230、ホップ村 〜 女神様の狙いとは?
「さて、俺の村への侵入者達には、いろいろと聞きたいことがある」
大魔王様は、凍りつくような冷たい視線を侵入者6人に向けていた。あまりにも威圧感のありすぎる視線に、6人はゴクリと喉を鳴らしていた。
「大魔王メトロギウス、その前に、クラインから奴らに話があるはずじゃ。邪魔するでない」
「ティア、ただの猫がそのような口の利き方をするのか? それとも、俺にそんな口をきける身分なのか」
「そんなつまらぬことを言うなら、ティアと呼び捨てにすることも許さぬぞ」
「ティアちゃんならよいのか?」
「うむ、よいのじゃ」
「バカだろう、おまえ…」
「なんじゃと!」
「ティア様、やめてくださいね。大魔王様も…。ナタリーさんにチクリますからね。二人ともつまらないケンカはしないでください」
「チッ、ライトはしょぼいのじゃ」
「別にナタリーに何を言われても構わぬが?」
「メトロギウスも、しょぼいのじゃ」
「は? なんだと?」
「はぁ……もう二人とも…」
大魔王メトロギウス様は、妖狐ティアちゃんが女神様だと完全にわかっているようだ。だが、配下の人達や、この村の人達には伝えていないようだった。
まぁ、女神様だとわかれば、いろいろと難しいことが出てくるんだろうから、知らないふりの方が楽なんだろうな。
「爺ちゃん、ティアちゃんをいじめちゃダメー」
「そーよ、そーよ」
「いじめているわけじゃないぞ?」
そう言いつつも大魔王様は、女神様に対して反論するのをやめた。
チビっ子ふたりが見事に仲裁したのを見て、侵入者達は不思議そうな顔をしていた。
「この星の知能の高い魔族は、子供に考える力をつけさせるために、変わった教育をしているようだぜ。俺の星なら、大人に意見すると殺されかねないけどな」
カースは、侵入者達にこの星の状況の説明をしている。いいのかな? そんなこと言って…。あ、でも、クライン様が彼らを配下にするなら、知っておくべきかな?
「それで、クラインが侵入者達に何か話があるのか? 特になければ、俺の話を始めるが」
クライン様は、弾かれたようにパッと僕の方を見た。えーっと、何かを話したか聞きたいのかな?
「クライン様、僕は、主君の命令で呪詛を消したとだけ話しています。他は何も…」
「ライト、わかったー」
クライン様は、侵入者達の近くへ、パタパタと走っていった。チビっ子に近寄られて不思議そうにしている6人だったが、そのうちの一人は察したらしい。
驚いた顔で僕とクライン様を見比べるようにキョロキョロしていた。
「ねぇ、みんな俺の配下になるー?」
「えっ!?」
「クライン様は、僕の主君です。クライン様の命令で貴方達の呪詛を消したのですよ」
「えっ…」
侵入者達だけでなく、その場にいた悪魔族の大人達や、大魔王様までが驚いた顔をしていた。
「大魔王様の孫って……こんな、子供のことなのか?」
信じられないという顔で、僕に確認を求めるようにこちらを向いた者と、子供の戯言だと小バカにしたような顔の者、反応はそのどちらかだった。
「配下1号はライトだからね。あと10号くらいまでは決まっているから、みんなが何号かはわかんないけど」
「クライン、ちょっと待て! ライトはまだしも、コイツらは、侵入者だぞ」
「でも操られていたんだよー。ライトが、呪いを消したからみんなもう自由になったんだ」
「それなら、もう、それでよいではないか」
「だめだよー。この人達きっと帰る場所がないよ? ここにいたら、ずっと侵入者だっていじめられるよ」
「だからって…」
「メトロギウス様、クライン様は彼らを救おうと考えておられます。僕のときもそうでしたから」
「いや、ちょっと待て」
「大魔王メトロギウス、侵入者達に決めさせてやればよいのじゃ。おぬしが口を挟む問題ではない」
「チッ、おまえなー」
「ティアちゃんをいじめちゃダメー」
「そーよ、そーよ」
クライン様とルーシー様は、大魔王様が女神様に反論すると、必ず、ティアちゃんを擁護する。
女神様は、それを面白がっているのか、さらに大魔王様を挑発するような顔をしている…。
「ティアちゃんも、あまり爺ちゃんにケンカ売っちゃダメだよ。爺ちゃんは、ここで一番偉い人なんだからね」
「む……クライン、妾はそんなつもりじゃないのじゃ」
「あーあ、クライン、そんなキツく言ったらダメだよ? ティアちゃんが悲しそうだよ」
「えっ? あ、いや違うよ、別にティアちゃんが嫌いなわけじゃないからね」
「うむ、わかったのじゃ」
女神様の拗ねたフリは、子供達には通じないようだ。ふふっ、面白い。いつものペースを乱されて言葉に困っている女神様の姿は、ちょっと新鮮だった。
侵入者達は、まだ理解ができないといった様子だった。まぁ、そうだろうね。僕が何か言うべきかな…。
僕がどうすべきかと考えていると、カースが口を開いた。
「おまえ達は、ここからそのまま出て行くか、クラインの配下になると誓うか、各自の意思で選べばいい」
「だけど、こんな子供に…」
「クラインも、配下になれと命じたわけではない。配下になりたければ、構わないと言ったんだ。強制ではない、自由だ」
「このまま出て行くと…」
「今は、誰も追わないだろうな。次はわからねぇけどな。好きにすればいい」
侵入者達は、当然迷っている。だが、配下になりたい者はいないようだ。どう断るかを考えているらしい。
「クライン様、彼らは状況が理解できていないようです。返事はまた後日に、縁があればということでいかがでしょう?」
「うん、そうだね。ライトは、すぐになるって言ったけど、他の人はみんな一旦考えるって言うもんね」
「えっ? 僕だけですか!」
「うん、そうだよー。みんな俺がもっと大人になった頃に返事するとか言ってたよ」
「大魔王の直系だからだ。俺が大魔王の地位を追われると、一番に暗殺目的で襲撃されるだろうからな。クラインが大人になるまで俺は大魔王であり続けなければならない」
「メトロギウス様、クライン様は僕が守りますから、いつ失脚してくださっても構いませんよ」
「なっ? これだから、死霊は嫌いだ」
「えっ? アンデッドなんですか?」
侵入者の一人が、僕に直接聞いてきた。僕がそちらを見ると、また変な顔をする…。ヒッと固まるのはもういい加減にやめてよ。
「僕は、半分アンデッドですよ。だから神族だけど闇使いです。でも、覚醒しましたから、闇は制御できますので、ご安心を」
「それから、ライトは、新しい島にできた神族の街の長じゃ。おぬしら、住む場所に困ったら来るがよい。種族に関係なく受け入れておるのじゃ」
「神族……新しい島…」
ドーン!
外の襲撃は、収まる気配がない。
「俺の村への攻撃は、呪詛神デルガンダのしわざか? それとも、ただの魔族か?」
「え? 俺達に聞いているのか?」
「あぁ、操られていたときの記憶はあるだろう? なぜか、おまえ達の頭の中が読めないのだが…」
だが、侵入者達は、首をかしげている。話せないのか、忘れてしまったのか?
「呪詛と一緒に消えたんだろうな。俺が捨て駒に術をかけるならそうするぜ。跡をたどられないようにな」
「カースと同レベルか、いやもっとさらに腹黒い邪神じゃ。証拠は残さぬじゃろう。操られてからのほとんどの記憶は、消されておるのじゃ」
「まぁ、ライトが呪詛を消す前に、記憶はほとんど読み取ったけどな」
(さすがカース……抜け目がない)
「ライトの配下だけあって、抜け目がないな。厄介な奴らだ…」
「は? 大魔王、何か勘違いしてねぇか? 主君がぼんやりしているから、俺が気を張ってなきゃならねぇんだよ」
(あのねー…)
侵入者達は、また様子がおかしい。今度は何? 僕が注目しているのがわかると、こわごわと話し始めた。
「主従の関係が、この星は変わっている…。配下が主君に対して、そんな風に文句を言うことが許されるのか?」
「それは、ライトが変わっているのじゃ。配下は友達だと思っておる。それに、神族なのに悪魔族の主君に仕えるのも、変わっておるのじゃ」
(えっ? いや、そうかな?)
「神族は、女神が主君なのじゃないのか? 俺の星では、神族と呼ばれるのは神の直臣であり、神に準ずる存在として、崇めていた」
「この星の神族は、数が多いのじゃ。ただの人族と変わらぬような者もいるのじゃ。中には崇拝される神族もいるようじゃが」
「そうか…。自由なのだな」
「この星の女神は、自由気ままなのじゃ。だから、配下も、この星の住人も、自由に生きればよいと考えておるのじゃ」
「そんなことでは、統治が……あ、いや、恐ろしい神族がいることで抑止力になるのか」
そう言うと、侵入者は僕をチラッと見た。はぁ、またバケモノ扱い……なんか、もうどうでもいいや。
「なるほど、女神イロハカルティアは、究極の放任主義なんだな。魔族の国ではそんなことだと…」
「魔族の国でも、放任主義でよいのじゃ。大魔王は、魔族を守るために存在するべきではないのか?」
「大魔王は神ではない。もっとも強き支配者だ」
「じゃから、ずっと争いが絶えないのじゃ。もっと、どどーんと構えておればよいのじゃ。だから、メトロギウスはしょぼいのじゃ」
「なんだと?」
「爺ちゃん! ダメだよ」
「そーよ、そーよ」
「子供は、黙っておれ!」
「メトロギウス様! 猫の挑発に乗ってどうするのですか。ティア様は怒らせる天才です。さらりと、スマートにかわすことはできませんか?」
「は? ライト、貴様!」
「星の結界が消えると、おそらく一気に侵略者がやってきます。今のこの程度の襲撃者ではない、この襲撃者達の上の者達が来ます。魔族のひとつの部族単独では、撃退どころか逃げることも難しいです」
「何が言いたい?」
「神族に頼りなさい。人族に頼りなさい。また他の種族の魔族に頼りなさい。互いに助け合うことを考えねば、あっという間にこの星は、意地を張っている種族から崩され、侵略されてしまう」
「ライト、生意気なことを言うようになったものだな」
「僕は、女神様の考え方を支持しているんですよ。自由気ままに過ごせるこの世界を守りたい」
すると、大魔王様は僕の顔をジッと睨んでいた。
女神様が、地底について来たのは、おそらく、魔族との連携をとる話し合いが目的なんだと思う。
そして、自分で直接話すより、僕に言わせよう考えたんだと思う。だから妙なケンカを吹っかけて、場を引っかきまわしていたんじゃないかな。
もしかして、こうなることも見越して、あのとき城のクリスタルの前で、女神様は僕に自分の考えを語ったのだろうか。
すべて計算していたのなら、カースもびっくりな策士だよね。
大魔王様は、まだジッと考えている。頭脳派と言われる大魔王だ。もしかすると、女神様は大魔王がいま、悪魔族の彼だからこそ、話し合いのチャンスだと考えたのかもしれない。
大魔王が脳筋の武闘派のときなら、こんな難しいことを考えることは苦手だろうから…。
そして、ようやく、彼は口を開いた。




