239、カリン峠 〜 ライト、キレる
いま、僕はドラゴン族の魔王の城にいる。
そしてここには主要な各種族の魔王十数名が、魔王マーテル様の呼びかけにより、集められていた。
ガヤガヤと騒がしいこの部屋は淡い球体の光のベールがかけられていた。カースがかけた阻害ベールだ。この部屋では、今、秘密の協定が結ばれたのだ。
「ティアさん、地底の防衛協定は、無事結ばれましたわ。大魔王の代替わりまでの期間、この協定は継続しますわ」
「うむ。では、次の話に移るのじゃ」
「次は、ティアさんとの協定ですか?」
「強制参加の協定ではない。報酬を出す契約じゃ。防衛協定を結んでおる種族だけが、契約できるのじゃ」
「報酬は、先程の呪薬……いえ、氷と炎無効つきのダブルポーションでしょうか」
「うむ。あれは呪いつきじゃが、ライトに気づかれずに命令効果時間が過ぎれば、命令はできぬ。誰が飲んだかもライトは気づかぬから、飲んだと知られなければ、意味のない呪いじゃ」
(だから、女神様は、初めて見たときも、意味のない呪いだと言ってたのか)
「ライトさんに服従させる呪薬だと警戒しましたが、1日しか効果は続かないのですね。ライトさんは地上にいらっしゃることが多いなら、地底では意味のない呪いですわ」
「値をつけれぬほどの高価なポーションじゃ。ほとんどの魔王は、体力か魔力どちらかが、これで全回復するじゃろ」
この女神様の話を聞いて、魔王達は、ガヤガヤと騒がしくなった。
欲しいと言っている魔王もいれば、危険な薬だと言っている魔王もいる。
そういえば、地底ではあまりポーションは使われていないんだっけ。
女神の城の居住区から、地底に売りに行くという話を、以前聞いたことがある。たぶん、大魔王様が独占しているんだろうな。
「そうですね。魔導系なら体力は5万以下の魔王もいます。逆に、武闘系で魔力が5万もある魔王は数えるほどしかいません。私のようにどちらともつかない魔王でも、体力も魔力も5万も回復できるだなんて、信じられない薬ですわ」
「これが報酬でよいかの?」
「ええ。ですが、その契約とはどのようなものでしょう?」
「ふむ。そのときによって異なるじゃろ。依頼主に聞くのじゃな。妾は、伝達係じゃ」
(ん? 嫌な予感がする…)
「伝達係? 地底の防衛協定を結ぶ魔王達と、契約したい別の人がいるのですか? 私はてっきりティアさんかと…」
そう言うと、マーテル様は急に表情を固くした。
マーテル様は妖狐に化けた彼女が女神様だとわかっている。女神様との契約なら安心できると思っていたのだろう。
「妾は伝達係、連絡係をして報酬をもらうのじゃ」
(やっぱり…)
「ティアさんにそのようなことを依頼するなんて……他の星の神ですか?」
マーテル様の様子の変化や、その言葉で、魔王達も、警戒を強めたようだった。
この妖狐は、他の星の神の配下なのではないかと考えたのだろうか。
「前大魔王を殺した男じゃ。依頼されたわけではないのじゃ。妾としては、そうする方が楽なのじゃ」
「あら、なるほど、そうでしたか。ふふっ」
前大魔王を殺した男という言葉に、魔王達には緊張が走った。だが、マーテル様が笑顔だったことで混乱している者もいるようだ。
「魔王マーテル、そもそも、その妖狐は何者なのですか。貴女と対等に話をするし、私にも対等に世間話をしてきましたが、どのような地位の…」
「あら、貴方にはわからないのですか? ティアさんの正体は、女神イロハカルティア様ですわ。謎の美少女ということで通しているそうですけど」
ええ〜っ!?
ぬおー!
あちこちから、驚きの声や、妙な叫び声が聞こえてきた。魔王達は誰も気づいていなかったらしい。
しかし、マーテル様も、しれっとそんなことを言うんだ。なんだろう……女神様と同じ匂いがしてきた。
「あの、魔王マーテル、その前大魔王を殺した男というのは、いまどこに? ほんの数刻前のことだから、もしかしたら、まだ地底にいるのでは?」
すると、彼女は妖艶なしぐさで腕を組み、首を傾げて答えた。
「あら、そんなこともわからないの? 目の前にいらっしゃるわよ」
「えっと、ティアさん、いえ、女神様ですか」
「まぁ! そんなことを言うと叱られますわよ? 女神様は女性ですわ」
「あ! そ、そうですな…」
まさかの失言をした魔王は、冷や汗をかきながら、まわりを見渡していた。その視線は、他の魔王に向けられている。
他の魔王達も、どの魔王がそんなチカラを隠しているのかと、探り合っているようだ。
女神様はニヤニヤしながら、この様子を眺めていらっしゃる。ほんと、腹黒いし意地悪だよね。
まぁ、これくらいじゃないと、魔王達を動かすことができないのかもしれないけど…。
僕が見ていることに気づくと、またアゴをくいくいと…。今度は何? まさか、僕がうっかり殺してしまいましたと自白しろってこと?
こんな魔王だらけの場所で、僕には、さすがにそんな勇気はなかった。だって、魔王だよ? ラスボスクラスがこんなにたくさん集まっているんだ。
前大魔王に味方する魔王に、何だかんだ言われて、恨まれたり襲われたりしたら困る。
(絶対、無理…)
すると、これまで存在感が薄くなっていた大魔王メトロギウス様が、ニヤリと笑って口を開いた。
「おまえら、脳筋ばかりか? そんなチカラがあるなら、魔王にとどまっているわけはないだろう?」
「あら、大魔王様が存在感を主張し始めたわ、ふふっ」
マーテル様に痛いところを突かれて、大魔王様は一瞬苦い顔をした。だが、マーテル様を冷たく睨み、そして言葉を続けた。
「前大魔王を殺したのは、うっかり者の死霊だ。門番をうっかり殺したことで有名だが、今回は、前大魔王をうっかり魔石に変えてしまったんだ」
(ちょ、ちょっと……言い方…)
だが、それを聞いて、ざわついたものの、それが僕のことだとは思われていないようだった。僕のこともクライン様のことも、魔王達の眼中にはないようだ。
さっき、ポーションが話題になったけど、ポーション屋という程度の認識のようだ。それさえ忘れているような魔王もいる。
その様子を見て、大魔王様は再びニヤリと笑った。
(嫌な予感がする)
彼は、絶対クライン様を利用するよね。僕は大魔王様の配下じゃないのに、自分のモノのように言うよね。
(ここは、先手必勝!)
「ちょっと、大魔王様、変なこと考えてますよね? 妙なこと、言わないでくださいよ」
「は? ライト、おまえは俺に命令できるような立場だったか?」
「立場というなら、僕とは対等じゃないですか」
「ほう? 死霊が悪魔と対等だと? うっかり者らしい発言だな」
(あ……しまった…)
何人かの魔王が、その言葉に反応し、怪訝な顔をしてこちらを見ている。
大魔王様は、僕が死霊だとバラし、うっかり者だと言った…。でもまだ魔王達は、その言葉の意味がわかっていない。
「ちょ、ちょっと、あのですね…」
「はぁ、ライトは、しょぼいのじゃ。口で悪魔族に勝てるわけないのじゃ」
「ふふっ、ライトさんも、かわいらしいですわね」
(ダメだな、これ…)
「ライト…」
僕が困惑していることに気づいたクライン様が、僕を気遣って心配そうにしてくれている。
そうだ、僕はクライン様の第1配下として、この城に来たんだ。僕がオロオロしていると、クライン様の格にも悪影響になってしまうかもしれない。
僕は、スゥハァと深呼吸をした。そして、魔族の国スイッチを入れた。そう、いつものはったりスイッチだ。
「クライン様、ご心配をおかけしてすみません。もう大丈夫です」
「そっか、よかったー」
僕が覚悟を決めたことを察したのだろう。クライン様は、ホッとしたニコニコ笑顔を向けてくれた。
(この笑顔を守るのが僕の役割だよね)
「魔王の皆さん、ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。僕はライト、ここには悪魔族のクライン様の第1配下となった報告に来ました。皆さんとお会いすることができたので、この場を借りて、ご挨拶させてもらいました。以後お見知り置きを」
僕は、そう挨拶すると、魔王達は、なんだとつまらなそうな顔をしていた。
クライン様のことも、チラッと見て、子供かと嘲笑うような魔王もいた。
(魔族は最初が肝心…)
僕は、クライン様の名誉のためにも、舐められるわけにはいかない。
「いま、つまらないという顔をした魔王様、さらに僕の主君を嘲笑うように見た魔王様、僕にケンカを売っているのですか? それなら買いますよ。いますぐにでも外に出ますか?」
「はぁ? なんだ? ガキ」
「おまえ、何様のつもりだ? 死にたいのか?」
僕の挑発に、武闘系は簡単に乗ってくる。何人かが僕のそばに近寄ってきた。
「あらあら、面白い展開だわね、ふふっ」
「おまえら、やめておけ」
マーテル様は楽しそうにしている。一方でメトロギウス様は、この騒ぎを鎮めようとしているのか? 自分の孫が嘲笑われたのに、慎重なんだな…。
女神様をチラッと見ると、ニヤニヤしていた。この展開まで予測済みということなのか。
(はぁ…)
ちょっと、やはり面白くない。なんなんだよ、僕をバケモノ扱いして、勝手にポーションを報酬にして、やりたい放題じゃんか。
それに魔王達にもイラついた。地底で勢力争いばかりしているから、他の星からの侵入者に洗脳された配下に気づかないんじゃないの?
防衛協定なんて、わざわざ言われなくても、自分達で自発的にやるべきことはやれよ。
(もう、考えるのは面倒になってきた)
僕の足元には闇が漏れていた。目を閉じ、スゥハァと深呼吸して目を開けた。部屋の中が青く染まった。
「なんだ? あのガキ、様子がおかしいぞ。目が青く光っているんじゃないか?」
「警戒する必要はない。さっき大魔王が死霊だと言っていたしな。あんな戦闘力じゃ、何もできないだろうよ」
離れた場所にいる魔王達は、僕の変化に気づいたようだ。
でも、近寄ってきている脳筋魔王達は、些細な変化は、気にも留めていないようだ。
「もう一度言うよ。僕にケンカを売ってるの? 違うなら、僕の主君を嘲笑うようなマネはしないことだ」
「はぁ? このガキ、殺すぞ」
「誰が? 僕を? まさか」
「なんだと? 舐めたことを…」
魔王のひとりが僕に斬りかかろうとして、大剣を振り上げた。僕の目にはスローモーションに見えている。
僕は、そのスローモーションの剣をかわし、彼の喉元に僕の剣をピタリと当てた。
「なっ? なぜそんなに速い? その戦闘力はダミーか」
「僕のチカラが見えないの? 貴方なんか僕は簡単に殺せる。いっぺん、試してみる? 僕、蘇生は得意だよ」
「ひっ、バケモノか……まさか、おまえが…」
「ライト、そこまでじゃ! 本当にバケモノ認定されてしまうと、地底に出入りしにくくなるのじゃ」
僕は、キッと女神様を睨んだ。
「なんじゃ? 機嫌が悪いのか? ふむ……妾は、ちょっとだけ調子に乗りすぎたのじゃ。悪かったのじゃ」
(えっ? あ、謝った?)




