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203、ルー雪山 〜 居住地へ

 僕はいま、ルー雪山の最下層にいる。


 全体回復魔法だけでは厳しそうな人を、僕は個別にまわって回復していった。


 クリスタルの中の部屋だから、いったんクリスタルの干渉を受けないように魔防バリアをぷよぷよバリアで張ったんだ。

 そして、その中では普通に魔法が使えるようになっていた。


 この雪山を守る精霊ルー様は、回復魔法が使えないらしい。だが、習得したいという気はあるようで、降り続く黄緑色の雨や、ぷよぷよバリアを分析しているようだ。



「ルー様、治療はだいたい終わりました」


「えっ? もう? ふぅん。このぷよっとしたのは何?」


「それは水バリアを変形させたもので、衝撃吸収力が高いのです。いま魔防バリアを張ってクリスタルの干渉を受けないようにしていますが、クリスタルのパワーがわからないので、ぷよぷよにしてみました」


「ふぅん。いつまで続くの?」


「魔力の供給をやめれば1時間くらいで消えます」


「クリスタルから魔力を吸収すれば、ずっと消えない?」


「かもしれません」


「森の浄化も、同じ?」


「はい」


「ふぅん」


 そう言うと、ルー様は何かを放たれた。


「よし、一部を繋いだから消えないわね」


「えっ?」


「何よ。文句あるの?」


「あ、いえ別に…」


「ここは回復に使ってたから、この雨が降っている方が圧倒的に早いもの」


「あの…。バリアの外には出れますが、外から中へは、入れないですが」


「な? それを先に言いなさいよ」


 ルー様は、また何かを放ち、扉のようなものを2ヶ所に作ったようだった。バタンと閉めてまた入ってのチェックもしている。見かけによらず、用心深い。


「これでいいわ」


 そして彼女は最後の仕上げに、扉をパッションピンクに変えた。なぜ、その色にする? なんだか怪しい店のドアのようになっていた。ま、いいけど。


「完璧ね」


 そういうと、ルー様は、仕上げたばかりの扉を見て、ウットリされているようだった。この人、ほんとに大丈夫なんだろうか…。



「なぁに? また落ち着きのない色ね」


「いいのよ。ここにはアイツは来ないんだからー」


「治療の部屋なのに、あの扉だけ、目が痛いじゃない」


「扉の場所が目立っていいじゃない」


 よかった、ミーコさんは感覚正常だね。治療の部屋でこの色はないと思うけど……まぁ、目立つから、視力が弱っていても扉は探せるか…。探す必要があるかはわからないけど。



「ライトさん、皆さん、ここは冷えますから一つ上の層に行きましょう。避難者の居住地がありますから」


「あ、はい」



 ミーコさんの指示で、パッションピンクの扉から、みんなでぞろぞろと出て行った。


 扉を出ると、扉の形にくり抜かれた通路が続いていた。いや、逆か。通路の形に扉を合わせて扉を作ったんだよね。


 そういえば、僕がヌーヴォの里から入ってきた石室から、この治療の部屋に来るまでにも、同じような通路が続いていた。


 もしかして、これが、クリスタルの壁の厚さなのかな? だとしたら、僕は、霊体化して通り抜けようなんて考えなくて良かったと、しみじみ思った。


 通り抜けが簡単ではないクリスタルの壁の中を、こんなにも進むのはあまりにも無謀だったと思う。


 バリアが消えたら凍死してしまいかねないし、クリスタルに魔力を吸収されるなら、バリアを張り続けるだけで魔力切れで倒れそうだ。



 なんて考えていると、道が曲がり、上り坂になってきた。まだ、僕はクリスタルの中を歩いてるんだよね。


 さらに少し進むと、壁や床の雰囲気が変わってきた。壁は普通の岩肌に、床は石じゃなくて砂地になってきた。


 ここから上が普通に雪山で、ここまでが、すべてがクリスタルなのかな。


 治療を終えた避難者達も、自力でここを通るのは初めてなのだろう。みんな、キョロキョロとしていた。



「皆さん、このあたりは、クリスタルになる前の岩肌なので、強烈な魔力を帯びていますから、触れないように気をつけてくださいね。ときどき強いエネルギーが流れることがあるのでヤケドしますから」


「は、はい」


 ミーコさんの説明で、岩肌に触れようとしていた人が、慌てて手を引っ込めた。


 僕も、思わず手を引っ込めた。別に触ろうとはしていなかったんだけど…。



 さらに少し進むと、不思議なバリアの中に入った。ねっとりとして、ちょっと気持ち悪い。


 このねっとりバリアは、ここを通る人から、汚染物を取り除いているようだ。


 前を歩く人が通ったあと、キラキラしたものがバリアから壁へと運ばれているのが見えた。




「わーっ!」


 突然、前方から歓声が上がった。子供の声も、聞こえる。居住地に着いたのかな。


「こんなにたくさん、動けるようになったの! すごい」


「うそ! あなた死にかけてたのに、毒も消えたの?」


 僕の前を歩いていた人達がそのひらけた場所へと入っていった。

 そして後方を歩いていた僕が入ったときには、あちこちでみんな声をかけられ、動揺しているようだった。



 居住地というから住居が並んでいるのかと想像していたが、建物らしきものはなかった。この広い空間が共同の部屋のようだった。


 一気に温度が上がり、魔導ローブがなくても耐えられる室温になっている。とはいえ、いろいろと心配な僕は、当然魔導ローブは着ておくんだけど…。



 しかし、室内に入ってもまだ、みんなを先導していたルー様は、足を止めなかった。


「みんな、食堂に行くから立ち止まっちゃダメ。言うこと聞かない子は置いていくよーん」

 

 ルー様は、そう叫ぶと、さらに居住地をずんずん進んで行かれた。


「えっ、やばいぞ。見失う…」


「飯だって! メシ! 金なんて持ってないが…」


 休憩モードにはいっていた避難者は、慌てて立ち上がり、ルー様の後を追っていた。



 ここは、寝起きをする寝室らしい。床には干し草のようなものが積み上げられていたり、ソファやベッドが置かれたりしている。


 干し草のところは、動物用なのかな? ソファやベッドには仕切りなどはないから、なんというか雑魚寝部屋なのかな。


 でも、温度も人が過ごしやすい温度になっているから、居心地は悪くなさそうだ。

 いま、数十人が眠る中を、僕達は通っていった。空きベッドがたくさんあることから、いまは昼間なんだろうか。

 いやしかし、寝てる横を人が騒がしく通っていくから、やっぱ居心地は悪いのかもしれない。



 そして、この部屋の突き当たりの右手には、また上り坂の通路が現れた。少し上ると、また、部屋があった。こちらはさっきの部屋より、かなり暗くてひんやりしていた。

 ここにも、たくさんのベッドが並んでいる。だが、ほとんどは空いていた。


 いろいろな種族がいるから、寝室は配慮して作られているのかもしれない。このひんやりと暗い部屋は、かなり長く続くような気がした。


 そして、突き当たりの右手には、また上り坂の通路が現れた。その通路を抜けると、明るい広間に出た。




「はーい、到着〜。みんな、スープをもらっておいでー」


 スープのいい匂いがする。僕のお腹も条件反射のように、キュルルと鳴った。


 ここが、食堂なんだ。巨大なフードコートという印象を受けた。しかし、あまりにも大量のイスとテーブルに、僕はちょっと驚いた。


 まぁ、ここまで2つの寝室を通ってきたわけで、そこには、150〜200人ずつは眠れそうなベッドがあったんだから、ここの居住地の人数は300〜400人はいるのだろう。


 でも、イスは、数えきれないほど並んでいるし、壁側にズラリと並ぶ調理スペースの広さからいっても、数百人用ではないという気がした。



「ライトさんも、よかったらどうぞ」


「ミーコさん、ありがとうございます。しかし、すごい数ですね」


「食堂は、ここ一つしかないからねぇ。動物のエサもここで作って、上に運んでいるから調理場は広さが必要なんですよ」


「上に?」


「この上には、動物のエサ場と、仮眠場があるんですよ。いま、この下にあった二つの小さな寝室は病人用なんですよ」


「えっ、病人用だったんですか」


「だから、異変がすぐにわかるように仕切りもないでしょ? 一応、仕切りを作るときもあるけど、あの部屋も壁が、クリスタルになる前の魔力を帯びた岩だから、魔法はあまり使えないの」


「へぇ、すごいクリスタルになる前の岩の層が厚いのですね。もうだいぶ…」


「まだまだ、この上もですよ。居住地は、すべてクリスタルになる前の岩肌に囲まれています。下に行くほど魔力が濃く、不純物が減って結晶化し、クリスタルに近づいていくのです」


「そうなんですね。クリスタルって、下に下にと落ちていきながら不純物が取り除かれ、結晶化して出来上がるんですね」


「あ、そうかもしれないわ。考えたこともなかったけど」


「雪山の遭難者を、ルー様は、ここで保護されているんですね」


「そうね、遭難者が自力で出て行く気力や能力が身につくまで、無期限で住まわせ、こき使ってるわ」


「えっ?」


「ふふっ、私も遭難者なのよ。この居住地の運営をしているのも、遭難者。だから、自給自足の生活という感じかな」


「ルー様は何をされているんですか?」


「あー、ルーちゃんはライトさんも捕まったように、あちこちで転がってる遭難者を捕獲してまわってるわ。あとは、冒険者の町に食料を取りにいってるかな」


「冒険者の町から食料を買ってるんですか」


「ん〜、そこの家賃だと言って、強奪してるわね。だから、町では、ルーちゃんが精霊だとは知らないから、みんな、性悪な悪魔だと思ってるみたいよ」


「あはは、その方が似合うかも」


「やっぱり〜?」



「何が、やっぱり〜なのよー」


「げっ! 聞こえた?」


 何の気配もなく、目の前がピンク色に染まった。急に出てこられると目が痛い。


「あんたも食べてもいいけどー」


「あ、はい。皆さんの列が落ち着いたら、いただいてきます」


「なくなるわよ? あんたも胃の中、空っぽじゃない」


「ははっ、でも僕は食べなくても死なないから…」


「ふぅん」




「うぎゃ!」


 なぜか突然、妙な声をあげたルー様の視線を追って、僕は振り向いた。そこには、真っ白な髪の落ち着いた雰囲気の男性がいた。


 王族と言われても納得しそうな、凛とした意志の強そうな品のいい紳士だった。30代後半に見える。


「ルー様、やっと見つけました。いい加減に、私から逃げ回らなくてはならないようなことは、おやめください。おや、そちらの方は?」


「こいつは、クリスタルの中に落ちていて、ぷよぷよと雨は得したけど、ギャンギャンひどい目にあったの」


「ルー様、意味が全くわかりません」


「はぁ……知らないっ」


 そう言うと、ルー様はどこかへ逃げだそうとされたが、この男性にしっかりとマフラーの端を握られていた。


「うぐっ……し、死ぬ…」


「自分で、首しめてるんですよ。無駄です、離しませんからね…」


「し、守護獣、変更してもらうんだからねっ」


「どうぞ。そのためには、精霊会議に出席しないと変更はできませんよ」


「うぐぐ…」


(な、何? 主従関係?)



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