228、ホップ村 〜 呪詛神デルガンダの呪詛
僕は、小さな主君、クライン様の命令に驚いた。だけど、周りの人達の方がもっと驚いていたので、僕はなるべく平静を装った。
いま僕は、悪魔族のホップ村の旧村、石山と呼ばれる石の洞窟のような中に作られた村にいる。正確に言うと、家が立ち並ぶフロアではなく、その下の畑のフロアにいるんだ。
ここへの侵入者6人はいま、カースの術によって眠っている。彼らは、どうやら呪詛神によって操り人形にされているらしい。
そして、僕がこの侵入者達の、体内に異常に張りめぐらされた呪詛を消そうとしたところで、悪魔族の若者に反対されたんだ。
侵入者を助ける気か……そう言う彼を、女神様は説得しようとされていた。
女神様は、やはり、本気で共存を考えているんだ。邪神に惑わされた者であっても、受け入れるつもりなんだ。
その様子を見ていた、僕の小さな主君が、とんでもないことを言い出したのだ。
「ライト、まずは呪詛を消してから、この人達に話をするから、悪いとこ全部治してあげてー」
「はい、かしこまりました」
「クライン、ちょっと待て! 侵入者だぞ? 他の星の、しかも素性もわからない荒くれ者だぞ?」
「アルフレッド兄ちゃん、でも、俺が配下にするのが一番いいんだと思うよ」
「な、なぜ?」
「だって、悪魔族に利益がないと、いまからライトがやろうとすることには、みんな反対するでしょ?」
「い、いや、それは…。そんなことないぞ」
「でも、この人達、呪詛が消えたら帰る場所ないでしょ」
「え、あー、まぁ」
「新しい島に移住させればよいのじゃ。あそこは、荒くれ者だらけじゃ」
「うーん、でもこの人達、ずっと侵入者って言われて、みんなにいじめられるでしょ」
「あー、うーん」
(やっぱり、クライン様は優しい)
クライン様が、以前、僕を配下にすると言ってくれたときと同じ理由だ。
僕が他の死霊とは違うから、いじめられるといけないから、という理由だった。僕を守るために、配下にすると言ってくれたんだ。
あのときは、まだ5歳だったけど……今も変わらない優しさが、僕は嬉しかった。
その反面、ほんのわずかな嫉妬心のようなものを感じる自分に、ため息が出る…。はぁ、僕は、心が狭い…。
「クラインは、優しいのじゃ。悪魔族らしくないのが心配じゃが…」
「えっ? 俺、変かな?」
「クライン様は、変じゃないですよ。僕は、とても立派だと思います。配下として誇らしいです」
「そう? ライトがそう言うなら、いいや。じゃあ、呪詛消してー」
クライン様は、少し照れたような表情を浮かべた。
だが、それに自分で気づいたのか、すぐにその顔はキリッと引き締まった。ふふっ、かわいい。
「はい。ちょっと難しそうなので、時間がかかるかもしれません。クライン様は、ルーシー様と上の居住区に戻って、少し休憩しておいてください」
「えっ? 俺は大丈夫だよー」
「でも、ルーシー様は大丈夫じゃなさそうです」
「あっ! そういえば、ルーシー、元気ない…」
「ん? あたいは、大丈夫…」
「ルーシーはお姉ちゃんだから、我慢しておるのじゃ。クライン、ルーシーを休ませてやるのじゃ」
「うん、わかった。ティアちゃんも休憩する?」
「妾は、ライトが失敗しないように見張っておくのじゃ。うっかり者じゃから、心配なのじゃ」
「あはは、確かにライトはうっかり者で有名だもんねー。うん、わかったー。終わったら、僕の家に来て。お菓子いっぱい用意しとく」
「ほ、ほんとか? クラインはめちゃくちゃいい奴なのじゃ。妾は、甘いのがいいのじゃ」
(この妖狐、簡単に餌付けできそうだね…)
「ティアちゃん、あたいも甘いものが好きー」
「ルーシーとは趣味が合うのじゃ」
相変わらず、外は魔法攻撃が続いているようで、ドーンと石山が揺れるような衝撃も感じた。
でも、僕が張った簡易バリアで、今のところは防げているようだ。
「クライン様、上には怪我人が多いようですから、ちょっとポーションを持っていってください。魔法袋ありますか?」
「うん、わかったー。あるよ」
僕は、クリアポーションを100本、マルガリータ風味の30%回復も100本、渡した。
「あれ? これ新作?」
「あ、わりと最近にできたんですよ」
女神様も、自分のアイテムボックスをゴソゴソされていた。そして、どっちゃりと、魔力1,000回復の魔ポーションを出していた。
「妾のは、胃薬みたいに不味いが、魔力回復のポーションじゃ。上で回復している者に渡してやるのじゃ」
「ティアちゃん、すごい! 魔ポーションなんて高いのに、こんなにたくさん持ってるんだ。ありがとう」
「うむ。繰り返すが、味は最悪じゃぞ?」
「うん、そう言って渡すねー」
「うむ」
そして、僕に向かって手をひらひらさせていらっしゃる。えーっと、何?
「はぁ、鈍いのじゃ。ライトの主君に大量の魔ポーションを渡したのじゃから、ライトとしては、妾に何かないのか」
(あ、これが狙いか…)
「親切だなぁと思ったのに、結局、腹黒いじゃないですか…」
女神様は、知らんぷりをして、手をひらひらされていた。まぁ、何もなく悪魔族だけに、施しを与えるというのは、よくないからかもしれないけど…。
「えっ、ライト…」
「あ、クライン様、大丈夫です。いつものことですから…」
「なら、いいけど…。じゃあ、上で待ってるねー」
「はい、お任せください」
クライン様は、ルーシー様を連れて、大人達と一緒に上の居住区へと上がっていった。
アルフレッドさんや、あと数人の若者達は、この場に残っていた。まぁ、僕達だけにするわけにもいかないから、監視目的もあるのかもしれないな。
いつまでも、目の前で手がひらひらしているので、僕は仕方なく、その手の上に、カルーアミルク風味の魔ポーションを3本置いた。
女神様は、それをすぐさま、アイテムボックスに収納すると、今度は両手が出てきた。
「何本いるのですか?」
「ライトの心の広さを試しておる」
(はぁ…)
僕は5本置いた。すぐにアイテムボックスへと消えたが、また、両手でちょうだいのポーズだ。
「もっと、どどーんと置いても平気じゃぞ」
(はぁ…)
僕は、彼女の手に乗るだけ、再び10%回復魔ポーションを乗せた。すると、やっと、ニッコリと笑顔になった。
結局、えーっと20本渡したことになる。
今、女神様の魔力は知らないけど、全回復2回分だから、絶対、等価交換じゃないよね。女神様が倍は得してると思う。まぁ、いいけど。
「倍じゃないのじゃ。もっとお得なのじゃ。コーヒー牛乳は美味なのじゃ!」
「最近、腹黒いですよ? ティア様」
「ちがーう! ティアちゃんじゃ。それより、さっさと呪詛を消すのじゃ。お菓子が待っているのじゃ」
「はぁ、はいはい。しかし、これ……難しいな」
「どどーんとやればよいのじゃ。ライトが下手くそなら、きっとカースがサポートするのじゃ」
「猫がサポートするんじゃねぇのかよ」
「妾は、今は妖狐じゃ。これもなかなかよいのじゃ」
「あっそ。普通、妖狐って妖艶な色気があるんだけどな…」
「な? カース、妾にケンカを売っておるのか?」
「ティア様、やめてくださいよ。ナタリー様に言いつけますからね」
「なっ? ライトはしょぼいのじゃ!」
「はいはい」
僕は、眠るひとりの身体にスッと右手を入れた。その瞬間、僕の手には黒い呪詛が絡みついてきた。
僕はすぐさま蘇生を唱えた。すると、近くの呪詛は消えたが、またすぐに別の場所から絡みついてきた。
まるで僕の手が格好の餌かのように、がっついてくる。
(痛っ!)
絡みついてきた呪詛は、僕の腕の中に針のようなものを突き刺してきた。そして何か毒性のものを僕の中へと注入しているようだ。
僕は自分に回復を唱えた。毒耐性はあるけど、念のためだ。
そして、再び蘇生を唱えた。するとこの2度目の蘇生はかなり広範囲に効いた。だが、まだ残っている。
次に、僕は、彼の頭の中へスッと右手を入れた。頭の中の呪詛は、襲ってこない。
「ライト、そこで蘇生しても無駄だ。呪詛の本体は首付近にいるぞ」
「えっ? そうなの? でも首は黒くなってないよ?」
「首の後ろ側だ」
「わかった」
僕は、彼の首にスッと右手を入れて蘇生を唱えた。パリン! あ、この音! 呪詛が割れた? 少し遅れて頭の中の呪詛がスーッと消えた。
「おぅ、そいつは完了だ。次〜」
「うん。この人は、呪詛の本体どこにあるの? 首でいい?」
「いや、わからない。隠されているから、さっきみたいに呪詛を減らさないと、特定できない」
「わ、わかった」
「あ、それから、さっきみたいに、襲われてから蘇生する方が効くみたいだな。刺した針から蘇生魔法が全身に巡ったから」
「えー、刺されるとかなり痛いんだよ?」
「そりゃそうだろ、猛毒だからな。普通、刺された瞬間にショック死するだろうな」
「そ、そんなに?」
「毒耐性あっても、呪毒だからダメージくらうんだ。だから、回復したんじゃねぇの?」
「あ、さっきのは念のため……ッツ! 痛っ」
手を突っ込んだまま、カースと話していると、呪詛の毒針で刺された。
僕は、すぐ自分に回復を唱え、そして蘇生を唱えた。パリン! あれ? 呪詛が割れた?
「へぇ、一発で完了だ」
「そ、そう。腹だよ? 場所はいろいろなんだね」
「術士が普通の知恵があれば、同じ場所に仕掛けねぇよ。一つを破られたら、全部バレるようなバカなことはしない」
「なるほど…」
そして、僕は、あと4人も同様に呪詛を消していった。はぁ、疲れた。頭がふらふらする…。
「ライト、これを飲むのじゃ」
渡された小瓶は、固定値1,000回復の魔ポーションだった。とりあえず、一気に飲み干した。うん、胃薬だね。だけど、頭のふらふらは改善された。魔力切れ直前だったのか…。
また、小瓶を渡されて飲むと、ようやくふらつきは止まった。だけど、また次の小瓶を渡された。しかも、もう蓋が開けられている。
「もう、大丈夫ですから…」
「せっかく、蓋を開けてやったのじゃ」
ここで断ると、面倒なことになるのがわかっている僕は、素直に小瓶を飲み干した。3連続で胃薬はキツイな。
でも、以前は女神様は、ずっとこれを毎日数え切れないくらい飲んでたんだよね…。
僕が呪詛を消す様子を、悪魔族の若者達はジッと見つめていた。
興味深そうに見る者もいれば、気持ち悪いものを見るように顔をしかめている者もいた。
「侵入者達を起こしますが、大丈夫ですか」
急にカースが敬語を使うから驚いたが、悪魔族に言ってるんだね。カースは、親しくない人には突き放すような敬語を使うか卑下するかどちらかなんだよね…。
「呪詛は、もう全て消えたのですか」
「ええ、ライトが消しましたよ。邪魔されないように、俺も呪詛神の干渉をブロックしましたしね」
(そうなんだ、いつの間にか手伝ってくれてたんだ)
「じゃあ、起こすなら…」
そう言うと、彼らは剣を抜いた。すると、カースはバカにしたような顔をした。
(ちょ、ちょっと、カースくん……変なこと言わないでよ?)




