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219、湖上の街ワタガシ 〜 チチ風味の足湯?

「はーい、1位の人、決まったよー」


 ヲカシノ様の声が風に乗って、どこからか聞こえてきた。


 それとほぼ同時に、あちこちでバタバタと走り回っていた人達が立ち止まった。彼らは猛烈にグッタリしているようだった。


「やっと、街が静かになっただ」


「ふふっ、ほんとですねー」


 さっき、急に、この街のどこかにある自分の家を探す競争が始まったんだ。でも、僕もベアトスさんも、のんびりとこの街の散策をしていたんだ。



「発表するから、泉のある広場に集まってー」



 その声のあと、僕達が歩いていたメインストリートの先に、アドバルーンのようなものが上がった。


「あの場所に、泉があるのでしょうか」


「んだな。しかしこの街は、ほんとにおもちゃ箱のようだな」


「女神様が作られたからですよね」


「ティアちゃんと呼ばないとしばかれるだ。ヲカシノさんも、たいがい変わってるだ」


「あー、あとルー様も…」


「この街は、主にヲカシノさんと、めが…じゃなくてティアちゃんとで設計しただ。俺も城の隠居者も、かなり手伝わされただ」


「そ、そうなんですね。僕は全く知らなかったです」


「ライトさんには秘密にしていたようだ。驚かせる方が面白いと言ってただ。たぶん、ライトさんは忙しいから配慮したんだと思うだ」


「そっか…」


「それに、まだライトさんにはこれから仕事が待ってるだ」


「えっ? 何を?」


「この街の仕上げだ。いま、まだこの街は外からは見えないだ。ただの湖に濃い霧がかかっているようにしか見えてないだ」


「えっ」


「霧が晴れたら、皆ここを調べに来るだ。もう異変に気付いて、取り巻いている奴らもいるだ。湖が、今までとは逆に魔力を放っているから……思いっきりバレてるだ」


「そうなんだ」


「この霧がかかっている間は、この街はまだ安定していないから、作り変えが簡単なんだ。ライトさんの家も、霧があるうちに手直しするだ」


「あ、まだ、探してなかったです…」


「たぶん、この街の中心にあると思うだ。あの泉の場所が、この街の中心なはずだよ」


「じゃあ、発表を聞いたら探してみます」


「んだな」



 僕達は、メインストリートをまっすぐ、アドバルーンを目指して進んでいった。


 泉のある広場は、まるでコロシアムかのように石壁でぐるりと囲まれているように見える。


 その石壁が視界に入ったあたりから、街の景色は変わり、ただの空き地が広がっていた。


「この辺りは、ただの空き地ですね。道だけは作られているけど…」


「んだな。あの城壁の中に広場があるだ。城壁の外は、確か、ほとんどが空き地になっていたと思うだ」


「城壁? 城があるのですか?」


「城にするかは、ライトさんのセンス次第だと思うだ。街の中心には、この街のいろいろな仕事をする場所を作る必要があるだ」


「あー、なるほど。市役所のようなものか…」


「ん? 市役所? ライトさんの故郷では城を市役所と言うだか?」


「あ、いえ、いろいろな役人の詰め所のようなもののことです」


「ふぅん。俺にはピンとこないだが…」


「ですよね〜」



 僕達がまっすぐに進んでいくと、城壁はアーチ状にくり抜かれていて、特に門もなく広場に入ることができた。


 広場は、かなり広かった。円形に城壁に囲まれ、アーチ状にくり抜かれた門が8ヶ所あった。


「ベアトスさん、この街のメインストリートは8本あるんですか?」


「えっ? なぜ知ってるだ?」


「あ、あのアーチ状の門が8ヶ所あるから…」


「すごい洞察力だな。この広場を中心に放射状に8本の大通りがあるだ。この街には草原から、8ヶ所の入り口があるだ」


「へぇ、じゃあ草原の8ヶ所の入り口、どこから入っても、まっすぐに進めば、この広場にたどり着くんですね」


「んだ」


 そういえば、地底の大魔王様の村というか街も、塔を中心として放射状に道が広がっていたよね。この世界の街づくりの基本形なのかな?




 広場には、この街の協力者達が集まっていた。みんな集合するの早い…。


「ライトが遅いのじゃ!」


「すみません、でもまっすぐに歩いてきただけで…」


「さっさと仕上げをするのじゃ! 泉の水がただの水じゃ!」


「えっ?」


「この泉は、魔道具じゃ! さっさと名物にするのじゃ」


「名物って、綿菓子? 水を綿菓子になんて…」


「ちがーう! ポーションにするのじゃ! さっさとやるのじゃ!」


(な、なんか、めちゃくちゃ機嫌が悪い?)



 意味がわからず、ボーっとしていると、少女は、泉に駆け寄り、そのふちに立って水をパシャパシャ…。


 それから、彼女は、ふちから中央へ続く渡り廊下のような石をポンポンと飛び跳ねて、泉の真ん中へと渡った。


 泉の中央の水がチョロチョロ出ている場所へ階段を使って上り、チョロチョロ出ている水を飲んで顔をしかめていた。


「ライトがこの広場に来ても、まだただの水なのじゃ!」


(なぜか、少女が怒ってる…)



「泉までが、飾りの泉なんだな」


「えっ?」


「石造りの飾りの泉なんて、初めて見ただ」


「あ、そっか。そうですね」


「ライトさん、たぶんあの泉に触れないと、あの魔道具は起動しないだ。リュックの分体として作ったんだと思うだよ」


「えっ? あ、じゃあ、いってきます」



 僕は、泉のそばに移動した。そして泉のふちに触れてみた。


 さっき、女神様はこのふちに立って水をパシャパシャと蹴っていたけど、確かに蹴りたくなるかもしれない。かなり広い。近寄るとプールのようにも見える。


 水に手を入れてみると、かなり温かった。あー、これ、足湯みたいだな。このふちに座って、素足をつけると気持ち良さそう。


 僕がそう考えた瞬間、ふちの形が変わった! え?


 ふちの幅がぐんっと広がり、ふちに座って、足湯しやすくなったんだ。ちょっと広すぎる気もする。これでは、ふちに座らないと、水には触れないね。あ、でも巨人族とかだとこれくらいの幅は必要か…。


 すると、少女は、広いふちに戻ってきて不思議そうにしている。まぁ、放置でいいか。



 泉の中央には、オブジェのようにも見える噴水台のようなものがあった。その中央へは、2ヶ所、ふちから渡り廊下のような石が続いている。


 僕はその石の渡り廊下をわたり、中央の噴水台に近寄った。上の水がチョロチョロ出ている部分は高い位置にあるので、台についている階段を数段上がった。


 チョロチョロ出ている水は、とても冷たかった。この湖の水なのかな?



『おーい、始めるぞ』


(ん? リュックくん、何を?)


『女神がここの泉はポーション飲み放題にしろと言ってんだよー。衛生的に無理だっつーに』


(えっ? どうするの?)


『まぁ、ポーションなんて無理だが、軽い治癒効果くらいじゃねーか? 上のは飲めるようにしてもいいが、下のそれは、さすがにダメだろー』


(だよね。バリアで衛生面を守るには、この泉は大きすぎるもんね)


『あぁ、誰かが毒薬を入れようとするかもしれねーしな。まぁ、適当に乗っ取るからあとは任せた』


(えっ? 僕が何を?)


『は? いつもおまえが考えたものをオレが具体化してるだけじゃねーか。どーするか、オレには考えられねー』


(あ、そ、そっか、うんわかった)


 リュックくんは、スルスルと紐を出して、このオブジェにブスっと突き刺していた。


(石にも突き刺さるんだ…。その紐、すごっ)


『あとは、任せる』


(あ、うん)



 僕は、再びオブジェに触れた。ぐんっと思いっきり魔力を吸われる感覚に、僕は少し驚いた。


(ちょ、ちょっと、遠慮ないね…)


 足湯なら、もう少し温度が高くてもいいかな? 足をつけると疲れが取れるといいね。あと持病の神経痛が治るとかも嬉しいかな?


 上のチョロチョロ出てる公園の水飲み場の部分は、別の効能だといいよね。体力回復は無理ってリュックくんが言ってたけど、怪我を治すくらいなら可能かな?



 そう考えていると、チョロチョロ出てくる水が白くなってきた。そして、ココナッツの香りやパイナップルの香りがふんわりと広がってきた。


 下の足湯を見ると、わずかに湯気が出ていて、乳白色に染まっていた。入浴剤を入れたような色だ。


 この香りは、上のチョロチョロ水じゃなくて、足湯から立ちのぼっているようだ。


(南国気分満タンなこの香りは、チチかな?)


 僕は、上のチョロチョロ水を飲んでみた。うん、チチだな。

 わずかに体力が回復するような気がしたが、どこかに説明書きが出てないかな?



 チチというのは、ウォッカ、パイナップルジュース、ココナッツミルクをシェークして作る甘めのカクテルだ。


 トロピカルカクテルの定番として知っている人も多いだろう。アルコール度数も低めだから、お酒に弱い人でもチャレンジできるカクテルだ。

 ココナッツは好き嫌いが分かれるが、口当たりがよく飲みやすいカクテルなんだ。



 僕が階段を下りると、オブジェをジーっと見ている少女とぶつかりそうになった。


(真下で、何してんの?)


 彼女の視線の先には、この泉の名前と、さらに説明書きが出ていた。




『治癒の足湯』


『治癒ポーション、体力をわずかに回復する。

 上の冷泉は、飲むと怪我を治す。下の温泉は、足をつけると持病や疲れを癒す効果がある』



(チチ風味の治癒ポーションかぁ。いいね)




 説明書きを読み終えた少女は、階段を駆け上がり、上のチョロチョロ冷泉を飲んだ。その表情には、やっと笑顔が戻っていた。


「これは何じゃ? 甘いのじゃ」


「チチというカクテル風味ですね」


「ふむ。足湯とはなんじゃ?」


「足をつける温泉ですよ」


「なんじゃと? 足の温泉じゃと?」


「はい」



 すると少女は、階段から下の泉に飛び降りた。

 バシャーン! と派手な水しぶきをあげている。足湯だと言ってるのに、少女は肩まで浸かっている。


「あの、それでは普通に温泉になってしまうので、ふちに座って、足だけをここに入れるんですよ」


「なぬ? それなら先に言うのじゃ。服がびしょ濡れじゃ」


 そう言って、少女は僕をジト目で見る…。あ、乾かせということ? 自分でできるくせに…。


 いつの間にか、泉のふちに立っていた少女に、僕はシャワー魔法をかけた。彼女は、うむ、と満足気に頷いた。


「素足をつける方が気持ちいいと思いますよ」


「この温泉は、甘くないのじゃ。匂いは甘いのに、騙されたのじゃ」


(飛び降りたときに、飲んじゃったのね…)


「足湯は飲むものじゃないですよ。飲むのは、上の冷泉ですよ」



「うむ。ライトは、このまわりもなんとかするのじゃ。壁の向こうのは学校じゃ。それに必要なものを城壁のまわりに作るのじゃ」


「え? どうやって作れば?」


「ただイメージすればよい。精霊の霧が、それを具体化するのじゃ」


「学校って、どんな学校ですか? 年齢とか…」


「すべての種族のための学校じゃ。学ばぬから、貧しい者はいつまでも貧しく、争いが終わらぬのじゃ。学びたいすべての年齢の者が、魔法や剣術、そして学問を学ぶ学校じゃ」


「わっ、すごい! わかりました」



 僕がそう返事すると、少女はうむと頷き、チビっ子や獣人の少女達を手招きしていた。


 そして、お子さま達の、足湯体験が始まった。



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