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237、カリン峠 〜 魔王マーテル

 ドラゴン族の魔王マーテルに、凍てつくような冷たい目で睨まれて、黒い小山のようなドラゴン、前大魔王はようやく静かになった。


「貴方はもう大魔王ではないのですよ。身の程をわきまえなさい!」


「チッ、うるさいぞ。わしに指図するな」


 そう反論した彼だが、彼女の冷たい視線から逃れるように、目を落とした。


 そして自分の足元に落ちていた、剥がれ落ちたような土状のものを見つけ、驚いた顔で僕の方へと振り返った。ドラゴンがそんなに目を見開くと、やはり怖い。


「まさか、おまえ、わしを……この身体を消し去ったのか」


「そうみたいです」


 僕がそう答えると、前大魔王は、さらに目を見開いていた。わなわなと怒りに震えているようにも見える。


「そんなバカな…」


「貴方の蘇生をしたのもライトさんです。一度の蘇生魔法で、そこまで復元されたのには驚きました」


「わしは魔石になっていたのか? この剥がれ落ちたような石は…」


「黒く大きな岩のような魔石になっていましたよ」


「それを、殺した本人が復元したのか? いっぺん死んでみるかと言って、本当に殺して、わしを蘇生したのか?」


「ええ。そのまま、魔石を吸収するという選択肢もあったところを、彼は、蘇生魔法で貴方の復元をしてくれたんですよ」


「このわしが……死霊ごときに…」


「貴方は、自信過剰なんですよ。だから、メトロギウスに大魔王の地位を奪われた。ドラゴン族として史上最強だと言われていたことが、アダになったようですね」


「このわしが…」


 なんだか、前大魔王は、ものすごく落ち込み始めたように見える。心がポキンと折れてしまったのだろうか。



「ライトさん、本来の目的の前に、ゴタゴタに巻き込んでしまいましたね。さぁ皆さん、城の中へどうぞ」


「魔王マーテル様、はい、ありがとうございます」



 僕は、クライン様の元へ駆け寄った。クライン様は、緊張した顔をしている。僕は、そっと手を握った。


「クライン様、行きましょう」


「うん、あ、ライト大丈夫?」


「ん?」


「なんか、魔力だいぶ減ってるみたいだよー」


「あ、そういえば、さっき強いめまいがした後、ずっとふらふらします。魔力切れが近いですね。ありがとうございます」


「おう!」


 僕は、ブルームーン風味のダブルポーションを1本飲んだ。身体の中に染み渡る感覚から、魔力切れ寸前だったのだとわかった。


「クライン様には、また助けてもらっちゃいましたね。僕、なぜ自分でわからないんだろう…」


「うーん、それは俺にもわからない」


 すると、目の前にひらひら動く手が現れた。


「なんですか? ティア様」


「理由が知りたいのか?」


(なるほど…。情報料を払えということね)


 僕は、ティア様の手に、ブルームーン風味のダブルポーションを置いた。彼女は、瞬く間にそれを自分のアイテムボックスに収納したが…。


「これは甘くないのじゃ。コーヒー牛乳の気分じゃ」


「じゃあ、ダブルポーション返してくださいよ」


「もう、収納してしまったのじゃ」


 ここで、ゴタゴタしている暇はない。案内の人がこちらを見ている。


(はぁ…)


 僕は、カルーアミルク風味の魔ポーションを2本渡した。不満そうな顔をされたが、僕は知らんぷりをして、案内の人の方へと歩き始めた。


 でも、この女神様の横暴ぶりに、クライン様は笑顔になっていた。あ、女神様は、そのために話に割り込んできたのかもしれないな。


「で、ティアちゃん。どうしてライトは自分の魔力が減ってることがわからないのー?」


「クライン、それはな、ライトがしょぼいからじゃ」


「えっ……ティア様、それ理由になってませんよ」


「ぷははっ、ティアちゃんってばー」


 クライン様の笑いのツボに入ったらしい…。声を出して笑ったあと、クライン様は、しまったと顔を引き締めていた。


「クライン、そんなに気を遣わなくてよいのじゃ。ここは魔王の城、クラインのそばには大魔王がおるのじゃ」


「えっ、あ、うん。それにライトもいるもんね」


「そうじゃな。うっかり者じゃがな。さっきので、さらに、うっかりすぎるうっかり者伝説がうまれたのじゃ」


(何? それ…)


「ん? 伝説?」


「確かに、うっかり、前大魔王を魔石に変えてしまったのは、伝説になるな。クックック」


「爺ちゃん、伝説って何?」


「そうだな、語り継がれるようなこと、だな」


「ふぅん」


(語り継がないで…)




 そして、僕達は、ドラゴン族の魔王の城へと入った。ドラゴンが身体が大きいためか、何もかもが、とんでもなく大きな造りになっている。


 僕達は、城の中の謁見の間に、案内された。


 窓からは、墓場だと教えられたドラゴンの魔石の淡い光が、とても美しく見えた。

 色とりどりのたくさんの魔石が、幻想的な雰囲気を感じさせていた。



 ギィー



 重そうな扉が開き、魔王様が部屋の中へと入ってきた。彼女は先程とは違って、ドラゴンの姿で現れた。


 そんなに大きくはなかった。だけど、僕は驚いた。クライン様も驚いているようだった。


 白く輝くドラゴンなんて、初めて見た。なんだろう、惹き込まれるような色香がある。それに、甘い花の香りを放っているようだ。

 あまりにも美しくて、目を離しがたい。いつまでもジッと見てしまう。



「夢幻竜か? それにしては小さいのじゃ。まだ子供なのか?」


「ふふっ、女神様、夢幻竜に見えますか?」


「うーむ、見たことのない種じゃ」


「はい、私の母は、この星の者ではありません。母は、細く長い蛇のような竜なのです」


「ふむ。中立の……いや、あの星は、もう今はない。移住先を求めてこの星に来たか」


「ええ、そのようです。私が生まれてすぐに死んだようなので、詳しいことはわかりません」


「そうか。あの星の種は、あまり体力的にも強くはなかったから、移住で無理をしたのかもしれぬ」


「そうだったのかもしれませんね」



 大魔王様は、なるべく彼女を見ないようにしているようだ。やはり、目を奪われるんだね。


「おぬしのような者が、ドラゴン族の魔王となったのは、大魔王が悪魔族だからじゃな」


「ふふっ、おそらくそうだと思います。チカラだけのドラゴンでは、メトロギウスには勝てませんからね」


「次の大魔王は、マーテルになりそうじゃな。まぁ、早ければ百年後か」


「バカ猫、俺は、そんなにすぐに大魔王の地位を譲るつもりはないぞ」


「じゃが、あと百年もすれば、彼女の色香もさらに磨きがかかるのじゃ。何の術も使わずとも、魅了する者と、どう戦うのかのー」


「ふん、知るか」


(やっぱ、苦手なんだ)



 彼女は、スーッと人の姿に変わった。大魔王様は、明らかにホッとしているようだ。人の姿だと、あの甘い花の香りはしなかったもんね。部屋の中にまだ残り香はあるけど。



「ふふっ、こちらの方がよろしいでしょうか」


 魔王様は、僕の方を見てそう言った。僕が釘付けになっていたのがバレていたらしい。


「あ、は、はい」


「ふふっ、さて、ご挨拶をうかがいましょう」


 そう言うと、彼女はクライン様を優しい目で見た。もう今は、あの冷たい目ではなかった。でも、何かを探るようにまっすぐに見ている。



 クライン様は、僕をチラッと見た後、魔王マーテル様の前に歩み出た。


「魔王マーテル様、悪魔族のクラインです。まだ6歳ですが、第1配下を迎えたご挨拶に来ました」


「マーテル様、ライトです。クライン様の第1配下となりました。以後お見知り置きを」


「ふふっ、よくできました。クライン、あと数十年もすれば、警戒しなければならなくなりそうね。敵対したくないわね」


「えっ」


「マーテル様、主君へのお褒めの言葉、ありがとうございます。僕も、マーテル様が、クライン様と敵対しないことを祈ります」


「あら、謙虚なのですね。ライトさんには、私は勝てそうにないのだけど…」


「当たり前じゃ。魅了にかかるような奴に、神族の街長など任せられぬのじゃ」


(えっ? でも僕、目を離しがたい感じが…)


 僕がそう、不思議に思っていると、女神様にジト目を向けられた。



「ふふっ、それでは、本題に入りましょうか。ご用があるのは、どちらですか?」


 そう言って彼女は、大魔王様と女神様を見比べていた。この挨拶は、訪問のための作戦だとバレてるじゃん。



「わかってて聞くのか? マーテルは、意地悪なのじゃ。メトロギウスが用事なんてあるわけないのじゃ」


「集める方がよろしいかしら? 他の魔王も」


「そうじゃな。その方が話は早いのじゃ。そこまでわかってて、なぜ意地悪を言うのじゃ」


 魔王マーテルは、配下に何かを指示していた。たぶん、他の魔王に連絡させたんだろう。


「ふふっ、妖狐の姿の女神様があまりにも可愛らしくて、つい、怒らせたくなりましたわ」


「謎の美少女じゃからな」


 そう言うと女神様は、まんざらでもなさそうな顔をしている。もっと喜ぶのかと思ったけど、意外に反応は薄いようだ。


 女神様は、また僕にジト目を向けたが、特に何も言われなかった。うーん、なんだか少し違和感。まぁ、場所をわきまえてるってことかな。



『わきまえてんじゃなくて、頭フル回転してるんじゃねーか』


(ん? リュックくん、そうなの?)


『どうすれば、一番効率が良いか考えてんだろーな。おまえ、完璧に踊らされてるじゃねーか』


(えっ? 何かした?)


『女神のシナリオどおりに動かされてるじゃねーか。さっきあいつ、ニタニタしてただろーが』


(へ?)


『あれ、思い通りにいきすぎて、面白くて我慢できなかったんじゃねーか?』


(あれって、どれ?)


『全く気づいてねーの? さっきの、外での前大魔王との件だ。あれ、完全に女神の予定どおりじゃねーか』


(ん? リュックくん、意味わからない)


『はぁ? 前大魔王とおまえが激突すれば、必ず聖魔法を撃つだろーが。うまくいけば、清浄の光はこの付近に広がるから、呪詛神の術を消すじゃねーか』


(えっ? それを狙って?)


『地底のあちこちに操られて暴れている奴らがいるんだぜ? この大量の洗脳を解くにはカースにもキツイ。女神には無理だ。だから、強烈な聖魔法が一番だろ』


(もしかして、周りが静かになったのは、洗脳が解除されたからなの?)


『あぁ、我に返ったんだろーな。地底ほとんどに清浄の光は届いたよーだぜ』


(えっ!?)


『前大魔王が吐いた闇炎を利用したから、あり得ないくらい強烈な聖魔法になったな。これは想定外だったと思うぜ。おまえ、魔力切れ直前になるほどの魔力を引き出されたじゃねーか』


(あ、あの清浄の光でそんなに使ったんだ)


『でもそのおかげで、前大魔王は心が折れておとなしくなったし、ライトのチカラを見せることで魔王も大魔王もビビっただろーし、一石二鳥、いや一石三鳥だろ』


(あー、うーん)


『うまくいきすぎて、女神は笑いが止まらないみたいだぜ。ニタニタしやがって』


(これ、すべて策略?)


『あぁ、メトロギウスを連れていくと、前大魔王が出てくるのはわかっていたからな』


(腹黒いというか、すんごい、ちょー策士だね)


『それを言うなら、ちょー腹黒ババアだろ』


(リュックくん……毒舌)



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