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224、湖上の街ワタガシ 〜 地底の戦乱

「メトロギウス様、お急ぎならすぐ地底にお戻りください」


「うるさい、おまえに言われなくても戻る」



 そう言いつつ、大魔王様は、チビっ子達の様子をチラッと見て、また念話を始めたようだ。

 眉間にしわを寄せて、険しい顔をしている。彼のこんなにまで余裕のない表情は初めて見たかもしれない。



「子供達を地上に預けておくか、意見が分かれてるみたいだよー」


「ヲカシノ様、ありがとうございます。じゃあ…」


「うん、ボクはこの地を守るからねー。ここも狙われてるみたいだからー」


「わかりました。よろしくお願いします」




 僕は、クライン様とルーシー様のところへ移動した。


 二人とも、襲撃には慣れているはずなのに、今回はその表情には余裕がなかった。大魔王様の余裕のなさが伝染したかのようだ。


 いつも、僕は彼にあたたかい気持ちにさせてもらっていた。小さな主君に守られていた。そのおかげで転生して不安だった僕は、本当に救われた。


 今では僕も、少し戦い方を覚えた。だから、今度は僕が、クライン様の不安を取り除いてあげたい。



「クライン様、ルーシー様、ホップ村に戻られますか?」


「えっ? うーん。どうしよう…」


「クライン、戻るよね? でも…」


「僕が、お送りします。ワープワームは地底にもいますから」


「えっ、でも……いまは…」


「そろそろホップが足りなくなりそうだったんですよ。だから、石山の畑で、ホップを譲ってもらいたいんですけど」


「そういえば、だいぶ来てなかったよねー」


「はい、いろいろバタバタで、すみません」


「それは気にしなくていいぞ。うーん……爺ちゃん!」



 クライン様の呼びかけには、なんとか笑顔を作って振り向いた大魔王様だったが、僕がクライン様のすぐそばに居るのを見て、眉をひそめた。


「どうした? クライン」


「あのねー、ライトが石山のホップが欲しいみたいだから、俺、ライトと一緒に石山に戻ろうかと思うんだ」


「えっ? だが、いまは石山へは…」


「ライトのワープワームあるから大丈夫だよー。ルーシーも、一緒に帰るよ」


「石山も今、激しい攻撃を受けているんだ」


「えっ…」


「ライトに助っ人を頼んだとなると、大魔王としての俺の立場が危うくなるからな。助けてくれとは言えないんだ」


「でも、石山が壊されてなくなったら…」


「また、作り直すから安心しろ」


「うん、でも……誰かが死んだりしたら…」


「3時間ルールだ。一族の死者はすぐに蘇生しているから大丈夫だ」


「父ちゃんは死んだのに…」


「あ、あれは……間に合わなかったんだ…。わかっているだろう? クライン」


「うん…」


 クライン様は、何かを振り切るように頭をふるふると振っていた。


 その様子に僕は、心がズキンと痛んだ。


 目の前で、自分を守るために父親が死んだんだから、その恐怖や心労は、おそらく一生消えないだろう。



「メトロギウス様、貴方は、自分の一族よりも、大魔王という地位の方が大切なのですか?」


「なっ? なんだと! そんなものを比べるのがおかしいだろう。一族を守るためには大魔王としての地位が必要だ」


「ただの魔王じゃダメなんですか」


「魔王だとダメだ。大魔王だからこそ、その子供達は地上にいても優遇される。ただの魔王だと、地上の学校に通わせている子供達に護衛をつけねばならない」


「護衛、つければいいじゃないですか」


「子供達の自由がなくなる。それに大魔王の地位を奪われた直後は、叩かれる。それで滅亡した一族もあるんだ。俺はまだ在任期間が短い。貢献度が低い…。だから…」


(意外にも、地位より一族の方が大切なんだな…)



 そう言うと、大魔王様は苦しそうな顔をしていた。


 たぶん、助けてくれと言いたいんだろう。敵が、ただの魔族なら、彼もこんな顔はしないだろう。


 まさか他の星の侵略者が、自分が大魔王の地位に就いてすぐに、地底を本気で占領しようとするなんて、不運でしかない。


 これは、おそらく彼にとって、初めての経験だろう。今までに遭遇したことのない敵との戦い方に、戸惑っているのかもしれない。


 イロハカルティア星は、中立の星であることから、他の星からの大規模な侵略攻撃は受けなかったはずだから。



「爺ちゃん! でも、ライトなら神族だから…」


「クライン、それはできないんだ」



 大魔王様は意地っ張りだね…。少女がこちらをジッと見ていた。僕と目が合うと、またアゴをくいくいと…。


 女神様は、大魔王様の性格がよくわかってるんだな。他の星からの侵略だから神族がなんとかしろと言うこともできそうなのに…。メトロギウス様は、そう言えない性格なんだ。



「メトロギウス様、じゃあ、こうしましょう」


「なんだ?」


「貴方は、さっさとハンスさんも連れて地底に戻ってください」


「子供達をこの街で預かるというのか?」


「いえ、メトロギウス様はこの街に預けたつもりだったが、僕がホップが品薄なので、クライン様達と石山へホップの仕入れに行くと…」


「石山は、激しい攻撃に遭っている」


「僕は、バリアは得意です。それに白魔導士ですから蘇生も得意です」


「だが、おまえは神族だ。地底のひとつの種族に味方することなど…」


「僕はクライン様の配下です。主君の住む村を守ることに、何の問題があるのですか」


「う……うむ」


「貴方は、さっさと地底に戻ってください。これ以上の話をさせるつもりですか?」


「ふっ、わざわざ憎まれ口を叩きおって。あぁ、わかった。ライト、子供達を頼む」


 そう言うと、大魔王様は僕に軽く頭を下げた。


(えっ!? 頼むって言った? 頭を下げた?)


「はい、お任せください」



「これを無事に乗り切れたときは、おまえをクラインの第1配下として正式に認める。失敗するなよ? うっかり者の死霊」


「……はい、ありがとうございます」


 僕がその二つ名を嫌がっていることがわかっていて、そんなことを言う…。ただ、先程よりもずいぶん表情は落ち着いてみえた。



「よし、ハンスも共に戻るぞ」


「いや、でも…」


「ハンスが残っていると、ライトが地底に子供達を送り届ける理由がなくなるではないか。それくらい、言われずとも即座に理解せよ」


「は、はい…」


「ハンスさん、大丈夫ですから」


「ライトさん、そうですね、確かにそれが最善の方法。よろしくお願いします」


「はい、お任せください」


 そして、大魔王様一行は、スッとその場から消え、地底へと戻っていった。




 僕のそばには、不安そうな顔をしたルーシー様と、強がってキリッとしているクライン様がいた。


 でも、お菓子の家から出て、僕のすぐそばに寄って来ているわけで……クライン様も不安でたまらないのだろう。


「では、妾は、ちと着替えてくるのじゃ。待っておれ」


「は? ティア様、まさか……地底に行く気ですか?」


「当たり前じゃ。恩を売る機会を逃してどうするのじゃ。待っておるのじゃ」


 そう言うと、少女はスッと消えた。なぜ着替え? あ、そろそろ変身が解けるのか。効果は1日だもんね。どこで着替えというか、ポーション飲んでるんだろう。


「ティアちゃん、着替え?」


「あー、たぶん魔力か何かを補充しに戻ったんじゃないかと思いますよ」


「そのついでに着替えてくるのかな? あたしも着替える?」


「あ、よかったら、シャワー魔法かけましょうか? 服も足湯で泳いで甘い香りがついてしまってますし」


「ライト、俺にもー」


「はい、かしこまりました」


 僕は、ふたりにシャワー魔法をかけた。服がスッキリしたためか、ふたりの表情も少し元気になったようにみえた。


 ふたりで何かコソコソ話を始めた。うん、いつもの調子が戻ってきたかな?



 あ、僕も魔力減ってるはずだから補充しておかないと…。黒い半玉にずいぶん吸い取られて、変身魔ポーション1本しか飲んでなかったもんね。


 僕は、変身魔ポーションを2本飲んだ。しかし、甘いな……口直しが必要だよね。



『オレも吸収するから、ガンガン飲んどけ』


(えー、甘いよ? アレキサンダー風味だし…)


『でも、それが一番効率いいじゃねーか』


(はぁ……モヒート風味で口直ししながらじゃないと…)


 僕は、リュックくんに飲めと言われて、口が甘くなると、口直しをして……を、繰り返した。


(リュックくんが直接飲めばいいのに)


『オレはポーション効かねーんだよ。前に言わなかったか? 魔人にポーションが効いたら大変だぜ? 主人がいなくても永遠に動けるなら、世界は魔人が支配するようになるだろーが』


(えー、リュックくん、世界征服とかに興味あるの?)


『ん〜、ねーな。めんどくさそー』


(じゃあ、大丈夫じゃん)


『あっそ。ってか、ちょっとは心配しろよ。オレがふらっと離れても、何の心配もしねーだろ?』


(帰って来なかったら心配するよ。無断外泊したら、チャラ男決定だからね)


『はぁ……また、それか。おまえは心配の方向がおかしいんだよ。ふつーは、魔族を滅ぼすんじゃねーかとか…』


(リュックくん、そんなことしないでしょ?)


『なんだろう……信頼されすぎているというのも、おもしろくねーぞ』


(やっぱ、反抗期だよね…)


『おいこら! 子供扱いしてんじゃねーぞ。さっさとポーション飲めよ、手が止まってるじゃねーか』


(はぁ、甘いから飽きてきた。甘くない魔ポーション作ってよー)


『魔ポーションは、どーしても甘くなっちまうんだよ』


 僕が何本飲んだかわからなくなってきた頃、やっと、もういいぞとストップがかかった。最後の口直しにクリアポーションを飲んでなんとか補充完了だ。



「わー! ティアちゃん、すご〜い」


「え? ティアちゃんなのか?」


「そうだよ。クライン、わからないの?」


「あー、うーん、服だけじゃなくて、種族も変わってない?」


「ルーシーの方が見る目があるのじゃ。クラインはまだ若いからわからないのじゃ」


「えー、俺、6歳になったのにー」


「あたしは、8歳だもん。見る目があるのよ」


「それに、女の子の方が成長は早いのじゃ。ライトなんて、18歳にもなって、まだ全然わかってないのじゃ」



 なんだか、僕のことを言われているが……チビっ子ふたりはキャッキャと笑っているから、よしとしよう。


 女神様は、ほんと、子供の扱いが上手い。どんよりしていたふたりを一瞬で笑顔にしてしまうのだから。


 しかし……あの姿は猫なのかな? 猫にあんな、もふもふな尻尾があったっけ? さっきよりも少し年齢は上に見える。と言っても誤差の範囲かな? 11〜12歳って感じ。なぜ浴衣を着てるんだろう?



『あれは、狐だろうな。魔力が高い種族にしたらしい。あの姿で地底に行くと、妖怪だと思われるんじゃねーか?』


(ん? 妖怪がいるの? ってか妖怪なのに魔力? 妖力じゃなくて?)


『詳しくは知らねー。地上に隠れ住んでいる他の星とのハーフが、地底では妖怪って呼ばれてるんだ。確か、妖狐の里だったか?』


(へぇ、狐の妖怪かぁ。じゃあ、あの姿は妖狐なのかな)


『あぁ、そーだって言ってる。あの服は、タイガの店で買った祭り用の衣装らしーぜ』


(盆踊り用かな)



「さぁ、準備はできておるか? 出発じゃ!」




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