22、ハデナ火山 〜 レオンとの再会
この世界では、マナの濃い火山には、火の魔物が多く繁殖している。彼らの多くはその身体に火を纏う。火山の地熱は、彼らにとっての食事、すなわちエネルギー源になっているのだ。
また、彼らの中でも特に弱く知性の低いものは、種族に関係なく、群れる習性がある。そのため、さまざまな種が交配し、新たな種族が生まれることも多い。
そんな中から、よくレアな魔物も生まれる。そのため珍しい魔物を狩りたがる冒険者が、この火山には多く集まる。
そして、いま、その火の魔物は、種族に関係なくうじゃうじゃと、この場に集まってきている。
珍しく自分達のすみかに入り込んだ獲物を逃すまいと……。
ジャックは、ひたすら蹴散らしていた。ただ、当然、手を抜いていた。火の魔物達が、ライトの方へ行かないように、自分が引きつけておく必要があるからだった。
しかし、ジャックの予想をはるかに超える圧倒的な数に、少し焦りを感じていた。
「マズイっすねー、これ、逃げ道の確保が難しいんじゃね?」
思わず、呟く。
すると彼の頭の中で女神が言う。適当に蹴散らしておけばライトがなんとかするのじゃ、と。
「どーにもできんでしょ〜、紅芋虫さえ殺せないならさー」
しかし、この量の魔物を片付けるとなると、かなり時間がかかる。こちらの体力が持たないかもしれない。
マズイなぁ……と思いつつ、蹴散らして時間を稼ぐしかなかった。
「ジャックさんっ!」
「えっ! ライトさん? 透明化っすか? 全く気配がわからないっすねー」
「あ、大丈夫ですか? あ、あの…」
僕は、透明化を解除! そして、霊体化はそのままでジャックさんの返事を待つ。
「あ、綿菓子、発見したっす! うーん、ちょっとキツイっすね〜。逃げ道が完全に埋め尽くされちゃってるんすよねー」
(逃げ道? あ、あれか…)
確かにここへの通路にも、びっちりと火の魔物のじゅうたんが広がっていた。そもそもここへは、女神様の転移によって運ばれてきたから、通路を意識していなかったが…。
「あの、この真上に、タイガさん達がいるんでしたっけ?」
「角度的には斜め上くらいっすかね、それなりに距離はあると思うけど…」
僕は、上の方に『眼』を向け、力を込める。そして天井のさらに先を見る……。ん? あちこち見渡す……居た! 確かにちょっと距離がある。数百メートルかそれ以上あるかな?
(まぁ、いけるかな。僕がジャックさんを運ぼう)
「ジャックさん、タイガさんを見つけました。行きましょう!」
「は? だから、この状況で……って、はい?」
僕は、ジャックさんの手をつかんだ。そして、霊体化!を念じる。
「行きますよ〜。手、離さないでくださいね」
「ちょ、ちょっと待て! 何? 浮かんで…えっ? わ! おい、ぶつかる! 天井が、ぎゃー…え? な、すり抜けた?」
「すり抜けましたよ。僕は、持ってるものも霊体化できるみたいなんですよ。ジャックさんの身体の中に居たあの塊も、霊体化させて外に出したので」
「えーっ! ちょ、じゃあ、いま、俺は、綿菓子になっているんっすかー!」
「ぷぷっ。綿菓子って…。女神様が聞いてたら、食べるのじゃ! とか言いそうですね、ははっ」
「ほんとっすねー、ぶはははっ」
『なんじゃ? おぬしら、妾にケンカを売っておるのか? 買うぞ? 妾は買うぞ?』
「わっ! イロハカルティア様、なぜ? 霊体化してるときは、うでわが実体化してないから念話できないんじゃ?」
『ライトとは念話できぬ。じゃが、ジャックはうでわなしじゃ』
「あ、確かに! ジャックさん、なんで念話できるんですか?」
「えーっと、能力?っす。うでわを外したら隠居者同士で念話できるようになったんす。当然いろはさんとも」
『城の居住区の隠居者限定サービスじゃ! 地上におる隠居者は、念話できぬ』
「そうなんですね。あ、じゃあ、僕まで声が聞こえるのは、ジャックさんと手を繋いでるから?」
『当たり前じゃ!』
「……知らなかった。居住区の住人は便利ですね」
「そのかわり、いろいろと、こき使われるっすよ」
「あー……なるほど、ご愁傷様さまです。じゃあ、僕は隠居しても地上で暮らそうかなー」
『なっ? ライト、なんじゃ? それは! 妾にケンカ売っておるのじゃな? 買うぞ? よいのか? 買うぞ?』
「わわっ。買われてしまうとどうなるんですかね?」
「あー、たぶん、ボコられて、何か約束させられるっす」
「どんな約束ですか? 絶対服従的な?」
「うーん……ちょっと違うっす。例えば、タイガさんなら、居住区に住む約束させられたみたいっす。あと、いろはちゃんと呼ぶ約束をさせられた人や、会うたびに褒め言葉を言わなければならないっていう人もいるっす」
(なんだか、予想と違う…)
「えーっと……僕の魔ポーションを買ってくれたら、考えます」
『イヤじゃ!』
「コーヒー牛乳味のポーション、気に入ってるって言ってたんじゃなかったっすか?」
『気に入っておるが、買うのはイヤじゃ!』
「ライトくんは、行商人するんすから、欲しいなら買ってあげないと」
『イヤじゃ! 馳走になる方が、なんでも美味しくなるのじゃ! 常識じゃ!』
「ずーっと、こんな感じなんですよ、どうしたら買ってくれるんでしょう?」
「いや、俺にも、それはわからないっす」
『な、なんじゃ、ふたりともっ! 言いたい放題ではないかっ、妾は…』
「ん? なんですか?」
『うぬぬ。イヤなものはイヤなんじゃ! フンじゃ!』
「あははっ、勝ちましたね」
「いろはさん、フンにも、じゃ!がつくって……ぶははっ」
『………。』
「あ、拗ねちゃいましたね……まずいかな」
「大丈夫っす。いろはさんの特技は、拗ねたフリっすよ」
『………。』
「あ、そろそろ着きます。タイガさんの側に下ろしていいですか?」
「了解っす! すぐ戦闘態勢、入れるっす」
「僕は、綿菓子のまま、いや、透明化して、あちこち、治療行きますね。動ける人数を増やさなきゃ、この数はキツそう」
「えっ? でも、冒険者達に正体バレないっすか?」
「うーん、ま、うまくやります」
「了解っす」
タイガは、厄介な相手と対峙していた。帝王と呼ばれる上級アンデッド、とある星の神の側近のひとり。
彼の認識阻害スキルが半端なく、どう動きを読んでも、かする程度にしか当たらない。
それに彼の体力は無限に近いようだ。そもそもアンデッドは簡単には死なない。タイガとしては分の悪い相手だった。もう一人いればな……。
「お待たせっす!」
突然、相棒が目の前に現れた! その上には、青い霧状のふわふわした……ライトか? あれ? 消えた?
その瞬間、何かが背中から……いや、体内に直接流れ込んでくる。回復魔法か?
「タイガさん、軽く回復しました。転がってる人も治して来ますっ」
「ライトか? 全く気配わからんかったわ〜」
「はい。いま能力、両方使ってますので。では!」
「あ、あいつ、こんな能力…っ。話には聞いとったけど、ちょっとなんや見た目も思ってたんと違うな。もっとダークな感じかと思っとったわ」
「綿菓子っすからねー」
「甘ったるいアイツにぴったりやんけ、そのあだ名」
「むふふっ。命名、俺っすよ」
「さて、ほな、片付けよかー。かなり厄介やけどな」
「了解っす」
タイガは、大剣を持ち上げ上段の構え。ジャックは細身のレイピアをスッと抜く。そして、ダンッ
二人は同時に地を蹴る。
帝王と呼ばれる上級アンデッドは、彼らの剣をミスリードさせる。
だが、ジャックが剣にイナズマを纏わせ彼の足元を横に大きく斬る。彼はそれを回避するため飛ぶ。それを予測していたタイガは、彼が着地するだろう場所に大剣を勢いよく振り下ろす。
「うっぐ、っつ、おまえらは、女神の番犬か!」
タイガの剣の風圧で、帝王は大きく体勢を崩す。すかさず、ジャックが背後をとる。
キィン!
ジャックの剣を、彼は振り向きざまに受け止めた。次の瞬間、ジャックが懐剣を彼に投げつけ、後ろに飛ぶ。すかさずその場にタイガが放ったイナズマが落ちる。
ドゴーンッ! !
ジャックが手放した剣を伝って、雷撃の激しい火花が踊る。彼は避けきれない!
「くっ、つ、我に小癪な真似を!」
仕上げの一太刀だ! タイガは大剣に炎を纏った、そして、ブヮンッ!! 辺り一面が一瞬にして激しい炎に包まれ、タイガは奴を突き刺す! グシャッ!
確かな手ごたえを感じたが、なにか違う。
「仲間を身代わりにしたのか…」
タイガに突き刺され、燃え上がったのは、あのアンデッドではない。
「フッフッフ……そんな野蛮な剣をくらわば、再生に時間がかかりますからね。しかし、女神の番犬が4匹ですか……ちと、邪魔くさいですね。また今度、気が向いたら遊んであげますよ」
そして、帝王と呼ばれる上級アンデッドは、スッと消えた。
「どこかに転移っすかね」
「逃げたんちゃうか。もうこの星からアイツの気配は消えたしな」
「配下を置き去り……っすか」
「もともと捨てゴマのつもりやったんやろ」
「冷血というか、あ、アンデッドには血はないっすね」
「だろうな。さて、置き土産を始末しよかー」
「了解っす」
僕は、レオンさんを探した。
(居た! あ、気絶してる? まさか! えっ)
僕は慌てて、レオンさんの元に向かう。その辺りにはバケモノはいない。タイガさんより先に来ていた二人にすべてのバケモノが集まっていた。
霊体化していると動きが遅いし、方向を変えるたびに風魔法を使うから効率が悪い。僕は、霊体化を解除! そして、透明化はそのままで、レオンさんの元に駆け寄った。
(よかった! 生きてる!)
僕は、右手だけを霊体化させ、レオンさんの身体の中にスッと入れる。そして回復! よし!
体内で直接魔法を発動させると、僕でも簡単に回復させることができた。
「う、う……うん」
「レオンさん! 大丈夫ですか!」
「あ、うん?誰だ?姿が見えない……俺は死んだか?」
「ライトです! レオンさん、生きてますから」
「坊やか、えっと……どうなって…どこにいる?」
僕は、透明化を解除! そしてすぐまた透明化!を念じた。
「え? いま、一瞬見えたが? 透過魔法か!」
「そんな感じです。身体大丈夫ですか?」
「ああ、すっかり回復して……これは、おまえがやったのか?」
「はい」
「坊や、回復魔法を思い出したんだな、しかし凄いな」
「あはは。あの…」
僕は、リュックを下ろし、手さぐりでポーションを手当たり次第に出した。30〜40本出せたかな。ちょっとリュックが重くなってたから、これで動きやすくなる。
(透明化してるとリュックまで透明で、見えないんだな)
魔ポーションも、2本出てきた、よし。僕の手を離れると、ポーションは実体化していった。
「レオンさん、新作できたんです。回復魔法を使える人がいれば、渡してください。普通のポーションも渡しておきます」
「まじか! 助かる。え? 魔ポーションだと?」
「はい。じゃ、僕は、気絶してる他の人も少しずつですが回復してきます。不足分はポーションで回復してもらってください」
「な、おまえ、危険すぎる…」
「姿だけじゃなくて、気配も消しますから、大丈夫です」
そして、僕は、霊体化!を念じる。
「なっ?」
「これで大丈夫ですよね」
「ああ。坊や、すごいな」
「ありがとうございます。では!」
そして、僕は、他の人達の回復に向かった。




