225、魔族の国の入り口 〜 ブルームーン風味のWポーション
「ライト、天使ちゃん達を呼ぶのじゃ」
「あ、ちょっと待ってください。魔法袋の入れ替えさせてください」
「妾が着替えてる間に、なぜやっておかぬのじゃ。どんくさいのじゃ」
「魔力補充してたんですよ。こんなにティア様が早いと思わなかったですし…」
「ちがーう! ティアちゃんじゃ」
「はぁ……とりあえず、少しお待ちください」
僕は、念のためにこの付近にドームバリアを張った。島の草原では、どこから見られているかわからない。さらに、バリアは、闇を使って外から見えないようにした。
「ライトは心配性なのじゃ。認識阻害をかければよいだけじゃ」
「だから、闇で阻害しました」
「バリアまで張らずともよいではないか」
「はぁ……まぁ」
僕は、うでわのアイテムボックスから、ダンジョン産の魔法袋を出した。
『計測するか?』
(ん? 完成品だいぶあるの?)
『あぁ、異空間ストックがけっこうあるぞ。新作は、ひとつだけだがな』
(えっ! 新作?)
『あぁ、とりあえず、そこに移すから』
そう言うと、リュックくんはスルスルと紐をのばして、ダンジョン産の魔法袋にブスリと刺していた。
ダンジョン産の魔法袋の中身は…
PーⅠ 、10,250
MーⅠ 、1,388
F 10 、3,570
C 10 、46,121
B 10 、258
H 10 、3,216
化x100 、1,253
化y100 、4,585
化z100 、1,287
PーⅢ 、3,059
MーⅢ 、175
I F 50 、2,992
うーん、約1万本増えた感じかな…。
新作は、『 I F 50 』というやつだな。
僕は、とりあえず移し替えを……あ、リュックくんできるのかな?
(リュックくん、普通の魔法袋へ移し替えできる?)
『あぁ、当たり前だろーが。オレ、魔道具から進化した魔人なんだけど』
(あ、うん、だよね。じゃあ、移し替えして〜)
僕は、使いそうなものをふつうの魔法袋へと移し替えを頼んだ。
もともと売り物3種はたくさん入れてたけど、クリアポーションは、1万本にしてもらった。
他のは50本ずつ入ってたけど、ほとんど消費したものもある。
カルーアミルク風味は500本、洗脳解除できる媚薬つきは3,000本、化3種は主に僕用だけど300本ずつ、30%回復は1,000本、30%魔回復のファジーネーブル風味は100本、ふつうの魔法袋に入っている状態になった。
新作は、まだよく見てないけど、50ってことは5万回復だよね。うでわに500本入れ、ふつうの魔法袋には2,000本入れた。
「新作が出来ていたので、飲んでみますか?」
「甘いのか?」
「飲むよー」
「飲むよー」
「じゃあ、4本出しますね」
僕は味見用のものをダンジョン産から出した。そして、ダンジョン産の魔法袋はうでわのアイテムボックスに収納した。よし、整理整頓完了。
そして、新作を3人に渡そうとして、手が止まった。あ、これは…。
「なんじゃ? はよはよ」
「瓶が透明なんですよ…。呪いポーションです」
「ようやく、猫に化けるポーションができたのか?」
「えっと…」
僕が確認するよりも早く、女神様は僕の手から、紫色のポーションを奪った。
すみれ色かな? 見た目からして、ブルームーンだよね、絶対。そんなに甘くないだろうな。
「なっ? なんじゃ! この意味のない呪いは…」
「ん?」
「変なのー」
「ほんと、変なのー」
いつの間にか、チビっ子達の手にも、青紫色の小瓶が握られていた。
僕は、説明書きを出してみた。
『 I F 50 』
氷、炎無効つき。もしもWポーション。体力と魔力を50,000回復する。
もしもライトが主君だったら……という呪いつき。ライトの命令に1つ従わねばならない。このもしも( if )は、強い呪いの一種。効果時間は1日。
(注)2本飲むと命令2つ、効果時間は2日になる。飲んだ分だけ増える。
(な、何? この変な呪い…)
『おまえが、あの街の長になったからじゃねーか? 統制できるか不安だからポーションになったんじゃねーの』
(えっ? これを飲ませて操るの? なんか極悪じゃない?)
『そんなこと知らねー。氷無効を作ろうとしたら、そんなもんになったんだよ』
(あー、氷と炎が無効ってすごいね。でも…)
『まぁ、女神には有効じゃねーか? いたずら禁止とか命じたら面白そーだぜ。どーせ効果は1日だけどな』
(効果が切れたら、倍返しされそうだよ…)
『あー、まぁ、確かにな』
えっ? 3人とも気にせず飲んでる…。ちょ、ちょっと、変な強い呪いつきだよ?
「あまり甘くないのじゃ」
「えっ? 甘いよー」
「お花のジュースみたい〜」
僕も飲んでみようと、蓋を開けた瞬間、肩からぐんっと魔力が取られる感覚が…。
(ちょっと、リュックくん、もういいって言ってなかった?)
『魔力5万も回復するんだぜ? さっき満タンにしたの忘れたのかよ? 減らしておかなきゃ回復しねーじゃねーか』
(あ、そっか)
僕は、小瓶の匂いを嗅いでみた。うん、レモンと花の香りがする。飲んでみると、うん、ブルームーンだね。アルコールがないから、ちょっとレモンの酸っぱさが強く感じるけど…。
ブルームーンというのは、ジン、バイオレットリキュール(スミレのリキュール)、レモンジュースをシェイクして作るショートカクテルだ。
飲む香水なんて言われることもある、すみれの花の香りの、なんというか妖艶さのあるカクテルなんだ。
ブルームーンというけど青色じゃなくて、青紫色なのが不思議…。飲みやすいがアルコール度数は高いので、お酒の弱い人は、注意が必要だ。
そして、ブルームーンとは、数年に一度、月が青く見える現象のこと。滅多にない、極めて稀なことだということから、バーでナンパされて断りたいときに注文するとか…。
「青い月」という名だけど、「あり得ないこと」「できない相談」などの意味があるそうだ。
(うん、ブルームーン風味だね)
時間的にも、そろそろいいかな?
大魔王様はもうあの塔に戻り、指揮をとり始めた頃のはずだ。
戦乱の助っ人ではなく、別件でたまたま地底を訪れたと見せかけないと、難しい問題が起こりそうだ。タイミングには気をつけなければならない。
「ライト、命令はなんじゃ?」
「へ?」
「妙な命令をしたら、青いワンコに言いつけるのじゃ」
「え……倍返しよりひどい…」
「ライト、命令はなにー?」
「ライト、命令はなにー?」
チビっ子ふたりは、命令の意味がわかってないのかと疑いたくなるくらい、ワクワクしているように見えた。
地底の戦乱でどんよりしていたのに、ここまで気分を切り替えさせる女神様は、やはりすごいな。
「じゃあ、3人全員に命令します」
「変な命令なら、本当にバラすのじゃ」
「いいよー」
「いいよ〜」
(女神様、それ、脅しですよ…)
と言っても、いつもの知らんぷりだ。はぁ、ほんとに…。
「じゃあ、命令します。3人とも、いのちだいじに!」
「ん? なんじゃ? 命は大事に決まっておる」
「ライト、意味わかんない」
「ライト、意味わかんない」
この子達は、あの有名な作戦を……と言っても知るわけがないよね。はぁ…。
「無茶してはいけないということです。危険だと思ったら逃げてください」
「なーんだ、わかったよー」
「なーんだ、わかったけど、どこも危険だよ」
「なーんじゃ、つまらぬのじゃ」
「命令しましたからねー。強い呪いですからクリアポーションを飲んでも解除できませんよ」
僕はこっそりクリアポーションを出してきた女神様に忠告した。変身が解けてしまうだけだ。
「チッ、ライトはしょぼいのじゃ」
「はいはい、しょぼいでいいですよ。嫌ならここでお留守番しておきますか?」
「命令は一つだけじゃ。留守番などせぬ」
「じゃあ、いのちだいじに! ですからね」
「はぁ、つまらぬのじゃ。どどーんと暴れようと…」
「ダメですからね」
「ライトはケチなのじゃ!」
「はいはい。そろそろ行きましょうか」
「うむ。もうだいぶ時間は経ったから、疑われることもないじゃろ」
僕は、生首達を呼んだ。4人で地底のホップ村の旧村の石山へ行きたいと伝えた。
頭の中に映像が流れてきたが……あちこち火の海になっている。ひどい…。僕は、少し焦りを感じた。
「ライト、爺ちゃんが、来るなら門から入って来いって〜。ワープトラップがあるからって」
「ワープトラップ? えっと、門ってことは、この島にも出入り口は、あるかな?」
「うん、あるよー。たくさん」
「そっか」
すると、頭の中にあちこちの映像が流れてきた。その中で繰り返し流れる映像が、生首達のオススメなんだろう。
すぐそばの海沿いの場所の映像が、やたらと流れてくる。あの辺りは、何もなさそうだね。
「あの海沿いに出入り口があるようですから、あそこから地底に行きましょう」
「うん、いいよー」
「うん、いいよー」
「歩くのは嫌じゃ」
(そこは、いいよーじゃないの?)
「ワープワームで移動しますから、クッションに乗ってください」
チビっ子達は、僕が言い終わる前に生首クッションに乗っていた。妖狐に化けた女神様もすでに乗っている。僕達は、海沿いへワープした。
どこに入り口があるかわからなかったが、チビっ子達に連れられ浅瀬に行くと、光が見えた。
その光の中に入ると、スゥッと吸い込まれるように、地底へと移動した。
「えっ? ちょっと……おまえ達は一体?」
地底の魔族の国への門には、人の姿をした門番がいた。僕や女神様を見て、ギョッとしている。
あ、僕は、死霊の姿になっていなかったな。僕だけが人族に見えるかな。
「こっちがライトで俺の配下1号だ。その子はティアちゃん、新しい島で会った友達なんだ」
「人族の配下なのか? クライン」
「うん? ライトだよ? 知ってるでしょ」
「ライト……えっ! もしかして、うっかり者の死霊か?」
「その呼び方、嫌いみたいだよー」
「そーよ、そーよ」
「そ、そうか…。あ、ライトさん、はじめまして。悪魔族のリッツです。悪魔族と言っても、クラインとは少し違う種族なのですが…」
「リッツは、一つ目の巨人なんだよー。悪魔族の中のサイクロプス族だよー」
「リッツさん、はじめまして。サイクロプスかぁ、強そうですね」
「ライト、門番とおしゃべりしてる場合か? ホップを取りにきたんじゃろ? 素材がなければ、ポーションの製造は止まるぞ。急ぐのじゃ」
「あ、そうでした。すみません、失礼します」
「えっ? あの、ホップ村に行くのですか」
「はい。この子達を送り届けるついでに、ホップを仕入れようと思いまして…。品薄なので、ちょっと急いでいるんです」
「いや、今は…」
「リッツ、ライトは強いから僕達の護衛できるよー」
「知ってるが、今は…」
門番は、中の状況に関して口止めされているんだろう。何か言おうとしては、口をつぐんでいた。
僕は、生首達を呼んだ。地底で呼ぶのは初めてだけど、ちゃんと無事に来てくれた。
「えっ? それは…」
門番のリッツが驚いた顔をしていたが、女神様が急ごうとしている。門番には笑顔を返した。
「じゃ、僕達はこれで」
僕達は、生首達のワープで石山へと向かった。




