216、名もなき島 〜 混乱の地の支配権
「老師様、俺に何を決めろっていうの?」
「ふっふ、いま、ちょっと困ったことになっているんだよ。この地のナワバリについてなんだが…」
「この地は、巨亀族の地なんじゃないの? だから老師様が守りに来たんでしょ?」
「クライン、それがな、いったん混乱の地になってしまったから、支配権はこの場をおさめた者に移るんじゃよ」
「老師様のものになるの? でも、大魔王が地上に支配地を持つと神族が警戒するからダメだって爺ちゃんが言ってたよ」
「わしらは、いまは大魔王ではないがの」
「元大魔王もダメだって言ってたよー」
「だろうな。地上を混乱させてしまうからな。では、この地は誰のものだ?」
「巨亀族が人族とケンカして、ライトが仲裁に来て、他の種族が奪いに来たんだよね?」
「あぁ、メトロギウスは、ずっと見ていたのか…」
「爺ちゃんは、あちこち見てるよ。最近はこの島はずっと見てる」
「だろうな。わしらもずっと見てるからな。クラインも事情がわかっているなら話は早い。この地は誰のものだ?」
元大魔王タトルーク老師は、まるでクライン様を試しているかのようだった。まだ5歳、いやもう6歳だったか? そんな子供にこのような問いかけは無謀なんじゃないの?
でも、クライン様は、うーんと考えている。そして、何かをひらめいたのか、パッと顔を上げた。
「ライトのものだよー。でも、ライトはたぶん支配地はいらないって言うから、ライトが一番好きな種族を選べばいいんだ」
「それは、クラインの地だということになるのか?」
「違うよー。俺はまだ成人していないから、支配地は持てない。それに、この混乱に悪魔族は参加してないよ」
「ほう! なんて無欲な…」
「支配地を統治するチカラがないのに、支配地を持っても無駄じゃんかー」
「な? ふっふっふ、ライトさんは変わり者だと思っていたが、その主君の方が上だったか。ふぉっほっほっ」
タトルーク様があまりにも笑うので、不安になったらしく、クライン様は僕の顔を見た。
僕は、クライン様にニッコリ微笑んで、うんうんと頷いてみせた。すると、クライン様はホッとした顔をしている。
そして、クライン様はまわりをグルリと見渡していた。みな、クライン様の視線が自分に向くのを望むかのように、必死にアイコンタクトをしているようだ。
大魔王の孫という立場、そしてまだ子供であるということから、あからさまに直接主張してくる者は居なかった。
魔族の国では、一定の知能を持つ種族は、子供は成人するまでは互いに保護しているようだ。だからこそ、子供は大人に堂々と意見が言える。その中で、個性が育ち、考える力のある大人に成長していくのだろう。
子供をしいたげる種族が多い中で、真逆の教育方針から優れたリーダーが生みだされていくようだ。
魔族は、主要な種族ごとに魔王がいるわけで、このような育て方をすることで、のちの魔王となる器が備わっていくのかもしれない。
(クライン様が、魔王になる日は、くるのかな…)
優しいクライン様は、悪魔族の魔王には向かないような気がする。まぁ、このまま大人になるとは限らないけど。
「クライン様、僕は選べないです。そもそもの魔族の考え方や価値観がよくわからないのです」
「そっか。じゃあ、ライトと仲良くなりたいのは誰?」
そう言うと、クライン様はまたクルリと見渡した。仲良くなりたい人と問われて、みな戸惑っているようだった。
「クライン様、みなさん困ってるみたいです。僕が死霊だとわかって、死霊と仲良くしたいとは言えないんじゃないでしょうか?」
「うーん、それじゃあ、仲良くなりたい人はいないの?」
「爺は仲良くなりたいですぞ。ライトさんがいないと、わしらは寿命に怯えて暮さなければならないのですからな」
「あ、老師様は何千年か若返ったんだっけ? でもまだ爺さまなんだね」
「わしらは億の年月を生きているからな」
「んー? 億?」
「クライン様、千よりずっと上の位ですよ」
「よくわからないけど、いっぱいなんだね。わかったー」
すると、クライン様は、皆の顔を一人ずつじっくりと見ていった。悪魔にジッと見られることが何を意味するのかはわからない。でも、皆、クライン様から目をそらしていた。
さっきは、見られようとしていたのに、今度は避けている。よくわからない行動だった。
「クライン様、何をされているのですか?」
「ん? みんなの頭の中を覗いてるんだよー」
「えっ? 何を考えているのかわかるのですか」
「色しかわかんない。でも、ライトに逆らうかどうかはわかるよ」
「すごい…」
「でも、老師様は見えないな」
「爺は、嘘はついていませんよ」
「僕の頭の中も見えるんですか?」
「ライトは、見る必要ないじゃん。俺の配下1号なんだから」
「そっか。ふふっ、なんだか嬉しいです」
「ん? そう?」
「はい」
そしてクライン様は、うーんと考え込んでいたが、わからなくなったのか、微妙な表情をしていた。
「巨亀族でいいよー。老師様がわざわざ来たんだから、きっとそれが一番いいよー」
そう宣言したものの不安そうな顔をして、僕の方を向いた。僕は、うんうんと頷いたら、クライン様はニコニコすぎるほどの笑顔になった。
(かわいい〜)
自分の主君だからというひいき目もあるかもしれないが、僕は、クライン様の考え方や行動力には、人を惹きつける力があると思う。
まだこんなに幼いのに、驚かされることばかりだ。これは、大魔王メトロギウス様の英才教育の賜物なのだろうか。
「巨亀族か。クラインありがとう。ライトさんもそれに異論はないですか?」
「ありませんよ。クライン様の方が僕より、魔族の事情には精通しておられますから、最適な判断をされたんだと思います」
「そうですな。では、混乱の地の支配権は、もともとの巨亀族に戻ったということで…。他の皆さんも、それでよろしいですな?」
元大魔王に、そう言われて反論できる者などいないようだった。力こそ全て、というのはある意味、統制しやすいのかもしれない。
(でも、すぐにまた混乱が起こるんだろうな)
僕としては、僕が長を務める湖付近は、できれば、ずっと味方でいてもらえる種族の地であってほしいと思った。
草原には他の星と繋ぐ門を作るというんだから、ただでさえ、争い事が多くなりそうなんだ。
それなのに、その周辺の地も、戦乱がちだったりすると、それが飛び火してくるリスクもある。
(あ! そうだ!)
「クライン様、草原とこの地の境あたりに、クライン様の小さな領地をもらいませんか?」
「ん? ライト、何?」
「湖には、僕が長を務める予定の街ができます。草原は、ヲカシノ様が守る地ですから混乱はないはずですが、その近くが戦乱になるのは困るのです」
「うん? ライト、何を言ってるかわかんない」
「説明が下手くそですみません。クライン様にこの地と草原との境界線を守ってもらいたいのです」
「なーんだ。俺に、魔族がここでケンカしないようにしてほしいのか。いいよー」
「ちょ、ちょっと、ライトさん」
この話を遠くで見守っていた悪魔族のハンスさんは、慌ててこちらへとやってきた。
一方で、タトルーク様は、何かジッと考えているようだ。僕の意図がバレているような気はする。
「はい、ハンスさん、まずいですか?」
「クラインはまだ成人していないので、支配地を持つことはできませんよ」
「クライン様が成人されるまでの間、ハンスさんが代理をしていただくというのは無理ですか?」
「えっ? そ、それは無理ではないですが……ええっ?」
「ハンスさんは、もともと大魔王様の元で働かれていたのですし、能力的にも問題はないですよね。それに、クライン様のお爺様だから、保護者としての代理も大丈夫ですよね」
「ま、まぁ…」
「なるほど、ライトさんの考えがわかりましたぞ」
「あはは、タトルーク様には見抜かれているとは思ってましたよ」
「ふむ。ここに、大魔王直系の悪魔族を配置して、壁にする気ですな。魔族がどれだけ争いを繰り返しても、それが草原に飛び火しないようにと…」
「ええ、そうです」
「なぬ? 肯定するか?」
「はい」
まぁ、見抜かれるのは仕方ない。どうせ隠しても、そうだろうという疑惑は生まれてくるのだから。
また、これだから死霊は……と、グタグタ言われそうだけど…。
でも、魔族の争いが、草原に飛び火しないようにするには、大魔王の直系がいることが、絶対的な効果があるはずだ。
「はぁ、ライトさんの考えは、爺にはわからぬ」
(ん? ばっちり当たってますよ?)
「老師様、ライトさんは、我ら一族との対立をなんとかせよとおっしゃっているのではないかと…」
「巨亀族と悪魔族の対立か?」
「ええ。隣接する領地を、ライトさんが監視できる場所に置くことで、試されるつもりかもしれませんね」
(そんなこと、考えたこともないよ)
「なるほどな。そう考えると、先程のライトさんの発言はしっくりくるな」
「でしょう?」
「ふむ……元大魔王を生み出した種族と、現大魔王の種族の対立が激化することが、そもそもの戦乱の根源だということか」
「それだけでもないですが、その対立がなければ、大規模な戦乱は減りそうですね。対立を無くすことなど、できる気はしないですが…」
「ふむ。だが、この島ではその対立を無くせと言われているのだろうな…」
僕は、何も考えていないのに、話がドンドン不思議な方向へと進んでいった。
そして、この二人の話は、他の魔族も興味深く聞いているようだった。
さらに、フリード王子達も、何やらこのことについての話をしているようだ。
精霊二人と、ルーシー様は、こちらのことなど聞こえていないかのように、キャッキャと大騒ぎしている。
皆の視線が、なぜか大騒ぎしている3人に集まった。別に見るつもりではなく、賑やかだから自然と視線が集まっただけなのだろうが…。
「ちょ、見られてるじゃない。あんたがうるさいからでしょ、なんとかしなさいよ、バカ!」
「ボクのせい? コミュ障を治すいい機会だから、何の用事かみんなに聞いてきなよー」
「あたい達が、うるさかったのかもしれないの」
「ルーシーちゃんは気にしなくていいよ。ルーがバカだから、何も考えずに騒ぐんだよー」
「なんですって!」
「ほら、それが迷惑なんだよー。真面目な話をしてる横で騒ぐから」
「でも、勝手にあの人達、妄想してるだけじゃない。ライトはそんなこと…」
「バカ娘! 何も考えずに話をしちゃダメって言ってるでしょー。はぁ、少しは空気読みなよー」
「ふたりともケンカしないでー」
ルーシー様に優しい笑顔を向けた後、ヲカシノ様は、ふわっとこちらへやって来た。
「ボクも、クラインが壁になってくれるのは賛成だな。爺たちがごちゃごちゃ言ってるけど、そんなのどうでもいいんじゃない?」
ヲカシノ様の言葉で、この場がシーンと静まり返った。
(どうでもいい、ってまずくない?)




