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235、カリン峠 〜 アダンが急成長した理由

「機嫌が悪そうじゃの」


「俺が来たからだと思うが…」



 僕の危機探知リングが、ドラゴンの大きな拠城の前あたりを赤く染めていた。

 そこには黒く大きな何かがいた。月明かりや魔石の光で明るいはずが、なぜがそこはとても暗く、その姿は見えにくい。



「なぜ、メトロギウスがいる? 我が居城に足を踏み入れるとは、殺されに来たのか。それとも大魔王の地位を返しに来たか」



 低く響く声に、僕はやはりチビりそうになっていた。威圧感が半端ない。


 大魔王メトロギウス様は、そんな奴をジッと無言で睨んでいた。何? なんか術をかけてるの?


 それに対して、僕にまで、異常な殺意を向けられ、居ても立っても居られない。あーーと叫びそうになる。



『おまえ、簡単に威嚇されて、どーすんだ? アイツは、前大魔王だ。メトロギウスの策略で大魔王の地位を奪われたばかりなんだよ』


(リュックくん、でも、めちゃくちゃ怖い…)


『おまえ以上に怖がっている子を放置してていいわけ?』


(あっ! そうだよね)


 僕は、クライン様の方を見ると、小さな肩がガタガタと震えている。


 アダンが落ち着かせようと、彼の肩に触れようとしたが、逆効果だったようだ。より一層、恐怖で固まっていた。

 クライン様は、アダンもドラゴンだということを思い出したんだろう。



 僕は、クライン様のそばに移動した。そして、そっと手を繋いだ。クライン様は血の気の引いた顔をあげた。


「ライト…」


「クライン様、あいつの威圧感が半端なくて…。手を握ってもらってていいですか? 僕、あーーって叫びそうになってしまって…」


「えっ? お、おう!」


 そう言うと、クライン様の顔がキリッと引き締まった。そして繋いだ手をしっかりと握り返してくれた。


 おそらく、怖がる僕を守らなければと思ってくれたんだろう。



 その様子を意外そうにアダンが見ていた。僕がそれに気づくと、ふんっと顔をそらした。


「アダン、クライン様の父親は、クライン様が3歳のときに、クライン様の目の前で飛竜に殺されたんだ」


「えっ…」


「だから、クライン様はドラゴンには特別な警戒心があるんだよ。彼の父親は、飛竜の吐く炎からクライン様を守るために、盾となって亡くなったんだ」


「幼い子供連れなのに、飛竜が襲ったのか」


「うん、そうみたい。最近までクライン様は火も使えなくなっていたんだ。でも僕を守るために使ってくれたんだよ」


「えっ!」


「その頃は、クライン様はまだ5歳だったけどね。いつもずっと、弱い僕を守ろうとしてくれるんだ」


「それで、おまえ、クラインの配下になったのか?」


「そうだよ。恩返しもしたいし、それに何よりクライン様のそういうところが、カッコいいから、憧れもあるんだよね」


「ふっ、死霊が悪魔に憧れるか。普通ならあまりにも遠い存在じゃね?」


「そういえば、死霊やスケルトンは、大魔王様を崇拝している感じだったかも」


「は? 下等なアンデッドが大魔王と会ったのかよ」


「二クレア池で、会ったんだ。アダンのお世話係のナタリーさんもいたよ。聞いてない?」


「聞いたかもしれねーけど、興味ないことはいちいち覚えてるわけないじゃん。バカじゃね?」

 

「あっそ」



 僕がアダンとこんな話をしていると、クライン様は少し落ち着いてきたようだった。


 まだ、小さな肩は震えているが、少なくともアダンに対しては、先程までのように普通に接することができそうだ。


 アダンも、それに気づいたようだ。クライン様の頭をなでなでし始めた。


「アダン、くすぐったいよー」


「ふっ、クライン、やっと笑ったな。さっき、俺のこと、怖くなってたんじゃね?」


「えっ…」


「当たり前でしょ。アダンみたいなヤンキーに絡まれたら、普通怖いでしょ」


「ヤンキーじゃねーよ」


「だいたい、なんでそんなに急成長してるわけ? 年齢は?」


「あ? ロバタージュで、15歳って教えただろ。おまえ、頭悪いんじゃね?」


「だって、見た目が大人になったからさー」


「あー、これは餌だよ」


「成長する餌?」


「アダン、魔石食べたの?」


「ふっ、クラインの方が賢いな。そうだよ、ちょっと前に、ここが狙われて大量の敵が来たからな」


「死んだ敵の魔石を取って、食べたの?」


「はぁ? 食い殺してりゃ、勝手に吸収するだろ」


「急所狙いをすると、食べちゃうんだね」


「クラインは、やはり賢いな」


 そう言うと、アダンはまたクライン様の頭をなでなでしている。なでたいだけなんじゃないの?



「食い殺すとかなんか、アダンってこわい…」


「今さら、何言ってんの? 当たり前だろ? ドラゴンは魔族の国では最強なんだよ。死霊のくせに、対等な顔する方がおかしいんじゃね?」


「あのねー、僕の方が先輩なんだからね。対等じゃなくて、先輩をうやまうとか何かないの?」


「ねーよ。死霊をうやまってどうすんだよ。バカじゃね?」


「はぁ……相変わらず、生意気すぎる…」




 ふと、大気が揺れた気がして、僕は城の方へと振り向いた。

 無言で睨み合いをしていた新旧大魔王ふたりが、動いた。それを、女神様が阻止したようだ。


「なんだ? 妙な妖狐が何をする」


「にらめっこは、終わりじゃ。メトロギウス、何をしに来たか、忘れたわけではあるまいな」


「この老いぼれがケンカを売ってきたんだ。老いぼれに用はない」


「なんだと! 冷酷非道な悪魔め!」



 これ、女神様が正体を明かさないと止まらないんじゃ? でも、こんな外で、安易な発言はできないよね。


「おまえが、きちんと話をするべきじゃね? そんなにビビってて、第1配下なんか務まるわけ?」


「えっ? あ、うん、だよね」


 僕は、スゥハァと深呼吸をした。そして、魔族の国スイッチを入れた。うん、いつものはったりスイッチだ。



「クライン様、行きましょう」


「えっ? あ、うん」


 僕は、まだ少し震えているクライン様と、しっかり手を握ってまま、睨み合いが続く場へて移動した。



 僕達が近づくと、黒い小山のような前大魔王はギロリと、大きな眼でこちらを睨んだ。

 大きなドラゴンだ。真っ黒だな……ダークドラゴンなのだろうか。



「突然の訪問、失礼します。僕はライト、こちらは僕の主君のクライン様です。僕が第1配下となりました。そのご挨拶に参りました」


「そんな幼な子が配下を持つのか? おまえ、種族は何だ」


「僕は、半分アンデッドです。地上の生まれです」


「はぁ? なるほど…。メトロギウスの策略か。自分の孫と、その辺のアンデッドを主従関係に仕立て、我が居城に入り込むのが目的だろう」


「あの! 前大魔王様、メトロギウス様に仕立てられたわけではありません。逆にずっと反対されていましたから!」


「は? ふぅん。そりゃ反対するだろう。アンデッドの中でも、リッチではない、ただの死霊か。回復能力が異常に高いのは、片親が高名な人族の白魔導士か」


「僕は、イーシアの生まれです。記憶を失ったので、両親はわかりません」


「悪魔族に近寄ってきた死霊を、メトロギウスが利用したということか」


「メトロギウス様がついて来たのは、こんな戦乱中だから護衛のためです」


「護衛だと? 大魔王が孫の護衛をするか?」


「まだクライン様は6歳ですので、心配されたのだと思います」


「そりゃ、おまえのような弱き死霊と、妙な妖狐ではな。あの妖狐は何だ?」


「クライン様の友達だそうです」



 すると、いつの間にか近寄ってきていた妖狐に化けた女神様が、話に割り込んできた。


「ドラゴン族の魔王は、城におるのか?」


「おまえ、口の利き方がなってないな。いくら子供だからといっても、酷すぎる」


「ふんっ、つまらぬことを言うてないで、妾の質問に答えたらどうじゃ。それとも、魔王の所在は知らぬのか?」


「なっ? おまえ!」


「爺様、彼女が誰かわかってねーの? あり得なくね? ボケたか」


「アダン! おまえも口の利き方……ん? さっき、この死霊と話しておったな。その悪魔族の子供とも…」


「あぁ、話してたよ。クラインは初対面だったけどな」


「この死霊は知り合いか…。こんなゴミのような奴と付き合っているのか? 誇り高きドラゴンが」


(うわぁ、この人、アダンの爺ちゃんなのか…)


「爺様、そんなんだから悪魔族に大魔王の地位を奪われたんじゃね? 俺の爺様がそれって笑えねー」


「なんだと? アダン、言っていいことと悪いことの区別がまだできぬのか」


「アダンは、反抗期ですねー」


「死霊ごときが偉そうなことを! 我が孫を愚弄するか!」


(こりゃダメだ…)



 女神様がアゴをくいくいとしている。何? 何をしろって? 僕がわけわからずにいると、大げさにため息をついておられる…。


「はぁ、ライトは、しょぼいのじゃ」


「意味がわからないですってば」


「この老いぼれに、チカラを見せてやればよい。見抜くことができぬようじゃからな」


「な? 小娘!」


「爺様、やめとけ。かなう相手じゃねーよ」


「は? この小娘がか?」


「二人とも、敵わないんじゃね?」


「おまえ、こんなゴミのような奴に…」


 なるほど…。永遠に続くように思えてきた。アダンも、恐怖を感じないと、人の話、聞かなかったよね。



 僕は、クライン様の手を離し、目を閉じてスゥハァと深呼吸した。


 そして、目を開けると、景色が青く染まっていた。うん、覚醒できてるね。でも、前大魔王は何の反応もしなかった。僕が闇をまとっただけに見えるのかな。


 さらに、僕は、覚醒時の戦闘力を見せようとイメージした。僕のまわりの闇が青くキラキラと輝き始めた。



 アダンは、僕から少し距離をとった。大魔王メトロギウス様も少し離れたようだ。


 そして、前大魔王は、呆然としていた。僕を怖れている感じはなかった。ただただ驚いているように見える。


「おまえ、そのチカラは……闇か。暴走、いや覚醒か」


「はい、そうです。貴方が話を聞く気になってくださらないので、チカラを見せることにしました。これでもまだ、ゴミのような死霊ごときが、とおっしゃいますか?」


「おまえは何者だ?」


「僕はライト。クライン様の第1配下となりました。そのご挨拶に参りました」


「それはさっき聞いた。ただの死霊ではないだろう、何者だ? まさかアダンと同じ…」


「僕は、女神様の番犬ですよ。いまは、女神様がサボっているので、女神様の代行者です」


「神族……しかも、番犬か。なるほど、驚いた。だがなぜ、悪魔族の子供の配下になどなる? おまえには何の得もないだろう? 大魔王の地位を狙っているのか」


「そんなもの狙ってませんよ。僕は、戦うチカラのない頃から、クライン様にずっと守ってもらっていました。だからですよ」



 そう言うと、前大魔王はさらに驚いた顔をしていた。ドラゴンにそんなに目を見開かれると、逆に怖いんだけど…。



「で? 魔王はどこにおるのじゃ? 目ん玉ひんむいてないで、さっさと案内するのじゃ」


「小娘!」


「妾は、小娘ではない。ライトにサボっていると悪口を言われた謎の美少女じゃ」


「は?」


(小娘ではなく、美少女って…)



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