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210、ヲカシノ山 〜 何の勝負?

「ヲカシノさん、移住セットを持ってきただ」


「ベアトスさん、ありがとう。これにセットしてくれる?」


「了解しただ」



 僕はキョロキョロしていた。いま僕は、キャンディでできた家の中にいるんだ。そもそも靴で入ってよかったんだろうか。床もキャンディなんだよね。


 部屋の中は、甘い香りがする。フルーツっぽいようなミルクっぽいような、くすぐったい気分にもなる香りだ。



「キミは気に入ったみたいだね。女の子には不評だったのかなー」


「えっ? あ、はい、かわいい家ですね〜」



 僕の目の前にいるのは12〜3歳くらいに見える少年だった。ヲカシノという名前から、女性なのかと思っていたが、男の子なんだな。


 僕がキョロキョロしていたのは、童話の知識があるからで、全く何も知らない彼女達にとっては戸惑うばかりなんだと思う。

 童話の知識があるといっても、あの話はあまりよく覚えていなかった。確か悪い魔女が出てくるんだっけ?



 獣人の女の子ふたりは、ベアトスさんの作業を手伝うのか、ベアトスさんにぴったり寄り添っていた。

 というより、僕や、この不思議な家を怖れているだけかもしれないが。



「ライトさん、覚醒を試してみるなら、外に出てみるといいだ」


「ん? 何? キミ、覚醒したの?」


「あ、まだよくわからないのですが…」


「んだ。ルーさんのとこで覚醒しただよ」


「えっ? あのバカのとこで?」


(お互いにバカって言ってる?)


「氷のクリスタルを取り込んだばかりみたいだよ。まだ覚醒は試してないだ。ここなら大丈夫だからって連れてきただ」


「えーっと、ということはキミは強いのかなー?」


「いえ、どうでしょう?」


「ヲカシノさん、ライトさんは、移住先の近くの街の長になるだよ」


「えっ? もしかしてキミは、神殺しのアンデッド?」


「あ、はい、そう言われています…」


 そう返事をすると、彼はニヤリと笑った。な、何? 少年というより意地悪な爺さんのような…。


「じゃあ、ボクと勝負しよう。キミが勝ったら好きなものをあげるよ。ボクが勝ったら、キミを配下にしようかな」


「えっ……いや、でも…」


「ライトさん、彼はいつも同じことを言ってるだ。俺も配下にされたらしいだが、別に何も変わらないだ」


「は、はぁ。あの、ヲカシノ様に勝った人はいるんですか?」


「ふふふっ、負ける相手には勝負は挑まないからねー」


「あ〜、なるほど、賢いですね」


「ヲカシノさん、ならやめておく方がいいだ。無敗記録が止まるだよ」


「えっ? なんで? この子、弱いよー」


「弱くて神殺しできるだか?」


「なんか特殊な能力でしょ? この世界では神族の能力は使えないから」


「えっ…」


「ふふふ、ほーら、焦ってるー。さぁ、外に出て」



 精霊ヲカシノ様は、ワクワクしながらキャンディの家から外に出て行った。僕は、それについて行った。でも、不思議と不安な気持ちはなかった。




 外に出ると、気持ちのいい風が吹いていた。彼は僕のことをジッと見ている。あ、サーチされてるのかな。


 そういえば、ルー様が、ヲカシノ様のことをバカだけど戦闘力だけは高いって言ってたよね。かよわい少年に見えるけど、見かけにはよらないってことか。


「キミ、戦う気マンマンみたいだねー」


「えっ? 勝負するから外に出てって…」


 すると、僕の目の前に大きなトランプのようなものが3枚現れた。ん? トランプ勝負?


「好きなの引いてみてー」


「えっ、あ、はい…」


 僕は、一番右端のカードをめくってみた。え? 何? スイーツ?


「スイーツ? そっかぁ」


 そう言うと、ヲカシノ様は指をパチンと鳴らした。


 僕の横には、キッチンスタジオかというくらいの立派なキッチンセットが現れた。ヲカシノ様の横にも同じようなキッチンセットが出現していた。


「えっ? あ、あの…」


「ふふふっ、焦ってる、焦ってるー」


「あの、いったい?」


「キミがスイーツ対決を選んだからさー。アシスタントに妖精ふたりつけてあげるよ。みんなが食べたいスイーツを作った方が勝ちねー」


「えっ?」


「制限時間は砂時計が落ちるまで、始めっ」


「えーっ?」


「ふふふっ、負けたら配下だからねー」


「ちょ、ちょっと……えーっ?」



 僕が戸惑っている間に、スタートの合図と共に、砂時計の砂が落ち始めた。


 僕が呆然としていると、妖精さんがふたりやってきた。


「あなた、スイーツ作れるの? ケーキ作れるの?」


「い、いや、無理です…」


「じゃあ、配下にされちゃうわよ。女神様の代行者なんでしょ? いいの? 配下にされちゃっても」


「あ、いや、あの…」


「配下にされたら、ヲカシノってば、絶対むちゃぶりしてくるよ」

 

「えっ?」


「早く作らないと時間ないわよ」


「で、でも材料とか…」


「こっちに揃ってるわよー。他に欲しいものがあれば探してあげるわ」


「は、はぁ」


「あなたが勝てば、私達は配下じゃなくなるのよ。だから、絶対に勝ってね」


「えー…」


(責任重大じゃん…)



 僕は、キッチンセットを見た。この世界にしては近代的なセットだ。でも、水道もガスもない。コンロ台はあるけど、火は薪を使うんだな。


 フライパンや、鍋、あとピザ焼き窯みたいなものもある。窯なんて使い方がわからない。これがオーブン代わりなんだろうけど…。


 材料は、お菓子の素材らしきものが揃っている。小麦粉っぽいもの、砂糖、たまご、ミルク、バター、あと大量のフルーツと不思議な木の実や穀物?



「あの、ヲカシノ様は何を作るんでしょう?」


「たぶんフルーツたっぷりケーキじゃないかしら?」


「ケーキ…」


「この窯で焼けるわよ」


「僕、そもそも窯の使い方や温度がわからないです」


「じゃあドーナツは?」


「うーん。ん? 揚げ物の油があるんですか?」


「あるわよ。でも窯より油は難しいわよ」


 あ、穀物の中に芋がある。


「あの芋って、お菓子の材料なんですか?」


「ん? 黄金芋のこと? あれはスイートポテトに使う甘い芋なのよ」


「へぇ」


「スイートポテトは作れるの?」


「いや……作り方わからないです」


「えーっ! 何ができるのー?」


「あー、うーむ……あ、大学いもなら…」


「へ? 聞いたことないわ」


「とりあえず時間ないから、芋と、砂糖、水飴が欲しいとこだけどうーん適当に…。あと揚げ油」


「わ、わかったわ〜」



 僕はようやくキッチンに立った。フライパンに揚げ油を注いで薪に火をつけた。


 そして、芋を水魔法でさっと洗い、マイナイフで、あらく皮をむいていった。適度に皮が残る方がいいよね。そして、スティック状に切っていった。


 あく抜きのために再度水魔法でさっと洗い、風魔法で水分をとばす。そして、熱した油の中に投入した。


 芋が揚がるまでの間に、砂糖を水で溶かし火にかけ少し煮つめた。水飴っぽくなったかな?


 こんがり揚がった芋を、水飴もどきの鍋に投入し、からめる。


 そして砂時計を見るとまだ時間があるようだった。飾り付けにフルーツを使おうかな。



 妖精さんが集めてくれていたフルーツを手当たり次第、皮をむいて、飾り切りにしていく。


 僕は、前世ではバーテン見習いをしていたときに、飾りフルーツの担当だったから、フルーツの飾り切りは得意なんだ。


 このままだとすっぱいかもしれないと思い、溶かしチョコレートも飾りに使うことした。

 チョコレートは少し苦かったので砂糖とミルクをいれてヒート魔法を使って溶かし混ぜ合わせた。


(うん、魔法って便利〜)


 最後に、大学いもを積み上げたまわりに、飾り切りにしたフルーツを散りばめ、甘いミルクチョコレートをフルーツにかけた。


 ちょっとチョコレートフォンデュみたいな感じで、なかなかよい仕上がりになった。


(こういうの、夜の店のメニューにありそう)



「妖精さん、これで精一杯です」


「えっ、あ、うん。お花畑みたいだわ。こんな切り方があるのね」


「フルーツがお花になったわ。芋の味が気になるわね」


「芋を油で揚げるなんて、想像できないわ」


「揚げるお菓子って、ドーナツだけでしょう? あとはご飯になっちゃうもの」


「やだ、これ、ご飯になってたりして…」


「でも、見た目はスイーツよね。フルーツにアツアツのチョコレートをかけるなんて驚いたけど…」


「チョコレートフォンデュというスイーツがあるんですよ」


「へぇ、どんな味になるのかしら?」



 妖精さん達とそんな話をしていると、砂時計の砂が落ち、終了時間となったようだ。


 ヲカシノ様は、自ら作ったスイーツを手に持ち、こちらへとニコニコしながら歩いてきた。


「どう? キミ、スイーツできたのー? 作ってなかったら負け決定だからね」


「あ、一応、大学いもを作りました」


「何? それ? 芋? ん? フルーツにチョコレートをかけたの?」


「あ、いえ、まわりは飾りで、真ん中に積み上げているのが大学いもです」


 すると、ヲカシノ様は自分で持ってきたスイーツを、キッチンセットのテーブルに置き、僕の作った大学いもを不思議そうに見ている。


 ヲカシノ様は、妖精さん達が予想したようにフルーツがたっぷり乗っているケーキだった。美味しそう。パティシエもびっくりな出来だった。


「ヲカシノ様のケーキは、すごい上手ですね。ケーキ屋さんみたい」


「ん? そう? キミのはなんだか不思議なプレートだね。この草原のようだ」


 ヲカシノ様は、自分のサポートの妖精さんに話しかけていた。


「どっちのスイーツを食べてみたい?」


 すると妖精さん達は、少し戸惑っていた。両方のスイーツを見比べている。


「なるほどね、そっか。これはキミの勝ちかもしれないね」


「えっ? まだ味見もしていないのにですか?」


「味は、ボクの方が美味しいに決まってるよ。お菓子の精霊なんだからね」


「は、はぁ」


「ボクは、食べたくなる方が勝ちだと最初に言ったでしょ? ボクのケーキは味の予想ができるけど、キミのは食べてみないとわからない」


「え、あ、はぁ」


「ってことは、キミの勝ちでしょ。はぁあ、ベアトスさんの言うことを聞いておけばよかったな」


「無敗記録ですか」


「うーん。素直に戦闘にしておけばよかったかな? キミの能力が見えないから警戒したんだよねー。まさか、スイーツを作るなんて思わなかったんだけどな…」


「あー、たまたまです。さっき、ルー様が芋のことばかりだったから、なんとなく芋のお菓子を思い出して」


「神族は前世の知識があるんだっけ。はぁ、別のカードにすればよかったなぁ」


「もしかして、僕が選んだカードって…」


「うん、全部スイーツって書いてあったよ」


「えっ…」


 そう言うとヲカシノ様は、いたずらっ子のようにニカッと笑った。なんだろう……怒る気になれない。


「せっかく、番犬の配下が手に入ると思ったのにな…。まぁ、いいや、他の番犬、狙うから」


「えっ?」


「さっ、みんなでお茶にしよう」


 そう言って、手をサーっと振ると、テーブルセットと紅茶が登場した。キャンディの家にいた3人も、仕事が終わったらしく、ちょうど出てきたところだった。


「何の勝負をしていただ?」


「スイーツだよ。さっ、みんなでお茶にするよー」


 そして、強制的にお茶の時間に突入したのだった。




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