207、ルー雪山 〜 女神様の差し入れ
「おかえりなさい、大丈夫でしたか?」
僕達が食堂に戻ると、すぐさま精霊ルー様の守護獣マーシュ様が駆け寄ってきた。
「マーシュさん、芋はあまり手に入らなかったけど、いつもよりは大丈夫やったで」
「ミサさん、やはり強奪しましたか…」
「いや、やらかしたのは、どちらかと言えばライトさんかもしれん」
「えっ? ライト様が?」
まさかという顔でマーシュ様に見られて、僕は穴があったら入りたくなってしまった。
なんだろう……完璧な紳士にそんな目で見られると、ものすごく自分の未熟さを痛感してしまう。
「マーシュ様、すみません。僕、ちょっと不安定で…」
「精霊の守る山で、闇全開とかふざけたことしてたよーん」
「えっ? 暴走ですか? 普通に見えますが」
「ちょっと不安定で…」
「ウチまで、ライトさんの闇で拘束されて動けんようになってんで。その後、暴走して……さすがに冷や汗でたわ」
「すみません…」
「あたしは、ちゃーんと逃げて、あの層全体に、バリア張ったんだからねーっ」
「助かりました」
ルー様は、ここぞとばかり、僕のダメダメっぷりを強調しつつ、自分は頑張ったアピールをしている。
めちゃくちゃドヤ顔なんだよね…。はぁ…。
「しかし暴走時のアレ、なんなん? 凄まじすぎるやろ、あの上がり方」
「え? なにか上がりました?」
「ライトさんの戦闘力やん。あれだけ一気にガツンと上げられたら、みなフリーズするしかないで」
「ライト様は、神殺しの際に使われるのが、その暴走なのでしたね。今の状態から、そこまで一気に上がったら、恐怖どころではないでしょうね」
「睨まれただけで、あのおっさん、お助けくださいって泣きわめいてたやん」
「すみません。僕、自分ではよくわからないんです。景色も赤く染まってしまうし…。あれ、ひどくなると、耳も聞こえなくなってくるんですよね」
「どうやって制御しているのですか? もしかして、そのために、この山に来られたのですか?」
「うーん、自分では制御できないです…。でも大丈夫なので…」
「まぁ、制御できたら暴走じゃなくて、覚醒やもんな」
「大丈夫じゃないよーん。身体に負担がハンパないから、暴走を繰り返してたら命を削ることになるよ」
「えっ? あー、はぁ…」
そんなこと言われてもな…。と、僕がどんよりしていると、見慣れた顔が近づいてきた。
「あ、クマさん、どうしたん?」
「ちょっと持っていけと、女神様にここに飛ばされただ。ルーさん、同行者2人の入山許可が欲しいだ」
「ん? あんたの知り合い?」
「んだ。世話してる女の子だ。この星の子じゃないだが」
「ふぅん、いいよーん」
男の子に化けたルー様を見ても、ベアトスさんは全く気にもしていないようだった。誰なのかもすぐにわかるんだ、すごい。
「ライトさん、こんにちは。あー、俺はいろいろな魔道具を身につけてるから、姿かたちは変わっててもわかるだ」
「ベアトスさん、こんにちは。そうなんですね〜、すごい便利」
「でも、女神様には不評だっただ。クマはしょぼいのじゃといつもぷりぷりされているだ」
「あー、放っておけばいいかと思います〜」
「だな。ふっ、ライトさんも言うようになっただな。タイガさんの野蛮が移ったと言われてるだ」
「あはは、慣れてきただけだと思いますよー」
そう話していると、ベアトスさんの近くに大きな何かがボンっと現れた。僕は、一瞬驚いたが、登場した者達の方が、より一層驚いているようだった。
「わっ、あの人がいる…」
「見ちゃダメ」
(何? 僕ってオバケか何かなわけ? まぁ……半分アンデッドだけどさ…)
現れた2人は、迷宮で出会った大きな獣人の女の子だった。あの頃よりもさらに少し背が伸びたんじゃないだろうか。
大きな獣人の登場に、食堂にいた人達はちょっと身構えていた。だが、彼女達が僕を見て怯えている様子を見て、警戒を解いたようだった。
「ふたりとも、皆さんに挨拶するだ」
「「はい」」
そうベアトスさんに促され、ふたりはあちこちの方向に、ぺこりぺこりとお辞儀をしていた。
その子供っぽいしぐさに、食堂のみんなは、彼女達が子供だと気づいたようだった。
「しばらく見ない間に、背が伸びましたね」
「あー、そうそう、すぐに服が合わなくなるだ」
「じゃあ、大変ですね〜」
「んだ。だからしょっちゅう地底に買い物に連れていくだ」
「魔族の国ですか?」
「んだ。地底の悪鬼族の服がいいみたいなんだ。俺にはよくわからないだが…」
「へぇ。でもそんなに服を買い替えていたら服代も凄そうですね。あ、ベアトスさんは平気でしたか」
「この子達は、自分のものは自分で稼いでいるだ。まぁ、服を買うためにギルドミッションをこなしてるようなもんだな」
「へぇ、エライですね。まだチビっ子なのに…」
「んだな。あー、食べ物も大変だ」
「よく食べるから、大きくなるんですね」
「んだ。ただ、ロバタージュではかなり目立つようになってきたから、この子達、気にしてるだ」
「なるほど。じゃあ、地底の方が暮らしやすいのかな?」
「女神様には、ライトさんが長をする街に移住させればいいって言われただ」
「えっ、あー、まだ先の話ですよ?」
「いや、そうでもないだよ。今日は、その話も伝言を預かってきただ」
そう言うと、ベアトスさんは、ルー様の方を向いた。
「ルーさん、女神様からの差し入れがあるだ。どこに出せばいいだ?」
「ん? 食べ物?」
「んだ」
ルー様が目で指示をして、マーシュ様が魔法袋を持ってこられた。
「ベアトス様、このあたりに出していただければ、収納します」
「ん? その魔法袋じゃ、足りないだよ?」
「えっ?」
「まぁ、とりあえず、出すだ」
そう言うと、ベアトスさんは、巨大魔法袋から、ドカンと大量の食料を出した。
その量に呆気にとられているマーシュ様に、早く収納するようにと催促された。
「あ、直ちに」
「もっと魔法袋ないだか?」
「あ、あります」
食堂の厨房にいた人が、ありったけの魔法袋を持ってきた。
それを見て、ベアトスさんは頷き、またさらにドカンと大量の食料を出した。
その中には、大量のじゃがいもやさつまいもが入っていた。
「この芋、何?」
「じゃがいもと、さつまいも?」
「んだ。タイガさんが里帰りしたときに苗を買ってきただ。新しい島に使うつもりだったらしいけど、ルーさんが芋で騒いでいるからと、女神様が育てて収穫しただ」
「へぇ、異世界の芋なんだ」
「こちらの丸い芋は、何にでも合いますよ。この長い芋は甘いので蒸してこのままおやつ代わりにもなります」
「ライトさん、さすがだな」
「いや、だって僕の故郷でもあるので」
大量の芋が手に入ったことで、ルー様は笑顔になっていた。そんなに芋が好きなんだ。
そして、さっそく、厨房の人達に、芋の調理を命じていた。彼らは見たことのない芋を不思議そうに、厨房へと運んでいった。
ベアトスさんは持ってきた食料の受け渡しが終わると、まだ芋に気を取られてソワソワしているルー様の方に向き直った。
「ルーさん、伝言があるだ」
「えーっ、なんか嫌な予感がするーっ」
「そんなに悪い話じゃないと思うだ」
「ほんと?」
「んだ。マーシュさんにも聞いて欲しいだ」
そう言われて、片付け作業をしていたマーシュ様は手を止め、こちらへとやってきた。
ミサさんも、少し不安そうにこちらをうかがっている。
「ルーさん、新しい島の神族の街の守護を兼任してもらうとの伝言だよ。ここだけだとヒマだろうって…」
「えーっ? そんなの聞いてないよ」
「いま、初めて言っただ」
「ベアトスは、あたしが人見知りなのを知らないから言えるんだよ。この場所から出されたら、生きていけない」
「女神様は、湖底に引きこもり可だと言っていただ」
「ん? 湖底?」
「よく知らないだが、湖底にルーさんの部屋を作っていいそうなんだ。そこと、この場所を繋げば、引きこもり部屋がふたつになるだけだよ」
「えっ? そうなの? もしかして、湖底に氷のクリスタルを作らせてようってこと?」
「んだ。それが、街のエネルギー源になるようだ」
「ふぅん、悪くないわね」
「湖のまわりに草原が広がってるだが、その草原を担当する精霊はもう決定してるだ」
「えっ! また隣人がいるの? まさか、ヌーヴォじゃないでしょうね。絶対に嫌だからね」
「ヌーヴォさんも島の担当だけど、草原じゃないだ。草原は、ヲカシノさんだって言ってただ。お菓子の山の精霊の…」
ん? お菓子の精霊? そんな精霊がいるんだ。童話の世界のようなお菓子の家に住んでるのかな?
「えーっ! あの子、バカだよ? 神族の街にあんなバカがいたら大変だよ?」
「街の中じゃなくて、街のまわりの草原を担当するだ」
「湖底って、あたしの部屋は湖の底なのよね?」
「んだ」
「湖があるってことよね?」
「んだ」
「ダメじゃない。あのバカ、湖なんか見たら、ジュースやゼリーに変えてしまうじゃないの」
「だから、ルーさんがそれを防いで…」
「あんなバカに、言うことを聞かせるなんてそんな無茶なことを言わないで」
「でも、女神様は、ヲカシノさんを抑えることができるのは、ルーさんぐらいだって言ってただ」
「えっ? そう?」
「んだ」
「まぁ……他の精霊には難しいわね。あのバカは、あんなんだけど、戦闘力だけは高いからね」
「ヲカシノさんが暴れると、普通は止められないだ」
「凍らせれば止まるわよ」
「普通の魔法は、弾いてしまうだ」
「ふぅん、まぁそうね。あたしくらいにならないと止められないわね」
「だから、街の守護精霊は、ルーさんが選ばれただ」
「そう? 仕方ないわね。街の長は、あんただっけ?」
「んだ、ライトさんだ」
「なぜか、押し付けられてしまったのです…」
「ふぅん。まぁ、あんたなら協力してあげてもいいわ」
「えっ」
「ちょろそうだもの」
「は、はぁ…」
ルー様の方が、ちょろそうだと反論したくなったが、僕はなんとか我慢した。
「じゃあ……あんたは、やはり、覚醒しなさい」
「へ?」
「あたしの守護する街の長が、暴走して消滅なんてことになったら、あたしの責任になるじゃない」
「いや、別に大丈夫ですから…。それに覚醒ってリスクがあるんですよね。今のままで大丈夫ですから」
「あたしがついててリスクなんかあるわけないじゃない」
「えっ?」
「あたしが、あんたを覚醒させてあげると言ってるのよ。その代わり、伝説のポーションをよこしなさいよ」
「あー、なるほど…」
(絶対、何か下心あると思った…)




