206、ルー雪山 〜 かなり重症かもしれない
僕はいま、ルー雪山を下から上へと、ミサさんと精霊ルー様の後をついて進んでいる。
ルー様は、いま、変身ポーションで男の子の姿に化けている。パステルブルーの服が、ピンク色の髪に映えて道化師っぽい。下層の居住地では派手だと思っていたけど、氷の洞窟の中では意外にも違和感はない。
僕達は、幻想的な氷の湖が広がっていた場所から、さらに上の層へとたどり着いた。
僕は、またこの場所でも、その光景に驚いた。めちゃくちゃ目が痛くて、頭がクラクラとした。
「これはいったい…?」
「ライトさん、ここが最下層やと思われてるって言うたやん」
「いや、なんですか? この目が痛いくらいに乱反射してるのは?」
「地面に張ってる氷の中に、氷のクリスタルが埋まってるから、それが光ってるねん。みんな、これを掘りに来るんや」
「へぇ…」
「クリスタルって言っても、屑ばかりだよーん。ほとんどのは純度が低いゴミだからっ」
「ルーちゃん、話し方、男の子っぽくないで?」
「あっ! 忘れてた、よーさ」
「そこは、忘れてたよ、でいいんちゃうん?」
「うーむ…」
あー、もしかしたら、よーんと言う癖を意識して、よーさ? になってるのかな…。
たぶん、これでルー様は、また無口になるような気がする。まぁ、その方がボロが出なくていいのかな。
「一般人が言う最下層は、屑クリスタルばかりやねん。チカラのある冒険者は、ここまでくるとまた上に上がって探すんや。上の方がたまに大きいのが見つかるらしいで」
「へぇ。じゃあ、あの冒険者達は…」
「あんまりわかってないか、燃料としてのクリスタルを集めてるかやと思うで」
最下層は、もっと賑わっているのかと思っていたけど、冒険者はチラホラといるだけだった。
そして、僕達の姿を見つけると、コソコソ隠れるように移動していた。
「なんだか、避けられてますね」
「うーん、ルーちゃんが半端なく殺気を放ってるからやと思うで」
「えっ?」
ルー様は、先程から言葉の練習をしているらしく、ぶつぶつ一人で呟いていた。
「ルー様、そんなに練習しなくても、多少女の子の話し方でも大丈夫ですよ? 少年に見えますし、男らしくなくても…」
「そんなんじゃないから」
「ん? なんか雰囲気が…」
「ライトさん、ここは洞窟やからやで。ルーちゃんは居住地を出たら、知り合いしか話せへんようになるらしいわ。話そうとすると、どう喝するような話し方になるねんて」
「えっ? もしかしてコミュ障?」
「ん? 何それ?」
「あ、いえ、なんでもないです」
「本人は緊張してるんか知らんけど、まわりに殺気を放つんはやめてほしいな」
「あー、なるほど…」
そして、人がまわりにいなくなったところで、ミサさんは何かの魔道具を取り出した。
「ミサ、そんな道具つかわなくても、町にいける」
「これ、ここと宿場町を繋ぐ専用の転移具やで?」
「えっ、転移ですか…」
「あ、ライトさんは苦手やったっけ?」
「はい」
「じゃあ、ルーちゃんのやつで移動する?」
「転移じゃないですか?」
「ん? 上に上がるだけ魔法?」
「じゃ、それでお願いします」
「いいよーさ」
(なぜ、さ、が付くんだろう…)
ルー様が何かを唱え、僕達は冷たい霧に包まれた。そして次の瞬間、ボンっと、別の場所に移動していた。
(ちょっと、やっぱ気持ち悪い…)
意識を手放すほどではなかったけど、内臓が浮き上がる浮遊感はめちゃくちゃ気持ち悪かった。
「へぇ、さすがやな。ルーちゃんめちゃ速いやん」
「でしょっ、あ、うーむ…」
「別に、でしょ、でいいんちゃう?」
ここは、宿場町というには小さすぎる町だった。町というより、通りという方が正確な気がする。
どこにも氷は張っていない。さっきの場所より少し温度が高そうだ。と言っても僕は、バリアは解除しないけど。
少し進むと、二階建ての建物がズラリと並んでいる場所があった。様々な種族の多くの人で溢れていた。
その裏手には畑が広がっている。
あ、この層すべてで、町なのかな。自給自足の生活ができるように、工夫されているようだった。
僕は、二人が視界から消えたので慌てて、まわりを見渡した。すると、ひとつの店に、まるで殴り込みかのような雰囲気で絡んでいる男の子を見つけた。
(いつの間に…)
僕より先に見つけたミサさんが、男の子を捕獲していた。そして、店の人にペコペコと謝っていた。
だが、店の人は、それにつけ込むかのように、何かミサさんに言っている。それを聞いてまた男の子が怒っているようだ。
(はぁ…)
僕は、その店へと近づいていった。
「あの、すみません。この子は僕の連れなんですが、何かご迷惑をおかけしたのでしょうか」
「はぁ? なんだ? 人族のガキか。この子は店の売り物を勝手に持っていこうとしやがったんだ」
「そうでしたか。お代はおいくらですか?」
「はん、あんたみたいなガキが、金持ってるんか」
「僕は若く見られる種族ですが、成人しています」
「ほぅ、じゃあ、この姉ちゃんといい仲ってか?」
「おっさん、いい加減にしときや。なめたことばっかり言うてると、血ぃみるで」
「はぁ? なんだと? 女のくせに」
キン!
急に斬りかかった男性の剣を、ミサさんにかけたバリアが弾いた。
斬りかかられたとわかると、今度はミサさんまでが剣を抜いた。
(はぁ…)
一触即発の緊張感に、まわりにいた冒険者達も、何事かと集まってきた。そして、止めるのかと思っていたら、逆だった。
みな、口々に信じられない言葉を発している。
(放送禁止用語ばかりじゃん……下衆だな)
ルー様も、怒って応戦しようとしていたが、ミサさんがそれを制していた。
「ちょっと、やめてください。僕達は買い物に来ただけなんですから。客に剣を向けるのですか?」
「はん、女子供が客だと? 笑わせるな! おまえらまとめて、俺の奴隷にでもしてやるよ」
「もう一度言います。剣を下ろしてください」
「はぁ? 聞こえねーな。人族のガキが偉そうに」
(ダメだ、限界…)
僕は、我慢をやめた。僕の身体から一気に深き闇が広がった。その瞬間、ルー様が動いた。僕から距離をとり、何かの魔法をこの層にかけたようだ。
「な、なんだ、ガキ……くそ、身体が動かねー」
「ライトさん、これ…」
「すみません、ミサさん。我慢できなくなりました。僕、最近かなり不安定なんです」
「ウチも動けへんねんけど…」
「おまえ、人族じゃないのか! こんな、闇で拘束するなんて、いったい何者だ!」
「僕は、ライト。女神イロハカルティア様の代行者です」
「なっ? 番犬だと? なぜ、こんな所に」
「ですから、先程も話しましたよ。買い物に来たと。あなたは、そんな客を奴隷にするだの、僕の連れに卑猥な言葉を浴びせていましたが…」
「う、嘘だ。神族がこんな場所に来るわけがない!」
(まだ、信じないのか…)
「あー、そっか。この国の人達は、チカラこそ全てという思考でしたっけ…。チカラを示せば信じるのですね」
僕は、剣を抜いた。そして、そのまま右手を上に持ち上げた。すごいスピードで闇が剣に吸収されていく。ときおり、チリチリと火花が飛び散る。
あ、目に見えるものが赤く染まってきた。やばいな、暴走してる。普通に闇撃を使うつもりだけだったのに…。
剣を下ろし、そして僕は、その店主を睨んだ。店主は、僕の赤い目に気づいたようだ。
とたんに、店主の顔が恐怖にゆがんでいくのがわかった。そんなに赤い目が怖いのか。
「ひっ! ぼ、暴走か……それでこの山に…。た、助けてくれ。助けてください。ご慈悲を……あぁぁ」
その店主は、その場にへたり込み、ガタガタと震え始めた。まわりにいた人達も、まだ闇で動けないのか、皆その場に立ちつくし、顔をこわばらせていた。
『おい、精霊の山で、闇はマズイんじゃねーの』
(あ、リュックくん、うん、わかってる)
『じゃあ、暴走やめれば?』
(やめ方がわからない…)
『落ち着けば、いいだけだろーが』
(そっか)
僕は、大きく深呼吸をした。もう店主は戦う気力もない、こんなことで暴走してる場合じゃないよね。
そう考えると、景色に色が戻ってきた。
さらに、深呼吸をした。あちこちに広がっていた闇が僕の中に戻ってきた。
拘束が解かれて、冒険者達は一斉に後ずさった。だが、僕に背中を見せるような真似はしなかった。じわじわと離れていったんだ。
僕は、剣を店主に向けた。僕の剣には、まだ闇がバチバチと音を立てて纏わりついていた。
「相手が女子供だと、客だとも思わない……そんなことでよく商売ができますね」
「ひっ! も、申し訳ありません」
「謝る相手を間違えていませんか」
すると、ビビりながらも店主は、ミサさんに謝った。
(ふぅ…)
僕は、少し気持ちが落ち着いてきた。剣からも、闇が僕の中へと戻った。僕は、剣を鞘に戻した。
その様子を見て、店主も少しホッとしたのか、額の汗を拭っていた。
僕は、ルー様の姿を探した。僕からずいぶん離れた場所で、完全にバリアを張っていたようだった。
ルー様は、僕と目が合うと、スッとこちらに寄ってきた。
「精霊の守る山で、何やってんのよ、あんた!」
彼女は、男の子の姿に化けているのをすっかり忘れているようだ。
「すみません。ちょっと我慢の限界がきてしまいました。坊やは大丈夫でしたか?」
「えっ? あ、うーむ……だい、じょ…」
ルー様は、僕が坊やと呼んだことで、変身していることを思い出したらしく、またコミュ障を発動していた。
「何を買うんでしたっけ」
「あ、あぅ…い…」
いま、僕達はたくさんの人の注目をあびている。ルー様は、あちこちの目を気にして、落ち着きがなくなり、僕とも話ができなくなっていた。
かなり重症なのかもしれない。でも、こういうのって、どうすれば治るんだろう?
すると、さっきの店の隣の店の中年女性が声をかけてきた。
「坊やは、さっき芋をつかんでいたんじゃないのかい? 芋が欲しいのかい?」
「えっ! あ、う、ぅ、うむ…」
「どれくらいだい?」
「あ、い、い、はぃ」
「たくさんかい?」
坊やのルー様は、コクコクと頷いていた。すごい、このおばさん、ルー様の言葉が解読できるんだ。
おばさんは、芋を大きな袋いっぱいに入れて、 坊やに渡した。僕がお代はと聞くと、今回はいらないと言われた。
「この迷惑な男からもらっておくから、支払いは不要だよ。災難だったね。この町の治安は良い方だと言われているのに、この男のせいで台無しだよ」
「ありがとうございます。坊やも、ありがとうって言って」
「あ、あり……ぅ」
小さくて聞こえないが、おばさんには聞こえたようだ。ニコニコと笑っている。その笑顔に、坊やも、変な作り笑顔を見せていた。
ミサさんも、おばさんにお礼を言い、僕達は、居住地に戻ることにした。
他の品物も見たかったけど、僕が皆をビビらしてしまったので、早目に退散する方がいいだろう。
人目の少ない場所から、最下層へと、ルー様の魔法で移動した。そして、そこからはまた歩いて、居住地の食堂へと戻ったのだった。




