちゃだ。この言葉のせいで、逆に嫌われるかもしれない。でも僕は必死だった。


 アトラ様は、少し驚いた顔をしている。僕が必死になっていることに驚いたのかもしれない。

 どうしよう、僕のことが嫌になったって言われたら…。聞かなければよかった。どうして聞いてしまったんだよ。



 少し沈黙が続いた。僕にはものすごく長い時間に感じられた。そしてアトラ様が、僕を見た。


「ライト、あのね、あたし、こわくて…」


「えっ? 何がですか? 僕の言い方が悪かったですか…」


「違うの。周りから言われるんだー。ライトをどうやって騙したんだって。おまえは女神様の番犬につり合うのかとか、彼は伝説のポーション屋だからどんな娘でも嫁にできるとか…」


「え…」


「守護獣の間でも、ライトがあの虎を従えたとか、覚醒したことで神より強くなったとか、狙っている女性は大勢いるとか…」


「それデマですよ」


「でも、ライトがあたしの知っているライトが、どんどん遠い人になっていって、あたし…」


「そんな、僕は何も…」


「それに、あたしは、料理できないし、そもそも味覚が違うからライトが何が美味しいかわからない。とにかく、嫁に必要だと言われることが何もできないし…」


「それは別に…」


「だから、あたし……こわくて…。ライトにいらないって言われるのがこわくて…。だから、傷口が浅いうちに身を引きなさいって言われると…」



 そう言うと、アトラ様の目からはまたポロポロと涙がこぼれてきた。


 僕は……僕が彼女を泣かせているんだ。僕が不安にさせているんだ。僕は……そんなことにも気づけないなんて最低だ。



「アトラ様……ごめんなさい」


「えっ! やっぱり…」


「あ、いえ違うんです。はぁ、僕は言葉選びが下手すぎる…」


「そうじゃ、ライトは、どんくさいのじゃ」


「いろはちゃん、邪魔しないの」


 僕は、女神様のお邪魔を、今回はありがたいと思った。女神様に横槍を入れられたことで、アトラ様の表情が少しやわらかくなったんだ。


「アトラ様、僕、心配ばかりさせてしまってごめんなさい」


「ううん、そんなことないよ」


「僕、アトラ様じゃなきゃダメなんです。アトラ様が笑ってくれないと、僕は元気でいられないです。アトラ様の笑顔が好きです。ずっと僕のそばで笑っていてほしいです」


「ライト…」


「ずっと笑ってられるわけないのじゃ、ライトはバカなのじゃ」


「いろはちゃん、邪魔しないの」


(これは、めちゃくちゃ邪魔だった…)



「ライト、あたしでいいの?」


「当たり前です。アトラ様じゃなきゃダメなんです!」


「ふふっ、わかったー」


 アトラ様は、パアッと笑顔になった。よかった。ほんと、よかった。


 女神様とナタリーさんは、アトラ様の不安に気づいて、こんな世話を焼いてくれたんだとわかった。感謝しないといけないな。



「やっとなのじゃ。ほんとにライトはしょぼいのじゃ!」


「次は、いろはちゃんが話す番ねー」


「うむ。あまり時間もないのじゃ。二人とも、戦闘準備じゃ。リュックとカースにはもう動いてもらっておるのじゃ」


「えっ? 戦闘準備?」


(いきなり、何?)



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