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212、名もなき島 〜 湖のほとり

 僕は、いま新しい島に降り立ったばかりなんだ。


 以前に来たときは、邪神ほいほいの小屋の中から、そのまわりを『見た』だけだったから、実質、今回が初めて来たようなものかな。



 いま、湖というより海のように見える、大きな湖のほとりにいる。この湖の底に、ルー様の部屋を作るということだっけ? 街も湖底にできるのかな?


 湖にできる街の長をすることに決まっていた僕は、あまりにも広い湖に戸惑っていた。


 でも、空気が澄みきっていて、気候も温暖で心地よい。とてもいい場所だとは思う。


 この湖は、底が見えるほど透明で美しかった。


 ただ、何も生き物がいないかのような、少し妙な感じがした。近寄ると魔力を吸い取られるような、チカラが抜けるような違和感を感じたんだ。


(ヲカシノ様も変だって言ってたよね)



 湖のまわりを『見て』みると、グルリと草原に囲まれている。

 そしてそのまわりは、一部に山が広がっているけど、ほとんどは海か。この場所は、海に近いんだ。


 僕の右側の草原の先で、マナがふき出している場所には港町のような町が出来ていた。あれは魔族の町か。


 山が広がっている先の濃いマナがふき出している場所は、戦乱中のようだ。魔族と人族が小競り合いをしている。

 あの人族はあっちの国の人達だろう。ヲカシノ様は帝国側と呼んでいたっけ。


 僕の左側のもう一方の海に面した場所には、王宮の旗が立てられていた。そのあたりにはマナのふき出しはない。




「ねぇ、ボクの担当ってこのアヤシイ湖のまわりの草原すべてかなー?」


「ヲカシノさん、そう聞いてるだ。直接、女神様から言われたんじゃないだか?」


「うーん、なんかギャンギャンうるさかったから、よく覚えてないんだよー」


「この草原には、外の星からの門が作られるだ。だから、ヲカシノさんがこの草原の担当だと聞いただ」


「えー。ってことは外からの侵略者が、この草原に来るわけ?」


「星の結界が消えたらそうなるかもだな」


 すると、なぜかヲカシノ様は顔を輝かせた。なぜ? 喜んでる?


「へぇ…。それは楽しそうだね。この草原になら、マシュマロを落としても、プリンの雨を降らせても、誰も文句を言わないね」


「ちょ、湖がマシュマロやプリンだらけになると困りますよ?」


「あー、キミが長をするんだっけ。それなら、ガードすればいいじゃない。バリアは得意でしょ?」


「えっ? この広い湖をですか?」


「ん〜、このままじゃ厳しいよねー。魔力を吸い取られる感覚が気持ち悪いよね」


「あ、やっぱり、この違和感って、魔力を…」


「うん、湖が吸収しているようだね。なんだか変な湖…。あの人のしわざかなぁ」


「ん?」


「いや、なんでもないよー。違ったらまたギャンギャンうるさいことを言われそうだし」


(あー、女神様ね…)




 この草原に降り立ってから、アレコレと何かをしていたベアトスさんが、こちらへと近づいてきた。


「王宮の調査隊と合流予定なんだけど、来ないだ」


「あちらの海の方に、王宮の旗が立ってますけど」


「ナワバリを主張する旗だよ。フリード王子の調査隊が来ているはずなんだが…」


「えっ? フリード王子?」


「王国の人族なら、湖の向こう側の山のふもとで、魔族と小競り合いしてるよー。ちょうど草原の切れ目あたりかな」


「な? 海の方と言っておいたのに、山の方だか?」



 僕は、さっき見つけた濃いマナのふき出している山のふもとを『見て』みた。


 あー、ほんとだ。警備隊の制服が見えた。たぶん王宮にいるエリート達なんだろう。

 フリード王子の姿を探してみたが、見つけられない。


(ねぇ、フリード王子の場所わかる?)


 僕は、心の中で呟いてみた。生首達がこの島にいるかわからなかったけど、すぐに頭の中に映像が流れてきた。生首達、ほんとすごい偵察隊だね。


 この湖が背景に映っている。戦乱のあの中にいるようだ。



「あの戦乱の中にいるようです。ちょっと僕、行ってきます」


「えっ? ライトさん、相手は魔族じゃないだか?」


「あー、そうですね。では〜」


 僕は、足元に集まってきていた生首達のワープで、湖の向こうのフリード王子の元へと移動した。





「ベアトスさん、ボク達も行こうよー。面白そう」


「えっ、俺、戦えないだよ」


「ボクが、守ってあげるからさー。魔道具出してー」


「見るだけだよ? 参戦しないだよ?」


「うんうん。あの少年の能力を見てみるのも面白いじゃない」


「はぁ、ほんとに守ってくれるだな?」


「任せてー」


 ベアトスは、獣人の女の子達も連れて、湖の反対側へとワープする準備を始めた。





「えっ? ライト?」


「フリード王子、こんにちは。待ち合わせに遅れてすみません。ただ、待ち合わせ場所は海の方だったそうですが」


 僕が生首達のワープで、フリード王子の目の前に現れたのを見て、警備隊の制服を着た人達は、一斉に僕に剣を向けた。


「おい、おまえ達、誰に剣を向けている?」


「フリード王子、すぐにお助けします」


「は? 何を言って…」


 警備隊の制服を着た人達は、僕をフリード王子から引きはがそうと、剣をふるった。


 僕は、バリアをフル装備かけ、そして倍速! を唱えた。彼らの剣を避け、落ち着かせるために少しフリード王子から離れた。


「こしゃくなマネを!」


「おまえ達、やめなさい! 一体どうしたというのだ?」


 すると、僕の目の前に、幻術士カースが現れた。


「ライト、コイツら、操られてるぞ。解除しようか?」


「そうなの?」


 と、話している間を、警備隊の剣がかすめた。


「ライト、バリアくれ」


「わかった」


 僕は、カースにバリアをフル装備、そして呆然としているフリード王子にもフル装備かけた。


「術士は?」


「魔族の後ろにいる」


「魔族の味方?」


「いや、撹乱して、両方を潰そうって魂胆だろう」


「わかった」



 すると、近くにベアトスさん達がワープしてきた。ヲカシノ様が、なんだかワクワクしている。


「妙な精霊が来たな…」


「ヲカシノ様だよ」


「アイツ、夢の国の王子って言われている戦闘狂だぜ。でもあの姿……参戦しに来たわけじゃないな」


「ん? わかるの?」


「あの子供の姿では戦わないだろう。魔族の国で、暴れてるときは大人の姿だ」


「そ、そうなんだ」



 警備隊は、やたらと僕を狙う。避けていても諦める気配がない。ひたすら剣をふるってくるばかりで、何も考えていないようだ。


 エリートなら、避けられるとわかったら攻撃方法を変えるはずだが…。操られていると考えられないのかな?



「術士の能力が低いんだよ」


「そっか、わかった。カースは、フリード王子が操られないようにして」


「あぁ、そのつもりだ。おまえ、乗り込むのかよ」


「調査隊の魔族との交戦を止めてくる」


「ふっ、やっぱりな」


「ん?」


「思ったとおりの言葉だったから、ちょっと笑けた」


「そう? よろしくねぇ」




 僕は、生首達のワープで小競り合いをしている真ん中に移動した。


 突然現れた僕に、王宮の調査隊は驚いていた。魔族は、すでにわかっていたようで、迎撃態勢に入っていた。


 僕に、魔族側から火が降り注いだ。軽い挨拶のつもりなんだろう。ただ、その攻撃範囲は広く、人族も狙ったということか。


 バリアを張った僕は、何のダメージも受けないが、調査隊は防御が甘く、かなりの負傷者が出た。


 僕は、怪我人に回復魔法を唱えた。そして、彼らを背にかばうようにして、魔族の方を向いた。



「あの、貴方達は、なぜ弱い人族を攻撃しているのですか?」


「はぁ? なんだ、おまえ。白魔導士か?」


「僕はライトです。この人達と湖の反対側で待ち合わせをしていたのですが、来ないので迎えに来ました」


「人族か。コイツらは、俺達のナワバリに踏み込んできたから排除しようとしただけだ」


「そうでしたか。彼らは王国側の人族なので、この島のことがよくわからないんですよ。正直、僕もよくわかってないんですけど」


「ほう、人族の国のヤツらが、この島に? ここは弱肉強食の世界だ。とっとと島から出ていくんだな」


「この島は広いのですから、別に弱い人族がいても問題ないでしょう? そもそも、ここは、その人族の国に近い位置にあります」


「濃いマナがわいている地は、俺達が支配する。弱い人族にチョロチョロされるのは目障りなんだよ」


「じゃあ、貴方達の背後にいる妙な術士なら、チョロチョロしてもいいのですか? 呪術か幻術を使う他の星からの迷い子のようですが」


「何?」



 魔族の背後にいた奴らは、慌てて姿を隠した。だが、その行動が奴らの命とりになった。

 後方にいた魔族が、派手な雷撃を辺りにドカドカと落としていた。


「チッ、逃したか…。アイツら、チョロチョロと…」


「これで、お互い様ですね」


「はぁ?」


「弱い人族は貴方達のナワバリに気づかず踏み込んでしまったかもしれませんが、貴方達の背後に忍び寄る別の存在を教えてあげましたから」


「だからなんだ?」


「小競り合いはこれにて終了ということで。では、失礼します」


 僕は、魔族に背を向け、調査隊の人達にフリード王子がいる方へ移動するようにと促した。



「おい! ちょっと待て」


 思っていたとおり、やはり呼び止められた。僕は、魔族の国スイッチを入れた。うん、はったりスイッチだ。


 僕は、ゆっくり振り返った。小競り合いをしていた魔族は、その剣のおさめ方がわからないようだ。

 力こそ全てなりという彼らは、決着のつかない状況で、見逃すわけにはいかないのだろう。


「まだ何か?」


「このまま、見逃すとでも思ったか?」


「見逃す方がいいと思いますよ。貴方は、僕のことを知らないようですね」


「は? おまえのような弱い人族を知るわけないだろう。俺達は、誇り高き巨亀族だ。人族の攻撃など、甲羅ですべて弾く」


「誇り高い種族なら、弱い者イジメはしないのではないですか」


「ナワバリをけがされて、黙っている我々ではない」


「はぁ…。それは知らなかったのだろうと説明しましたよね?」


「言葉では偽りやもしれぬ。力を示せ」


「はぁ…。貴方達を殺せばいいのですか」


「なんだと? 弱い人族の分際で」


「人族ですが、ただの人族ではないですよ? わからないのですか?」


 彼らは、完全に戦闘態勢に入っている。後ろを振り返ると、調査隊はフリード王子のそばまで下がっていた。


 その後ろには、ニヤニヤわくわくしている少年がいた。彼がいれば、フリード王子達は大丈夫か。




 僕も、ちょっと試してみたいと思っていた。僕は、剣を抜いた。


「白魔導士が剣を使うのか? 杖だろう? 普通」


「僕は、ただの白魔導士ではないですよ」


「はん、おまえを潰して、人族への見せしめにしてやる!」


(は? 見せしめ?)


 僕は、その言葉にカチンときた。相手が自分より弱いと思うと上から目線で……その上、見せしめのために殺そうというのか。


 僕の身体から闇が一気に溢れ出した。そして、僕の視界が赤く染まった。


(えっ? 覚醒したのに、暴走? どうして?)



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