226、ホップ村 〜 石山の惨状
僕達は、ホップ村の旧村、石山の近くに、生首達のワープで移動した。
村の入り口付近は火の海になっていることから、生首達は、少し離れた場所にワープしたのだろう。
(あ、マズイ…)
僕は、直ちに3人と自分にバリアをフル装備かけた。
着いた瞬間、すぐ近くの燃え盛る木が倒れ、炎がこちらに襲ってきたんだ。チビっ子ふたりは、ひどい火傷をしたかもしれない。
「クライン様、ルーシー様、大丈夫ですか! バリアが遅れて申し訳ありません。すぐに治療します」
僕は、焦ってそう言ったものの、ふたりはキョトンとしていた。あれ? 大丈夫なの?
「ライト、さっきの変な命令のポーションは、炎無効じゃないのか?」
「あ! そうでした。氷と炎は無効だ」
「やはり、おぬしは、うっかり者なのじゃ」
「あはは……はぁ。でもよかった。門でバリアをかけてからワープすればよかったです」
「うん? ワープを使うとバリアの効果が下がるのではないのか? 転移と基本同じじゃろ? 転移元から転移先へ、妙なものを運ばせぬために、空間を移動するとクリア魔法がかかるのじゃ」
「えっ……そうなんですか」
「転移すると、身体が少しさっぱりするのはそのためじゃ。以前、説明しなかったか?」
「うーん、聞いたような気もするような…」
ヒューッ
ドガーン! ドドドドッ!
「うわぁ、これだと石山のバリア、もうもたないよ」
真っ暗な空から炎を纏った槍が降り注ぎ、あたりを火の海に変えている。
「すぐ、中に…」
「ライト、焦るでない。サーチされておる」
「えっ?」
「妾とおぬしが何者かを、いたるところからサーチ魔法が突き刺さるのじゃ。念話は傍受するくせに、会話は聞いておらぬようじゃ。バカなのじゃ」
「まぁ、大事な話は、念話を使いますからね」
「いま、子供達が、石の洞窟の中の住人と話しておるのを傍受されている。子供達は、送り届けられたこととホップのことだけを話しておる。完璧じゃ」
僕がふたりを見ると、うんと頷くその表情はキリッとしている。もしかすると、傍受されるのがわかっていたのかもしれない。
「ライト、ちょっと待ってって。入り口が壊れたから、別のところから迎えに来るって」
「はい、わかりました」
僕としては、霊体化して、子供達を連れて中に入ることは余裕なんだけど…。
でも女神様も動かないことからも、サーチされているときは、下手なことはしない方がいいんだね。
少し待っていると、ひとりの男がやってきた。けっこう若い。20歳前後にみえる。
「あ! アルフレッド兄ちゃんだ」
「えっ? クライン様のお兄さんですか」
「違うよ。母ちゃんの兄ちゃんとこの子だよ〜」
「あ、いとこのお兄さんなんですね」
「ん〜? わかんない」
アルフレッドさんは、とても神経質なのか、人見知りなのか、僕と女神様を見て、急に不機嫌そうな顔をした。
「アルフレッド、また会ったのじゃ。地底に戻っておったのか」
(あ、女神様の知り合い?)
「誰かと思えば、その話し方は、先日地上の学校に来た女神様の猫ですね。今日は護衛の兵はいないのですか」
(学校?)
「護衛ならここにおるのじゃ。それに今日は、こやつのホップの仕入れについて来ただけじゃ」
「ホップ? エールでも作るのですか」
彼は僕の方を向き、ジッと睨んでいる。あ、サーチかな。そして、バカにしたような表情を浮かべた。
「アルフレッド兄ちゃん、ライトだよー」
「クラインの配下1号なんだよ」
「へ? なぜこんなカスを配下にするんだ? クライン、騙されているぞ。ルーシーはクラインに注意してあげなきゃ」
(カスって…。まぁ、戦闘力は低いけど…)
「アルフレッドは、まだ学生だから実戦経験が少ないのじゃ。学校では一番の秀才でも、そんなことでは世間知らずの坊やなのじゃ」
「なんだと? 猫のくせに偉そうに。それに何? 妖狐に化けているのですか? ふっ、化け猫だな」
「はぁ、ほんとに坊やなのじゃ。怒る気にもならぬのじゃ」
女神様を呆れさせるとは、かなりのツワモノだ。
僕は、クライン様がしょんぼりしている姿が目に入った。そっか、僕をカスと言われたり騙されていると言われたから、ショックなんだ。
悪魔族は特にプライドが高い。それを全否定されたようなものだ。
大人達は、子供にこんな辛辣な言葉は吐かない。学校一の秀才か。20歳前後に見えるけど、まだ子供なのかもしれない。
「アルフレッドさん、ライトです。初めまして。そろそろ中へ案内していただけませんか? ここは、いつ何が降ってくるかわかりませんし」
「ふっ、そんなに地底が怖いのに、なぜ来たんだ?」
「ホップの残りが少なくなってしまいまして…」
「ふん、こんなときにのんきな奴だな」
「アルフレッド兄ちゃん、中に入ろうよ〜」
「そーよ、そーよ」
「俺は、妙な奴らを入れるわけにいかないんだよ。その見極めに出てきてやったんだからな」
「大丈夫だよ。ライトはここに来たことあるし」
「アルフレッド、反抗期か? すんなりとは案内したくないだけじゃろ」
「なんだと? 俺はもう16歳だ、子供じゃない」
(僕より年下か)
「それなら、さっさと案内するのじゃ。おぬしが案内せずとも、勝手に入ることも出来るのじゃ」
ヒューッ
ドーン! ドドドドッ。バーン!!
また、炎を纏った槍が降り注いだ。そして、石山の一部を貫通したようだ。ガラガラと崩れる音がする。
(マズイんじゃ…)
「ライト、バリアが破られた!」
「クライン様、僕が修復しても大丈夫ですか」
「うん、大丈夫。というか、早く! 次が来る!」
空がまた、怪しげに光った。
僕は、石山の表面に、とっさに魔防物防バリアをかけた。急いでいるときは、フル装備はできない。
ヒューッ
ドカドカ! キィン! キィン! キィン!
「えっ……クズが、そんな…?」
「中に入りましょう。外は危険すぎます」
「アルフレッド兄ちゃん!」
「えっ? あ、あー、わかったよ」
石山のいつもの出入り口から離れた草木に覆われた場所に、下に降りる階段があった。
「ここから、畑に入って、上に上がるから」
「ちと、待つのじゃ」
そう言うと女神様は、その手に火の玉を作った。
(な、何する気?)
そして、階段へと、その火の玉を放った。
ギャー!!
中で、人が転げ落ちるような音がした。
「あの、ティア様…」
「他の星の迷い子じゃ。この出入り口を見つけたようじゃな。アルフレッド、なぜ出てすぐに隠さなかったのじゃ!」
「えっ、だって目立たない場所だから…」
「この村のいつもの出入り口も、目立たぬように作られていても、破壊されたのじゃ。相手を舐めすぎじゃ! バカ者」
「クッ、猫のくせに…」
階段の下に、人が集まってきている気配がした。この村の人達が、転げ落ちた侵入者に気づいたようだった。
ガヤガヤと騒がしい中を、女神様は階段を下りていった。チビっ子ふたりもすぐ後を追いかけた。
「僕達も、中に入りましょう」
そう声をかけると、アルフレッドさんは苦々しい表情のまま頷いた。
階段を下りたところは、畑になっていた。そして、ここには、若い人達が多くいた。
転がり落ちた他の星からの侵入者は、悪魔族に囲まれているにもかかわらず、平気な顔をしていた。
「おぉ、ふたりとも無事に戻ったか」
「うん、無事だよー。バリア壊れちゃったね」
「あぁ、一部が崩されたが、その後の攻撃は完全に弾いているから大丈夫だ」
「それ、ライトだよー。外からみると、バリアはほとんど壊れてたよ」
「えっ?」
「先程、ひどい攻撃があったので、クライン様の命令で、簡易バリアを張りました。かなり被害が出ているのですか?」
「あの、貴方は…」
「俺の配下1号だよー。バリアと回復魔法は得意なんだよね」
「もしや……うっかり者の…」
「そう呼ばれるの嫌いみたいだよ。それから、こっちがティアちゃんだよ。女神様の猫なのに、妖狐? に化けてる」
「ティアさん?」
「違うよ、ティアちゃんだよ。かわいいの」
ルーシー様は、女神様のことをずいぶん気に入ってるみたいだな。かわいい……のかな? うーむ。
「妾は、新しい島で、この子達と友達になったんじゃ。アルフレッドは、地上の学校に見学に行ったときに会ったのじゃ」
(学校に見学? あ、視察みたいなものかな)
「そうでしたか。女神様の猫というと、ペットか何か? というのも失礼ですね」
「彼女は、女神様の分身みたいなものですよ。それより、上の村の中は大丈夫ですか。僕にできることがあれば言ってください」
「あぁ、ありがとう。ちょっと怪我人は多いが、死者はいない。というか3時間ルールで蘇生しているんですがね」
(やはり深刻な被害なんだ…)
「そうですか。あの、侵入者はどうするんですか」
「始末するわけにもいかないから、とりあえず拘束して、塔からの連絡待ちですかね」
「あやつは、この場所を仲間に知らせておるのじゃ。おそらくここに攻め込んでくるのじゃ。撃退の準備を急ぐのじゃ」
「えっ? 連れ戻しに?」
すると、縛られていた侵入者は、ニヤリと笑った。その瞬間、5人の男がこの場にワープしてきた。
「小娘、遅いわ! いや、猫だったか? 侵入して仲間を引き入れるのが俺の仕事だ。この場からさっさと逃せば、侵入されなかったのに残念だったな」
侵入者5人は、完全に武装している。武闘系か…。とっさに、ホップ村の若い住人達が剣を抜いた。
「ドラゴンならまだしも、悪魔ごときが俺達に武力で勝てるとでも思っているのか? 青いな、ガキども」
「言っておくが、俺達に魅了や幻術は効かないぞ。コレがあるからな。無駄な抵抗はやめて俺達に従え! 俺達の主人が大魔王の地位をいただく!」
悪魔族の若い住人達は、彼らをサーチしたらしく、その顔は青ざめていた。
コレというのは、補聴器に見えるアレのことかな。何かの魔道具なんだろうか。僕の闇も効かないかな?
「ライト、なんとかするのじゃ」
「えっ? 僕? でもあの補聴器…」
そう反論しても、女神様は、アゴをくいくいとしている。でも、ここでは、僕は勝手に動くわけにもいかない。僕はクライン様の方を向いた。
「クライン様、ご指示を」
「えっ? あ、うん。ライト、なんとかして」
「かしこまりました」
僕は、剣を抜いた。
「はぁ? おまえみたいなガキが……えっ?」
僕は、闇を一気に放出した。やはり闇には青いキラキラが混ざっている。そして剣も一瞬で闇を纏った。
「お、おまえ、何者だ!」
「人にたずねる前に、自分から名乗るのがスジでしょう? 貴方達の主人は誰ですか? その様子からすれば赤の神ですね」
「な、おま……ら、ライトって、もしや、あのダーラ様が捕まえろとおっしゃっている…」
(また、ダーラか…)
「僕はダーラ様に仕える気はありませんよ。なんならチカラずくで、捕まえますか?」
僕は、あえて営業スマイルを浮かべて、やわらかな口調でそう返事した。
「クッ、こ、こいつ…」
「やめておけ、ひくぞ」
「だが…」
「勝てる相手じゃない、バケモノだ」
奴らは、撤退しようとした。だが僕の闇が…。
「なぜだ? ワープできない?」
(闇、効いてるじゃん)




