215、名もなき島 〜 ライト、泣きそうになる
「い、いったい、なぜ悪魔族の子供が?」
いま、僕の目の前には、僕を背にかばい立つクライン様とルーシー様がいた。
二人の悪魔族のチビっ子の突然の登場に、僕は驚いた。
この小競り合いを止めにきた元大魔王タトルーク老師は、僕よりさらに驚いているようだった。
少し遅れて、もう一人、保護者が登場した。
「あー、もうほんとに勝手に地上に出たらダメでしょうが。ん? おやおや……老師様、本当に?」
「おぬしはハンスか。ということは、この子達はもしや…」
「ええ、大魔王様の直系の子孫ですよ」
「一体なぜ?」
「メトロギウス様は、元大魔王の動向は常に監視されていますからね。新しい島へ、老師様が行かれたのではないかと聞きまして」
「いや、それならなぜ子供が来る? 危険であろう? わしらとは敵対関係にあるのじゃぞ?」
「敵対関係にあるからこそ、彼らは飛び出してしまったのです。追いかけるのも大変ですよ。老師様、まさか子供に手出しはしませんよね?」
「当たり前だ。だが、なぜ……この子達は、何をしておる?」
クライン様は、キッと、元大魔王タトルーク老師を睨みつけていた。ルーシー様は、その横でオロオロしているようだけど…。
「タトルーク様、彼らは、僕を守りに来てくださったようです」
「は? なぜ…」
「この少年、クライン様は、僕の主君ですから」
「えーっ!?」
タトルーク様は、訳がわからないという顔をしている。他の魔族も似たような反応だった。一気にその場がざわついた。
(まぁ、そうなるよね)
ざわつく魔族の中を、ふわっとやわらかな風が吹き抜け、精霊ヲカシノ様が僕のすぐそばにやってきた。その顔は、ものすごくワクワクしているようだ…。
「ねぇ、キミには、悪魔族の主君がいるのー?」
その声に振り返ったクライン様は、あっ! と、驚きの声をあげた。ルーシー様も、うわっ! と叫んだ。
「ライト、そいつヤバイ奴だ。夢の国の王子だぞ」
「ん?」
「戦闘狂だって、爺ちゃんが言ってた。子供にも容赦しないから近づくなって」
「へぇ、この姿なのに見抜かれたかー。さすが、大魔王の孫だねー」
ヲカシノ様は楽しそうにニヤニヤしている。
一方で、クライン様とルーシー様は、先程の勢いは失速し、明らかに動揺しているようだ。
だけど、クライン様は、今度はヲカシノ様から僕をかばうように、移動した。その小さな肩は少し震えている。
(ほんとにクライン様は…)
僕は、小さな主君が必死にかばってくれる姿に、思わず涙がこぼれそうになった。
(いつも、僕のことを守ってくれる)
「クライン様、ありがとうございます。もう大丈夫です」
「ライト、この状況で大丈夫じゃないだろ、バレバレだぞ」
「そーよ、そーよ」
「お二人が来てくださったから、大丈夫になりましたよ」
「えっ? そうなのか?」
「えっ? そうなのー?」
「ふふっ、はい、大丈夫です。僕も元気をもらいました」
「よくわからないけど、よかった」
「よくわからないけど、よかったの?」
僕は、きょとんとしている二人に、やわらかく微笑んでみせた。クライン様は緊張が解けたのか、少し泣きそうになっていた。すっごく怖かったんだろうな。
「ライトさん、本気で言っているのか? そもそもなぜ、主君が配下を守る? 逆だろう?」
「タトルーク様、クライン様は僕が戦う力のない頃から、いつも守ってくださっています。僕達はそういう関係なのです」
「それは、主従とは言わないだろう?」
「ライトは、俺の配下1号なんだ! 老師様でもあげないからね!」
「第1配下ですと? 同族でないばかりか、彼は…」
「種族は関係ない。俺はライトを守ってやると約束したんだ!」
「えぇっ? それは逆でしょう?」
「タトルーク様、逆じゃないですよ。ですが、僕も主君を守ります。もし彼に危害を加えようとするなら……それが貴方であったとしても、殺しますよ」
僕は、あえて笑顔でそう言った。
「なるほど、純粋な者ほど恐ろしい。それにあのチカラを見せたあとに、余裕の表情でそんなことを言われると、背筋が凍りますな」
この話を聞いていた魔族も、ギクリとしているようだった。やはり笑顔で怖いことを言うと、腹黒い人には効くんだね。
「へぇ、このチビっ子に危害を加えようとすると、殺されるんだー」
ヲカシノ様が、なんだか妙なことを言っている。彼はふわっと浮かび上がり、くるりと空中で一回転して降りてきた。
クライン様とルーシー様が、ギクリとしたのがわかった。他の魔族も、身構えている。
ヲカシノ様の姿は、大人の姿になっていた。夢の国の王子という名の通り、王子様のような雰囲気だ。だが、この姿は、戦うときの姿だっけ。
(何かする気?)
僕は、チビっ子ふたりにバリアをフル装備かけた。
ヲカシノ様の意図はわからないけど、こんなに二人を怖がらせている。僕は、彼をまっすぐに見た。
「ふふふ、やだなー。わかったよー」
ヲカシノ様は、再びふわっと浮かび上がり、空中でくるりと一回転した。そして、少年の姿に戻った。
「何をする気だったんですか」
「確認しただけだよー。キミの展開が速かったからさー。ちょっと驚いた。一瞬で覚醒できるんだねー」
(え? あ、そういえば、景色が青く染まったか)
「それに、キミの配下も、一瞬で戦闘態勢に入るんだねー。どういう訓練してるの? 幻術士なんて、配下になったのは最近でしょ?」
「別に訓練なんてしてませんよ。それに、僕も何も命じてないですし」
「なるほどね〜。だから、キミがこの湖を任されるんだね。勝てる気しないや」
「えっ? あー、リュックくんは強いから」
「うーん、まぁ魔人だけなら、なんとかなりそうだけどねー。魔力の供給を断てば、長期戦はできないでしょ」
「結界ですか…」
「ふふっ、正解ー。キミに結界は通用しないけどね。くぐり抜けちゃうでしょー?」
「さぁ、どうでしょう?」
「ふふふ、ヤバイなぁ。キミ達、楽しいねー」
ボンっ!
(ん? この音って…)
「はぁ、もう。いい加減にしなさいよ!」
「やっぱり…」
「な? なんだよ。引きこもりコミュ障バカ娘が、何か用事?」
「あんたの悪い癖が出たから止めてこいって、強制的に転移させられたのよー! どうしてくれるのよ、バカ!」
「ふぅん、それはもう終わった話だよー。来るのが遅すぎたんじゃないのー? しっかし、その服なんとかならないの?」
「なっ? 何か文句あるの?」
「目が痛い……バカっぽい、いや、バカだったな、間違えたー」
「なんですって? 凍らせるわよ」
「バカか。ボクは何もしてないよー」
「魔族の様子がおかしいじゃない。あんたのしわざでしょ」
「あー、それは少年のせいだ」
「少年って、誰よ! ライトのこと?」
「ライトもだけど、その主君だよー」
「へ? ライトの主君?」
そう言うと、パッションピンクと黒の服に身を包んだ精霊ルー様は、僕の方をジッと睨むように…いや、めちゃくちゃ睨んでいた。
あ、これはアレだ…。たくさんの人に注目されていることに気づいて、どうにもならなくなったんだ。
僕のことを睨むフリをしているが、僕を見ているわけじゃない。どこを見ればいいかわからなくて、目が泳いでいる。
そんなルー様の様子を見て、ヲカシノ様はニヤニヤしている。なんだろう……ヲカシノ様に腹が立ってきた。
「ルー様、ちょうどいい機会だから紹介します。僕の主君のクライン様と、その許婚のルーシー様です」
そう言うと、ふたりのチビっ子は、ルー様の方を向いた。
「はじめましてー」
「はじめましてー」
「えっ、あ、う、うん。はじめまして」
ルー様は、チビっ子相手にオロオロしていた。暴言をはかないように必死なのかもしれない。
「精霊ルー様は、雪山の氷のクリスタルを守る精霊なんですよ。僕の覚醒をしてくださいました」
「えっ? そうなのか、覚醒……?」
「覚醒ってなぁに?」
「ふふっ、僕は闇の暴走がひどくなってきてしまって、それを整えてくださったんです」
「ライトの不調を治したの?」
「ライトの不調を治したの?」
「はい、治してくださいました。覚醒したばかりだから、まだ僕が上手く使えないんですけど…」
「そっか、精霊ルー、ありがとう」
「精霊ルーって呼び捨てちゃダメよー」
「えっ、だって、精霊だろ?」
「でも、ライトを治してくれたのよ?」
「そっか、えっと、ルーさま?」
「そうね、ルーさまね」
ふたりのチビっ子にルーさまと呼ばれ、居心地の悪さが限界にきてしまったらしいルー様は、僕をキッと睨んでいる。
「おふたりとも、ルー様は、敬語は好きじゃないみたいなので、普通に接する方が喜ばれますよ」
「そうなの?」
「そうなの? ルーさまはイヤ?」
「ルー様の居住区では、住人の人達には、ルーちゃんって呼ばれてますよ」
「じゃあ、ルーちゃんにする」
「じゃあ、ルーちゃんにする。あれ? あたいもルーちゃん?」
「ルーシー様は、ルーシー様ですよ。ルー様と名前が少し似てますね」
「うん、嬉しいな。こんなかわいい精霊さんと名前が似てるって」
「ん? かわいいですか?」
「ルーシー、失礼かもしれないぞ」
「だって、フリフリスカートかわいいし、すっごく似合ってるもん」
「そっか、ルーシーはピンク好きだもんな」
「うん! あたい、ルーちゃんと仲良しになりたい」
そう言われて、ルー様は戸惑っている。また僕の方をめちゃくちゃ睨んでいる。えーっと……どうしろと?
「ルーシー様、ルー様は、親しい人には言葉遣いがとても乱暴なんです。だから、傷つけてしまうのではないかと心配して、初対面の人と話すのは苦手みたいなんです」
「じゃあ、ルーシーから話しかければ問題ないな」
「えっ? うん、そうする」
そう言うと、ルーシー様はルー様の元へパタパタと走って行き、ニコニコ笑いながら何か話を始めた。
ルー様は、1対1だとまだ話せるようで、その顔に笑顔も戻ってきていた。
「ルーシー様って、人と話すの上手なんですね」
「ん? ルーシーも悪魔族だからな。話術は得意なんだぞ」
「あ、そっか。悪魔族だ、そうですね」
いつの間にか、ヲカシノ様も、女子ふたりの会話に乱入していた。ヲカシノ様が入ることで、ルー様はいつもの話し方になっていた。
でもそれをルーシー様は気にする様子もなく、ワイワイ賑やかに話を盛り上げている。
(ほんと、悪魔族ってすごい話術…)
「いやいや、大魔王様の直系の子は、すごいですな。わしらが躊躇する精霊ふたりを相手に、完全に溶け込んで、対等に渡り合えるとは…」
「老師様、まだライトをいじめる気なの?」
タトルーク様が話しかけてくると、即座にクライン様が僕をかばうしぐさをされた。
「ふっ、なるほどな。クラインだったか……おぬしはいずれ、魔族の国の主要な地位につくだろうな」
「意味がわからないよ」
「ふっ、そのうちわかる。自分の配下に頼りすぎるなよ?」
「タトルーク様、クライン様はそんな方ではありませんから」
「ふっふ、ならよい。そうだ! ライトさんの主君に決めてもらおうか」
(な、何を?)




