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218、湖上の街ワタガシ 〜 マイペースな少女ティア

 僕はいま、驚きのあまり言葉を失っていた。


 目の前の湖には、どどーんと、大きな街が浮かんでいたんだ。ん? 浮かんで? 水の上の街って沈まないの?



「名前はどうするか、考えておるのか?」


「へ? 何の名前ですか? ティア様」


「ちがーう! ティアちゃんじゃ」


(はぁ、まだ言うか…)


「それはこっちのセリフじゃ! 何度教えればティアちゃんと呼ぶのじゃ?」


「僕、何も言ってないですよ。勝手に頭の中を覗かないでください」


「なっ? なにをケチなことを言っておるのじゃ」


「いや、ケチも何も…」


 僕達がまた、つまらない言い争いを始めたことで、ホケ〜っと湖の街を見ていた人達は、我に返ったようだ。


 そして、一気に騒がしくなった。


 湖の上に街があることで、さっきの魔族の心配は、一気に吹っ飛んだようだ。


 草原に他の星とを繋ぐ門ができても、すぐ隣接するのは湖の上の街だ。他の星からの訪問者は、まずこの街を訪れるだろう。




「あの、この街は…」


 フリード王子が、僕にというより女神様に話しかけていた。あ、女神様じゃなかった、ティア様だったね。


「皆にも説明しておくのじゃ」


 少女がそう言うと、騒いでいた人達は静かになっていった。かなり強制的に黙らせたりもしていたが…。


「その前に、この街の名は……どうするのじゃ?」


「えっ? 名前よりもどうなっているかの説明が先ではありませんか?」


「ダメじゃ! 物事には順序というものがあるのじゃ。それを守らねば、しまらぬではないか」


(みんな、名前なんてどうでもいいと思ってるよ…)


「だから、ライトは甘っちょろいのじゃ」


「僕は、何も言ってませんよ?」


「ふむ。ライトが長を務める街は、ライトの名をつけるのじゃ」


「へ? 嫌ですよ、そんな…」


「では、名を考えたのか?」


「考えてません」


 ふむ、と考え込む少女を、みんながジッと街の説明を待って見つめていた。名前なんて、後から決めればいいと全員が思っていると思う。


 そんなみんなの様子は、わかっているはずなのに、あちこち見渡しながら、ふーむと考えている…。



「わかったのじゃ! 甘っちょろいライトの街じゃから、ワタガシにするのじゃ。そして街の名物を綿菓子にするのじゃ!」


「ええ〜? ワタガシなんて名前、しまらないんじゃないですか?」


「ワタガシ名物の綿菓子、完璧ではないか」


「はぁ…。もしかして僕の死霊の姿が綿菓子みたいだからですか?」


「そうじゃ。完璧じゃ!」


「まぁ……はぁ…」



 街の名前と名物が決まったことで、やっと、少女はみんなの方を向き、話を始めた。


「ここにおる皆は、ライトの協力者だということで間違いはないか? いまならギリギリセーフじゃ。抜けることができるのじゃ」


 少女は、最終確認だというように、皆の顔を一人一人見ていた。あれは、きっと頭の中、覗いてるよね。


 だが、誰も抜けるとは言い出さなかった。このような確認をするということは、敵対しそうな奴がいるのかな?


 そもそも、なぜ、こんなにしつこく確認をしているのだろう? この街が出来上がるショータイムを見せるかどうかの確認じゃなかったのかな?


「ふむ。全員が協力者なのじゃな」


 そう言われて、皆、コクコクと頷いている。


 あ、クライン様とルーシー様は、腕をぶんぶん振っていた。これって、ノリノリなときの癖だよね。




「では説明を始めるのじゃ。この湖上の街ワタガシは、ライトが長を務める。そして湖底の街は神族の居住区となり、その一部には、湖を守る精霊ルーの部屋もあるのじゃ」


(えっ? 湖底にもあるんだ)


「湖底には、神族や精霊そして下級神以外は、ここからは行けぬ。じゃが、女神の城と繋いでおるから、湖底に行きたいときは、いったん女神の城に来ればよい。虹色ガス灯広場から、湖底の街に行けるようになっておる」


(女神様の城って、祭り以外でも行けるの?)


 あ、そう言えば、居住区には神族以外の人がいるって言ってたよね。だから、カフェで内緒話をするときは、女神様は個室をとるんだっけ?


 もっと大切な話をするときは、女神様の自室のある城の中庭に入らないとダメだったよね。


「ん? あー、商人しか通常時は城への出入りはできなかったが、この島を繋いだことで、城の虹色ガス灯広場付近だけは常に開放することになったのじゃ」


 それを聞いて、タトルーク様はなぜか歓声を上げていた。あ、治療院が好きなんだっけ。


 その様子をチラ見し、いや若干睨みつつ、少女は話を続けた。



「湖上の街ワタガシじゃが、いまここにおる全員の家を作ってあるのじゃ。ここを守り発展させるのが、おぬしらの使命じゃ」


 それを聞いて、皆、おもいっきり驚いていた。僕も驚いたが、なるほど、このための最終確認だったのか。


 もしかすると、名前を決めると言っていたのは、時間稼ぎだったのかな?


 妙な所に凝る女神様のやることだから、皆の頭の中を見て、それぞれに合う家を作ったんじゃないかという気がしてきた。


 すると、女神様、じゃなくてティア様は、僕をジト目で睨んだ。なるほど……当たりだね。



「ここに来ていない者も、共に利用することができるように、少しは余裕を設けておるのじゃ。空き地部分は、自分達で好きにするがよい。ただし、街を害するようなものを作ると、ライトに殺されるかもしれぬから注意が必要じゃ」


(な、なんで僕が殺すとか言うの? 当てた腹いせ?)


 すると、みんなの視線が僕に集まった。なんだか、ゴクリと唾を飲み込んだ人もいる。妙なものを作る気だったわけ?


「この街の警備は、とりあえずライトの兵が担うのじゃ。街に住む者は、すぐに増えてくるのじゃ。ライトは頼りにならぬから、自分達の街は自分達で守るのじゃ」


(ま、まぁ、僕に頼られても困るもんね)


「さぁ、みんなの街じゃ! どどーんと、楽しい街にするのじゃ」



 少女の、締めになっていない締めの挨拶で、みんなは、わっと歓声を上げた。


(まぁ、盛り上がってるからいっか)



 自分の家が街にあると言われ、それが気になり家について話している人が多い。でも、どうやって自分の家を探すんだろう?


 挨拶を終えた少女は、僕の元に駆け寄ってきた。そして、アゴでくいくいと、街の方を指している。


「なんですか? 言ってくれないと意味が…」


「チッ! 自分の家を探しにいく、よーいドンの掛け声が必要じゃろ。街長としての初仕事じゃ」


「どうやって自分の家を探せばいいのですか?」


「は? 頭でも打ったのか? そんなもの、近づいて、鍵が開くのが自分の家に決まっておるのじゃ」


「あー、居住区の鍵と同じ? ん? 鍵、もらってないですよ?」


「皆には既に渡しておる」


「いつの間に?」


「湖を見て、ホケ〜っとしておったときじゃ」


「そ、そうなんですね」


「さっさと、号令をかけるのじゃ!」


「えっと……なぜ、よーいドンが必要なのですか? みなさんに、街に入ってゆっくり街並みを見てもらえばいいのではないですか?」


「ダメじゃ。1位になると景品がもらえるのじゃ」


「へ?」


(また、なんか……遊びを考えたのね)


「遊びじゃないのじゃ。真剣勝負じゃ!」


「また覗く…。ん? もしかしてティア様も参加するのですか?」


「当たり前のことを言って焦らす作戦なのか? セコイのじゃ」


「いや、別に…。って、ティア様は街を作ったから、家の場所がわかるからズルくないですか? というより、ティア様の家もあるんですか?」


「ここにおる全員だと言うたではないか。はよ、はよ」


 そう言うと、また、アゴをくいくいと…。はぁ、よくわからないけどスタートの合図をしようか。


 チビっ子ふたりもウズウズしている。珍しく、獣人の女の子達もソワソワしている。


(うん、子供向けイベントね。景品って何だろう?)


「景品は、ヲカシノが作るお菓子の家じゃ!」


「えっ?」


 それを聞いて、魔族がやる気を出している。なぜ? キャンディの家が欲しいのかな?


「ヲカシノの作るお菓子の家は、完全結界が付されておるのじゃ。みんな欲しがる」


「へぇ…」


「はよ、はよ!」


 僕は、皆をぐるりと見渡した。半数以上が、自分の家探しゲームに参加するようだ。

 女神様の、何でも遊びに変え、それに引き込む力はハンパないよね。ある種の才能だと思う。




「じゃあ、皆さん、湖上の街で自分の家を探してください。いきますよー。よーいドン!」


(よーいドンって、恥ずかしい…)


 すると、その合図でピューッと一番に駆けだしたのは、女神様、じゃなくてティア様だった。


(マジで?)


 それに負けじと、チビっ子達、そしてその他の参加者達が一斉に駆けだした。


 女神様は、自分が全力で遊ぶことで、まわりもそれに巻き込んでいくスタイルのようだ。




「ライトさんは、参加しないだか?」


「ベアトスさん、僕は体力には自信がないので…」


「あはは、だな。しかし、あの子達の家も用意してもらってよかっただ。地上では居心地が悪そうだったけど、ここなら多少背が高くても大丈夫だ」


「そうですね。他の星からの移住者にとって、この島が一番、居心地もいいでしょうし」


「んだな。街の外は、かなりの強者だらけだから目立たないしな。地底の巨人族も、この島にナワバリを持っているようだしな」


「彼女達にとって、住みやすい街にしなきゃですね」


「ワタガシのことだか?」


「はい。というか、その名前おかしいですよねぇ」


「女神様…じゃなかったティアちゃんのやることは、へんてこりんだから仕方ないだ」


「ですねー」


「あの幻術士も、ここに家ができただな。よかっただよ、彼はずっと玉湯のホテル住まいらしいだよ」


「あー、うん、そうですね」


「しかし、変わった街だな。それにロバタージュよりかなり広いだ」


「変わった街ですか?」



 僕は、ベアトスさんといろいろ話しながら、街の中を散策した。僕としては、なんというか落ち着く街だった。


 基本は石造りで、この世界ではよくある雰囲気だけど、メインストリート沿いには、街路樹があり、整備された感じの小川も流れている。


 また、昭和な感じのアパートのようなものが並んでいたり、開店前のコンビニのような店舗も並んでいる。


 あ、そっか。建物が木造だったり、コンクリートっぽい角張ったものだったり…。これは、この世界では見たことがない。


 いろいろな文化が寄せ集められたかのような、そんな街だった。


「街の中に、こんな飾りのような木が生えているのは初めて見ただ。川も、飾りの川だな」


「僕は、とても懐かしい田舎の感じがします」


「これは、かなりライトさんの記憶から作り出されたみたいだな。科学の国は、こんなに街が整備されているだな。なんだか、おとぎ話や空想の世界に飛び込んだような不思議な気分になるだ」


「ふふっ、魔法の国とは随分違いますからねぇ」



 僕は、この街を気に入ったかもしれない。うん、ちょっと頑張ろうという気になってきた。



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