244、女神の城 〜 味覚の違い
いつの間にか、リュックくんがバーベキューの焼き係をしていた。収穫祭のときは真っ黒にしていたけど、今回はなかなか上手くできているようだ。
「ねぇねぇ〜リュック、この肉って、レップルベア?」
「おう、チビのくせによくわかったな」
「ぼくはチビじゃないぞ!」
「オレよりチビじゃねーか」
「むぅう〜、ぼく、リュックより背高くなるんだからねー」
「ふっ、背高くなってから言えよ」
なんだかリュックくんが、バーベキューを焼きながらチビっ子と口げんかしている?
でも、リュックくんは、魔人化してからそんなに長くないから、人としてはチビっ子の方が先輩なのになぁ。
テーブルの上にローストビーフ風の肉料理や、ポテトサラダを並べると、チビっ子達がわらわらと集まってきた。
「わっ! 何これ? 見たことないごはんだ」
「あと、シチューもありますよ。キッチンの鍋に入っていますから、カップに好きなだけ入れて食べてくださいね。熱いから、気をつけて」
そう言うと、みんな自分のマグカップをどこからか出してきて、鍋に集まっていった。
チビっ子達がいなくなり、アトラ様が、ひとりポツンと取り残されていた。
「アトラ様の分は、僕が持ってきますから、テーブルについてくださいね」
「ふふっ、なんかあたしがライトにお世話されてるー」
「いつもと逆ですね、あはは」
僕は、アトラ様を近くのテーブルまで、今座ってるイスごと、重力魔法を使って移動させた。
そして、アトラ様用に作ったローストビーフとマッシュポテトを彼女の前に置いた。
「他の人のとは少し味を変えています。味が薄かったら、これをかけてください」
塩だれも、アトラ様の手の届く場所に置いた。
「ふふっ、はーい」
チビっ子達も、シチューをいれたマグカップを持って戻ってきた。同じテーブルのイスは一瞬でうまった。
(僕の席がないじゃん…)
「あれ? アトラちゃんのお皿の肉、色が違うね。ポテトサラダもポテトしかないの?」
「あ、アトラ様の分は、醤油を使ってないんです。塩を強めにして醤油代わりにしています。ポテトはマッシュポテトだけなんですよ」
「しょうゆ? ふぅん」
(そっか、醤油はタイガさんの店にしかないから、みんなは知らないか)
「アトラ様、シチューも持ってきますね。みんなと一緒に食べててください」
「はーい、ふふっ」
アトラ様は、チビっ子達にフォークを渡され、ニッコリしていた。みんな、もうそれぞれ自由に食べ始めている。
アトラ様も、食べ始めた。うん、普通に食べてくれてる。味は大丈夫かな? あ、塩だれをかけた。あれでもまだ塩薄かったか。
僕は、シチューを入れてアトラ様の元に戻ってきた。もちろんシチューは、氷魔法を使って完全に冷ましてある。
「シチューどうぞ。中に入っている野菜は、玉ねぎと芋と人参みたいなものなので、どれも苦くはないですから」
「はーい、あ、冷やしてある」
「はい、こないだよりも、しっかり冷ましてきましたよ」
「ふふっ」
チビっ子に素早くスプーンを渡され、彼女は、野菜の入ってるクリームシチューをこわごわすくって、パクっと食べた。
嫌いなものを無理矢理食べるときの子供のような顔をしていたが、なんとか食べることはできたようだ。
「ライト、この赤い野菜、無理…」
「ははっ、ちょっとクセがあるかな? じゃあ、その赤いのは避けて食べてください」
「うん、わかったよー」
「肉とポテトは大丈夫ですか?」
「うん、優しい味で美味しいよ。これをかけたら味が濃くなったよー」
「そっか、よかったです」
「あたい、アトラちゃんの食べてみたい」
「少し塩が強めですよ?」
アトラ様は、そのチビっ子の皿にに、肉を一切れ入れてあげていた。チビっ子は、少しかじって、うぇーと言ってポテトサラダを食べていた。
塩だれもかかってるから、めちゃくちゃ塩辛いだろうな。
「えっ? そんなにこれ、変かな?」
「アトラちゃん、こんなの塩の味しかしないじゃん」
「ん? そうかな? 美味しいよー」
「だからアトラちゃんは、ごはんあまり食べなかったんだね。あたいが、これを食べなさいって言われたら、あまり食べられないもの」
「あたしは獣だから、人族や魔族とは、味覚が違うみたいだよー」
「そなんだー。あ、そういえばウチのガンちゃんは味付けしたら食べないよ」
「ガンちゃん? ペット?」
「うん、おっきい犬だよー」
「そっか。ガンちゃんは、そんなに薄い味が好きなんだ〜」
僕は、アトラ様がキッチリ食べてくれたことにホッとしていた。でも、なんだか静かだ。
あたりを見回すと、チビっ子達はあちこちでごはんを食べている。バーベキューが焼けると、それに飛びつき、バーベキュー待ちをしている子は、僕が作った肉料理を食べている。
(あれ? 食い意地のはった人がいない)
僕は、あちこち探して『見る』と、少し離れた場所で、バーベキュー串を持って話している女神様を見つけた。
話し相手はカースだ。カースは、真面目に聞いているようだ。珍しいな…。
そう思った瞬間、カースがこちらを見た。手で、しっしと追い払うような仕草をしている。
(何? 内緒話? まぁいいけどー)
おそらく、女神様がカースを呼びつけたから、その件で話をしているんだろう。
あ、アトラ様の治療の打ち合わせなのかもしれないな。でもそれなら僕を追い払わなくていいのに。
僕は、バーベキューをしているところへ移動した。石が積み上げられて作ったカマドっぽいセットが、3つ並んでいる。これは常設されているのだろう。
(一応、ここは室内なんだけどな…)
上を見上げると、うん、青空が広がっているように見える。どういう仕組みになっているんだろう。この階の上に、僕の部屋あるんだよね? 後で確認しに行こう。
テーブルに戻ってくると、もうすっかり、ローストビーフ風の肉料理がなくなっていた。大量すぎるくらいに作ったつもりが、予想以上に子供達はたくさん食べてくれたんだな。
僕は、たぶんまだ食べていない女神様に文句を言われる前に、追加で同じものを作った。ちょっと作りすぎた気もする…。
ふと、人の気配がして振り返ると、何人かの大人がここに入ってきていた。
「あ、ライトさん、戻ってたんですね」
「え、あ、はい。あの?」
「あー、迎えに来ました。ウチの子は、そろそろ寝てしまう頃でしょうから」
「お迎えでしたか。あ、肉料理を作りすぎてしまったので、よかったらいかがですか?」
「ん? バーベキューですね」
「これも、よかったら」
僕は、追加で作ったばかりのローストビーフ風の肉料理を、彼らの前に出した。
「おっ? 見たことのない料理だな」
「これ、あのメニューの多いカフェで出してるローストビーフみたいね」
「はい、ローストビーフ風にしてみました」
さっそく〜と言って、手でひょいと一切れつまんで食べた人が、うーんとうなった。
(えっ? 何? 不味い?)
「これは、エールがないとダメだな。配達してもらおう」
「えっ?」
いつの間にか、フォークと皿を出してきた別の人が、自分の分を皿に取り、パクっと食べて、うーんとうなっている。
「これは、エールより、ハイボールがいいんじゃないか?」
お迎えに来たはずの人達の、試食会が始まった。エールの配達に来た、向かいのコンビニの人も、その試食会というか、プチ宴会に参加している。
そこに、異変をかぎつけた女神様がやってきた。
「何をしておるのじゃ?」
「珍しい肉料理の試食会ですよ」
「なっ? 妾はまだそれを食べておらぬのじゃ」
そして、予想通り、女神様は僕をジト目で睨んでらっしゃる。もし無くなってたら大騒ぎだっただろう。
「女神様の分、ちゃんとありますよ」
僕は、切り分けて、ポテトサラダを付け合わせた皿をキッチンから持ってきて、彼女に渡した。
「これは、カフェのローストビーフではないか!」
「はい、ローストビーフ風です」
「ふむ」
そう言うと、女神様はどこからかフォークを出し、近くのテーブルでその料理を食べ始めた。
その横では、賑やかな人達が、ウイスキーの瓶を持ってハイボール用の炭酸水がないと騒いでいる。
「ウイスキーは水割りでも美味しいですよ。作りましょうか?」
僕がそう提案すると、是非にと、どこからかグラスが出てきた。みんな魔法袋に、こんなのまで入れてるんだ。
僕はまず、グラスにシャワー魔法をかけて、汚れを洗い流した。
そして、水魔法と重力魔法を同時発動すると、水の玉が空中に現れた。
僕は、それに氷魔法をかけて凍らせた。透き通った丸い氷ができた。うん、魔法って便利〜。
丸い氷をグラスにいれ、ウイスキーを注ぎ、水魔法でチョロチョロと水を注ぎ入れた。
これはイーシア湖の水とかの方が美味しくなるはずだけど、仕方ない。
そして、ゆるい風魔法を使ってグラスの中をクルクルとかき混ぜて完成。
「はい、どうぞ。ん?」
僕が、水割りを出すと、その人はポカンとした顔をしていた。
「あ、あぁ、ありがとう」
そして、ゴクリと飲んで、上手いと言ってくれた。よかった。
「あの、ライトさん、なんだかすごいな。魔法をそんなに器用に使う人なんて、初めて見たよ」
「えっ? あー、たぶん僕は、強い攻撃魔法は使えないから、調整が楽なんだと思います」
「そうか。しかも、この水割り、濃くも薄くもなく、完璧だよ。バーのマスターのようだな」
「ありがとうこざいます。バーで働いていたことがありますから。それに、いつか、バーテンになって自分の店を持ちたいと思ってるんです」
「すぐにでも、店できるんじゃないか? あ、今は女神様に叱られるか。隠居したらやればいいよ」
「はい、そうしたいです」
それから、何人かにリクエストされて、水割りを作った。お迎えに来た人達が、次々とここでプチ宴会を始めてしまっている。
(なんだか、自由な人達だな)
父親を見つけて、駆け寄ってくる子もいた。おねむな顔をしている。
「迎えに来ただけじゃろ? 早く帰らないと叱られても知らぬぞ」
プチ宴会が終わりそうにないので、女神様はそう言って、迎えに来た人達に本来の目的を思い出させようとしていた。
「まぁ、いろはさん、最後の晩餐になるかもしれないんだ。大目に見てくださいよ」
(ん? 最後の晩餐?)
「そんなことにはならぬ。さっさと帰るのじゃ。子供達はもう限界じゃぞ」
女神様は、しっしと追い立てるように、大人達を家に帰らせていた。お土産にと、残った肉料理を持ち帰る人もいた。
そして、迎えの来ていない子も、ほとんどは、そろそろ帰ると言って出て行った。まだ遊んでいる子が、数人残っている。
「さて、そろそろ始めるのじゃ」
「ん? えっと、何を?」
「ライトはしょぼいのじゃ。アトラの治療に決まっておるではないか。カース、アトラの結界を…」
「わかってる」
女神様は、アトラ様とカースと僕の3人を覆うバリアを張っていた。念入りに二重にしているようだ。
「じゃあ、始めましょうか」
カースとアトラ様は、静かに頷いた。




