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245、女神の城 〜 呪詛の除去

「ライト、動きの悪い呪詛はわかるか?」


「うん、ウネウネと波打ってるのと、ドロっとしてる違いはわかるよ。ウネウネしてるのは活動中で、ドロっとしてるのはチカラを失ってきてるんだよね?」


「はぁ、逆だ。というかチカラは全く衰えてねぇよ。ドロっとしている方が圧倒的に魔力が高い」


「そうなんだ。じゃあ、波打ってる方から消せばいい?」


「逆だ、普通、魔力の高い方からだろ」


「そんな普通は知らないんだけど」


「おまえなー、魔力高い方がどんどん呪詛を広げるエネルギーがあるんだぜ? ウネウネを消しても、いつまでたっても減らないじゃねぇか」


「あ、なるほど、わかった」


「はぁ、大丈夫かよ」



 僕は、女神様が張ったバリアの中にいる。


 バリアの外では、まだ帰らないチビっ子達のそばに、女神様がいる。

 リュックくんは、なぜかまだ一人でバーベキューを焼いているようだ。あ、自分の分かもしれないな。



「じゃあ、アトラ様、始めますね」


「うん、でも無理しなくて大丈夫だよー」


「アトラ、それは逆だろ。無理してでも呪詛を消せって言うところだぜ」


「えーっ、そんな無茶振り?」


「別に、無茶振りじゃねぇと思うがな。アトラもライトも、互いに相手の能力、知らなすぎだろ」


「あはは、そうかなー」


「ちょっとカース、余計なこと言わないでよ」


「はいはい」


(まぁ、確かにそうかもだけど…)



 僕は気分を切り替えて、アトラ様の身体の中を『見て』みた。


 確か、大狼の姿のときに、左半身を斬り裂かれたんだったよね。それを治癒魔法で治したときに、呪詛を体内に閉じ込めてしまったんだっけ。

 おそらく、呪いが込められているとはわからないように、仕組まれていたんだろう。


 人型になって、身体の体積が小さくなっても呪詛は減らないから、今は、アトラ様のほぼ全身に、黒くネットリした呪詛が広がっている。いや、日が経ったことで、増えてしまったのか…。


 何人もの人が苦労して、呪詛が主要な血管や臓器に入り込まないように結界を張ったのだとわかる。無数の細かな結界がキラキラしていた。



「おまえが呪詛を消すのに邪魔になる結界は、俺が外していく。一気にやるなよ? 少しずつだ。強すぎると結界で反射して、下手すりゃ体内で暴発するぞ」


「うん、わかった」



 僕は、スゥっと深呼吸をした。カースも、いつもとは雰囲気が違う。何が起こるかわからない。不測の事態に備えて、気を引き締めていこう。



 僕は、自分に魔防物防バリアを張った。


 そして、臓器から遠い場所のドロっとした呪詛に、スッと右手を入れた。


 その瞬間、グワッと右手が引きちぎられそうな、ものすごい力で引きずり込まれそうになった。


 僕は、その右手付近だけを意識して、蘇生を唱えた。だが、いつものパリンという音は聞こえない。でも、右手を引っ張る力は消えた。



「へぇ、効いてるじゃねぇか」


「そう? でも、いつものパリンという音は聞こえないよ」


「あー、古い呪詛や、弱い呪詛だろ。これは、新しくて強烈な呪詛だぜ。しかも術者がこの星にいるんだからな。術者がアトラに干渉できないようにしているが、術者に気づかれれば、阻害ベールは破られるかもしれねぇ。急ぐぞ」


「そ、そっか、わかった」


「さっきの場所辺りに呪詛を集めたいな。そこにつながる結界を順に外すから、おまえは同じ場所で蘇生を繰り返せ」


「えっ? いや、僕は、あちこちのドロっとしたやつを…」


「俺の言うこと聞けって。同じ場所だけ攻撃すりゃ、その敵を倒そうと勝手に集まってくる。逆にあちこちを攻撃すると、呪詛はアトラの心臓付近に集まるぜ」


「なぜ?」


「心臓付近で敵が魔法を使えば、心臓付近に張ってある結界が外れて、どさくさに紛れて、心臓に入り込めるかもしれねぇからな。意思を持つ呪詛は、守りにはいると厄介だ」


「敵って、僕のことだよね?」


「あぁ、呪詛からすりゃ、おまえは外敵だからな」


「そっか、わかった」



 僕は、最初にドロっとした呪詛があった場所に右手を入れ、再びその付近だけを意識して、蘇生を念じた。


 その付近は、完全に呪詛が消えたように見えた。だが、次の瞬間、ドロっとした呪詛がこの場所に入ってきた。

 そして、僕の右手に一気に絡みついてきた。グワッと魔力を抜かれるような、引っ張られる感覚で気分が悪くなった。


 僕は、また、蘇生を唱えた。ドロっとした呪詛はかなり消えたが、あれ? 次々と増殖している?



「いま、反応が遅れたから、かなり魔力を抜かれたんじゃねぇか? 魔ポーション飲んでおけよ」


「わ、わかった。僕の魔力、かなり減ってる?」


「あぁ、新作を飲んでおく方がいいんじゃねぇか? 体力も奪われたみたいだしな」


 僕は、ブルームーン風味のダブルポーションを飲んだ。アトラ様が心配そうに、僕の顔を見ていることに気がついた。


「アトラ様、体調は大丈夫ですか? 痛いとか気持ち悪いとか?」


「うん、大丈夫。なんか、すごくウネウネしたものが暴れているのが不快だけど、痛くはないよ。ちょっとあちこちが熱を持ってる気がする」


「少し冷やしましょうか」


「ライト、妙な攻撃魔法を使うなよ? アトラに張ったベールに魔力の振動が伝わったら、術者が異変に気づくぞ」


「えっ? あ、うん、大丈夫」



 僕は、魔法袋から瓶入りの水を取り出して、ガッツリ冷やしてから、蓋を開け、アトラ様に渡した。


「すごく冷たい〜」


 アトラ様は、水を少し飲んで驚いていた。凍る寸前ぐらいだもんね。


「そうきたか…」


「ん? 何?」


「いや、別に。てっきり雨か雪を降らせるのかと思った」


「へ?」


「いや、なんでもない。続けるぞ。アトラは、暑くなったら水飲んどけ」


「うん、あ、でも、この瓶、冷たくて気持ちいい」


 アトラ様は、瓶をおでこにあてていた。すぐにぬるくなりそうだ。凍らせておけば良かったかなぁ。



 そして、また、同じ場所に右手を入れ、今度は、呪詛が寄ってきたときにすぐに蘇生を唱えた。うん、このタイミングだね。


 この作業を何度も繰り返した。僕が呪詛を少し消すたびに、カースは、この場所への結界を外し、呪詛を誘導していた。


 カースは、細い金属棒のようなものを使って、アトラ様の身体をつつくようにして細かな結界を外していた。


 ときどき、アトラ様が嫌そうな顔をしていた。痛いのかな? 僕と目が合うと、頭をふるふると振っている。痛いわけじゃなさそうだ。



「あっ! 気づかれた」


「えっ…」


「一気に外すから、全身に行き渡るように蘇生しろ、いくぞ」


 カースがそう言った直後、アトラ様を覆っていた淡い光のベールがバチンと砕け散った。


「えっ?」


 僕があわあわしている間に、カースは術を唱えた。アトラ様の身体の中から結界が消えた。すると一気に呪詛が波打ち暴れ始めた。


 僕は慌てて、蘇生を唱えた。


 だが、一部は、アトラ様の身体から出て、霧のように漂っていた。


「完全に、アトラの身体を浄化しろ」


「えっ?」


「もう一度、蘇生魔法!」


「わ、わかった」


 僕は、またアトラ様の身体に手を入れ、蘇生を唱えた。すると、アトラ様の身体から出ていた霧は、完全にアトラ様から離れた。


 その霧は、女神様が張ったバリアを破ろうとしている。再び何かバチンと大きな音が鳴り、バリアがパリンと砕け散った。


「女神のバリアは、呪詛系には無力だな」


「二重バリアだったのに…」



 すると、その霧から声が聞こえてきた。


『オマエハ ナニモノ ダ』


 カースの方を見ると、シラけた顔をしていた。


『オマエハ ナニ モノ…』


 カースが、霧に向けて、何かの術を唱えると、霧はパッと弾けるように消えた。



「この術者、頭悪いな。こんな精度の低い会話しかさせられないなら、逆に乗っ取ってやれば良かった」


(カースが、なんだか物騒なことを言ってる…)


「カース、これで消えたの?」


「あぁ。霧が出てきたから、ここからが本番だと思ったのに、つまらねぇ。気合い入れ直して損したぜ」


「そ、そうなんだ」


「俺なら、霧の状態から、この場にいる奴らを全員洗脳するくらいのことはやるぞ」


「そ、そっか。カースが敵じゃなくてよかったよ」


「ん? あー、おまえは操れねぇな。闇持ちを操るのは、かなり大変なんだ。逆に女神なら操れるかもな。あいつ、呪い耐性も闇耐性も、めちゃくちゃ低いだろ」


「そ、そうかな…」



 僕は、アトラ様の身体の中を『見て』みたが、黒い呪詛はきれいに消えていた。でもアトラ様の顔色はあまりよくない。


「アトラ様、立てますか?」


「うん。左半身の感覚、戻ってきたから大丈夫」


 彼女は、ゆっくり立ち上がって、左手もグーパーしてみせた。よかった、動けるようになって。


 アトラ様は、チビっ子達にも見せようとキョロキョロしていたが、いつの間にかみんな帰ったようだ。



「アトラ、体力がかなり奪われてるから、きっちり眠って回復しろ。回復魔法を使っても、呪詛の後遺症は消えねぇからな」


「うん、わかったよー。カース、ありがとね」


「あぁ、これで貸し借り無しだ。次に会っても、俺に氷の雨降らせるんじゃねーぞ」


(ん? 氷の雨?)


「イーシアを汚さなければ、そんなことしないよ」


「えっ? 知り合いだったの?」


「は? そう言ったはずだけど」


「そうだっけ? ま、いっか」


「はぁ、そんなことより、さっさとアトラを休ませてやれよ。けっこうキツイと思うぜ」


「うん、わかった」



 いつの間にか女神様が、すぐそばにいた。ジッとアトラ様を見ている。


「うーむ。まだ何か、あるやもしれぬ」


「は? 呪詛は消えたぜ?」


「じゃあ、なぜ体力が戻らぬ? アトラは守護獣じゃ。精霊の加護を受けておる。原因を取り除いたのなら、体力も戻るはずじゃ」


「精霊のチカラが弱いんじゃねぇか?」


「精霊イーシアは、かなり高い能力を持っておるのじゃ」


「でも、術者は大したことなかったぜ? そんな複数の仕掛けなどできるわけねぇぞ」


「カースは術者が一人だと、なぜわかるのじゃ?」


「へ? えーっと…」


「カースが警戒したのにザコだった。おぬしは、ザコか否かの判断ができぬのか?」


「おい女神、おまえなぁ。確かに何かおかしいとは思ったが、術者が二人だなんてありえねぇぞ」


「絶対にないと言い切れるか?」


「いや……わからねぇ。でも、俺に見つけられねぇなんて…」


「ライト、今夜はアトラが眠る間、ずっと監視しておるのじゃ。仕掛けてくるなら、ザコが去ってこっちが安心している今夜じゃ」


「わ、わかりました」


「明日の昼すぎに、皆にお知らせがあるのじゃ。それまでにアトラの体力を元に戻すのじゃ。それから、カースとリュックを借りるぞ」


「え? あ、はい」


 カースは一瞬、嫌そうな顔をしたがすぐに諦めたようだ。リュックくんは、まだバーベキューを焼いている。



「明日朝、元気になったら、この横のカフェに来るのじゃ。妾の指定席があるから並ばずに入れるのじゃ」


 そう言い放って、女神様はカースと、その場からスッと消えた。ギリギリまでバーベキューを焼いていたリュックくんも、バーベキュー台ごと消えていた。


(強制連行されたか…)



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