227、ホップ村 〜 侵入者
「なぜ、ワープができないのだ? 来たルートを戻るだけだ。来るときよりも容易なはずなのに…」
「全く、魔法が使えない」
「魔道具も反応しないぞ、いったいどうなっているんだ」
いま、僕の目の前にいる石山への侵入者、最初の侵入者も含め6人が焦っている。奴らは武闘系に見えることから、赤の神の配下なのだと思う。
僕は、いま、覚醒状態にある。この辺りには僕の闇が広がっている。そして、僕は覚醒時の戦闘力も見せている。戦闘力は隠すこともできるが、見せる方が効果があると思ったんだ。
覚醒時に戦闘力を見せると、僕の闇は青く輝くみたいなんだ。この青って、氷のクリスタルの色なのかな?
「その色は、綿菓子の色じゃろな。ライトの色じゃ」
「ん? 氷の色ではなくですか?」
「氷には特に色はないのじゃ。何かの色が映り込むだけじゃ」
「へぇ」
妖狐に化けた女神様は、あたりをくるりと見渡していた。そして、侵入者を睨み、とんでもないことを言いだした。
「おぬしら、ここでいっぺん死んでおくか?」
そう言われて、6人は僕をチラッと見た。何? そんな、悪者を見るような顔をしないで。
「ティア様、何を…」
「こやつらは、いっぺん死ねば、操る神との繋がりが消えるのじゃ。そうすれば、自由になれるのじゃ」
「あ……なるほど」
「おい、化け猫! 俺達に、デルガンダ様を裏切れと言っているのか!」
「ふむ。デルガンダの星の奴らか…。しょぼいのじゃ」
「なっ? なんだと!」
奴らは女神様の誘導尋問に引っかかったことにさえ、気づいていないようだ。デルガンダという神か。聞いたことないな…。
「ライト、デルガンダは、呪詛神じゃ。暗黒神とも呼ばれておる青の神じゃが、配下には脳筋が多いのじゃ。ジャックを隠居に追いやったのが、デルガンダの直臣じゃ」
「えっ? あの生きている呪詛の?」
「うむ」
あのときの、初めて闇の浄化を使ったときのことを僕は思い出した。なんか、スカウトまがいのことを命令調で言われたんだっけ。
黒く炭化した塊が、急にうねうねと生き物のように僕の左手に絡みつき、魔力を吸われたのは正直焦った。
「でも青の神なのに、武闘系の配下がつくなんて、すごいチカラがあるんですか」
「呪詛を埋め込まれたら、操り人形も同然じゃ。こやつらの身体の中を見ればわかるのじゃ」
「えっ…」
僕は、近くのひとりを『見て』絶句してしまった。
(な、何? これ…)
ジャックさんの呪詛は黒く炭化した塊だった。でも、彼の身体の中は…。他の人も『見て』みたが、同様だった。
「ひ、ひどい…」
彼らの身体の中の、ありとあらゆる場所に黒い呪詛が絡みつくように入り込んでいた。頭の中にも、目にも耳にも…。
「これだけ入り込んでいると、切り取るわけにもいかぬ」
「確かに…」
「ジャックも、下手すれば、こうなるところだったのじゃ。タイガが気づくのが早かったから助かったのじゃ」
「じゃあ、いったん殺して蘇生しなければ自由になれないのですね」
「あー、デルガンダが気づいたみたいじゃ。そのために目や耳まで呪詛を張りめぐらせているのじゃろな。陰険な奴じゃ」
この6人は、仕えたくて配下になっているわけではないのか。6人とも複雑な顔をしている。
殺して蘇生するという言葉に、反発だけでなく、それにすがるような顔をしている奴もいた。
『おまえは何者だ?』
頭の中に直接、重く低い声が響いた。
「誰も、返事をするでない。乗っ取られるのじゃ」
「えっ? みんな声が聞こえたんですか?」
クライン様とルーシー様は、ふるふると頭を振っているが、他のこの場にいた全員は聞こえたようだ。
「チビっ子ふたりは、精霊の加護がかかっておるから、闇の誘惑は弾くのじゃ」
「えっ? もしかしてお菓子の家?」
「うむ。あの持ち主だから、ヲカシノの加護がかかっておる」
すると突然、僕の目の前に、呼んでもいないのに彼が現れた。そして、すぐさまこの付近に、何かベールのようなものを張った。
「はぁ、ほんと、何やってんだよ」
「カース、どうしたの? 島に居たんじゃなかった?」
「危なっかしい主君と、危なっかしい猫を放っておけないだろ。全く、ほんとに何やってんだよ」
「ん? まだ何もやってないよ」
「呪詛神に、魅入られちまったらしいぞ」
「へ? 誰が?」
「ここのほぼ全員だ。それに殺しても侵入者は解放できねぇぞ。生死まで操られている」
「なんじゃと?」
すると、近くに居た侵入者のひとりが、突然笑い出した。しかも笑い声なのに、重く低い声だ。人の口から出るような声ではない。
『幻術士か? よく気がついたな。だが、もう遅い。ふっふっ、そこから生きて出られると思うなよ』
「ほざいてろ、ボケ」
カースは、何かの術をかけた。すると、重く低い声で話していた奴がパタッと倒れた。
「なめてんのか? 遠隔操作で、俺に勝てると思ってんじゃねぇぞ」
すると、他の5人の様子もおかしくなった。重く低い声で何か言おうとしては次々とバタバタ倒れていった。
だが、一方で、操られ始めたばかりの人達の顔に大きな黒い斑点が現れていた。今度は悪魔族を操り人形に仕立てる気か。
「おい、アレなんとかしろ。今なら普通に消せる」
「蘇生魔法?」
「あぁ、侵入者は、みんな動けねぇから、覚醒状態は解除できるぞ」
「ん? このままじゃダメ?」
「おまえバカだろ。闇の暴走中に蘇生魔法なんて使えるのかよ?」
「つ、使えないかな?」
「当たり前だろ。そんな状態で起爆剤なんて使えば、この石山、吹き飛ぶぞ」
「わ、わかった」
僕は、目をつむって、スゥッと深呼吸した。再び目を開けると、目に映る景色は普通の色に戻っていた。
(よし、覚醒解除、完了)
あ、みんなから闇が漏れている。いや、呪詛か。それなら、これを使おう。
僕は剣に吸収されていた闇を左手に纏わせてから、剣を鞘におさめた。
そして、スッと左手を彼らの方に向けた。僕の闇に吸い寄せられるように、悪魔族の人達からあふれた呪いの闇が、僕の方へと迫ってきた。
僕の闇に触れた瞬間、僕は蘇生を唱えた。闇と闇がぶつかり絡まり合う中に、起爆剤として蘇生魔法をぶち込むことで、その属性が反転した。
ピカッ!!
強く白い光が僕の手から放たれた。そう、闇の反射、聖魔法の清浄の光だ。しかも、呪詛神の呪いの闇に僕の深き闇をぶつけたことから、今までにないほど、強烈な光だった。
(真っ白で何も見えない…)
光がおさまり、少しずつ視界が戻ってきた。
操られ始めた悪魔族の人達の、顔に現れた黒い斑点は、すっかり消え去っていた。
「おまえなー、いくら聖魔法でも、こんな狭い場所で、それはやりすぎだろうが。覚醒解除したんじゃないのかよ」
「ん? 解除したよ? 使った闇が呪詛神の呪いだったから、予想以上に強烈になっちゃったんだよ」
「はぁ……ったく。悪魔族は、闇寄りだぜ? 今の強すぎる聖魔法は、逆にダメージを与えてんぞ」
「えっ…」
僕は慌ててゲージサーチをした。うん、バリアフル装備したチビっ子以外は、全員、体力がみんな黄色だ…。40%ちょっとって感じ。
回復魔法を打とうとしたけど、よく見るとゲージは少しずつ改善していた。あー、清浄の光の回復効果か。
「みなさん、すみません。大丈夫ですか?」
「あ、あー、あぁ、大丈夫、だ。少し驚いたが」
「少しずつ、この光で回復すると思いますから…」
「そうだな。少しずつ楽になっていってるよ」
カースは、再び何かベールのようなものをこの付近に張っていた。
「はぁ、ったく。思念妨害バリアまで消し去るとか、あり得ないんだけど…」
「このベール状の?」
「あぁ、外からの遠隔操作を妨害してる。あの6人が起きたら、あいつら経由でまた何かしてくるだろうがな」
「そっか。じゃあ、奴らが寝てる間に、彼らの中の呪詛を消せばいいんだね」
「は? そんなこと…」
「さっきより、かなり呪詛は減ったよ」
「塊になってるだけだろ? 呪詛は減らないぜ」
「なんか、出来そうな気がする」
僕は、女神様をチラッと見た。
すると、明後日の方向を向いてらっしゃる。うん、自信はないけど無理ではないってことね。
「ふむ、また切り刻むのか?」
「いえ、蘇生魔法で」
「妾は知らぬぞ。魔力切れを起こしても知らぬぞ」
そういえば、ジャックさんの呪詛を取り出して消すときに、魔力切れで倒れたっけ。
僕は、新作のブルームーン風味のダブルポーションを飲んだ。けっこう魔力が減っていたようだ。そういえば、さっきまでは少しふらつきを感じていた。
女神様は僕の魔力残量が少ないってわかってたんだ。でもそれなら、魔力が減ってるって、普通に教えてくれたらいいのに。
(あまのじゃくだよね……リュックくんとそっくり)
『おい、オレは女神ほどひどくねーぞ』
(えっ! 聞いてたの? あはは)
女神様も、何か言いたげなジト目をしていらっしゃる…。気づかないフリをしておこう。
「さてと、始めますか」
「切り刻むのじゃな?」
「いえ、切り刻みませんよ」
「あの、その侵入者を助けるのですか」
悪魔族のひとりがそう口を挟んできた。確かに、侵入者を助ける行為だ。僕は、一瞬、返答に困った。
「逆に聞くが、おぬし、さっき乗っ取られておったが、そのまま操られて敵地に送り込まれたらどうするのじゃ」
「えっ? 俺はそんなことには…」
「逆らえぬ暗黒の呪詛神のチカラじゃ。操られたまま一生を、何百年も生きるのか?」
「そんなことになったら、俺は潔く死を選ぶ」
「生死さえ操られておったらどうするのじゃ」
「そ、それは…」
「敵地で、その呪いを解除しようとする者がいる一方で、侵入しただけなのに、その呪い解除を阻む者がいたらどうじゃ?」
「……それは、仕方ない」
「失望とともに、阻む相手に憎悪の念を抱かぬか? 操られて攻め込むのではなく、自らの意思で相手を滅ぼしたいと思うようにならぬか?」
「えっ……でも」
(なんだか、女神様が神様にみえる)
『いちおー、神じゃねーか?』
(あ、そ、そうだよね)
また、ジト目で睨んでいらっしゃる。やばっ…。あれは、かなり怒ってる……フリだね。
僕は、視線を感じて横を見ると、クライン様がまっすぐに、僕を見ていた。僕と目が合うと、少し戸惑っているような、不安そうな顔をしていた。
何を戸惑っているのかはわからなかったが、僕は、小さな主君を励ますつもりで、うんと頷いた。すると、クライン様は、ニコニコと笑顔になった。
そして、小さな主君は、皆が驚くようなことを言い出した。
「ライト、俺からの命令だ。侵入者全員を呪いから解放して、俺の配下にするぞ。できるよね」
「えっ、あ、はい。かしこまりました、クライン様」




