204、ルー雪山 〜 文化の違い
「あ、申し遅れました。私、精霊ルー様を守る守護獣マーシュと申します。貴方は、ライト様でしょうか」
「えっ、あ、はい、ライトです。マーシュ様」
「そんな、私のような者に対して、様呼びなど不要ですよ」
「あ、これは癖のようなものでして…。あちらの国でも守護獣の皆さんのことは、様呼びしていますから」
僕がそう言うと、彼は少し眉間にしわをよせたが、すぐにまた笑顔に戻った。営業スマイルだけど、彼には気品がある。
「あ、失礼しました。狼のことを言われると条件反射のように、眉間にしわが…。あはは」
「いえ、仲が悪いのは知っていますから」
僕達がにこやかに話をしていると、精霊ルー様は、どんどん不機嫌になっていくようにみえた。
「あんた達、世間話をするなら、マフラーから手を離しなさいよ」
「ルー様、離しませんよ。上の町から、ちょっとひどいとの苦情がきています。精霊だと名乗って挨拶に行ってもらいますからね」
「嫌だよーん。そんなの、おもしろくないじゃない」
「はぁ…」
「だいたい、なんで、そいつのことを、あんたが知ってるわけ? あたしだって知らないのにーっ」
「はぁ? お話しましたよね? 女神様の番犬16人が、代行者を務めることになったと…」
「知らない」
「言いましたよ? ミーコさんも一緒に聞いておられましたよね」
突然話をふられて、近くを通ったミーコさんは、きょとんとしていた。だが、女神様の番犬が代行者を……と繰り返されたことで、ハッと気づいたらしく、僕の顔を見た。
「もしかして、ライトさんって、女神様の番犬のライト、様? わわわ! だよね。だって肩にカバンを背負ってるし、行商人の旗もついてる」
「なんでそんなこと、ミーコが知ってるの?」
「え? だって、マーシュさんが前に話してたよ。確か伝説のポーション屋だから、そのポーションを手に入れたらみんなの怪我が治せるって、ルーちゃんも嬉しそうに言ってた」
「ん? あ! 伝説のポーション屋! 思い出した、呪い解除ができるポーションを売ってるんだ! あんた、ポーション屋なの?」
「あ、はい。そうです」
「なら、最初からそう言いなさいよ」
「えっ、あ、はぁ」
(この人、こればっかだね…)
「で、ポーション、いま持ってるわけ?」
「あ、はい」
「じゃあ、出しなさいよ」
「なんだか、強奪されそうな気がしますが…」
「な? だって、あたしはあんたに……あれ?」
そこまで言って、ルー様は先のセリフが出てこないのか、うーんと悩み始めてしまったようだ。
「ルーちゃん、ライトさんにはみんなを治してもらったり、治療の部屋に、森の浄化の雨が降るようにしてもらったけど、ルーちゃんはライトさんに何もしてあげてないわ」
「やっぱり?」
「うん」
すると、ルー様は、守護獣マーシュ様をチラ見し、はぁぁ〜と大きな大きなため息をついた。
(なんだか、芝居くさい?)
「ルー様、町に挨拶に行ったついでに、屑クリスタルを売ってきたらどうですか?」
「嫌だよーん。挨拶なんかいかない。マーシュが売ってくればいいじゃない」
「誰かと対等に話をする練習ですよ。それとも、ずっとこのまま引きこもりを続ける気ですか」
「あいつらは、あたしの雪山への侵入者なんだから、対等な立場じゃないよーん」
「はぁ…」
もしかすると、ルー様は、本当に引きこもりなのかな。そういえば、女神様も彼女のことを引きこもりと呼んでいたような…。
引きこもっていて、精霊の仕事できるのかな? いや、でも、雪山に避難してきた人を保護しているし、キチンと役目を果たしているようにも見える。
ただ、守護獣マーシュ様は、なんだか疲れ果てているようにも見える。まさか、心労で髪が真っ白になってしまったのだろうか。
僕があれこれと考えていると、そこに、腕まくりをした中年の男性がやってきた。
「ルーさん、皆さんの軽食は終わりました。正確に言うと、スープがなくなりました」
「ええ〜っ? みんな、スープは食べられたの?」
「あ、はい。いえ、こちらの少年がまだですが、他の人は一杯ずつは飲んでもらえたと思います」
「その顔は、食材がなくなったのね?」
「芋はなくなりました」
「じゃあ、取ってくるよ」
「お願いします」
腕まくりをした中年の男性は、調理をしていたのか。ルー様に、食材調達の依頼をして、持ち場へと戻っていった。
(なるほど……わかってきた)
ここに避難してきている人は、顔をさらせないんだ。確か、逃げてきた人や、捨てられた人ばかりだったもんね。
うっかり、町に行って買い物すると、生存していることがバレて、再び不遇な世界に連れ戻されかねないんだ。下手すると、見つかり次第に殺されるのかもしれない。
だから、ルー様は、町の人に精霊だと名乗ることもしないんだな。精霊が大量に食材を集めていることがわかれば、その先の想像は誰にでもできる。
(ルー様は変だけど、いい人かもしれない)
「ルー様、お待ちください。町から苦情が来たばかりだと言いましたよね?」
「でも、食材がないんだから仕方ないじゃない」
「頼んでいた品がそろそろ……あ、届いたようですね。よかった。勝手に町には行かないでくださいよ」
マーシュ様が、向かった方を見ると、白く美しい虎がいた。その首には、魔法袋がぶら下がっていた。
ルー様もその白い虎へと近づき、魔法袋を首から外して中身を確認していた。
その様子を少し離れた場所から僕は見ていたんだけど、その白い虎はなぜか僕の方を、ジーっと見ている。
(ん? 何?)
次の瞬間、白い虎はふわっと飛び、僕の目の前に着地した。そして、頭をべちゃべちゃに舐め始めた。
(こ、これは……もしかして…)
「ちょ、ちょっと、シャルロッテちゃん、そいつはエサじゃないわよ」
「やっぱり、シャルだ」
僕が、シャルと呼ぶと、彼女はカプっと僕の頭を甘噛みした。うわぁ〜、ちょっと痛いし、臭いし…。
「痛いよ、シャル」
ガゥッ!
(しまった…)
痛いと言ったせいで、また、さんざん頭をべちゃべちゃにされてしまった。あー、もう、好きにして。
僕が抵抗を諦めて静かになると、治ったと思ったのか、舐めるのをやめ、僕をすっぽり囲むようにしてその場に座った。
そのときに身体が引っ張られ、僕はシャルに埋もれてしまい、必死にもがき、出口を探した。
(もふもふに押しつぶされて死ぬかと思った…)
そんな僕の様子を、ルー様も、マーシュ様までもが呆然として眺めていた。助けてくれないのね…。
そこに、ミサさんが駆け寄ってきた。
「ちょ、シャル、何しとんねん? ん? あれ? ライトさん、何してんの?」
「み、ミサさん、助けてください。シャルに埋もれてしまいました…」
「はぁ、ほんまに、ジェラシーやわ。めちゃ懐いてるやん」
「へ?」
「いや、何でもないしー」
ミサさんは、なんでもないという顔ではないように見えるが、本人がそう言うならいっか。
「あの、ミサちゃん、これはいったい?」
「あ、マーシュさん、まいどです〜」
(あれ? ミサさん、顔が急に変わった)
「あんた、シャルロッテちゃんの子供だったのね。獣人っぽくないし、そんなに急成長してるのは神族だからなのねー」
「はい? ルー様、違いますよ。僕は人族です」
「でも自分の子供にする仕草だよーん。だよね、オヤジぃ」
「ルー様、その呼び方、やめてくださいね。ルー様が私の娘のように聞こえてしまうと困ります」
「どうしてよーっ」
「はぁ…」
僕は、突然、全く会話についていけなくなった。
ミサさんが、マーシュさんにはいつもと違う顔を見せることに、気を取られていたせいかもしれない。
「オヤジというのは?」
「あー、私がシャルロッテの父親なんですよ。ライト様は、シャルロッテとはどのようなご関係で?」
「えっ? シャルのお父さんなんですか!」
「はい。そうですよ」
僕は、シャルに包まれながら、その父親にどういう関係かと聞かれていた。
(え? ちょっと待って!)
これ、説明を失敗すると、妙な誤解を招くパターンなんじゃないの? やばい。アトラ様に知られたら嫌われてしまう。
「えっと、こんな体勢でなんですが、ミサさんの家に泊めてもらったときに…」
「ちょっと、ライトさん、それ変な意味に聞こえるで」
「えっ? えーと、どのあたりが?」
「あたしが泊めたみたいになってるやん」
「あ、タイガさん、えっと、ミサさんのお父さんに泊まっていけと言われたときに会ったのです」
「ふふっ、そうでしたか。しかし、人嫌い、特に男嫌いだと聞いていたから驚きましたが…」
「いや、そういう関係じゃないですからね」
「ははっ、わかっていますよ。それに、まだシャルロッテは子供を産めるような歳ではないですからね」
「はぁ」
「マーシュさん、ライトさんが変な言い方をしてるけど、あたしもライトさんとは何も関係ないから。ウチのバカ…じゃなくて父親が、ライトさんに世話になってるだけだから」
「へぇ、親しくお付き合いをされているのですね」
「いや、付き合ってないから。だいたい、ライトさんには、婚約者がいるから」
「おや、若く見えるのに、もうご結婚ですか? そっか、ライト様は、あちらの国の人なんですね」
「え? あ、はい。あ、いえ、まだすぐにというわけでも…」
「こちらの国では、あまり婚姻関係を結ぶという感覚がないのですよ。文化の違いですね」
「へぇ、そうなんですね」
僕は、ミサさんの方を見ると、なぜか少しさみしげに見えた。やっぱりそういうことか。
ミサさんは、マーシュ様のことが好きなんだね。その気持ちが伝わっているのかはわからないけど、僕がそこを確認するのは違うと感じた。
でも……シャルが僕の頭をまた舐め始めた。もう僕の髪の毛は、ねっとねとだ。
シャルを見上げると、二人の様子を見ているようだ。
シャルも気づいてるんだ。たぶん、シャルも歓迎しているんだ。そして僕に、なんとかしろって言ってるの?
僕は、困った。苦手なジャンルだ。でも、聞くことならできるか。
「マーシュ様は、結婚したりはしないのですか?」
「ん? 私がですか?」
「はい。婚姻関係を結ぶという感覚がなくても、結婚されることもあるのかなと思いまして…」
(ちょっと、意味不明じゃん、僕…)
すると、ふーむと、アゴに手をあてて真面目に考えてくれている。やはり、紳士だね。
「もう今までに、さんざん遊びましたし、子孫も種族の定め以上は残しました。そうですね、そのような異文化を受け入れてみるのもいいかもしれません。ただ、それが継続できるかは自信がありませんけど」
「種族の定め?」
「ええ、一応、ハーフでもなんでも、守護獣となる能力を持つ子を、10体は作らないといけないのです。私には、数十体はその条件に合う子がいるので」
「ええっ! そんなに?」
「ははっ、人族からすれば驚きますよね。文化の違いですね」
「そ、そうですね」
僕は、ミサさんの様子を見た。彼女も驚いているようだったが、でも、さっきのさみしげな表情は消えていた。
(これでいいのかな?)




