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240、カリン峠 〜 主君クラインの器

 まさかまさかの展開だった。あの彼女が、あの腹黒な彼女が、あの策士すぎる女神様が、僕に謝ったのだ。


 僕は、謝ったフリをしているのかと思った。でも、いつもの芝居がかった感じはなく、肩を落として少ししょんぼりしている。


 見た目が11〜12歳の子供だから、余計にそう見えるのかもしれない。イタズラを叱られて、しょんぼりしている子のように見えるんだ。



 僕は、いま、数人の血の気の多い魔王達に囲まれている。


 そして僕の見る景色は青く染まっている。そう、覚醒中なんだ。でも、覚醒時の戦闘力は見せていない。

 覚醒時の戦闘力を見せると、なんだかあの時代劇の印籠のようになってしまうので、僕としては見せたくなかったんだ。



 しかし、どうしよう。妙な空気感だ。どう収拾すればいいかわからない。僕は怒りの矛先を、どこに向ければいいんだ。


 覚醒は、暴走状態と同じだ。自分の怒りから覚醒したからか、なんだか抑えきれないイライラが、僕の中で渦巻いていた。僕の中の深き闇が、暴れたがっているのかもしれない。




「ライト、怒っちゃダメだよ。ティアちゃんもごめんなさいしてるよ? 魔王様達も、ちょっと調子に乗っちゃっただけだよ」


「クライン様……。お優しいですね」


「え? お、おう!」


 僕は、天井を見上げた。僕の視界から、イライラの原因となっている人達が消えた。

 そして僕は、ふぅ〜と大きく息をはいた。


「かしこまりました。クライン様のことを嘲笑われて、ちょっとキレてしまいました。申し訳ありません」


「ライト、大丈夫?」


「はい、おかげで、だいぶ落ち着きました」


「おう!」



 クライン様は、僕の変化を敏感に察知できるようだ。さっきは不安そうに声をかけてきたけど、今はホッとしているようだ。


 悪魔族だからなのか、クライン様が特別なのかはわからない。でも、今、クライン様が声をかけてくれたのはベストな選択だった。

 妙な雰囲気、空気感を変えることができるのは、僕の主君だけだったんだから。



「なるほど。クラインさんはライトさんの主君として、まだ幼いのに立派に状況を判断されていますわね」


「俺の孫だからな」


「ふふっ、大魔王様にはライトさんをコントロールするほどの器はありませんわ」


「なっ?」


「まっすぐな人に対しては、まっすぐな人でないと言葉は届きません。とても良い主従関係ですわ」




 僕は、また何か言われる前に、言うべきことは言ってしまおうと考えた。もう、なるべく早くこの場から帰りたかった。


「皆さん、取り乱してしまってすみません。話の続きをさせてもらいます」


 僕がそう言うと、魔王達はこちらを見た。さっきとは違って、かなり警戒されていることがわかった。

 特に武闘系は、ピリピリ感が伝わってくるほど警戒している。でも僕を怖れているわけではなさそうだ。



「先程、勝手に女神様に押し付けられてしまいましたが、確かに、地底の防衛協定を結んだ皆さんとの契約は、僕が依頼主になる方がいいかもしれません」


 すると、しょんぼりしていたはずの女神様は、いつもの表情に戻った。もう立ち直ったの? もしかして、落ち込んだフリだったわけ?


(はぁ、余計なことは考えないようにしよう)



 そして、僕は、うっかり者の死霊と呼ばれる本人であること、前大魔王様の挑発に乗せられてうっかり殺してしまったこと、そして彼を蘇生し消し去った身体を復元したことを話した。


 また、前大魔王様が闇炎を使ったために、強い聖魔法を撃つことになったこと、その結果として呪詛神の洗脳をほとんど解除できたこと、だが、まだ呪詛神は隙があれば操ろうとしていることを話した。



「まさかの、あんなガキが…」


「だが、事実なのだろう。おそらく、アイツは神族だ」


 魔王達は、コソコソと話をしている。全部、聞こえているんだけど…。



「防衛協定を結んだ皆さんとの契約ですが、他の星の神々からの侵略の際に、依頼したいと考えています。地底が占領されないように、そして襲撃者が地上へ出ないように、撃退していただきたい」


「あら、他の星の神々からの侵略に限定してしまうのですか? 襲撃者を奴らの星に追い返せということかしら」


「はいそうです。僕が依頼するのは、神々絡みに限定します。そして、その依頼を受けるか否かは自由です。強制はしません。受けていただいた魔王様には、先程決まった報酬をお支払いします」


「星の侵略行動につながることだけ、しかも自由参加、という解釈でよろしいのかしら?」


「はい。地底が占領されれば、地底との出入り口の多い新しい島は、危機的な状況に陥ります。僕は、新しい島にできた、湖上の街の長です。街長として、地底の皆さんへ侵略者からの防衛と撃退を依頼します」


「えっ? ライトさん、今、湖上の街とおっしゃったのかしら?」


「はい、そうです。神族の街です」



 神族の街と言ったことで、魔王達はざわざわし始めた。ほとんどの魔王は、あの街の存在を知っているようだった。



「ふふっ、やっと、白状しましたね、ライトさん」


「はい?」


「貴方は、いま、自分が神族であることばかりか、あの異様な塔を建てた責任者だと認めたのですよ?」


「それが、何か?」


「ふふっ、あの塔の機能と目的を話していただけますよね? 皆、あのような異様な物質で作られた異常に大きな魔導塔には恐怖を感じています」


「異様で異常ですか…」


「私達、魔族の目にはそう映ります」


「そうですか、確かにこの世界にはないものですね」



 僕は、まだ今も覚醒中だ。魔王達に囲まれていると、解除するタイミングがわからない。


 女神様の様子を見てみると、何かクライン様とコソコソ話をしている。そして二人ともその表情は楽しそうだ。


(女神様、完全に復活してるじゃん…)



「この世界にないものがなぜ、あの街にはあるのですか?」


「あれは、僕の妄想から生まれています。あの街が造られたときに、僕のイメージが具体化されました」


「それは、精霊魔法ですね」


「詳しくは知りませんが、魔族の皆さんがわからないことなら、おそらくそうなんだと思います」


「何のための塔なのですか。島のどこからでも遠視魔法を使えば見えますから、あの塔からは島の全てが見渡せるのでしょう?」


「最上階は、確かにそうですね。見晴らしが良いですよ」


「監視塔以外の機能を教えてくださいませんか?」


「ん? 監視塔というほどでもないですよ。それに、あれは魔導塔ではありません。あちこちで魔力を使いますが、それは電気代わりの動力として使っていますから」


「電気? 動力? 意味がわからないですわ」


「言葉では説明が難しいので、一度、遊びに来られてはいかがですか」


「えっ? 私、魔王ですわよ?」


「侵略目的でなければ、街の出入りは自由ですよ。あの塔の最上階に上ってみたらいいですよ。最上階はレストランですから、お食事しながら景色を眺めることができます」


「まぁ、食堂ですの?」


「はい。あの塔は、1〜3階がギルド、4階は安い定食屋、5〜6階は治療院、7〜9階が役所と兵の詰め所、10〜11階がレストランになっています」


「えっ……それって、ただ施設を集めただけなのですか? あんなに異様な塔なのに…」


「そうですよ。あの街は、移住も種族関係なく受け入れています。困ったときにあの塔に行けば、手続きがすべて完結できる方が便利でしょう?」


「そ、そうですわね」


「あと、あの塔の近くには、治癒の足湯があります。足だけの温泉です。疲れが癒されると思いますよ」


「まぁ! そんな場所が」


「それって、タトルーク老師が言っていたことじゃないか。夢でもみたかと笑い飛ばしていたが…」


 獣系の若い魔王が、話に割り込んできた。


「タトルーク様は、気に入られたようですよ」


「何人かが、あの街に家をもらったと聞いたことがあるが…」


「街ができたときに協力を約束してくださった方には、女神様が家をプレゼントされていました」



 すると、魔王達は、一斉に女神様の方を向いた。


「なんじゃ?」


「今の話は…」


「事実じゃ。まだまだ街には空きがあるのじゃ。手続きをすれば、部屋を借りられるのじゃ。条件を満たしたら家がもらえるかもしれぬ」


「そうなのか」


「じゃが、街に害を与えるようなことをすると、ライトに殺されるのじゃ。そのときは、きっと蘇生はしてくれないのじゃ」


 何か悪だくみを考えていたらしき魔王は、ギクリとしていた。多くの魔王達は、興味深そうにしている。



「買い物やごはんなら、誰でも利用していいんだよ。足湯は泳げるんだよー。足湯の上の方は、冷たくて甘いポーションが無料で飲めるよー」


 なぜかクライン様が、街の宣伝をされている。これか……いま、コソコソ話していたのは…。



「まぁ、クラインさんは、さすがよくご存知なのですわね。ふふっ、ご案内していただきたいわ」


「えっ?」


 クライン様は僕の方を振り返った。僕は、うんうんと、やわらかく頷いた。


「魔王マーテル様、俺でよかったら案内するよー」


「ふふっ、嬉しいわ」



(もう、話は終わったよね)



「マーテル様、もうご用はないですよね。僕達は、そろそろ失礼しようと思います」


「ふふっ、防衛協定を結ぶ魔王は、さらに増えると思いますわ。いろいろと有意義な時間でした」


「こちらこそ。では、失礼します」


「あ、最後に、見せていただけませんか」


「何をですか?」


「貴方のチカラです。私はあのとき、直接見ていたわけじゃないのですよ」


「あ、いや…」


「それに、見せていただく方が、貴方の街で悪さをするかもしれない者への牽制になりますわ」


「逆効果かもしれないですよ?」


「ふふっ、もしそうなら今頃、彼女が止めておられるでしょう?」



 チラッと女神様の方を見ると、アゴをくいくいと…。完全復活しただけじゃなく、また腹黒さが増しているような…。


『オレにも出て来いって、うるせーんだけど…』


(リュックくんも? まぁ、抑止力になるか…)


『はぁ……じゃあ、出るか…』


(そうだね)



 そう言うと、リュックくんは僕の肩から消え、僕のすぐ横に現れた。


「まぁ! 貴方は?」


「オレはリュック。魔道具から進化した魔人だ」


「イケメンね。でも魔人にしては…」


「チカラは隠してるからな。ライト、いっせいのーで戦闘力見せるぞ。どっちが強いか魔王達に見てもらおーぜ」


(いっせいのって……子供か〜)


「わかったよ」


「せーのっ!」


 僕は、覚醒時の戦闘力を見せた。僕をまとっていた闇が青く輝いた。リュックくんの変化は僕にはわからなかった。


 でも、僕達を見た魔王達の反応で、リュックくんも見せているんだとわかった。僕とリュックくんを見比べて、シーンとしている。



「マーテル様、もういいですよね」


「え、あ、はい。あの…」


 僕は、覚醒状態を解除した。景色が普通の色を取り戻した。


「じゃあ、失礼します」


「ちょっと、お待ちください!」


(もう…。まだ何か?)



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