209、ヲカシノ山 〜 お菓子の精霊
僕はいま、ルー雪山の地下の精霊ルー様の居住地にいる。
さっき、ルー様が僕に氷のクリスタルを取り込ませ、そして覚醒してくれたんだ。
ただ、僕の闇が2種類あったことが事前にわからず、失敗したと落ち込んでるらしいんだ。
ルー様としては、2種類の闇をひとつに統合して安定させたかったみたいなんだけど、消えずに闇は2種類とも残ったことで、不安定なままらしいんだ。
ただ、何がどう失敗したのかは具体的に聞いていない。ルー様は、失敗したかもと言って、逃げるように僕の前から居なくなってしまったんだ。
でも、僕としては、もう一人の僕が消えなくて安心していた。
この身体は、もともとは、もう一人の僕のものなんだから、彼が消えてしまうのは、まるで僕が乗っ取ったかのような気になりそうで嫌なんだ。
それに、彼とはずっと一緒に戦ってきた。だからこれからもずっと一緒にいたいと思うんだ。
「ライトさん、体調は大丈夫だか?」
「ベアトスさん、はい、身体は軽いです」
「そうか。覚醒したら、ライトさんの通常戦闘力は、もっと上がると思ってただが…。やはり、ルーさんの言うように覚醒は下手くそに仕上がってしまったようだな」
「下手くそな仕上がりですか?」
「んだ。ずーっと、ライトが二人いるなんて知らなかったってブツブツ言っていただ。二人いるとわかっていたら、別のやり方を考えたのにって」
「でも、僕としては、もう一人の僕が消えなくてホッとしています。彼とは、この山に来たときにも少し話したんですけど、ちょっと消えそうになってるから…」
「それならいいだ。それよりライトさんの能力が、どの魔道具でも測れなくなっただ。俺は開発意欲に燃えてきただ」
「えっ…」
「覚醒前は、未知のエネルギーが検知できただ。でも今はそれがわからないだ」
「エネルギーが消えたのでは?」
「消えてないだ。こっちの魔道具を見るだ」
ベアトスさんが、オルガンのキーボードのような魔道具を出してきた。いくつかの音が鳴っている。
「楽器ですか?」
「危機探知器だ。相手の隠れた能力も読み取る10段階の測定器なんだ。一番左端と一番右端の両方が同時に反応してるだ。左から3番目もだが…」
「はい」
「隠れた能力があると、通常時と隠れた能力の2つの音が鳴るだ。ライトさんは3つ鳴ってるだ」
「ん?」
「つまり、ライトさんは俺の魔人レイより強いってことなんだ。でも通常時は俺より弱い。左から3番目は闇撃だな。 これなら俺は防げるだ。でも右端は無理だ、レイも無理だ。逃げるしかないだ」
「えっ」
「でもこの反応は、覚醒前と変わらないだ。だから、覚醒でエネルギーが消えたわけじゃないのに、わからなくなっただ。測定できないだ。未知のエネルギーも検知できないだ」
「そうなんだ」
「俺、開発意欲が煮えたぎってきただ」
「あはは。でも不思議ですね」
「んだ。あ、霊体化できるだか?」
「いま、ここでですか?」
「大丈夫、みんなもう、ライトさんが何をやっても驚かないだ」
「あー、暴走しちゃったし……ですよね」
「んだ。ライトさんがどれだけ凶暴だったか、さっきルーさんがずっと力説していただ」
「……あはは」
僕も、身体に異変がないか調べたいと思っていたから、ちょうどいいかな。ベアトスさんに見てもらおう。
僕は、霊体化! を念じた。いつもは透明化してから霊体化するから、地上でこの姿をさらすのは、少し抵抗があったんだけど…。
「ほう。なるほど綿菓子だな。水色で、キラキラしていて綺麗だな」
「えっ? キラキラしてましたっけ?」
「キラキラしてるだよ。もしかしたら、クリスタルかもしれないだ」
ベアトスさんは、また何かの魔道具であれこれと測定を始めた。だが、うーんと首をひねっていた。
すると、目の前に、ルー様が突然現れた。
「あんた、半分アンデッドって言ってたのに、それ、何? お菓子? あー! ヲカシノの呪い?」
「え? いえ、もともとコレです…」
「死霊って、普通、黒でしょ? なんで青いわけ?」
「さぁ?」
「ルーさん、このキラキラはクリスタルが光ってるだか?」
「な? 完全に同化させたからクリスタルなんて見えるわけないわ。あたし、そこまで下手くそじゃないもの。でも、なんか変ね」
「ちょっと僕にも見せてください」
「あんた、顔がないのに見えるの?」
「見えます。鏡か何かないですか? 自分では光ってるのはわからなくて」
すると、ルー様が、氷で姿見のようなものを作ってくれた。おもいっきり僕の姿が映っていた。
その後ろでは、こちらの様子をジッと見ているたくさんの顔も見えた。
(怖がられてるかな?)
鏡の中の僕の姿は、完全に綿菓子だった。その全く怖くない姿に少し安心した。
色は青というより水色に近い。イーシア湖の湖面のように、時々キラキラと輝く。強い光ではなく淡い光だった。
確かに、こんなキラキラは、前はなかったな。それに、もう少し青は濃かったようにも思う。光の加減かもしれないけど…。
「こんなキラキラは、以前はなかったような気がします。クリスタルでしょうか?」
「ライトさん、俺にもわからないだ」
僕は、透明化! を念じてみた。鏡の中から僕の姿は消えた。キラキラも見えない。うーん、じゃあ、ま、いっか。
「この状態でキラキラは、そちらから見えますか?」
「ライトさん、何も全く見えないだ。えっ? 気配も完全に消してるだか? 危機探知器から反応が消えただ」
「あー、たぶん気配もほとんど消えていると思います。ダーラにはわずかに感知されましたが…」
「えっ? これを感知するだか? 俺の魔道具はまだまだだ」
僕は、透明化と霊体化を解除して、実体化した。能力にも特に問題はなさそうだ。
覚醒して何がどう変わったのかはわからないけど、ま、いっか。
「じゃあ、あんた、覚醒してみなさいよ」
「へ? そんな、どうやって覚醒するんですか?」
「覚醒しようとすりゃできるんじゃないの?」
「えーと……ここ食堂ですよね」
「そうよ」
「まずくないですか? 闇がドバーッと…」
「それは暴走でしょ? 覚醒しなさいって言ってんだけど」
(全くわからない…)
「ルーさん、ライトさんは基本戦闘力が低いままだから、簡単にスイッチは切り替わらないだよ」
「な? あたしが失敗したって言ってるの?」
(失敗したって、言ってたじゃん…)
「ルーさん、俺、この後、配達があるから、他の場所で覚醒を試してもらうだよ」
「ん? どこに連れて行くの?」
「お菓子の山に…」
「えっ? あのバカのとこ?」
「新しい島への移住セットを持っていくだ。ヲカシノさんは長距離転移ができないだ」
「あの子は、現実と幻想の区別もあやしいわよ?」
「ちゃんと、設置してくるだ。ライトさん、一緒に行くだ」
「えっ、転移は僕は…」
「近いからワープで行けるだ。というか近くに入り口を作ってもらうだ」
「ん? 入り口?」
「お菓子の山は、幻想世界にあるだ。この国の上空の異次元にあるような感じなんだよ」
「へぇ」
「あのバカに言っておいて! マシュマロ爆弾は迷惑だから絶対にやめなさいって」
「マシュマロ爆弾?」
「この山に降る雪をマシュマロに変えるのよ。寒いから、水分を含んで凍ってカッチカチのマシュマロになるのよ? 当たると木が裂けるくらいの破壊力があるの」
「すごそうですね……でっかいヒョウやアラレが降ってくるようなものか」
「危ないのよ。動物に当たると死ぬわ」
「マシュマロ爆弾は、火山でも怒られていたみたいだ。熱で溶けて大地がドロドロになるって」
「うわぁ、お菓子もあなどれませんね」
そしてベアトスさんは、獣人の女の子二人を呼び、移動の準備を始めた。
彼女達は、ここの避難者の人達にすっかり馴染んだようで、去りがたいような雰囲気だった。
「ルーさん、新しい島に移住したら、ここの避難者も移住させればいいだ。この場所と自由に往復できるようにすれば、皆、好きな場所を選べるだ」
「えっ? いいの?」
「ただ、あの島は魔族もいるし、他の星の住人もいるだ。街から出るには戦闘力が必要になるだ」
「そっか。でもこの国で追われて逃げて来た人達には、新天地はありがたいよ。そっか、それであたしに任せるってことなんだ」
「まぁ、女神様は適材適所だと言っただ」
「わかったよ、ちょっと頑張ろうという気になってきたよーん」
「ルー様、あの、これどうぞ」
僕は、クリアポーションを1,000本、魔法袋から出して、ルー様に渡した。
「伝説のポーションじゃない! なんで?」
「あ、覚醒してくれたから、そのお礼みたいな感じです」
「えっ? 失敗したのに?」
「失敗……したんですか」
「いや、覚醒はそれなりにできてるんだけど、不安定というか…」
「また、調子悪くなったら、調整してください」
「ふぅん、律儀なのね…。わかったわ。もらっておいてあげるわよ」
「あはは、はい」
そして、ベアトスさんの準備が整った。僕達は、皆さんに別れを告げて、ベアトスさんの魔道具で、お菓子の山があるという幻想世界へとワープした。
「ライトさん、着いただよ。大丈夫だか?」
「な、なんとか……ギリギリ…」
ベアトスさんの魔道具によるワープは、やはり少しグニャリと身体がねじれるような不快感が続き、ちょっとヤバかった。
危うく意識が飛びそうになった頭をスッキリさせるために、シャワー魔法を使った。
「ライトさん、それ、俺達にもやってほしいだ」
「ん? シャワー魔法ですか?」
「んだ。臭いにうるさいだ」
僕は、ベアトスさんと、獣人の女の子達にシャワー魔法をかけた。やはり二人は僕に怯えていて、僕と目を合わそうとはしない。まぁ、いいんだけど…。
「よし、じゃあ、ここで待つだ」
「待ってるんですか?」
「んだ。導きがあるまで待っていないと、すぐに怒るだ」
「へぇ…」
僕はこの場を見渡してみたが、お菓子の山と聞いていたのに山らしきものは見えなかった。
穏やかな日差しの草原が広がっている。そよそよと吹く風が心地よい。
ときおり、何か小さなものが目の前を横切っていった。妖精なのかな?
『チョコとキャンディ、どっちが好きー?』
突然、子供の声が聞こえた。ベアトスさんの方を見ると、まだぼんやりと待ってるようだった。
「ベアトスさん、子供の声がしました」
「あー、ライトさんの方に行っただか。返事してやるだ。それが導きだ。答えは何でもいいだ」
「わかりました」
『ねぇねぇ、どっちが好きー?』
『うーん、難しい質問ですね。キャンディかな?』
『ふふふっ、キャンディなんだーっ』
そういうと、ふわっと風が吹き、僕達の目の前にキャンディの家が現れた。かわいい!
「ライトさん、入るだ」
「あ、はい」
僕達がキャンディの家の扉に近づくと、扉は自然に開いた。僕は、少しワクワクしながらキャンディの家に入った。
僕の後ろから、ベアトスさんと二人の女の子も続いた。ベアトスさんは慣れたような様子だったが、女の子達はこわごわという感じだった。
「いらっしゃ〜い。初めてきた子が3人だね。ボクは、この世界の主人ヲカシノだよー」




