222、湖上の街ワタガシ 〜 あちこちの起動
僕はいま、僕がイメージで作り出してしまった建物をまわっている。
なぜか、電気のない世界なのに、自動ドアがあったりエレベーターがあったりするから、その起動にまわっているんだ。
もちろん、電気はないが、僕の魔力を電気に変換しているようなんだ。建物なのに、魔道具なのかな?
城壁内やその付近は、精霊の霧の中で僕のイメージを具体化したものだから、この世界にはない妙なものが出来てしまったんだ。
「ライト、城壁沿いの内側の小屋は、すべて店にするのか?」
「あ、はい。そのつもりです。城壁って、中から見るとなんだか圧迫感があるから、隠れる方がいいと思って…」
「あちこちの畑らしき場所は、畑でよいのじゃな?」
「はい、野菜の収穫ができればと思って…。肉は、島のあちこちで魔物狩りをすれば調達できますが、野菜は育てないと…」
「ふむ、そうじゃな」
その後は、学生寮を見に行った。これは、いたって普通にこの世界のものだった。
ただ、数が多い。3階建から5階建まで高さもまちまちだが、1,000室以上はありそうだった。
「アパートは多すぎましたね」
「そうか? 学生もすぐに増えるのじゃ。全員が入居できなくなるやもしれぬ」
「えっ?」
「街のあちこちに、アパートを作ってあるから、足りない分は学校から離れた場所になるのじゃ」
「1,000室はありそうですよ?」
「足らぬじゃろ」
「えっ…」
次に学校を見に行った。うん、イメージ通り、オシャレな大学風だ。天井も高いし、あちこちに草木が生え、門から校舎までは完璧なガーデニング。緑と花で美しい。噴水もある。
「草花が整列しておるのじゃ。不思議な光景じゃ」
「そうですね。野生では自由に咲き乱れますもんね。種や苗を植えて育てると、こんな風になるんですよ」
「ふぅむ。しかも見たことのない建物じゃ」
「ちょっとオシャレにデザイン性のある校舎に…」
「ふむ……」
(と言っても通じないよね…)
とても広い校舎には、いくつかのドーム型の建物もあった。
室内体育館のようなものや、観客席があるスポーツ施設のようなもの、厚い壁に覆われただけの運動場のようなものなどがある。
「この訓練場は、学生だけじゃなく、皆で使うことになるのじゃ。兵の訓練場や、住人の集会所が、学校の敷地に吸収されてしまったのじゃ」
「あー、なんだかすみません…」
「うむ。次はあの派手なやつを見に行くのじゃ」
次は、スーパーを見に行った。入り口では、ここもオフィスビルと同じように、黒い半玉に魔力を吸い取られた。
自動ドアを起動させ、中に入ると、1階は食品売り場らしき場所になっていた。冷蔵庫やショーケースが並んでいた。電化製品の付近には、黒い半玉があり、僕はそれに触れてまわった。
(やばっ、魔力切れ…)
魔力切れ直前のめまいを感じ、僕は変身魔ポーションを飲んだ。なぜか少女も手を出して、くれくれと手をひらひらさせていた。
「これを飲むと、老婆になるんじゃないですか?」
「クリアポーションも飲むのじゃ」
「そしたら、猫の変身も解除されますよ?」
「ぬぁっ!? ひ、卑怯なのじゃ!」
(いやいや……なぜ卑怯呼ばわり…)
「クリアポーションは、変身ポーション程度の呪いならすべて解除しますからね」
「あの足湯もわずかじゃが解除効果があったのじゃ。バリアを張らねば、あそこでは泳げぬのじゃ」
「へぇ。じゃあ、足湯に長く浸かってると、呪いは弱まるかもしれませんね」
「うむ。油断できないのじゃ」
気を取り直して、2階へ上がろうとして気づいた。階段が二つあると思っていたら、ひとつはエスカレーターだ。
まわりを探すと黒い半玉がある。僕はそれに触れ、エスカレーターを起動させた。
「うおっ! なぜ階段が動くのじゃ?」
「これはエスカレーターです。階段を上るのは疲れるから、これがあると便利なんです」
「塔にあった箱みたいなやつでいいのではないか」
「あれは、到着を待たないといけないから、たくさんの人が使うのには、エスカレーターの方が便利なんです」
「ふむ」
少女は、ぴょんと飛び乗った。そんなに飛ばなくてもいいのに…。まぁ、最初は乗るタイミングが難しいかもしれないな。
2階、3階は、ガランとしていた。服屋とか雑貨屋とかいろいろ好きに使えるね。
4階は、フードコートのようになっていた。かなりの席数になりそうだ。
5階は、店の看板が大きく出ているが、屋上テラスとして使えそうだ。ガーデニング用品の店があってもいいかな?
「ここは、子供の遊び場にするのじゃ。塔から見えるから安心じゃ」
「あー、そうですね」
「1階が食品で、2〜3階が服屋など、4階がカフェ、5階が子供の遊び場じゃな」
(頭の中、覗かれている…)
「そんな感じです。また覗いたんですね」
そう言うと、ぷいっと知らんぷりをされた。もうこの知らんぷりにも慣れてきたなぁ。
少女は、ジッとどこかを眺めていた。
僕もその視線を追うと、少し離れた場所に美しい庭のある可愛らしい小さな家があった。その庭を『見て』みると、小さな光がいくつも飛び回っているように見えた。
「不法侵入じゃ! オババが手引きをしたのじゃ」
「あの場所は…」
「妾の家のようじゃ。勝手に妖精達に占領されておるのじゃ」
「あー、妖精さんの家って、ないからかも…」
「はぁ、なぜいつも妾の庭を占領するのじゃ」
「居心地がいいのかもしれませんね」
「はぁあぁ……」
(そういえば、僕の家はどこにあるんだろう)
「ん? ライトの場所は広いのじゃ。好きな場所を家にすればよいのじゃ」
「ん? あー、あの寮の一室とか?」
「別にひとつじゃなくても、たくさんでもよいのじゃ」
「そっかー。あ! じゃあ、あそこにしよう!」
僕がそうひらめいた瞬間、城壁内の一部が僕の目に飛び込んできた。
「あれ? 決めたら、その場所がめちゃくちゃよく見えます」
「当たり前じゃ。じゃないと自分の家が分からぬではないか。鍵に反応するのじゃ」
「なるほど。えっと、あの場所の鍵も僕は持ってるんですね」
「そうじゃ。ライトの場合は、城壁内とその周辺に、家をと考えれば、ライトに渡してある鍵がその家に付くのじゃ」
「すごい」
そして、僕達は、エスカレーターで1階へ下り、城壁内の広場へと戻ってきた。
広場には、驚くほどたくさんの人がいた。
「さて、これでライトの敷地はすべてまわったのじゃ。あとは、湖底の居住区のやつらが適当にやるから、任せておけばよい」
「わかりました」
「この広場には、天使ちゃん達は呼ばぬのか?」
「あー、いる方がいいですか?」
「ライトの好きにすればよいが、天使ちゃん達がいると、足湯に来た年寄りは喜ぶのじゃ」
「確かにそうですね、呼びますね〜」
僕がそう言った瞬間、はらはらと生首達は空から降ってきた。広場全体に赤黒い雪が降る様子に、広場にいた人達は、歓声をあげていた。
(まだ呼びかけてないのに…)
あまりにも来るのが早すぎる。おそらく上空で待機していたんだろう。女神様はそれに気づいていたから、呼ばないのかと言ったんだね。
突然、僕の目の前に、生首が1体ふっと現れた。その直後に数十体が現れた。みんなへらへらしていない。族長さん達か。
「ライトさま、おまかせいただいたにんむが、かんりょうしました」
「アマゾネスのワープワームの話?」
「はい。ひとぞくのすみかで、むやみにひのいきをはかないと、やくそくしました」
「そっか、ありがとう」
「いえ。それと、このしまに、でいりするワープワームは、やつらをふくめて、いま12しゅぞくいるのですが、このまちに、たちいらせてもかまいませんか?」
「12種族もいるの? あ、そっか魔族はワープワームを従えているのが多いんだっけ」
「はい。けっしてこのまちで、わるさはさせません。やつらのしゅじんのめいれいがあれば、このまちにワープできるようにしたいようです」
「そっか。うん、構わないよ」
「では、そのようにつたえます。あの、わたしたちが、このまちにたいざいするかずを、ふやしてもいいですか?」
「あ、うん。他のワープワームの監視もしてもらいたいから、助かるよ」
僕がそう言うと、族長さんは少し笑顔を見せた。すぐに、またキリッと顔を引き締めたんだけど。
「このまちや、このしまは、わたしたちにとって、とてもかんきょうがよいのです。わたしたちも、このしまに、いちぞくのすみかをつくりました」
「そうなんだ。だから、すぐに来れたんだね」
「あ、いまは、そらでたいきしていました」
「そ、そうなんだ。気づかなかった。ごめん」
「いえ、とんでもありません。めがみさまが、ライトさまはこのまちに、わたしたちをまねくはずだから、ちかくでたいきしておけと、おっしゃってましたので…」
「バラすでない! それから、妾はティアじゃ」
「あ、もうしわけありません。ですが、ぎめいのにんしきは、わたしにはむつかしいです…」
「あはは。じゃあ、他の人が聞いているときは、彼女の名は出さないようにしてね」
「かしこまりました、ライトさま」
そう言うと、族長さんはくるりと回ってスッと消えた。護衛の数十体もそれに合わせて消えていった。
「じゃあ、次はヲカシノが作ったお菓子の家を見に行くのじゃ。天使ちゃんのワープで行くのじゃ」
「え? 街のすぐ外に出るだけなのに、ワープですか?」
「大量の人混みの中を歩くと、声をかけられるから、なかなか草原に出られないのじゃ」
「あ、確かに…」
僕は生首達を呼んだ。そして、少女とともに、草原へと移動した。
ワープで、僕達が突然現れたことで、ヲカシノ様は、ギョッとした顔をしていた。
「なんじゃ?」
「いや、今のって、ワープワーム? 全く空間が揺れなかったから、びっくりしたよー」
「ライトのワープワームは、速いのじゃ。だから、空間が歪む隙を与えないのじゃ」
「うわぁ、やだな。感知できないじゃないー」
「邪神のチカラを吸収したのじゃ。感知できるわけないのじゃ」
(そうなんだ、生首達すごっ)
「ライト、見てー」
「ライト、見てー」
僕は声のした方へと振り向いた。そこには、童話に出てきそうなかわいいお菓子の家が建っていた。
ふんわりと柔らかな光を放っている。なるほど、これバリア付きなんだ。
「バリアじゃなくて、結界じゃ。しかも精霊結界じゃ。バリアなら魔力を注がねば消えるが、精霊結界は、精霊が生きている限り消えることはないのじゃ」
「地上だと、これくらいの結界を張っておかないと、キャンディが溶けてしまうんだよー」
「へぇ、なるほど」
「妾も、妖精が入れぬ家が欲しかったのじゃ。羨ましいのじゃ」
「あー、それであんなに必死に…」
「子供の家の方がいいじゃないー。チビっ子が使う方が、この家も喜ぶよー」
「妾も、チビっ子なのじゃ」
「いやいや、婆でしょー」
「なっ? なんじゃと? 妾にケンカを売って…」
ドーン!
突然、大地が揺れた。
「誰じゃ! 妾の決め台詞を邪魔しおって!」
(えっ? 決め台詞なの? ケンカ買うやつ…)




