208、ルー雪山 〜 ライト、覚醒する
「じゃあ、あんたはこっちに来なさい」
僕は、いつぞやのようにルー様のマフラーに捕獲されていた。このマフラーを巻きつけられると浮かぶんだよね…。
「いや、ルー様、自分で歩けますから。それに、男の子の姿のままでいいのですか?」
「あ、ミサーっ」
変身ポーションと一緒に渡したクリアポーションは、そういえば、ミサさんに没収されてるんだっけ。
呼ばれたミサさんは、はいはいと言いながら、ルー様にクリアポーションを渡していた。それを受け取り、ルー様は一気に飲み干し、いつもの姿に戻っていた。
服はまだパステルブルーの男の子だったけど、パッションピンクのフリフリスカートより、こちらの方が似合うような気がする。
「ルーちゃん、服、その方がかわいいんちゃう? 髪がピンクやから、服がパステルブルーで……えーっ」
ミサさんが、せっかく褒めていたのに、ルー様はパッションピンクのフリフリスカートに変わった。
「この方が落ち着くのよーん。それに、みんなが、あたしを探しやすいでしょ」
「はぁ……目、痛いし…」
なんというか……まぁ、でもあえて目立つ服装にしているのかもしれないな。みんなが見つけやすいように…。
ルー様は、背が低いからふわふわ浮かんでいないと、埋もれてしまって探しにくい。だからなのかもしれない。
そして、僕は捕獲されたまま、ルー様とその場から、ボンっと消えた。
「マーシュさん、ルーちゃん大丈夫なん?」
「ミサちゃん、ルー様が自分で自ら覚醒の手伝いをするなんて、おそらく数百年ぶりのことです」
「えーっ? じゃあ、やり方、忘れてるんちゃうの」
「それは大丈夫ですよ。しかし、ほんとに珍しいことが続きますね。私も忙しくなります」
「えっ? マーシュさんも?」
「はい、ルー様の守護獣ですからね。彼女は話し下手ですから、新しい環境に慣れるまでは通訳もしなければなりませんし」
「じゃあ、ウチも新しい島に、住もうかなー」
「ミサちゃんが近くにいてくれたら、心強いですね」
「そうなん?」
「ええ」
僕は、クリスタルの間に運ばれ、やっとマフラーから解放された。まだここは黄緑色の雨が降っていた。ほんとにずっと維持してるんだ。
「雨、ずっと続いてるんですね」
「何? 文句あるの?」
「いえ、誰も居ないところに降ってるのも不思議な感じです」
「あたしは降らせられないんだから、仕方ないじゃないの」
「魔力が無駄にならないのですか?」
「たいしたロスじゃないわ。そんなことより始めるわよ」
「えっ?」
突然、足元の床が粉々に砕け散って、僕は床の穴に落ちた。穴の中は、クリスタルの乱反射で目が開けていられない。
慌てて、上に上がろうとしたら、ルー様に無駄な抵抗はやめろと言われた。
「下手に魔法を使ったら、下手くそな仕上がりになるんだからねっ」
「は、はぁ…。でも…」
「何? あたしが信用できないって言うの?」
「いや、あの、はい…。やっぱやめません?」
「ちょっと、なんなのよ。絶対やめないんだからねっ」
(えーっ…)
そう言うと、ルー様は、淡く青い光を放ち始めた。
それに応えるように、クリスタルもルー様の光に合わせて点滅するかのように青く光り始めた。
そして光るたびにより一層細かく砕け散り、クリスタルは目に見えないほどの細かな結晶に変わった。
『汝の荒ぶる波を解き放て』
ルー様の念話? により僕の中から勝手に闇が漏れ出した。そしてだんだんその勢いが増していく。
(えっ? 何?)
そして僕の視界が赤く染まってきた。ちょ、勝手に暴走してる? 僕は何も怒ってないよ?
『共存する友か。協調せよ』
さらに激しく、僕のまわりには深き闇が渦巻いていた。あれ? 闇って2色あるんだ。
密度の高い漆黒と、密度の低い黒、2色の闇がまるで生き物のようにうねりながら、僕のまわりをぐるぐる回っている。
『翔太、これ、何してんの?』
『あ、ライト、無事だったんだ! よかった』
『ん? あー俺、まだ消えてないんだな』
『消えないでよ? 僕達は二人でひとりなんだから』
『ふっ、翔太、やっぱり変な奴』
『変な奴でいいから、居なくならないでよ』
『そんなのわからない』
『えーっ』
氷のクリスタルの細かな結晶が、闇の中に混ざってきた。闇が渦巻いている中に、キラキラとした青く光る結晶が見える。
『汝のすみかとして、我が結晶を受け入れよ』
ルー様の言葉には、抗いがたい強い強制力があった。僕もなんだか、受け入れなければならない気がしてきた。
すると、僕のまわりをぐるぐる回っていた深き闇が、だんだん青くなってきた。
(えっ? どうなってるの?)
壁からも、次から次へと、細かな氷のクリスタルが、その渦巻く中へと取り込まれていった。僕のまわりの深き闇の嵐は、さらに大きく激しさを増しているように見える。
僕の視界に急に色が戻ってきた。赤いサングラスを外したような感覚で、青く光る結晶と、黒く深き闇が鮮明に見えた。目が痛い。氷のクリスタルの青って、こんなに目に突き刺さるくらい青いんだ。
『覚醒せよ!』
ルー様の言葉とともに、一斉にあらゆる方向から僕の中に、青い結晶を含んだ深き闇の嵐が入ってきた。
(うわぁっ! 熱っ!!)
僕は、何が何だかわからなかった。とにかく、全身が熱い。痛いじゃなくて熱い。身体の中を何かが駆け巡っている。息ができない。く、苦しい…。これ、やばいんじゃ…。
目に見えるものが、今度は青くなってきた。上を見上げると、ルー様はまだ光っている。
何か、言っている。でも、僕には聞こえ……ない。
そこで僕は、意識を手放した。
ギュルルルー
(ん? 何の音?)
僕は、妙な音に目を覚ました。あれ? 僕は一体どうしたんだっけ?
ぼんやりとした頭で、目を開けた。ん? 白い? 僕は、白い何かに包まれていることに気づいた。
ギュルルルー
再び、僕の耳のすぐそばで、すごい音が鳴った。
「シャルも食べるなら、こっちに来たら?」
ミサさんの声だ。だが、白い何かはジッとしていた。あ、これ、シャルだ。僕はシャルに埋もれているのか。
僕は、ゆっくり上体を起こした。すると、僕の頭がべちゃべちゃになった。やっぱり…。シャルが、僕の頭を舐めている。
「シャル、もう起きたよ、ありがとう」
そう言うと、シャルは僕の顔をジッと覗き込み、ベロンと舐めて、立ち上がった。おっと…。
シャルにもたれていた僕は、危うくひっくり返りそうになりつつ、今回は無事に耐えた。よし。
シャルは、ミサさんが用意したご飯に、一直線に向かっていった。お腹空いていたのを我慢していたんだな。
僕は、全身にシャワー魔法をかけて立ち上がった。身体が軽い。あれ? 肩のリュックくんが消えている。
(リュックくん!)
僕が呼ぶと、リュックは肩に戻ってきた。
(いつから離れてたの?)
『穴に落ちたときだよ。離れてねーと、オレまで取り込まれちまうじゃねーか』
(そうなんだ)
『しっかし、クリスタルを自在に操る精霊か…。そんな覚醒の方法あるんだな』
(ん? 変わったやり方だったの?)
『あぁ、普通は、身体に合うサイズのクリスタルをはめ込むんだよ。失敗すると消滅しちまうがな』
(あー、電池を積むんだもんね)
『あぁ。でも、おまえの場合、闇をクリスタルの霧に吸収させてから、おまえの中に戻したんだよ』
(うん、闇の嵐が入ってきて、めちゃくちゃ熱かった)
『だから、完全に同化してんぞ』
(ん? 闇とクリスタル?)
『あぁ、これだから失敗するわけねーって言ってたんだな。身体の外で吸収させたんだからな』
(そっか)
『女神も、驚いたみたいだぜ』
(そうなの?)
『こんなに、クリスタルを無駄遣いする覚醒なんて見たことがないって』
(へ? 無駄遣い? あ、闇で汚染された?)
『いや、それはない。ただ、めちゃくちゃクリスタルのエネルギーを使ってたな。たぶん末端価格で、金貨100万枚分くらいの無駄遣いだな』
(えっ! 金貨100万枚? ってことは……1兆円!?)
『あぁ、もっとかもしれねーけど。まぁ、ありがたいことだが、これからの要求がコワイんじゃねーか』
(だ、だよね…。伝説のポーションよこしなさいって言ってたし…)
『はぁ、だな。ストック全部取られたりしてな』
(あはは、あり得る気がする…)
『でも、精霊ルーは、損得では動かないはずだから、別のものを要求をされるかもしれねーぜ』
(えっ? どんな?)
『全く、予想できねーようなこと』
(あー……うーむ…)
僕が起き上がったことに気づいたルー様が、僕のすぐ近くにやってきた。そして、何かをジッと見ているようだった。
「うーん、ちょっと失敗したかもーっ」
「えっ?」
「仕方ないじゃないの。あんたの中に、もう一人いるなんて知らなかったんだからねっ」
「もしかして、もう一人が消えてしまったんですか?」
「消えたらうまくいったのよ。でも、消えなかったわ」
「そ、そっか…。よかった〜」
「よくないわよ。あたしが下手くそみたいじゃないの」
「えっ? でも、リュックくんが完全に同化してるって」
「そんなの当たり前よ。ただ、予想以上に不安定だったのよ。二人いるんだから安定するわけないのよね」
「はぁ…」
「まぁ、いいわ。二人いるって言わなかったあんたが悪いんだからね。文句は受け付けないわよーん」
「あ、はぁ…」
そう言うと、ルー様はそそくさと離れていった。
僕はてっきり、あれこれと報酬の請求をされるのかと思って身構えていたから、肩透かしをくらった気分だった。
ルー様と入れ替わるようにして、ミサさんが近寄ってきた。
「ライトさん、体調は大丈夫?」
「あ、はい。身体は軽いです」
「それならええけど。なんか、ルーちゃんが落ち込んでるねん。失敗したらしいわ」
「僕の闇が2種類あったからだと思います。安定しないと言ってました」
「そう。まぁ、覚醒前よりはマシになってるやろから、よかったってことで」
「あ、はい。そうですね」
「それから、ウチのアホには言わんとってや」
「ん? 何を?」
「あの…」
ミサさんの視線の先にはマーシュさんがいた。あー、なるほど。
「もちろん、言わないですよ」
「ふっ、だと思ったけど、一応な」
「はい、了解です。見守ってますからね」
「えっ? あ、うん」
なんだか照れているミサさんのこんな姿は、初めて見たかもしれない。
「芋のスープなくなるよーん」
厨房前から、ルー様が叫んでいた。ベアトスさんが連れてきた獣人の女の子達がその声に反応して、列に並びに行った。
「はぁ、ルーちゃんは、ほんま、芋大好き娘やな」
「ですね、あはは」
「新しい街でも、芋、育てるやんな?」
「そうですね。そのためにタイガさんが苗を買ってこられたみたいですからね」
「芋料理の店でも出せば、ルーちゃんも来るかもしれんな。引きこもりは簡単には治らんやろけど」
「ですね」
ミサさんも、ルー様の引きこもりを治そうと思ってるんだな。新しい街で何か変わればいいな。




