243、女神の城 〜 夕食の時間
僕はいま、城の居住区の自分の店にいるんだ。
アパートの一室なんだけど、女神様が生首達の遊び場にして、さらに居住区の子供達の遊び場にもなっていることから、空間をガッツリ広げたんだ。
今では、虹色ガス灯広場よりも広いジャングルになっている。奥を『見て』みると、こないだよりもさらに遊び施設が充実されているようだ。
僕の目の前には、女神様とアトラ様がいる。アトラ様は、歩けないらしく、左手も動かないようだ。
彼女は、出入り口の近くに置かれた白い木製の長イスに座っている。
そしてそれを囲むように、ゆるい結界が張られているんだ。子供達が、その結界の中に出入りできるようになっている。
子供達は、交代でアトラ様の世話をしてくれていたようだ。たくさんの子供達が、ジャングルの中にいる。
アトラ様の身体の中では、かなりの量の液体状の呪詛が、ウネウネと波打っている。アトラ様の命を守るために、たくさんの結界が施されているが、今の状態では治療が難しいようだ。
この呪詛は今もなお、アトラ様を殺そうと、脳や心臓を狙っているようなんだ。
「ライト、熱くなっても仕方ないのじゃ。それよりそろそろ夕食の時間なのじゃ」
「でも!」
「ライトは食わなくても平気じゃろうが、アトラには食事は必要じゃ」
「あっ、確かに…」
「ライト、あのね、アトラちゃん、全然食欲ないんだぞー」
「え? そうなの?」
「あたいが、向かいのコンビニから弁当もらってきても、あまり食べないのー」
「タイガさんの店の弁当?」
「そう。でね、おばちゃんが温かいご飯を作って持ってきてくれても、なかなか食べ始めないし、すぐやめちゃうの」
「そうなんだ」
僕は、子供達の情報が事実なのかと、アトラ様の方を向いた。彼女は、否定しないで、なんだか申し訳なさそうな顔をしている。
「呪詛のせいもあるじゃろが、食べねば体力は奪われるばかりじゃ。通常時ならマナの濃いこの城なら大丈夫なはずじゃが、じわじわと体力も魔力も減り続けておる」
「え、あ、はい。そうなんですけど…」
(あ! アトラ様は温かいものや野菜は苦手だ)
弁当は当然、野菜たっぷりで、味も薄い。アトラ様の口に合わないんだ。おまけに呪詛でつらいから、無理して食べようという気にもなれないのかな。
「アトラ様、体調が悪すぎて食べられないということはないですか?」
「あー、うん…」
「じゃあ、僕がアトラ様の夕食作ります」
「えっ? ライトが?」
「はい。トリガの里では、長い間ずっと看病してもらったし、それにアトラ様の好き嫌いは、だいたいわかりますから」
「そ、そっかー」
「えっ? もしかしてアトラちゃんが食欲ないのは、嫌いなものだったからなのー?」
「好き嫌いはダメだよー」
「でも体調悪いときに、嫌いなものは食べれないよね? アトラちゃん」
「あー、うーん……ごめんなさい」
「アトラは遠慮しておったのじゃな。そうと決まれば、奥のコテージに移動するのじゃ」
(えっ……女神様も食べる気?)
「え、あたしは、結界が…」
「放っておいても、ライトがバリアを張るのじゃ。気にしなくてよいのじゃ。みんなでワイワイ夕食じゃ」
「えーっと、じゃあ、僕、ちょっと食材買ってきます。食材を売ってる店は…」
「コテージに、だいたい揃っておるのじゃ。隣の店の暇な者が、作りに来ることもあるのじゃ」
「隣のカフェは、ぼくのパパが働いてるからね」
「なるほど、じゃあ、コテージを見てみて、足りないものを買いに行けばいいかな」
すると、肩からリュックくんが消え、僕の目の前に現れた。
「ライト、オレ、美味い肉、食いてー」
「リュックくんも食べる?」
「あぁ、ちょっと狩ってくるわ〜」
「わかった〜。人数分、よろしくね」
「あぁ。アトラは、イーシアの森で狩りをしてたのか?」
「えっ? あ、うん。って、あのリュックくん?」
「初めましてか? いつも会ってた気がするが」
「リュックくん、アトラ様に、チャラ男発動したら怒るからね!」
「なんだ? チャラ男発動って? ま、行ってくる」
そう言うとリュックくんは、その場からスッと消えた。
「ライト! 魔人を放し飼いにしたらダメだと言うておるではないか」
「ん? これは、おつかいだから大丈夫ですよ? 誰かに似て、食い意地はってるんで、絶対すぐに戻ってきますよ」
「誰かって、誰じゃ?」
「さぁ? 誰でしょう?」
「うぬぬぬ……ライト、妾に…」
「売ってません。ご飯作れなくなりますよ?」
「ぬぅ……そうじゃった。コテージに移動じゃ」
アトラ様は、歩けないと言ってたのに浮かんでる? 浮遊魔法かな? そういえば、アトラ様がどんなチカラを持っているのか、あまり知らなかった。
僕の視線に気づいたアトラ様は、きょとんとしている。うん、かわいい! じゃなくて、えっと…。
「ライトは、しょぼいのじゃ。守護獣は浮遊魔法なんかできるわけないのじゃ」
「えっ? でも、ケトラ様に乗せてもらって、空を駆けたことありますよ、ハデナで…」
「それは、ただ、空を駆けているのじゃ。浮遊魔法ではないのじゃ。アトラは、歩けないのに駆けることなど不可能じゃ」
「あ、じゃあ今は…」
「妾が浮かしておる」
「なるほど」
じゃあ、僕はバリアを張ろうか。でも呪詛が外に出ないようなバリアって……魔防? じゃないよね、えーっと…。
僕が、イメージしようといろいろ考えていると、はぁ〜というため息とともに、カースが目の前に現れた。
「あれ? カース、どうしたの?」
「おまえには荷が重いのがわかってて、女神はそんなこと言ってんだぜ?」
「ん?」
「俺を呼びつけてんだよ。間接的に…」
「カース、夕食じゃぞ。リュックが肉を狩りに行っておるのじゃ」
「俺はティアの配下じゃないって何度言わせるんだ…」
「カース、彼女がアトラ様だよ」
「知ってる」
「そ、そう…」
なんだか、めちゃくちゃ機嫌が悪い。こんな腹黒い呼びつけ方をされたら、怒るのも無理はないか。
カースは、アトラ様に淡い光のベールをかけていた。阻害ベールとは少し色が違うよね。
「術者の、アトラとの干渉を切った」
「えっ、カースすごい!」
「はぁ、神族がしょぼいんじゃねぇの? こんなの普通、できて当たり前だ」
「僕、できないよ」
「知ってる」
そう言うと、カースは少しニヤッとした。あれ? なぜか機嫌が直ったのかな。ま、いっか。
そういえば、なぜいつもカースって、僕が困ってるときに現れるんだろう。いつも見てるのかな?
それに、なぜ女神様はカースを呼びつけたのかな。
「いちいち見てるわけねぇだろ。警告の幻術をかけてるんだよ」
「ん? 何それ」
「おまえが困ったときに、おまえやその周りの声が聞こえるようにしてある」
「へぇ、なんかすごいね。そんな術があるんだ」
「忠誠を誓ったからな。術というより、おまえと、頭の中の一部が繋がってるような感じだ」
「ふぅん、よくわかんないけど……ありがとう」
「へ? あ、あぁ、別に」
「女神様は、カースに何をさせる気だろう?」
「おまえのサポートだろうな。飯食ったら、アトラの呪詛を触るんだろ? そんなに結界だらけにしてるなら、触ると逆に危険だぜ」
「えっ…」
「女神にはお手上げなんだろうな。何人もの神族の呪術士や魔導士を集めるより、俺を呼ぶ方が楽だからじゃないか?」
「そっか…。カース、さっき怒ってたけど、何かしてる途中だった?」
「あぁ、街の家を改装してた」
「えっ、邪魔したんだ、ごめん」
「あと一歩で、防御結界完成だったのに、ここの音が入ってきて消されたんだ」
「ありゃ…」
「まぁ、いいけど…。そのかわり、どんな外観になってても、怒るなよ?」
「ん? 怒るような外観?」
「いや、別に。ただ、街の雰囲気には合わないって言われてるがな…」
「ふぅん。まぁ、害になるものじゃなければ、自由でいいんじゃない?」
「若干、害になるとも言える…」
「まぁ、多少ならいいよ、カースのことは信頼してる」
「おまえなー。そう言うの卑怯じゃねぇか?」
「ん? どうして?」
「まぁ、いい、説明するの面倒だし。それより飯!」
「あ、そうだね。みんなコテージに入っていったね」
僕は、コテージの中へと入った。
すると、そこは大きな食料庫かと驚くほど、たくさんの野菜が、透明な袋に入ったような状態でプカプカと浮かんでいた。
そう、見間違えてはいない。風船のように、プカプカと浮かんでいたんだ。
「これはいったい…?」
「こないだ収穫祭ごっこしたのー」
僕が驚いていることに気づいたチビっ子が教えてくれた。
「へぇ、外の畑で収穫したんだ」
「そだよー」
「なんでプカプカ浮かんでるの?」
「魔法袋が足りなくなったから、ティアちゃんが、保存魔法を使ったんだよ〜。浮かんでる方が運びやすいから、浮かんでるの」
「そうなんだ。でも、こんなにたくさんあると、コテージが使えないね」
「うん、でも外に出すと、動物が荒らすから…」
「え? 動物いたっけ? ここ一応、僕の店なんだけどな」
「ん? いっぱいいるよ? かわいいこがいっぱい」
「そ、そうなんだ」
僕は、プカプカ浮かんでいる中から芋を探した。おっ、じゃがいも発見!
そして、コテージの反対側の扉を開けると、そこは、前にケーキボールの争奪戦に使っていた広場だった。
たくさんの木製のテーブルセットが並んでいて、食堂のようだ。その先には、キッチンらしき場所がある。
僕は、ジャングルの中でキャンプしているような気になってきた。ちょっと楽しい。
女神様達は、バーベキューの用意をしているようだ。アトラ様は、イスに座ってチビっ子とおしゃべりしている。
「なんじゃ? 芋だらけじゃないか」
「はい、ポテトサラダを作ろうかと思いまして」
「ふむ。そのキッチン棚には、タイガの店の調味料がすべて揃っておる。野菜は、このテーブルの上にある分で足りなければ、コテージから持ってくるのじゃ」
「わかりました。じゃあ、調理を始めますね」
ちょうど、リュックくんが狩りから戻ってきて、なんちゃらベアというイーシアの魔物を、どっさり出していた。
血抜きをして解体をする作業を、リュックくんは、ほんの一瞬でやっていた。
そしてさらに適当な大きさに剣で切り刻んだ肉を、チビっ子達がワイワイ盛り上がりながら、バーベキュー串に刺していった。
まだまだたくさんある肉を受け取って、僕はシチューを作った。タイガさんの店のクリームシチューの素を使ったから、簡単クッキングだ。
味見をしてみると、肉は牛肉に似ていた。僕は、火魔法でローストビーフ風の肉料理を追加した。魔法って便利〜。それからあとは、ポテトサラダを作った。
アトラ様の分のローストビーフは、かなり塩を強めにしておいた。ポテトサラダはマッシュポテトのみにした。
そして、アトラ様用に、塩だれも用意した。お好みで入れてもらおう。
「さぁ、バーベキュー祭りを始めるのじゃ!」
ワーワー、キャーキャーと大騒ぎしながら、チビっ子達がバーベキューを焼き始めた。




