231、ホップ村 〜 策士と策士、さらに策士
「ライト、おまえはクラインを生涯裏切らないと誓うか?」
「メトロギウス様、つまらないことを聞かないでください。裏切るつもりなら、そもそも配下になるとは言いませんよ」
「誓うのか?」
「何を言わせたいんですか? クライン様には従いますが、メトロギウス様の命令には従いませんよ。クライン様を経由して僕を動かそうとしても無駄です。クライン様は、すでに自分で判断する力をお持ちです」
「はぁ、本当におまえは、いちいち殺したくなるようなことを言う…。かわいげがないんだよ」
「メトロギウス様、それは褒め言葉と受け取っておきます」
「好きにしろ」
大魔王メトロギウス様は、まだ何かを迷っているようだった。何かのキッカケを待っているのか、それとも自分の判断を正当化する材料がないと、踏み切れないのか。
僕達のやり取りを、石山の人達はジッと聞いていた。
ときおり、ここへの攻撃で地震のような揺れがあるんだけど、そのことさえ忘れているかのようだ。みんな、一言も聞きもらさないようにとシーンとしている。
(なんだか、変な雰囲気?)
「メトロギウス、女神イロハカルティアに協力する気はあるのか? もちろん、この星の防衛限定の話じゃが」
「なぜ、おまえがその質問をするのだ? まるで、おまえが女神イロハカルティアのようではないか」
女神様の直球の質問に、大魔王様は驚きの返しをしていた。そして二人ともニヤリと笑っている。不気味だ…。
「その質問の意図はなんじゃ? 質問に質問で返すとは、はしたないのじゃ」
「腹黒い猫が、どこまで腹黒いか知るためだ。なぁ? ライトも聞きたいだろう?」
(えっ! こっちにきた)
「メトロギウス様、僕を巻き込まないでください。お二人とも負けず劣らず腹黒いと思いますよ」
「ふむ…」
女神様は、まわりをぐるりと見渡した。なぜかカースと目配せをしている。何? なんの話?
そして、女神様は、ルーシー様にたずねた。
「ルーシー、妾が猫じゃないと友達をやめるか?」
「えっ? ティアちゃん、猫じゃないの?」
「クラインはどうじゃ? 猫のティアが別の名も持っていたら、嫌いになるか?」
「ん? ティアちゃんはティアちゃんだから、嫌いにならないよー。だよな? ルーシー」
「うん、嫌いにならないよ」
「ふむ、そうか」
そして、女神様は、僕の顔を見た。アゴをくいくいと…。何? まさか、正体をバラせと言ってる?
すると、女神様はうむと頷いた。
ちょ、ちょっと……まぁ自ら名乗れないのかもしれないけど、でも、僕が、うっかり正体をバラしたってことになるんじゃ?
女神様は、僕が慌てていると、ニヤリと笑った。えっ? もしかして、大魔王様とつるんでる?
大魔王様もこちらを見て、ニヤニヤしている。
(ちょ、ちょっと、何?)
念話をしてこないのは、僕が焦るのを見て遊んでいるのか? いや、傍受のリスクがあるの? でも…。
「ライト、さっさと言いたいこと言えよ。猫と大魔王がうるさくてたまらない」
「えっ? カース、念話してるの?」
「念話は、呪詛神が傍受するだろ? だから、自分達の思考を読み取れとうるさいんだよ。俺では立場的に、花火を打ち上げるわけにいかないんだよ」
「花火を? って……あぁやはりそういうこと?」
「あぁ、そうだよ。ライトの予想は完璧に当たってる。まぁ、そう伝わるように仕向けられてるんだけどな…。ほんと、たいした策士だよ」
花火というのは、いつものどどーんという口癖のことかな。そっか、あれはそういう比喩として使ってたのね。ただの意味不明な擬音だと思ってた。
花火を打ち上げる、つまり、大きなことをするってことか。今のこの状況だと……ティア様が女神様だとバラし、星の防衛協定でも結ぶ段取りをしろということかな。
女神様の方を見ると、いつものわざとらしい知らんぷりだ。でも、ニヤリとしている…。当たりなのね。
(はぁ…)
「メトロギウス様、さっきおっしゃってたことですが、僕がクライン様を裏切らないなら、何なんですか」
「ライト、おまえをクラインの第1配下として正式に認めてやる」
「それだけですか?」
「ふっ、ははははっ。ティア、バレているんじゃないのか?」
「さぁ? 何も伝えてはおらぬ。伝えると、ライトはヘタレだから逃げるのじゃ」
(嫌な予感しかしない…)
「そうか、じゃあ、俺から話そう。魔王の直系の男が第1配下を迎えるときは、挨拶まわりをするのが魔族の古くからの習慣だ」
「へ? はぁ」
(突然、話がとんだ?)
「だから、今から行って来い。戦火の中だ、護衛をつける」
「まさか、その護衛が、クライン様の爺ちゃんじゃないでしょうね」
「察しがいいな。それに、おまえの本来の主君も護衛につくらしいぞ。なぁ? 女神イロハカルティア」
(えっ、大魔王様がバラすわけ?)
そう言うと、大魔王様はニヤニヤしながら、妖狐の少女を見た。それを聞いていた人達はシーンと静まり返っていた。
なるほど、大魔王様が連れてきたうちの数人は驚いていない。あの人達が側近かな。石山の住人には知らされていなかったようだ。
さっき、下でゴタゴタしていた若者達は、めちゃくちゃ顔がこわばっているようだ。
「おぬし、作戦が違うではないか。ライトに言わせようと決めたであろう? せっかちな奴じゃ」
「ちょ、なぜ、僕に…」
「うっかり者の死霊にピッタリだろうと、その猫がな…」
「はぁ、バラしたお詫びをたんまり貰う予定じゃったのに……メトロギウスは、しょぼいのじゃ」
(やはり腹黒い…)
「ティア様、意味がわかりません。皆さんも呆然としています。わかるように説明してください」
「めんどくさいことを言うのじゃ…」
「俺から話そう。皆も聞いたとおり、この妖狐に化けた小娘は、女神イロハカルティアだ。以前から、星の防衛に関しての打診を受けていたんだ」
(えっ? 以前から?)
「俺は話を聞いてやる条件をつけた。女神が自ら、俺の元へ出向いて来たら聞いてやるとな。そしたら、ノコノコと、護衛の兵もつけずに、まさかの妖狐に化けてやって来たんだ」
「護衛は、そこにおるのじゃ」
(えっ……僕? ってか前から決まってたの?)
「ふっ、確かにな」
「妾が来てやったのじゃ。メトロギウスが協力するのは当然のことじゃ。他の魔王達すべてと防衛協定を結ぶのじゃ」
「だから、ライト、おまえのお披露目で主要な魔王の城をまわるからな。名目はあくまでも、クラインの第1配下としてだ。わかったな」
「あちこちまわって、防衛協定を結ぶために、クライン様が利用されるのですか」
「クラインにとっても良い経験となる。こんなに幼いのに、神族の配下を持つ者が現れたんだ。我が一族の地位も上がるというものだ」
(はぁ、なんだかなぁ…)
いつからが芝居だったのかわからないが、なんだか、女神様と大魔王様は妙に気が合うのか、親しくなっているようにみえる。
女神様の、はちゃめちゃキャラが、初めて活かされたのかもしれない。でも、事情を知らなかった僕としては、いろいろと複雑だった。
何よりも、クライン様が利用されるような形になるのが、納得できなかった。仕方ないことなのかもしれないけど。
「やはり、ライトはウジウジするのじゃ。利用されるということは、悪ではないのじゃ。それほど、使いみちがある者だということじゃ」
「はぁ、でも…」
「じゃが、挨拶まわりの前に、挨拶に来た奴らを追い払う必要があるのじゃ。カース、襲撃者の説明をするのじゃ」
「なぜ俺が猫に命じられなきゃならねぇんだ?」
「うむ…。妾は、カースの家を秘密にしてやっているのじゃ。あんなことをしてるのがバレると、街長のライトに叱られるぞ? 妾は秘密にしてやっているのじゃ」
(え? 何してんの?)
「あー、もううるさい猫だな、はぁ…。襲撃者は、他の星の奴らが3勢力ある。ひとつは、ここを攻め落とそうとしてバカみたいに魔法攻撃してきている。もうひとつは塔を狙っている。残りは、洗脳して大魔王の地位を奪おうとするあの呪詛神の勢力だ」
「3勢力も…」
「他は、操られたり、便乗したりしている魔族だ。ここに魔法攻撃している奴らは、かなり数が多い。おそらくダーラの関係者だ。そして、塔を狙っていた勢力がここに加勢してきたようだな」
「メトロギウス、どうするのじゃ? ここにするか? 外にするか?」
「その空き地に誘導しようか。だが…」
「ライト、ここに張ったバリアを解除するのじゃ。メトロギウス、バリアを張るのじゃ」
「俺のバリアはすぐに破られると、あざ笑う気か?」
「ライトのバリアでは、破られるのに時間がかかるのじゃ。適材適所じゃ、今は、しょぼいバリアが必要じゃ」
大魔王様は大きなため息を吐いた後、手を上に上げ魔力を放出した。
「おまえのバリアの内側に張った。おまえは解除していいぞ。外の奴らからは、張り替えたように見えるだろう」
「わかりました」
僕は、簡易バリアを解除した。魔防物防だけのバリアでも、けっこう使えることがわかった。
ドーン! ガラガラガラ!
次の魔法攻撃で、空き地の上が崩れた。誘導しようとした場所が崩れるって、逆にすごい精度のバリアなんじゃないかな。
「ライト、精度なんて低いのじゃ。地形的に、この真上は、何もないから魔法攻撃しやすいのじゃ。ただ集中しただけじゃ」
「だから、ここのバリアは逆に難しいんだよ。だいたい、ここが崩されるから、空き地にしてあるのだ」
そういえば、前に来たときも、この辺りが崩れて寸断されてしまったっけ。
あのときは、畑があったような気がするけど、今は何もなかった。
ザザザッ、ズダダダダッ
崩れた部分から、鎧をまとった奴らが次々と侵入してきた。武闘系なのかな。
「ふっふっ、バリアの張り替えに失敗したな。タイミングを間違えたのが命取りになったな」
「おい、ほんとに大魔王がいるじゃん。塔には侵入しにくいが、こんな所にいるとは、バカな奴だ」
襲撃者の数は、どんどん増えてきた。さて、闇を使って拘束しようかな。
「ライト、闇は使うな」
「えっ? カース、なんで?」
「ここは居住区だ。どんな被害が出るか予測できない。下のフロアも畑が全滅したじゃないか」
「え……まじ? どうしよう…」
「あの後の聖魔法で浄化したあと、猫が妖精を使って生やしてたがな」
「そうなんだ、よかった」
「植物なら生やせるが、ここではダメだ。深き闇は、どんな被害を与えるか…」
「じゃあ、どうしよう」
襲撃者は、どんどん増えている。こんな居住区では、剣より魔法が得意な悪魔族は圧倒的に不利だ。
「ライトは、居住区に被害が出ぬように、バリアをはるのじゃ! 戦闘は、妾に任せるのじゃ」
「いのちだいじに! って命じましたよね? 強い呪いですからクリアポーション飲んでも無駄ですよ」
「なっ……忘れておった。ライトはしょぼいのじゃ!」
「あー、もううるせーな、猫は黙って寝てろよ」
「あ、リュックくん!」
いつの間にか、僕の肩から消えたリュックくんが、目の前に立っていた。
「オレの出番だな」




