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242、女神の城 〜 アトラの容体

 僕はいま、城の居住区にある、自分の店に向かって走っている。タイガさんから借りている店舗兼住宅だ。


 すれ違う人が挨拶してくれたりもしたけど、曖昧にしか返せなかった。僕には、全く余裕がなかったんだ。



 店に着き、僕は、その勢いのまま扉を開けた。


「乱暴な開け方だねー。扉が取れちゃうよー」


 扉を開けたすぐそこには、会いたかった人の姿があった。よかった、笑ってる。いや、怒ってる?


「アトラ様! 大丈夫ですか。いま聞いたばかりで……怪我の具合は…」


「扉、閉めていい? アトラちゃん」


「あ、うん、お願い」


(あっ…)


 僕は、アトラ様しか見えていなかったが、ここにはたくさんの子供達がいた。あ、そっか、生首達の遊び場として開放してたんだ。


(でも、子供達が居ていいの?)


 呪詛にやられてるのに…。あ、結界だ。アトラ様のまわりには結界が張ってある。



 彼女をゲージサーチをすると、体力も魔力も黄色だった。50%前後かな。

 僕は、彼女の身体の中を『見た』が、身体の中にもたくさんの結界が施されていた。

 呪詛は、その結界を破ろうとウネウネと波打っていた。液体のように見える。だから女神様は、ネットリって言ってたのか。



「ライト、焦りすぎだよー。怪我は、すぐにその場で治してくれたんだけど、そのときに呪詛を閉じ込めちゃったみたいでさー」


「痛くはないですか? 苦しいとか、つらいとか」


「うーん、呪詛が暴れるとつらいけど、それ以外のときはなんともないよー。ただ、歩けないんだよね」


「えっ? 歩けない?」


「うん、怪我は治ったはずだけど、呪詛がネットリ入り込んでるみたいで…。ここの先生や、いろんな人達が手当てしてくれたから、命は助かったみたい」


「えっ……そんな…」


 僕は、アトラ様が笑顔だったのが、逆に痛々しく感じた。きっと、生死のふちをさまようほど重傷だったんだ。


「アトラちゃんが死なないように、ぼくたちで見張ってるんだよー」


「重要極秘任務なんだよ。ティアちゃんが、よろしくって言ってたの」


「呪詛がどわって出てきたら、みんなで先生を呼びに行くんだよ」


「アトラちゃん、左手も使えないから、あたいがご飯、運んであげるのー」


(めちゃくちゃ危険な状態じゃん…)


「そっか、みんな、アトラ様を介護してくれてたんですね。ありがとう。僕、全然知らなくて…」


「それは、あたしが女神様に言わないようにお願いしてたの」


「アトラ様、どうして…。僕はそんなにあてにならないですか」


 僕は、こんな状態なのに頼ってもらえないことに、強いショックを受けた。僕は、そんなに…。



「ふふっ、違うよ。ライトは、聞いたらすぐに、あたしのとこに来ちゃうでしょ? 大事な時期なのに」


「当たり前です。すぐに駆けつけます」


「だからだよ。この負傷は、湖に街を作る少し前だったからさ。ライトがこっちに来ちゃったら、すべてのタイミングが狂うから…」


「えっ? そんなの、街は何日遅れても別に…」


「あのタイミングじゃないとダメだったでしょ? 女神様が計算して、すべてをあの島に集められたのに、あのタイミングを逃すと、何かを諦めることになったよ」


「そんなの、女神様が勝手に腹黒く仕組んでいただけじゃないですか」


「ライト、それは違うよ。女神様と精霊で、長い時間をかけて綿密に計画されたことだよ。あの島にあたし達が調査に行くときに、トリガ様から計画を聞いたんだ。あの島を作る前には決まっていたことなんだよ」


「えっ! そうだったんですか…。知らなかった」


「神族では、計画を知っていたのは、もう一人の女神様だけだよ」


「あ、ナタリーさん?」


「うん。思考を読まれたり傍受されないために、地上や地底に出入りする人には知らされていなかったみたい。あたしも具体的な中身は聞いてなかったし。でもライトが、大切なことに関わる予定だということは聞いたよ」


「そ、そうなんだ…」


「だから、調査の後、あたし達も湖の街づくりに参加する予定だったんだ。みんな負傷したからできなくなったけど」


「えっ! あ、ケトラ様も?」


「うん、ケトラも怪我というか、あの子はすぐに突っ走る癖があって、相手のザコにやられたよ。猛毒を吐く魔物がいてね、それをモロにくらって、一番最初に倒れたんだ」


「えっ! あの、無事なんですよね?」


「うん、猛毒だけだから外傷もないよ。救援に来た精霊がすぐに治癒してくれたから、毒については大丈夫だけど…」


「ん? 毒以外に何か…」


「今ね、里で療養してるよ。身体は元気になったけど、心が折れちゃったみたいで…。リガフが、ケトラが飛び出したせいで全滅させられたって厳しく叱ったからね…」


「リガフさん? あ、3人で調査に行ったんでしたね」


「うん、そうなの。リガフは黒狼でね、守護獣の中では一番強いんだよ。地底の下級神になぜか人気があって、死神の神や、悪魔の神が、リガフ目的で地上に上がってくることもあるよー」


「えっ……そ、そうなんだ。どんな人なんですか?」


「うーん、ワイルド系なイケメンかな? 面倒見もよくて親切だよ。でも、後輩への指導は厳しいんだ」


「それで、ケトラ様が、叱られた…」


「うん、そうなの。かなり厳しくね」



 ケトラ様は、戦闘力が高く、自分に自信を持っている人だ。ちょっと意地っ張りなとこもあるから、自分が一番活躍したいという気持ちも強いんだろう。


 でも、そのために、みなに大怪我をさせてしまったと叱られたら、反発すると思うけど、心が折れてしまったということは…。


(メンタルやられて、引きこもりかな…)


 ケトラ様は、ハデナ様を死なせてしまったトラウマを思い出したんじゃないかな。彼女は、情緒不安定なところがある。心配だな…。



「リガフ様の怪我は?」


「一番、ひどくやられたかな。呪詛も受けたけど、もう大丈夫。呪詛にやられた足は、バッサリ切り落として再生したから」


「そ、そっか」


「あたしの場合は、呪詛を身体に閉じ込めてしまったから、ネットリと内臓や神経にも入り込んでしまってて、バッサリ切り落としができないんだー」


「内臓や神経まで…」」


「あたしの場合、いったん死んで、イーシア様に蘇生してもらう方がいいと思ったんだけど、この呪詛は、死んでも消えないから、蘇生すると、永遠のメリーゴーランドになるんだって」


「えっ? それってダーラやその配下が使うやつだ。魔道具屋の爺さんがそれで苦しんでいるんです」


「あ、うん、あのガンコそうなお爺さんね。ライトが、ひとつ消してくれたって言ってたよ」


「でも……解除は出来なかったんです。無力感で消えたくなった…」


「そうなの? でも喜んでたよ。発作のたびにライトに消してもらえば、遅くても100年後には呪いから解放されてるって」


「えっ! 毎回、僕、呼ばれるのかな?」


「何年かに一度なんでしょ? きっと呼ばれるよー」


「そ、そっか」



 僕は、アトラ様と久しぶりに会えて、笑顔を見ることができて嬉しかった。

 いまは体調は悪くはなさそうだ。でも、呪詛が暴れるとつらいって言ってたから、なるべく早く治療しなきゃと思った。


 ただ、身体の中は、あまりにも大量に細かく結界が張ってある。これによって安定しているなら、下手に触るとまずいのかもしれない。


 こんな液体状に見える大量の呪詛は初めてだ。それにこの結界は僕の魔法も通らないかもしれない。外せる状態なら、術者に外してもらわないと…。



「アトラ様、この結界は誰が?」


「うーん、最終調整は、めが…じゃなくてティアちゃんだよ。何人もの神族の人達が張ってくれたよ」


「えっ? ティア様はいつの間に?」


「ん〜、地底に行く前だよ。様子を見に来てくれたの」


(着替えてくると言って城に戻ったときだ)


「そっか。地底も戦乱が激化してたから、ティア様はアトラ様のこと教えてくれなかったんだ」


「ライトが暇になるまで言わないでって、約束してたから」


「そっか…」


「あれ? ティアちゃんと一緒に戻って来たんじゃないの?」


「え、あ、虹色ガス灯広場で話を聞いて、僕、すぐにここに走ってきたから…」


「ん? 彼女、置き去り?」


「あー、うーん、そうですね…」


「あーあ、叱られるかもよー」


「大丈夫です。というか、いまリュックくんのことで、ちょっとケンカ中でしたし…」



 バン!



 突然、乱暴に、扉が開いた。扉、取れるじゃん…。そこには、綺麗な少女がいた。12〜13歳というところか。清楚で上品な感じのふわふわな金髪の……あれ? もしかすると…。



「ライト、話の途中で消えるとは何じゃ! しょぼいのじゃ」


「えっと……ティア様ですか」


「今は、素顔じゃから、いろはちゃんじゃ!」


「妖狐はやめたのですか」


「化けてると成長が遅いと前に説明しなかったか?」


「あー、聞いたような気もするような…」


「はぁ、しょぼいのじゃ、しょぼいのじゃ、しょぼいのじゃ!」


「はいはい、すみませんでしたー。で、何のご用ですか」


「なっ? なんじゃその態度は? 話の途中で…」


「あ、そうでした。女神様、この結界は…」


「ふーー、ったく…。身体の中の結界は、何人かで手分けして施しておった。心臓付近は、コワイと逃げ腰だったから、妾がやったのじゃ」


「そうですか。ありがとうございます。しかし、この呪詛はいったい…」


「アトラが大狼の状態で、左半身を斬り裂かれたのじゃ。かなりの量の呪詛を取り込んでしまったのじゃ。人型になっても呪詛の量は変わらぬから、こんなに大量なのじゃ」


「じゃあ、大狼の姿の方がいいのでは?」


「ダメじゃ。身体が大きいと、アトラの魔力を吸ってどんどん増えるのじゃ。身体は小さい方が増えないのじゃ」


「そ、そっか…。液体に見えますが…」


「うむ。まだ術を受けて日が浅いし、術者が近くにおるからじゃ。呪詛はまだ全く衰えてないのじゃ」


「え? 近くにって…」


「あの島におる。だから、アトラを地上から離すために、ここに連れてきたのじゃ。地上にいれば、体内に結界を張ることすら難しいからの」


「そうなんですね。あの、普通に僕が治療しようとしても大丈夫ですか? 結界で魔法が弾かれますか?」


「弾く結界と、弾かぬ結界があるのじゃ」


「えっと、どう見極めれば?」


「わからぬ。波打って暴れる呪詛が、主要な血管に入り込まぬようにすることで、みな必死だったようじゃ。様々な属性の結界だらけになっておる」


「じゃあ、治療は…」


「今は無理じゃ。この液体のネットリが、もっとネットリにならねば難しいのじゃ」


「動きを鈍らせる必要があるんですね」


「そうじゃ。今も、脳と心臓を狙っておるからの」


「えっ? 乗っ取るつもりなんでしょうか」


「いや、殺すつもりじゃろ。殺せば、誰かが蘇生するのがわかっておるのじゃ。あの爺のようになるのじゃ」


(アトラ様を…。そんなことさせない!)



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