24、ハデナ火山 〜 守護獣ケトラ
ハデナ火山には、他の火山と同様、登山道の途中に休憩施設が設けられていた。
火山には、主にガスを採取するためにかなりの数の冒険者が、ギルドのミッションを受注してやってくる。
また、マナの濃い火山は特にレアな魔物がよく出現するため、これを目当てにした冒険者も集まる。
そのため、休憩施設を利用する人も多いのだ。
逆に休憩施設がないと、遭難するリスクが高まり、ガスの採取ミッションはかなり厳しいものになってしまうのだ。
「わっ!キャンプ場みたい!テンション上がるな〜」
「キャンプ場ってなんすか?」
「えっと、野外でご飯作って食べたり、宿泊できる施設のことです」
「ん〜、ふつうな場所っすね。ふつう、外で飯作って食うし、テントを張って寝るし…」
「あ、うん、それの娯楽施設的な感じなんですよ。と言っても、上手く伝える自信がない…」
ジャックさんと、キャンプについて語っていると、施設の手続きを終えて、数人の隊員さんがこちらに戻ってきた。
隊員さん達から、ご飯を作るために手分けして、食材を調達しに行こうと提案された。
魔法袋に非常食はまだあるが、ここで非常食というのも味気ないので、やはり普通の食事を食べたいということだった。
施設にも、食材は売っているが、今はあいにく、ロクなもんがないのだと言う。
そこで、人数も20人近くもいるから、二手に分かれようということになったらしい。
そして肉を調達するグループと、野菜や果物を探すグループ、どちらがいいかとたずねられた。
僕は、返事をするまでもなく、肉グループは無理だ…それでも聞いてくれるのは、優しさだろうか?
「俺はどっちでもいいっす。人数調整で少ない方に入りますよ〜」
(デキル男は違う…はぁ、僕は…)
「僕は、野菜グループ行きます」
「お!野菜グループ、助かります。みんな、肉だ肉だとうるさくて…ここは肉の美味い魔物が多いんですよ」
「じゃあ、俺は、野菜グループに入るっす」
「あ、なんか、すみません…誘導したみたいで」
「いや、別に大丈夫っす。それに野菜を探すにも危険はあるだろうから、ライトさんを放っておくのは不安なんで」
(……僕って…)
「じゃあ、ウチの隊員、みんな肉グループでも大丈夫ですか?みんな好みの肉を狩りたいらしくて…」
「他は野菜グループっすか?」
「あ、いえ、あの3人は、ちょっと仕事があるとかで…」
「それ、たぶん、サボリっすよ〜」
「あはは…でも野菜ならそんなに人手いらないから大丈夫ですよ。僕、魔法袋もありますし」
「じゃあ、よろしくお願いします。なるべく短時間で仕留めてきますから」
「了解っす〜」
そして、僕は、ジャックさんと二人で、野菜や果物の調達に出かけた。
火山の中腹にあるとは思えないほど、この休憩施設のまわりは、気温もおだやかだった。そのため、水辺には草花、少し離れたところでは背の低い木々も生い茂っていた。
この休憩施設は、僕達の他にも、いま十数組の利用者がいると聞いた。その利用者の人達も、あちこちを散策していた。
「こんにちは〜」
ジャックさんに食べれる草を聞きながら、ぷちぷちと草を摘んでいると、女性二人組に声をかけられた。
(な、なに?)
僕は、思わず警戒する。
一方、ジャックさんは慣れた感じで、挨拶を返している。
「あー、ごめんなさーい。彼女と一緒なのねぇ〜 お邪魔しちゃったわぁ〜」
(な、なんですと?)
僕は、また女性と間違われたのかとイライラしつつ、ぷちぷちと草を摘んだ。
どうやら、僕は、草を摘みはじめると集中するタイプらしい。イーシア湖で薬草を摘んでたときも、摘み始めると止まらなかった。
(あ、アトラ様、元気かなぁ?)
あ、ダメだ!僕は…ペット枠だったんだ…
はぁ、どうすれば、男として見てもらえるんだろう…ぷちぷちと草を摘みながら、いろいろと考え始めていた。
「おーい!ライトさんってば〜」
「えっ、あ、はい!」
「もう、どうしたんすか?黙り込んで…」
「あ、いえ、あれ?いま女性二人組いませんでした?」
「あー、もう、施設に戻るって言ってましたよ〜」
「あ、そうなんですね」
「なんか、ライトさんのことを彼女だと思われたみたいっす。くははっ。ライトさんが反論しないから、なんか、確定しちゃったみたいっすよ」
「へ?僕は男ですけどーっ」
「くははっ。ヤバイ、またツボにハマりそう〜」
いつまでも、肩を揺らしているジャックさんに呆れつつ、でも、まぁ、僕が中性的な顔なのは否定しない。女性物の服を着れば、おそらく女性に見えるだろうな…。
だから、きっと僕は、アトラ様に…あ、もう!なんでこんなことばっかり!
(あのときと同じ作業をしてるからか、な…)
そして、果物!発見!
これ、デカっ!僕の頭よりデカい。少しナイフでカットしてみる。中はちょっとドス黒いような赤黒い果実…すんごく熟れすぎたプラムって感じだけど、少し渋味というかクセがある。
こっちの小さくて黄色いのは…皮食べれる!甘いキンカンみたいだなー。大きければオレンジっぽいのかも?
僕は、リュックにも果物をたくさん入れた。ポーションの素材になりそうだ。
野菜は…やめておこう。もし野菜ジュース味ができてしまうと、僕は複雑な気分になりそうだ…。
僕が黙々と草を摘んだり、果物を取ったりしてるのに、ジャックさんは、結局、すぐ飽きて、寝転がってウトウトしてる。
(……笑い疲れたのかな)
ま、いっか。
僕は、あれこれと集めた。
(魔法袋って、めちゃくちゃ便利だな…あ、リュック重いからポーションちょっと移しとこう)
僕は、また少し重くなったリュックを下ろし、魔法袋へと小瓶をどんどん移した。
(そういえば、コーヒー、うでわに入れっぱなしだったな…)
まわりを一応、見渡し、誰もこちらに注目していないのを確認し、うでわのアイテムボックスを開ける。
そして、中からコンビニで買った商品を全て取り出し、うでわを閉じた。
(うーむ…とりあえず、コーヒーと粉状ミルクはリュックだな。砂糖はひとつリュックで、もうひとつは魔法袋。塩コショウは2個とも魔法袋だなー)
ぶつぶつと呟きながら、振り分け完了。
すると、突然、あのセリフが…
「ねぇ、さっきから、何してるの?」
僕は、驚いて振り返る!
「え!アトラ様?…じゃ、ない。す、すみません…」
彼女は…なんていうか、アトラ様に似ている。頭の上に耳があるのもそうだが、雰囲気がそっくりだった。
「ん?アトラ様って、イーシアのアトラのこと?」
「えっ、あ、はい。声の感じが似てて…人違いでしたね。すみません」
「ふぅん、あの子と、お兄さん、どういう関係?」
「えっと…友達です」
すると、目の前の彼女が、大きな目をパチクリさせて驚いた。
「友達なの?お兄さん、何者?」
「あ、ライトといいます」
「で?何してる人?」
「あ、あの…えっと、なぜそんな?」
「わっ!赤き大狼!どうしてこんな所に?ちょっ、ライトさん、逃げるっす!能力全開で!」
うたた寝していたはずのジャックさんが、急に焦って叫んだ。ん?なに?
すると、この女性は、ジャックさんの方を見た。
スッと目を細め、その瞬間、目から赤いビーム状のものが、ジューッ!
ジャックさんの足元に威嚇射撃?ビームが通ったあとは、草花が完全に焼け焦げてしまっていた。
「うわっ!ヤバイっす、ライトさん!」
僕は、ジャックさんの反応から、彼女はこの地の守護獣じゃないかと察した。なら、なぜここの自然を大切にしないんだ?アトラ様なら絶対こんなことしない!
「あの!」
「なぁに?」
「そんなことしたら、草花が死んでしまいます!ただでさえ、ここは環境が厳しいのに!ダメですよっ」
「えっ?」
「わかりましたか?」
「えっと、あの、さ…」
「はい」
「あたしのこと、怖くないわけ?」
「は?どういうことですか?」
「いや、みんな、こわがるから…」
「えっ?どうしてですか?かわいいと思いますけど?」
「えっ!?」
「はい?」
「あ、いやあの、その…」
(ん?突然どうしたんだろ?様子がおかしい?)
僕は、彼女をじっと見た。
なぜ彼女が怖がられるのかはわからないが、今の行動からすると、警戒心が強すぎて過剰防衛したりするからじゃないかと思った。
今も彼女は目が泳いでいる。こちらをチラッと見たが、目を合わせるのが苦手なようだ。
(たぶん、人族との関わり方がわからないんだろうな)
「あの、あなたは?ここに住んでるんですか?」
「え、あ、うん。住んでるというか、うん」
「ん?えっと、お名前を聞いてもいいですか?」
「え!!あ、うん。ケトラ…」
「ケトラさん、いやケトラ様かな?この地の守護獣様ですか?」
「あぅ、えっと、うん。精霊ハデナ様の守護獣…」
「そうでしたか。ケトラ様、それなら余計に、この地の草花をむやみに傷つけるようなことしちゃダメですよ?逆にあなたが守ってあげないと!」
「う、うん。ハデナ様も同じこと言ってた。今はいないけど…」
「え?精霊ハデナ様は、どこかに行かれたんですか?」
「どこにもいかないの。この地にいるけど、今はいないの……侵略者に、殺された」
「えーっ!」
「だから、あたしは…」
僕は、泣きそうになっているケトラ様を、思わずそっと抱きしめた。彼女はきっと主人が殺されて、不安なんだ。泣きたいのに泣けないんだ。
彼女が驚いて、身体を強張らせているのがわかった。僕は、彼女を落ち着かせようと、彼女の頭をそっと撫でた。
「大丈夫ですよ。落ち着いて。嫌な話をさせてしまってすみません」
するとケトラ様は、僕の腕の中で、ふるふると頭を振った。
(この子は、まだ子供なんだろうな…アトラ様と同じ種族かな?今度アトラ様に聞いてみよう)
「ひとりでずっとここを守護しているのですか?」
「うん」
「さみしかったですよね。役目を果たして立派ですよ。でも、草花にあんなことしちゃダメですよ」
僕は、ケトラ様の孤独がわかった。
寂しいときやしんどいときに、周りに人がたくさんいるのは逆に辛くなることもある。こんな賑やかな中で、自分はひとりなんだと思うと…耐えられないほどの強い孤独感に、押し潰されそうになるかもしれない。
彼女のこの行動は、きっと寂しさからの反動なんだと思った。こんなことをするから、さらに怖がられてしまう、そのことに気づくだけの心の余裕はないんだろうな。
「お兄さん、あたしのことを守ってくれるの?」
(ん?どこかで似たセリフを聞いたような…)
「ん?どういう意味ですか?僕は、ケトラ様よりめちゃくちゃ弱いですよ?」
「弱くないよ。あたしの方が弱いの…」
よくわからない発言だった。そして、彼女は僕の背中に手を回して、キュッと抱きついてきた。
「ちょ、ちょっと、そんなにキュッとしたら苦しいですよ」
「あ、ごめんなさい。ゆるくする」
そう言いつつも、彼女のチカラは強く…
僕は、彼女が落ち着くまで耐えられるかちょっと不安になった。
(やっぱ、寂しかったんだな。こんな小さいのに、頑張って……ケトラ様、エライな)




