205、ルー雪山 〜 上の層へ
「芋がないんだけどー」
マイペースすぎる空気を読まない精霊ルー様が、ぽつりと呟いた。
もしかすると、ミサさんとマーシュ様の関係に進展があるのではないかと、ミサさんの動向に注目していた僕だったが、ルー様の呟きによって、この場の空気感は一気に現実に引き戻されていた。
僕を包んでいるシャルまでもが、ため息をついたような気がした。まぁ、シャルはただの虎だから、ため息なんかつかないんだけど…。
「あー、芋は頼まれなかったから、持ってきてへんで。いるなら、持ってくるけど?」
「ミサのとこの芋は、色がちょっとねー」
「ここでも芋は収穫できるんやろ?」
「最近急に避難者が増えたから、足りてないのよーん」
「あ、そっか。ルーちゃんはあまり精霊魔法が得意じゃないから、妖精も出入りしてるんやんな? 妖精に成長を…」
「ミサ、それ無理」
「ん? なんで? またケンカしたん?」
「うーん……忘れた」
「あっそ。じゃあ、上の宿場町で買ってきたらええんちゃう? あ、年貢がわりにカツアゲしてるんやったっけ?」
「やっぱ、それしかないね。でも、マーシュが町に行ったらダメって言うのー」
マーシュという名が出ると、ミサさんは明らかに動揺している。そして急に歯切れが悪くなっていた。
「あー、守護獣がダメって言うなら……うーん」
そしてなぜか、ミサさんとバチッと目が合った。うん? なんだか嫌な予感がする。
「ライトさん、ヒマそうやな」
「えっ? いえ、それほどでも…」
「シャルと遊んでるやん」
「いや、えーっと…」
「ちょっと、買い出し行こかー」
「えっ? あ、宿場町に?」
「せや、たまには人助けも悪くないやろ。わかってるかもしれんけど、ここの人達は、外に出られへん事情があるねん」
「なるほど、わかりました。いいですよ」
「ライト様、すみません。ここは女性の一人歩きは危険なので、ミサちゃんに同行していただけると安心です」
「いえ、ん? ルー様も女性ですが…」
「あー、ルー様は、一人歩きをしても大丈夫なのです。見た目が子供ですからね、誰も興味を示しませんから」
「ちょっと、誰が…」
「それに、ルー様はすぐにカチンとくるタイプなので、危険探知ができる人は絶対に、近寄りませんからね」
「そ、そうなんですね…」
「ちょっと、あたしは…」
「ルーちゃんは強いから、魔族でも睨まれると怖がるらしいで」
「へぇ」
「ちょっと、そんな…」
「ルー様、一緒に買い物についていかれますか?」
「えっ? ダメって言ってたくせに」
「一人で行くのを禁じただけです。人とどのように接するべきか、学ばせてもらういい機会ですからね」
(ほんとに、引きこもりなんだ…)
「ルーちゃん、一緒に行こか」
「あ、でも彼女を連れ歩くと、お二人が悪魔の仲間だと思われてしまうかもしれませんね…。ルー様は姿を消してついて行ってください」
「嫌だよーん。ついていくなら、あたしも…」
「強奪してはいけませんよ。どう喝も禁じます」
「えー、そんなむちゃくちゃなことを言われたら、何も話せないじゃない」
(えっ? 当たり前のことだよ?)
「はぁ…」
(マーシュ様のため息が深い…)
「ライト、そんなに頭べちゃべちゃで、ここから出たら頭が凍るかもよーん」
「えっ?」
ルー様にそう言われ、シャルがマズイと思ったのか僕を解放した。僕は、シャルから離れると思わずブルっとふるえた。
(確かに、寒い)
僕は、シャワー魔法をかけて、全身スッキリさせた。もちろん、頭もしっかり洗って乾いている。
「あんた、それ、何したの」
「あー、シャワー魔法です。弱い火水風の同時発動で…」
僕が言い終わる前に、ルー様は自分にシャワー魔法をかけていた。すごい、すぐに真似できるんだ。
「いいね、これ。何? 文句あるの?」
「い、いえ別に」
「ルーちゃん、すぐできるなんて器用やな。ウチはかなり練習してんで」
「ミサさんもできるのですか?」
「あれ? できるって言ってへんかったっけ?」
「えーっと、どうでしたっけ」
「ライトさん、あれ持ってるやろ? イロハさんが気に入ってるシリーズの…」
「呪い系ですか?」
「そうそう、男になるやつ」
「ありますよ」
「それ使えばいいねん。ルーちゃんを変装させれば、町に行ってもバレへん」
僕は、ミサさんご指名の、キール風味の変身ポーションを魔法袋から取り出し、ルー様に渡した。
だが、ルー様は、めちゃくちゃ嫌そうに顔をしかめている。ん? 伝説のポーション屋って言ってたよね? 何が気に入らないのかな。
「ルーちゃん、それ飲んでみー」
「ポーション飲むほど疲れてないよーん」
「それ飲んだら変身するで」
「呪い……呪い殺す気? あたし、そこまで悪いことはしていないもの」
「あ、弱い呪いですし、1日で効果は切れます。なんなら、これですぐに弱い呪い解除も」
僕は、クリアポーションも1本渡した。
「こ、これだわ! 伝説のポーション!」
「ルーちゃん、ライトさんのポーションは、全部伝説って言われてるねんで」
「どうして?」
「飲んでみたらわかるで」
「伝説級にすぐに効くとか?」
そう言いつつ、クリアポーションを開けようとするのを、ミサさんに取り上げられ、変身ポーションの蓋をしぶしぶ開けた。
くんくんと匂いを嗅いで、変な顔をしていたが、ミサさんに促されて、一気に飲み干された。
その瞬間、ルー様は男の子に変身した。ピンクの髪はそのままだったが短くなっている。服装はそのまま、パッションピンクのフリフリスカートだったが…。
「その顔で、その服はちょっと変態やな。服装、変更できへんの?」
まだ、きょとんとしているルー様に、ミサさんは遠慮のない言葉をはいていた。
ルー様は、姿見のような氷を出し、自分の姿を観察し始め、ボンっと服装が変わった。やはりピンクベースだが、ハーフパンツに変わったことで、派手さは、わずかにマシになっていた。
「ルーちゃん、男でその色って、おかしいで? なんか道化師みたいやで」
「道化師? うーむ…」
再び、ボンっと音がして、色がパステルブルーに変わった。派手だけどパッションピンクよりは目に優しい。相変わらず、道化師っぽいけど…。
「うーん、さっきよりはマシやな」
「そう? あたしってバレない?」
「男が、あたしって言うと、オネエみたいやで」
「オネエ? うーむ…。ミサが言うこと難しすぎてわからないけど」
「ルー様、男の子っぽい話し方をされないと、不自然ですよ」
「ん? うーむ…。わ、わかった、よーさ」
(よーさ?)
「それは、普通にわかったよ、でええんちゃう?」
「うーむ…」
男の子に変身したことで、思わぬ成果があらわれた。ルー様は話し方がわからなくなり、おとなしくなったんだ。
いや、でも、引きこもりが無口になるとよくないのかな? 攻撃的な話し方しかできないようだから、無口の方がいいのかな?
でも、ルー様がおとなしくなったことで、マーシュ様は少しホッとしているようにも見える。ま、いっか。
そしてミサさんは、シャルをマーシュ様に預け、何かやり取りをした後、僕達は、雪山の洞窟内の宿場町へと向かった。
食堂のある広い部屋の上の層には、動物用のエサ場と寝場所があった。
さらに上には、居住地の畑の層があり、さらに上には簡易的な小屋がたくさん並ぶ層が何層も続いていた。
「すごく居住地は広いのですね」
「あー、ここは何十万人とか住んでるらしいで」
「えっ? そんな大量の人の食料って…」
「魔族系は食べる必要ない人もおるし、さっきの畑でまかなってたみたいやけど、ここ数年は足りてないみたいやねん」
「それで、ミサさんが運んでいるのですか?」
「イロハさんが、仕方なく城の居住区で余った野菜を差し入れすることになって、ウチのバカが店の売れ残りも一緒に持ってくるようになってん」
「ん?タイガさんが?」
「うん。でも、最近は、ウチがシャルと一緒に運ぶことが多いねんけど」
「そうなんですね」
「で、ミサちゃんは、なぜかマーシュに惚れたのよーん」
「ルーちゃん!」
「ん? ライトも気づいてるみたいだよーん」
「えっ?」
「あはは、はい。そうかなと思って、ちょっと…」
「あ! それで、マーシュさんにあんなこと聞いたん?」
「あ、はい。余計なお世話でしたね」
「いや、あれは驚いたけど、希望がわいてきたで」
「マーシュも、ミサちゃんのこと好きみたいだよーん」
「えっ!? ほんまに?」
「いつも、ミサちゃんみたいに、愛想よくしろとか説教するから…」
「あー、そういうこと……なんや、焦ったやんか」
「ん? どういうことー?」
「別に、なんもない。気にせんとって」
「ふぅん」
なんだか女子トークが始まり、僕は居心地が悪くなってきた。
ルー様は男の子に変身してるけど、子供の姿だからか、あまり声は変わらない。そのためか、本人は性別逆転を忘れているようだ。
長い居住地の層が終わると、行き止まりになっていた。あー、これか。確か、簡単に行き来できないようにしてあるって言ってたっけ?
上から、冒険者が、居住地に入り込まないようにしてあるようだ。
ミサさんが、壁をペタペタ触っている。すると、魔法陣のような模様が壁に浮かび上がった。
「この模様が出てるときだけ、この壁が通れるねん。ライトさん、バリアちょうだい。この先は、普通の洞窟やから」
「わかりました」
僕は、ミサさんと、自分にバリアをフルでかけた。
「えっ、ここまでガッツリじゃなくても大丈夫やけど、まぁ、ありがとうな」
「いえ」
「めちゃくちゃ寒いから気合い入れて、外に出るねんで」
「えっ? あ、はい。一応たぶんバリアで大丈夫かも」
「ん? めちゃくちゃ寒いねんで」
そして、ミサさんについて僕は壁を通り抜けた。透過魔法の魔法陣なのかな。ぐにゃりと身体がゆがむ感覚が気持ち悪かった。
次に通るときは、普通に霊体化して通り抜けよう。ここまで上がれば、さすがにもう、クリスタルになる前の岩石はないだろう。
僕は、壁を通り抜けた先の光景に驚いた。
そこは、氷の湖の上だった。キラキラと青白く輝いて、あまりにも幻想的で美しかった。
「すごい! キレイな場所ですね」
「ん? 寒いだけやけど……あれ? 寒くないやん」
「バリアを張りましたから」
「へぇ、やっぱ、ライトさん補助魔法ハンパないな。確か、神族で一番高いんやろ? 補助魔法力」
「えっ? 初耳ですよ、それ」
「そうなん? あとは魔力が増えれば、もっと使えることが増えるって、ウチのアホが言うてたで」
(アホとかバカとか……愛情表現なのかな?)
「そうなんですね…」
「ここの上の層が、一般人には雪山の最下層やと思われてるねん。冒険者もおると思うで」
「わかりました」
僕は、もう一度振り返り、美しい幻想的な光景を目に焼き付け、二人の後を追いかけた。




