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236、カリン峠 〜 なぜか激突

「バカ猫、そんな言い方では伝わらんぞ」


「チッ、新旧そろって大魔王は、しょぼいのじゃ」


「なんだと? 意味もなく、わしを愚弄する気か! 小娘」


 女神様は、はぁと大げさにため息をつき、僕の方を向いて、アゴをくいくいとしていらっしゃる。


 今回は、何を言えということかはわかった。でも、僕がバラすと、お詫びの魔ポーションを大量に奪われそうな気がする。


「チッ、ライトもしょぼいのじゃ」


 僕が、警戒したのがわかって、女神様は不機嫌になった……フリをしている。



 いま僕は、ドラゴン族の拠点のカリン峠にある城の前にいる。

 全く話を聞く気のない前大魔王が、その大きな身体で、まるで壁のように立ちはだかっていた。


 話を聞かせるために、僕はいま覚醒中なんだ。でも、僕の変化に驚いてはいたが、怖れてはいないようだ。覚醒中の僕よりも戦闘力が高いということなのかな。



「前大魔王様、彼女はティアちゃんです。俺が地上でできた初めての友達だから、付いてきてくれたんだ」


「ほう、クラインだったか。キチンと話ができるようだな。そのティアや、アダンとは大違いだ。一番幼き子が、一番礼儀正しいようだな」


「えっ、あ、そんなことないけど…。ライトがいつも丁寧な言葉を使うから…」


「ふっ、動揺すると、やはり幼さが出るな。その、ティアは、妖狐にしては妙に魔力が高いが、やはり神族なのか」


「ティアちゃんは……えっと…」


 クライン様は、黒く大きなドラゴンにギロリと睨まれて、オドオドしながらも必死に話していた。


 そして、言ってはいけないことは、こんな状況でもなんとか言わずに、ごまかす言葉を探しているようだ。


「妾は、女神イロハカルティアじゃ。なぜ、そんなことくらい見抜けぬのじゃ? 幼き子供を問い詰めるとは、情けないのじゃ。タトルークは簡単に見破ったぞ?」


 元大魔王タトルーク様の名が出ると、前大魔王は、ピクリと反応していた。だけど、なぜか、女神様の言葉を信じていないようだった。


「小娘! おまえが女神だと? はん、バカなことを。女神は妖精だぞ? 姿を変えても、あの独特なオーラも魔力も隠せぬ。わしの眼を欺けるわけがない」


(これ、またダメじゃん…)


「おぬしは、自分のチカラに絶対的な自信を持ちすぎじゃ。そんな性格だから、まだチカラが衰えておらぬのに、メトロギウスに大魔王の地位を奪われたのじゃ」


「なっ……なんだと、小娘! おまえごとき…」


 前大魔王は、長い尾をまるで鞭のように女神様に打ちつけようとした。

 僕の目にはすべてがスローモーションに見えている。

 女神様は、僕をチラ見した。自分で避ける気がないの? もしくは、僕にやらせる気?


 僕は、二人の間に入り込み、バリアを張った。前に暴走した時のバリアだ。深き闇の板状のバリアが僕の目の前に現れた。


 バチンッ!


 前大魔王の尾が鞭のように打ちつけられたが、深き闇のバリアはその攻撃を弾いた。

 彼は、硬い板を叩いた反動で、逆にダメージを受けたようだ。尾の鱗が一部分剥がれていた。


「な、なんだと? おまえ!」


「女神様に、怪我をさせるわけにはいきません。暴れる気なら、拘束します」


「その程度のチカラで何を!」


 前大魔王は、その場でじだんだを踏んでいる。大地が揺れ、クライン様が転びそうになったのをアダンが支えてくれていた。


「今のは、僕の主人に対する攻撃ですか!」


「はぁ? 弱き幼な子など連れて来るからだ」


(やばい……ムカつく…)


「僕は、魔王様に挨拶に来たんだ。前大魔王に用はない。これ以上、暴れるようなら僕も我慢の限界…」


「うるさいわ! 死霊の分際で」


 そう言うと、彼は、僕達に向かって炎を吐いた。黒い炎だ。こんなものに触れたら大変なことになる。何より、クライン様は、ドラゴンの炎にはトラウマがあるんだ。


 僕は、水のカーテンを張った。前大魔王の炎は、水のカーテンを越えることはできなかった。


 さらに、彼は大きく息を吸って、身体に何かのエネルギーを集めていた。

 僕は、女神様やクライン様達みんなを覆うドーム状のバリアを張った。


(我慢の限界…)


 僕は、バリアをすり抜け、彼の前に出た。

 そして、一気に深き闇を解放した。


「バカか? わしはダークドラゴンだ。闇は効かぬ。逆にエサになるぞ。カッカッカッ」



 僕の深き闇と、前大魔王の闇がぶつかりうねり、小さな竜巻を起こしている。


「いっぺん、死んでみる?」


「はぁ? なんだと? 頭おかしいんじゃないか?」


「まぁ、貴方なら、死なないか。もし死んでも蘇生してあげるよ。謝るなら今だ。これが最後のチャンスだよ」


「バカか、おまえこそ死ね!」


 そう言って、彼は大きく口を開けた。闇のブレスか? 口の中がまるでブラックホールのようにも見える。


 僕は、左手を彼に向けた。僕の身体全体に深き闇がまとわりついている。そして、彼のブレスが放たれた瞬間に、蘇生! を唱えた。


 そう、闇に闇をぶつけて、そこに起爆剤として蘇生を使うことで、その属性が反転する。僕は、闇の反射、聖魔法を撃とうと考えたんだ。



 ピカッ!!!



 今までにあり得ないほどの強すぎる白い光と風圧に、僕は、強いめまいを感じた。平衡感覚がなくなり、どこが地面かも、僕が立っているかどうかもわからない。


 しばらくして、ようやく視界が戻ってきた。僕は吹き飛ばされて倒れていたようだ。

 覚醒状態はその衝撃で解除されていた。視界は青くない。普通の色に見える。


(あ! クライン様は)


 僕は慌てて、クライン様の姿を探した。闇の反射は、強すぎる清浄の光は、悪魔族にはダメージを与えるんだった。


(大丈夫だ、よかった)


 幸いにも、バリアは吹き飛ばされていなかった。


 クライン様は、転んでいたけど、驚いて目をパチパチさせていた。ゲージサーチをしても、青色、体力も減っていない。


 女神様や、アダン、大魔王様も無事のようだ。アダンと大魔王様は言葉を失っているようだ。ぽかんと口を開けている。一方で、女神様はニヤニヤしていた。



「大丈夫ですか? すみません、こんな強い衝撃になるとは予想してなくて…」


「あのアホが、すべてを無にする闇炎のブレスを吐こうとしたからじゃ。相手の闇が強ければ強いほど、清浄の光は強くなるのじゃ。地底のかなりの範囲に広がったじゃろな」


「えっ…」


「ライト、そういえば、魔族の攻撃が止まったかもしれないよー。シーンとしてる」


「クライン様、確かに…」


「こんなあり得ないエネルギー、しかも聖魔法が使われたんだ。とんでもない何かが来たと、警戒するに決まっている」


「アダンの言うとおりじゃ。しかも、ドラゴンの居城あたりじゃ。強烈な聖魔法を扱う得体の知れない者、となると、他の星の神の仕業だと思うじゃろな」


「こんなものが直撃して、アイツは無事なのか?」


「大魔王、爺様でもさすがに無理だろうな。ライト、きちんと後始末しろよ」


「えっ、あ、うん。もし死んでたら3時間ルールだよね」


 僕は、前大魔王の姿を探した。あんな小山のような巨体なのに、見当たらない。どこかに吹き飛ばされてしまったのかな…。



「どこかに飛んでいったのかな」


「クライン様、僕もそうかと思っていました。いないですよね…」


「いや、爺様は、さっきの場所にいる。おまえのことを舐めてたから、避けなかったんじゃね?」


「えっ? どこ?」


 僕は、さっきの激突場所に移動したが、彼の姿は見当たらない。透明化でもしてしまったのかな?




 突然、その場に、スッと人型の何人かが現れた。


 妖艶で透き通るような美しい女性と、その女性を警護するための騎士達のようだった。


 その女性は、僕を見て、やわらかな笑みを浮かべた。でも、その目は笑っていない。ゾッとするほど冷たい目をしている。


「ライトさん、でしたか。あまり年寄りをいじめないでやってもらえませんか?」


「えっ、あ、いえ、すみません…」



 その女性は、近寄ってきた妖狐に目をとめた。そして、ふわりと微笑んだ。


「初めまして。マーテルと申します。妖狐の姿をしていらっしゃるのが、女神様ですね?」


「そうじゃ、やっと魔王が出てきたのじゃ。ガンコ爺が通してくれぬから苦労したのじゃ」


(えっ! この女性が魔王様なんだ)


「彼はプライドが高いので、誰にも従わないのですよ。無敗のドラゴンですからね」


「マーテルにも従わぬのか?」


「ええ。自分の意に反することには全く…。少し前まで大魔王でしたから、落ち着くまで数百年は仕方ないかと諦めておりました」


「ふむ。やはり脳筋はバカなのじゃ。まぁ、大魔王の地位をチカラではなく、策略で奪われたせいもあるのじゃろうが」


 女神様は、大魔王メトロギウス様をチラ見して、大げさにため息をついていた。

 メトロギウス様は、素知らぬふりをしているが。



「ふふっ、そうですね。ですが、これで少しは懲りたでしょう」


 そう言うと、彼女は近くの岩を見ていた。ん? 普通の岩じゃない。魔力を秘めた岩のようだ。


「ライト、3時間ルールじゃ。蘇生してやるのじゃろ?」


「はい、でも、前大魔王様がどこに行かれたか…」


「目の前におるではないか」


「ん? この岩ですか?」


「うむ。妾もドラゴンのこんな姿は初めて見たのじゃ」


「擬態ですか?」


「は? ライトは世間知らずなのじゃ。魔石じゃ」


「えっ? 身体の中にあるのでは?」


「その身体を完全に消し去ったから、魔石しか残っておらぬ。大規模な戦乱中には、殺された魔族のこのような石があちこちに転がっておるんじゃがな」


「岩の中に魔石があるのですか?」


「灼熱の炎などで焼かれると、魔石を守るために魔石には土状のバリアができるのじゃ。しばらくすれば、土状のバリアは剥がれ落ち、魔石が出てくるのじゃ」


「土状のバリア…。じゃあ、この岩は前大魔王様の魔石なんですか」


「そうじゃ。まぁ、そのまま、食らうという選択肢もあるのじゃ」


 女神様がそう言うと、ドラゴン族の魔王マーテル様は、その冷たい目をより一層冷ややかに、僕を睨んでいた。


(この人、怖い…)



 僕は、その岩にスッと手を入れ、蘇生を唱えた。


 すると、岩がパリンと割れて、黒く鈍く輝く魔石が現れた。


(えっ? 失敗した?)


 そして、その魔石が放つ光がどんどん強くなり、シューッと不思議な音を立てて、水蒸気のようなものが魔石から吹き出した。


 それはだんだん大きく広がり、そして小山のような形をしたモノが、蜃気楼のように浮かび上がった。

 その輪郭は少しずつハッキリしてきて、次第に、黒い巨体へと変わっていった。



「まぁ! 一度の魔法で、魔石から復元されるとは!」


「ライトは、回復魔法力だけは、それなりなのじゃ。妾より、蘇生能力は少しだけ高いのじゃ」


(えっ? 女神様より?)


 すると、妖狐にジト目を向けられたが、何も言われなかった。



 そして、黒い小山が、ゆらりと立ち上がった。


「くそッ! 死霊の分際で!」


(えっ? まだやる気?)



「おやめなさい! 見苦しい。次は蘇生しませんよ!」


(うわっ、こわっ)



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