211、ヲカシノ山 〜 幻想世界の精霊の役割
僕はいま、おだやかな、風の気持ちいい草原にいる。
草原に置かれたテーブルセットに座り、みんなで美味しい紅茶と一緒にスイーツを食べていたんだ。
「ヲカシノさん、ライトさんの覚醒の仕上がりを試したんじゃないだか? なぜスイーツ勝負になっただ?」
「だって戦闘力が見えないんだよ? でも、スイーツ勝負にしたのも失敗だったよ。ボク、今日は冴えないな」
「はぁ、相変わらず負けず嫌いなんだな。まぁ、でも、ヲカシノさんのケーキの方が美味しいと思うだよ?」
「味でボクが勝つのは当たり前じゃない。食べたくなるスイーツ対決をしたんだよ」
「あー、なるほど。ライトさんのは何だかわからないから食べてみたくなるだ。芋の表面がパリパリしていて不思議なスイーツだな」
「黄金芋の甘さを、こんなにも引き出したスイーツだよ。はぁ、ボクが負けを認めてあげたんだよ」
「そのあたりは、いさぎよいだな」
「ふふふっ。また、ここに来たことがない番犬、連れて来てよね」
「はぁ、まただか? もういないだ」
「えーっ……じゃあ、新しい番犬が増えたらでいいよ。ベアトスさんはボクの配下なんだからねー」
「はいはい、わかっただ」
僕が作った大学いもは、その意外な見た目から、みんな興味を持って食べてくれた。
チョコレートフォンデュのようにフルーツにアツアツチョコレートをかけたのは、賛否が分かれていた。でも、珍しいからか、結局きれいになくなっていた。
僕のことをずっと怖れていた獣人の女の子達は、なぜか急に僕を怖れなくなっていた。
ベアトスさんの解釈では、ご飯をくれる人には懐くのだと言う。でも、まだ懐かれているという気はしない。
これまでは、何もしていないのに異常に怖がられていたから、まぁ、よかったということにしておこう。
「そうだ、キミが勝ったら、好きなものをあげるって約束したよね。何が欲しい?」
「えっ! あ、何も考えてませんでした」
「ふぅん。まぁ、考えておくといいよ」
「はい、ヲカシノ様、ありがとうこざいます」
「で、キミは何をしに来たんだっけ?」
「えっと、ベアトスさんが…」
「ふぅん、もしかして、ベアトスさん、ボクをすぐに島へ移動させるつもりだった?」
「はは、バレただか。んだ、あの島の上空と繋いで、ヲカシノさんの守る草原に目印をつけてもらいたいだ」
「そのために、この少年が必要なの?」
「んだ。ライトさんにもこの幻想世界とあの島の位置を把握しておいてもらいたいだ」
「えっ? 僕ですか?」
「んだ。この幻想世界は侵入者を弾くだ。出入りしたことがないと、きっと弾かれるだ」
僕には、ベアトスさんの言葉の意味や意図が全くわからなかった。
この世界には外からは入りにくいのかな? でも、ベアトスさんは魔道具でここに来れたから、生首達なら大丈夫じゃないのかな?
そもそも、なぜ、ここと新しい島の行き来ができるようにさせたいんだろう?
「あの、ベアトスさん、僕がここに行き来する必要があるんですか? それに、たぶんこの風景の記憶があれば、ここに来れると思います」
「あー、ライトさんは、ヲカシノさんのことを何も知らないだな。勝手に入ろうとすると排除されるだ」
「えっ? 強い精霊だと、ルー様から聞いていますが、ワープも排除するほどですか?」
「んだ。ハンパない結界力があるだ」
「ベアトスさん、わざわざ、ボクが担当する草原に目印をつけに行く必要なんてないと思うよー」
「はぁ……目印だけでは無理だか」
「えっ?」
「ベアトスさんが、運べばいいんだよー」
「いや、自力で行き来できるようになってもらいたいだ」
(もしかして、方向オンチ?)
あ、そういえば、ルー様が、ヲカシノ様は現実と幻想の区別があやしいとか何とか言ってたっけ?
「もしかして、幻想世界にいるから、現実世界だと動きにくいのですか?」
「ん? 動きにくいわけじゃないよー。でも現実世界って道がさー、続いてるでしょ?」
「はい?」
「ボクの世界では、行きたい場所がすぐに現れるんだよ。でも地上はさー、行きたい場所にわざわざ行かなきゃならないでしょ」
「へ? はい…」
「指を鳴らしても、出てこないんだよー。不便でしょ」
「えっ? す、すみません、僕の理解の限界を超えてしまいました…。全くわかりません」
そう言うと、ヲカシノ様は驚いた顔をしている。えっ? 僕、そんなにおかしい?
「ヲカシノさんの常識は、すべてが非常識なんだよ。だから、ルーさんにバカにされるだ」
「精霊ルーの方が、何万倍もバカでしょ。あの子、引きこもり治ったのー?」
「簡単には治らないだよ。あ、マシュマロ爆弾はダメだって、怒ってただよ」
「あれは、ボクのせいじゃないよ。ボクの救済だからね」
また、僕は話がわからなくなってきた。僕が、ボーっとしていると、ベアトスさんが説明を始めた。
僕だけでなく、獣人の女の子達も、頭が混乱していたようだった。
「はぁ、説明するだ」
「あ、はい」
ヲカシノ様は、新たなスイーツを用意して、みんなのテーブルに配っていた。指を鳴らすだけですべてが整うようだ。魔法なのかな?
「まず、ヲカシノさん自身についてだが、幻想世界の王様のような感じなんだ。この世界に出入りするすべての人を、配下にしたいらしいだ」
「へぇ。お菓子の国の精霊なんですよね?」
「ボクはお菓子の精霊だけど、ここは国じゃないよ。何もないんだ。だから守護獣もいない。代わりに妖精達がたくさんいるけどね」
「そうなんですね」
「ボクは、動物以外のものは、ほとんどすべて、お菓子に変えることができるんだ」
「あ、だから雪がマシュマロに…。でも、何のために?」
「俺は、ヲカシノさんの仕事がわからないだ」
「ん? ボクは、すべての人の心を守ってるんだよ。戦乱で心が擦り切れ、朽ち果てそうになって助けを求める人達を、この世界に招待するんだ」
「へぇ」
「そして甘いお菓子で癒したり、お菓子で報復をしたり、場合によっては天災を起こして傷んだ心を修復するんだよー」
「ん? お菓子を食べさせたり、あ、天災ってマシュマロ爆弾?」
「ふふふ、傷の浅い子なら夢の中で治せる。でも報復をすることでしか救われない子もいる。だけど、命を奪う戦乱では傷が深くなるばかりで救えない。だから驚くような天災を起こすんだよ。みんな、スッキリした顔になるよー」
「ストレスを発散させるんですね」
なるほど、少しわかってきた。不思議な精霊だな。
獣人の女の子達は、理解することを諦めたらしく、ヲカシノ様が新たに用意したスイーツを食べて、嬉しそうな顔をしていた。
「ヲカシノさんに会うには、ヲカシノ山に登るだ。もしかして、登ってきた人をすべて救済しているだか?」
「うん、そうだよー」
「ヲカシノ山は、現実世界にあるんですね」
「ん? ないよー」
「へ?」
「ライトさん、地上の山の頂上近くで祈ると、ヲカシノ山の頂上に招かれるって言われてるだ。草原なのに、山頂だと思われてるだ」
「どの山で祈るのですか?」
「どこの山からも来れるよー。キミ達は、ルー雪山から来たでしょ」
「あ、はい。え? 頂上じゃなかったような…」
「うん、頂上じゃなくてもいいんだ。ボクが見つけることができればいいだけだからねー」
「なるほど」
さっきから、ベアトスさんが言っていた新しい島への行き来の話も少しわかったきた。
担当する草原に目印があれば、ヲカシノ様が自力で見つけて、移動できると考えたのかな?
そして、生首達がヲカシノ様の結界で排除されないように、この幻想世界から新しい島への道を作っておく必要があるのかもしれない。
いや、道? じゃないよね。出入りする許可証みたいな…。なにか記録みたいなものを残せるのかな?
たぶん、ベアトスさんが動けないときに、ヲカシノ様が迎えに来いって言ったら、僕が運ばなきゃならないんだろうな。
そうならないためにも、自力で行き来できるようになってもらいたい。うん、僕もそう思う。
でも、もしかしたら幻想世界から、現実世界の小さな印を探すことは大変なのかもしれない。どうすればいいのだろう?
「じゃあ、そろそろ新しい島に行くだ。島の上に行ってほしいだ」
「ベアトスさん、また今度にしない? なんだか今日は気が乗らないんだよー」
「ヲカシノさんは、地上に行くのに気が乗る日があるだか?」
「ん〜、はるか昔には、そういう日もあったかもしれないよー」
「一緒に同行したい人達が、もう着いたらしいだ。待たせるのはマズイだ」
「あれ? ここで少年の覚醒を試すんじゃないの?」
「そう言って、どうせまた別の勝負をしてうやむやにする作戦だってことは、わかってるだよ」
「はぁ、疑り深くなったよねー」
「だいたい、ヲカシノさんの考えは、わかるだ。ささっ、新しい島の上に…」
「仕方ないなー」
そう言うと、ヲカシノ様はパチンと指を鳴らした。ふわっと、優しい風が吹いた。
「おーっと、そこでいいだ。行きすぎるだよ」
「はぁ、そんな急に止まれないよ? マナがふき出してる場所じゃないのー?」
「マナがふき出す場所は、どこも、ほぼもう支配者が決まったみたいだ。目的地は湖だよ」
「湖って、あれのこと?」
ヲカシノ様が指差すと、いま僕達がいる草原が透きとおった。突然、足元がガラス板にでもなったかのような感覚に、僕も獣人の女の子達も驚いた。
そして、足元の下には大陸があった。いや、これが新しい島なのかな? かなり広い。大地のあちこちから、マナの強い光が空へと昇っていた。
でも、湖にはマナはわいていないようだ。まるで避けられているかのように、湖のまわりの草原にも、人の姿は見えなかった。
「んだ。あの湖のまわりの草原が、ヲカシノさんが守る草原だ」
「あの場所って、逆に魔力を奪われるんじゃないのー? なんだかおかしいよー」
「俺には、わからないだ。とりあえず草原に降りるだ」
「はぁ…。草原のどこに?」
「王宮の調査隊が来ているはずだから、その近くに降りたいだ。無理ならどこでもいいだ」
「キミ達を降ろせばいいんだねー」
「ヲカシノさんも行くだよ」
「王宮って、王国だよね? ボクは、最近はずっと帝国の方にいるからさー」
「ヲカシノさんは、帝国の精霊だっただか?」
「地上の、幻想世界の精霊」
「じゃあ、問題ないだな?」
「でも、王国の人族って、腹黒いから嫌いなんだよねー」
「あの人達は、ライトさんと親しい人達だから、少しタイプは違うだ」
「ふぅん。なら、いいけど…」
そう言うと、ヲカシノ様は嫌そうな顔をしながら、パチンと指を鳴らした。ふわっと優しい風に包まれ、僕達は、地上へ降り立った。
(すごい! 全然気持ち悪くならなかった)




